木造住宅ストックのマスと構造エンジニアリングの個別性

[201809 特集:木造住宅リノベーションの構造エンジニアリング~構造の新旧複合の繰り返しは何をもたらすか?~]

今回は、木造住宅リノベーションについて構造的にアプローチしてみようという特集である。私が言うまでもないが、これはたいへん難儀である。「木造住宅リノベーション」と「構造エンジニアリング」は、実際の仕事では分かち難く結びついているのだが、「論」として考えるにはとても相性が悪い。

そもそも「構造エンジニアリング」とは、建築物が地震や風などによって受ける力や、あるいはその建物自体の重さで損壊することないように解析・設計を行うもので、当然ながらその作業は「個別の建物」一棟毎に行われることとなる。一方で木造は住宅全体の約6割を占める構造形式であり(※平成25年度住宅・土地統計調査/総務省)、その「木造住宅」に関わる法的規制は個別対応というよりは(4号規定に代表されるような)マスに対して汎用的な対応ができるような仕組みとなっている。「量」が需要される木造住宅に対して個別に解析や設計を要求することは、時間・手間・費用など様々な観点から困難だとする判断には、一定の合理性を認めざるを得ないだろう。「木造住宅のリノベーション」とは、様々な個別性をカッコに入れた「量への対応の成果である木造住宅」と、建物毎に性能を設定していく「エンジニアリング」の邂逅の場であり、そこには単純な論理の導入を拒む様々な与件が絡まり合っている。

また、「木造住宅」と一言でいっても、そこには建てられた時代によって、幾つかの分類を行うことができる。まずは、最近の現行基準法に準拠した商品住宅。その前が、戦後住宅政策の落とし子である産業化住宅、戦前は大工による伝統工法の住宅。もちろんその境界は曖昧で厳密な線引きは意味をなさず、各々がオーバーラップしながら時代的特徴を表出させているのだが、現在行われている「木造住宅のリノベーション」は、その対象建物の時代的特徴によって採用される介入の方法も変わってくる。

筆者はこれまでに幾つかの古い木造建築を対象とする設計を行ってきたが、それぞれ特徴の異なる「えんがわオフィス」「武蔵境の住宅」「筑西の住宅」の3つを例にとって、木造建築への介入の方法を検証してみたい。

「えんがわオフィス」は築80年(計画当時)ほどの古民家改修である。徳島県の神山町という中山間地域に位置しており、都市型住宅とは異なった農家型の住宅である。このような場所において、住宅は「すみか」であると同時に「生産の道具」でもあり、ライフスタイルのみならず農作業の変遷、あるいは産業形態や生業の変化などに合わせたカスタムが繰り返し行われている。その結果としての建物は、統合的な計画的概念が希薄な、複数の構造形式が同居したものとなる。

えんがわオフィス:外観。

この建物の一番古い部分はおよそ築80年、つまり住宅が産業化する以前の建物で、主要部分の構造形式は基本的には伝統工法の延長線上にあり、石場建て、貫と土壁など、現行基準法の評価軸には乗らない技術で組み立てられていた。(※限界耐力計算で伝統工法の躯体を現行基準法に位置付けることは可能だが、木造住宅改修の方法論としてまだ一般的とは言い難いので今回は論考の対象外とする)

改修の内容は「えんがわオフィス」という名の通り住宅を事務所にコンバージョンするもので、建築主の事業継続性(BCP)の観点からも、現行基準法に適合した耐震補強を行うことが必須であった。

伝統工法と現行基準法の在来工法は同じ木造でありながら、その考え方は大きく異なっている。伝統工法の木造建築は仕口や面を固めるというよりは全体がファジーに動き、木材同士がお互いにめり込んだりする中で建物全体に荷重を分散させ、損壊を免れるという考え方で構成されている。躯体が壊れなければ土壁などは崩れても良く、壊れたら直して使い続ければいいという考え方である。一方で現行基準法の在来軸組工法は、仕口を金物で緊結し、筋交いや面材で建物をしっかり固めて動きにくくすることで損壊を免れることを標榜している。つまりえんがわオフィスの改修で行ったのは、建物全体のあり方を「動く→動かさない」という、180度転換した方向で組み立て直す作業であるといえる。

ここでは、建物が「木材」の「柱や梁」によって構成されているという唯一の共通点を手掛かりに、伝統工法である既存建物の各部材を現行基準法の部材に読み替え、基準法的に不足と判断される部分を補っていくように計画を進めている。基礎や金物の追加、耐震要素の確保などで建物を「固めていく」作業である。

具体的には、まず建物をスケルトン状態まで解体し、全体をジャッキアップ、束石を撤去して基礎を新設する。そこに土台を設置し、金物で既存建物の柱と緊結するというプロセスで軸組を更新する。その後、構造用合板や筋交い、格子壁などによって耐震要素を配置し、建物を固めている。プランニングに応じて一部柱を移動しているが、厳密な部材設計が行われていない曖昧さゆえに既存躯体に備えられた余剰が、こうした改変を可能にしている。

えんがわオフィス:解体時の様子。石場建ての柱、貫と土壁。
えんがわオフィス:建物をジャッキアップして基礎を新設。土台を敷いて金物で緊結。

「武蔵境の住宅」は、標準的な3LDKの間取りを持つ、築42年(計画当時)のいわゆる産業化住宅のリノベーションである。構造体としては在来軸組工法の範疇に括られるもので、現行基準法の考え方に準じた性能評価が可能だった。設計に先立って建物全体のインスペクションを行い、構造に関しては基礎が無筋であること、耐震性能が現行基準法を満たしていないことなどが確認された。改修内容については、施主との打ち合わせの中で特に一階についてはプランニングを大きく変更する方針となったが、構造的には大幅な柱移動などは行わず、むしろ二階の角部分直下など、不足している部分に柱を追加する方向で設計を進めている。基礎は部分的に新規の増し打ちで補強することで既存の性能不足を補っている。耐震要素は構造用合板を用いた耐力壁や鋼製ブレースなどをプランニングに合わせて挿入した。

新築の場合はプランニングに合わせて構造形式や構造部材の配置を検討することが可能(というか当たり前)であるが、リノベーションではその乖離は前提条件である。新規のプランニングに合わせて構造を刷新することも可能ではあるが、それは新旧両方の状態に無理を強いることになり、あまり健全ではないと考えている。また、もし今後またこの建物に改修の機会が訪れた際は、躯体がより自然な状態である方が、改修の幅を担保できることとなる。設計者には、ある程度既存の構造に身を委ねつつ、異なった両者の衝突をいかにポジティブに計画に取り込めるかといった興味や技量が重要になるだろう。

武蔵境の住宅:内観。建物のバランスを考慮して不足していた耐震要素を追加。
武蔵境の住宅:解体時の様子。現行基準法で評価可能な在来工法。

「筑西の住宅」は築90年(計画当時)ほどの蔵を一度解体し、移築して新築住宅として建設したものである。既存蔵は、そもそも建物が建設された時点で複数の建物の古材を寄せ集めて作られたようで、複数の小屋組が混在するものだった。こうした状況を目の当たりにすると、木造という構造形式は相当冗長なものだと実感する。木造住宅は、「建物」としてだけではなく、建材レベルでも使い続けられている。

筑西の住宅:外観。

今回の移築工事は既存蔵の古材を再利用して架構を組むものの、法規的な考え方としては、新築として計画された建物の木材が材木市場で購入した製材か、既存蔵から引っ張ってきた古材かという「材」の違いでしかない。法規上はあくまで4号建築物の新築工事であり、現行基準法への適合が前提条件となる。つまり、伝統工法の架構として組み立てられていた材を、現行基準法の在来軸組工法の部材として再構成するこという態度で設計に臨むこととなる。

とはいえ既存躯体の仕口は伝統工法に準じたものであるため、その形式を利用しつつ適宜金物や筋交いを配することで性能を確保している。基礎は一般的な木造住宅と同様にベタ基礎を新設し、土台を敷き、柱を立てる。柱材については長さの不足や腐食などから全て新規材に盛り替えを行い、HD金物で基礎と緊結する汎用的な工法となっている。梁材についても傷み具合に応じて適宜盛り替えや、仕口の補強などを行っている。

文章にすると単純な作業のようにも見えるが、しかし実際のところは材のばらつきや経年変化の幅が大きく、設計図書において全ての工事内容を指示するのは困難である。こうした工事においては、現場での臨機応変な対応が不可欠であり、在来工法のみならず伝統工法にも精通した構造設計者と大工の協働が重要となる。しかし、ここには大きな憂慮もある。昨今の住宅建設はプレカット技術の導入などで高度に簡略化されており、現場で要求される技術水準は高くない。その結果、仕口の刻める大工の数は急激な減少傾向にある。一方改修工事ではプレカット技術の導入には障壁が多く、伝統工法のみならず、在来工法であっても仕口の刻める大工の技術が必要不可欠である。長らく、量を供給する新築主流の世界で仕事をしてきた建設業界は、ストック活用が重要な社会課題となった時代において、その要請に応えられる技術が絶滅寸前という事態にも直面しており、人材の確保や技術の継承なども重要な課題だろう。

筑西の住宅:一階内観。新旧の材が入り混じる。柱は全て新材。(撮影:山岸剛)
筑西の住宅:二階内観。小屋組は既存材利用。
筑西の住宅:解体前の蔵。これを移築して住宅として新築。
筑西の住宅:解体した小屋組を仮組して点検。

以上、3件の木造住宅改修事例を見返してみて改めて考えるのは、今までとは違った意味で「量」に対応する知見が求められているということである。

いうまでもなく現在世の中に存在している木造住宅のストックは大量で、リノベーション・コンバージョンの需要も高まるばかりである。しかしそれらのストックには性能のばらつきがあり、曖昧さがあり、それらが新築された当時のような汎用的な態度では対処が難しい。現状では個別に対応せざるを得ず、だからこそ構造エンジニアの参画がこの状況を支えているわけだが、それでは物理的な「量」を相手にすることができないことは明らかである。現在はまだ数的には新築が趨勢で、リノベーション・コンバージョンは個別対応でもなんとかなっているが、今後需要が高まっていくことが想定される中で今までと同じやり方ではいずれ限界を迎えるだろう。すでに目の前にある、大量かつバラバラなものを相手にできる方法論の模索や法整備の検討は、私たちが直面した大きな課題である。現行の建築基準法はあくまで新築を前提とした論理体系で組み立てられており、改修と相性の悪い部分も少なくない。こうした齟齬を解きほぐしていくことが必要で、構造エンジニアリングの知見は、古いものを現行の基準に適合させるだけでなく、古いものの性能をどう評価し、現代的に位置付けていくかといった視点にも注がれて然るべきだろう。

さらに踏み込めば、この問題はリノベーションに限った話ではなく、新築にもできることはあるはずだ。例えば、厳密な計算に依拠しすぎずに部材寸法に余剰を持たせておくことは、その建物が改変され、使い続けられる上で重要な性能なのかもしれない。

全てを計画し構築する「新築」だけが建築の問題ではなくなりつつある現在、近代的合理性とは異なった合理の可能性について探求・提案を行うことも、建設業界の重要な役割になってくるのではないだろうか。それは、建築の設計に時間の概念を引き寄せることに他ならない。新築を前提とした建築の計画においては「どのような建物を作るか」、つまり、竣工時の建築のあり方が議論の対象となってきたが、一方リノベーションやストック活用に対する需要の増加は、「竣工」が建築の目的ではなく、その後建物が使われ(続け)ていくための手段であるということを教示している。建築が在り続け、時にはその中で改変に遭遇し、機能や用途などの役割を変えながらも生きながらえていくことを引き受けた時、どこに合理を見出すことができるかの検証が進みつつある。この模索は、おそらく近代的合理性に導かれた建築の形とは違った建築のあり方をあぶり出すであろう予感に満ちている。