[201807特集:AIと都市 ── 人工知能は都市をどう変えるのか?]

助川剛
助川剛
Jul 1, 2018 · 13 min read

文化都市のIT企業

杭州市は中国浙江省の省都であり、上海、寧波とともに杭州湾デルタ経済圏の一角をなす人口約1000万人の大都市である。しかし国際都市上海の金融産業、港湾都市寧波の物流産業と比較すると、この杭州は活気や急進性とは少し違った独特の雰囲気を持った都市である。そもそも江南と呼ばれるこの地域は6世紀末の隋代から大陸の経済産業の中心地であった。更に中国文化が最も華やいだ12〜13世紀の南宋時代には首都として繁栄を極めた。潜在的に豊かな土地に文化が蓄積され、現代に至るまで西湖風景区をはじめとした有り余る程の自然と歴史の遺産を守り続けている[図1–3]。このことが一種の余裕ともいえる杭州特有の人文的雰囲気を醸成する要因となっているのだ。近代中国が改革開放、経済成長を謳うよりもずっと以前から、千年古都としての文化都市の継承を延々と続けてきたのである。

図1–3:杭州市中心部西湖風景区(筆者撮影)

1999年、この歴史と文化の都に、ほどなくして世界的なIT企業として急成長を果たすアリババ・グループ(阿里巴巴集団)が誕生した[図4]。当時の状況から、IT企業の創立といえば、「中国のシリコンバレー」といわれ急成長を遂げていた深圳市や、海外交易、経済政策を先導する上海市がセオリーとしてあったはずだ。しかし創業者である馬雲(ジャック・マー)はそんなこととは無関係に、生まれ故郷である杭州を新しい未来型ビジネスの拠点としたのである。彼の杭州という都市に対する評価は「東と西が出会う街。一番最初に世界と接触した街」★1という誠にロマンチックかつ極めて的を得たものであり、また「今後、東でも西でも無く、勝つのは東と西が融合したものだけだ」★2「杭州は西湖と江南と詩趣だけではない。顔も実力も併せ持っている」★3「自然+人文+歴史+経済脈絡+現代精神=杭州」★4などなど、実に郷土愛に満ちたものが多い。

図4:アリババ本社(筆者撮影)

この精神に支えられてか、創業以来インターネット上での企業間、個人間の電子商取引業務を主軸に、瞬く間に利用者数(会員数)と収益を伸ばし、世界中に7億人超ともいわれる会員に向けた、電子決済、ネット通販、物流、娯楽、マーケティング、ソフトウェア開発などのサービス・プラットフォームを早々に整備してしまったのである。

中でも「支付宝」(ヂィーフーバオ/アリペイ)と呼ばれる電子決済サービスは、同社が運営する各種ネット通販サイト(代表的なのは淘宝/タオバオ)上での信頼性と普及性を獲得して以降、今やあらゆる店舗、個人商店から屋台に至るまでQRコードでの決済を可能にしてしまった。同社以外のスマートフォン上のサービスの決済においても、ほとんどがこの支付宝を利用でき、もはや日常生活で現金を使う機会は滅多にない。

アリババ社にとってデジタルデータは資源である。同時にさまざまな商品(アプリやサービス)を産出する原料でもある。特筆すべきは、この資源は商品であるアプリ間を絶え間なく循環することで、目減りどころか無限に成長して価値が増してゆくこと、そして自発的に膨張しビッグデータ化するこの資源は人力で管理できるものではなく、AIを用いた運用技術の導入が不可欠であることに着目したことであり、早々に研究開発を進めてきたのである。

都市文化のためのAI

このように自社が収集し運用しているビッグデータへのAI技術導入の実績を経て、現在アリババ社のグループ企業であるアリ・クラウド(阿里雲)社は、主に杭州市に技術協力をする形で、2016年より「ET城市大脳」(ET City Brain)なる計画の試験的な実践を精力的に進めている。これは市政府が収集保有している膨大なデータ資源に加えて、都市インフラのデジタル化を進め、同社のAI技術によって効率よく分析し運用することで、杭州市の経済産業の活性化及び市民生活への利便性と快適性を提供するという事業である。

同事業は2018年現在、既に蘇州、マカオ、クアラルンプールなどでも運用が始まっている。ちなみにプロジェクトに冠せられている「ET」はExtreme Technologyの略で、広義にアリ・クラウド社のクラウド・システム・プログラム全般を指すブランド名である。また、この「大脳計画」は対「城市」(都市)以外にも、「工業大脳」、「医療大脳」、「環境大脳」のシリーズがあり、それぞれに収集蓄積された膨大なデータをAI技術によって敏速かつ正確に分析処理し、市民に有益なサービスをアウトプットするというモデルが基本となっている。

「城市大脳」の主な実践例としては交通機関のコントロールが挙げられる[図5, 6]。市内に数万台は設置されているというモニターカメラのうち、試験エリアでの約3000台を用いて、自動車の識別データを収集し移動行動を分析処理することで、信号や走行車線の制御、悪質な交通違反の取り締まりなど行なっているという[図7]。すでに渋滞解消や移動時間の短縮、公共交通機関の利用者増加、防犯救急の早期対応などの成果が報告されている。具体的には、市内128箇所の信号機がAIにより制御され、車両の通行時間を15%短縮、平均速度を3〜5%上昇させたという。中国の交通渋滞は深刻で、主要15都市の渋滞による経済損失は毎日10億人民元(約180億円)にのぼるという試算も報告されており、同社はAIによってこの損失を回避できる可能性がある、としている★5。また事故などの発生から瞬時に正確な状況情報を発信し[図8]、緊急車両の到着時間を実に50%も短縮させ、交通違反通知の自動配信処理も進めるなど、防犯、防災、救急の現場においても成果が報告されている。

図5:城市大脳による公共交通機関のコントロール(出典:アリ・クラウド社公式ウェブサイト www.alibabacloud.com
図6:城市大脳による主要交差点の通行コントロール(出典:アリ・クラウド社公式ウェブサイト www.alibabacloud.com
図7:城市大脳による危険車両の検知システム(出典:アリ・クラウド社公式ウェブサイト www.alibabacloud.com
図8:城市大脳による事件発生の検知と処理システム(出典:アリ・クラウド社公式ウェブサイト www.alibabacloud.com

このような現況から垣間見えるのは、現時点では都市に対するAI技術の応用というのは、大脳計画全般にわたって、「既存の都市インフラの効率的な運用」を目的としている、ということである。あるいは「ビッグデータそのものを都市インフラと位置付ける」ことによって、AIによるデータ活用が交通渋滞の解消、エネルギー損失の縮小、物流の高速化、市政サービスの簡便性の向上、防犯体制の強化につながる、という考えである。

一方で一私企業が政府との協働により公然と市民を監視下に置いている、などという批判的な意見が散見されているのも事実である。状況から考えて、このような見方が生じるのも無理はない。しかしアリババ社は、自身、政府、さまざまな企業や団体が保有する、それぞれのデータへの対応を明確に区別しているという。イメージとしては、複雑に絡み合い、無尽蔵に膨らみ、とても人力では処理できなくなってしまったスクラップのようなデータの塊に状況に応じた「活用技術」を「商品」として提供するだけ、といったところである。当然、生産者の義務として、安全性の確保、個人情報の保守、法の遵守なども明確に示している。自社で開発した「飛天システム」はビッグデータの内部情報には一切触れずにアルゴリズム解析をし、要求された(あるいは、されているであろう)情報を自動的にアウトプットするのだという。例えば、買い物、検索の履歴からユーザーの好みの商品を探し出し販促する、といったようなことである。この解析プロセスは外部から理解できるものではなく、俗に言われている「監視」をする意味も労力もないというのが現実のようである。

図9:ほとんどの交差点に数種類のモニターカメラが設けられている(筆者撮影)

何よりも当のアリババ・グループの会長である馬雲氏は「ビッグ・データの活用で計画経済は達成できる」という発言で物議を醸し、共産党の思想統制に追従したか、などと騒がれつつも平然としている人物でもある。こんな一般的で通俗的な批判は承知の上での事業展開であるのだろう[図9]。

設計作業のためのAI活用

さてこのような状況で、われわれ都市計画や建築設計に従事するものとして、このAI技術が都市や建築の計画に如何に影響を及ぼすのだろうか?という点について、真剣に思考を巡らす必要がありそうだ。都市計画的観点からは、既存のインフラストラクチャーをAIによって有効に運用させる、ということから近い将来、インフラストラクチャーの計画そのものにAIによるシミュレーションが決定的に用いられる、ということが考えられる。建築計画においても、マーケティングやマネジメント、あるいは消防計画などにおいて、その技術が有効に発揮されるはずである。実際に昨年、中国中央政府によって承認された、北京と天津の中間エリアに実に1770㎢に及んで構想される「雄安新区開発計画」においては、更地の段階から「城市大脳」が導入されることが決定している。また、杭州市の南西部には2013年から杭州市とアリババ社が中心となって「雲棲小鎮」(ユンチーシャオヂェン/クラウド・タウン)と呼ばれる、ビッグデータとクラウド・プログラム開発のために高度にオンライン化された科学技術創新区の開発が進行中であり、アリ・クラウド社による城市大脳の研究拠点となっている[図10, 11]。

図10:雲棲小鎮のアリ・クラウド本部(筆者撮影)
図11:雲棲小鎮における杭州交通警察の城市大脳拠点(筆者撮影)

とはいえ当面、設計実務の現場における、AIシミュレーションの技術活用は、プログラムの策定段階や設計された案の審査段階といった極めて限定的な場合に限られると考えて良いようである。AIのアウトプット・データは特定の目標値とルールに則った計算結果でしかなく、客観的な合否をみる際のあくまで参考資料の一つにしかならないのだという。現在のAI技術は、SFや哲学的な世界で言う自律的で自発的な意思をもつ「強いAI」には程遠く、あくまで特定的なシミュレーションをする「弱いAI」でしかないようである。要するに依然として道具の域を超えてはいないのである。アリババ社曰く、ディープ・ラーニングなどのAI技術の本質も、既にある経験のデジタル化データに基づく演算処理でしかなく、AI自身が何かを予測することは不可能だとしており★6、新しいアイデアを創出することは現時点ではあり得ないのだという。

とはいえ近い将来確実に、設計の現場にこれまでには無かったAI視点からの要求や判断結果が持ち込まれ、大きく人心に影響を及ぼすであろうことも、容易に想像がつくのである。

一方、計画学の学術的、技術的な分野においては、現状の各関連法規の定めるさまざまな基準値や人間工学的に算出されてきた設計数値の有効性や合理性に対して、まず検証のためのシミュレーションを行うという考えもある。結果次第では、動線計画や垂直輸送計画、避難計画、照明や空調、構造強度などの要求基準値や推奨値が書き換えられる可能性が十分にあるといえるだろう。技術分野においては、ロボットのAI制御による施工プログラムを浙江大学などが大々的に研究を始めている。これは、手抜き工事、劣悪な施工精度、不透明な現場監理という中国の建設業界が潜在的に抱えている深刻な諸問題を解決する可能性を孕んだ研究だといえる。

このような技術革新によるライフスタイルの変化を実感する日々において、われわれの設計作業にも今後、構造、設備、消防、避難、環境、積算などのシミュレーション・サービスがAIと連動して、現在とは比較にならない、より高度な参考値を提供するようになるのも時間の問題であろう。おそらく設計初期の構造や設備システムの決定的な決断においてこの技術が汎用的に活用されることも充分に考えられる。しかし、やはり忘れてならないのは、AIはあくまで道具であり、結果は参考にすぎないということである。設計の決定、決断には設計者の意思が必要であり、AIがその意思を超えるのにはまだまだ長い時間が必要なようである。


★1–4 「马云做广告!全程标准英文讲解杭州G20峰会」, 新浪视频, 2016年8月26日, http://zj.sina.com.cn/news/d/2016-08-26/detail-ifxvixeq0502966.shtmlhttps://www.youtube.com/watch?v=rWWo3Oyw7mA ; 「马云录英文视频为杭州代言:杭州从来都不是只拼颜值(图)」, 浙江新浪, 2016年8月26日, http://zj.sina.com.cn/news/d/2016-08-26/detail-ifxvixeq0502966.shtml の3サイトより、筆者意訳のうえ掲載。

★5 「城市大脑:思考城市文明的第四次浪潮 — — 来自杭州、桐乡的调查」, 新华网, 2017年12月30日, http://www.xinhuanet.com/politics/2017-12/30/c_1122188755.htm より筆者要約。

★6 アリババ社への取材から、馬雲氏が担当者に発したAIに対する基本的な考えのようである。公式の発言かどうかは現時点で不明。


本稿はアリババ社のW氏とZ氏の理解のもと快く取材に応じてもらった成果であり、ここに謝意を表したい。

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助川剛

Written by

助川剛

すけがわ・たけし/1969年生。中国美術学院建築芸術学院教授。1993年東京藝術大学美術学部建築科卒業。1996年同大学大学院美術研究科修士課程修了。1996–2008年磯崎新アトリエ。2001年より中国駐在、深圳文化中心などを担当。2006年サイトワークス設立。作品に《青城山CHINART城市計画》ほか。

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