東南アジアのいびつな木材マテリアル・フローと建築家たちの試行

[201906 特集:木造建築のサークル・オブセッションズを超えて]/ Beyond Circle Obsessions on Timber Architecture

青島 啓太
建築討論
12 min readMay 31, 2019

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はじめに

豊かな植生を背景にした、木質資源大国とも言える東南アジア諸国の現状と、環境保全と生態系の維持の課題に直面しながら、建築に向き合う専門家の活動を報告したい。

東南アジアは、紫檀、黒檀、ウリン、チーク、マホガニーといった高品質の木材や、竹や籐などの植物材料も豊富であり、もともと、すぐれた木の伝統をもつ地域だ。欧州や日本を含めた、木質材料へのサスティナブルな材料としての期待は、樹木の十分な成長とその消費といった、きれいな環状のダイアグラムで図式化されることが多い。しかし、東南アジア諸国のような多様性の高い地域を含めると、木材の需要と供給は不均衡かつ複雑化し、いびつな循環を描く必要に迫られる。

森林伐採が進み、木材が希少化しているこの地域では、今なおコンクリートに依拠した都市づくりが展開している。しかし、日本や欧米諸国同様に、鉄とコンクリートによる都市を環境負荷の低い木質材料に置き換えていく議論は、東南アジア諸国でも進んでおり、木質化の流れとどう対峙していくかが、われわれの議論の対象だ。

Green Initiative Week として、環西太平洋島嶼国家である、日本、インドネシア、シンガポール、フィリピンに、マレーシアを加え、2017年のジャカルタ大会から日本建築文化保存協会を中心に、国際会議や展覧会を含む活動が開始された。森林資源・都市生態環境・建築の木質化をめぐって市民・専門家・行政・企業を横断した広汎な議論を推し進め、森林・都市・人間を繋いだ新たな環境パラダイムに関する意識醸成とデザイン創出を目指したものである。成長率の遅い硬質の南洋材の乱獲を抑えながら新しい木材資源を活かす技術の開拓など、木質建築デザインを巡る取り組みは、非常に多岐にわたるものだった。

その第2回目としての日本での開催は、「木質フォーラム in Japan (Green Initiative Week in Japan)」(2019年2月、静岡県浜松市)から始まった。合わせて東京で企画された「Green, Green and Tropical 木質時代の東南アジア建築展」(2019、建築倉庫)は、これらの国で活躍する建築家やデザイナーなどによるグリーンデザインの新潮流に焦点を当てた展示会だ。

まず、木質時代とも呼べる現在の状況において、「森林面積の減少」と「多様性の保全」といった東南アジア諸国における深刻な課題に対して、建築家や研究者が担う責任が見えてきた。ここで語られた森林資源の活用に関する議論は、日本で語られている、国内の木質化推進のそれとは、ずいぶんと様子が違っていた。

Fig.1 Green, Green and Tropical 木質時代の東南アジア建築展の展示会場,︎photo by JanVranovskys

森林面積の減少と木質材料の確保

木質フォーラムで「Going Back to the Timber」とタイトルが付けられた、バンドン工科大学のアスウィン・インドラプラスタ氏によるプレゼンテーションでは、インドネシア国内の森林の現状に関する情報共有から議論が始まった。東南アジア諸国の中でも、突出して森林減少面積の大きい、インドネシアが抱える危機感を踏まえた、問題提起である。

国土が17,000の島嶼からなる、インドネシアの森林面積は、世界でも8位と高い。森林面積は、国土の49.6%に及ぶ94,432万ha(2010年時点)と広大な面積を覆う。しかし、戦後の国内の森林再生によって、ほぼ2,500万haで森林面積が横ばいで維持してきた日本の現状と比べると、大きく状況は異なる。1990年から2000年にかけて、森林減少面積は年間平均200万haにも及び、減少率が緩和された2005年から2010年でも、減少面積は年間70万haに及ぶ。驚くべきことに過去20年間で、日本が保有する全森林面積とほぼ同じ面積の森林が、インドネシアで消滅したということになる。これらは、森林火災や違法伐採といった要因によるものであるが、さらには、国土が東西5,200㎞以上に広がり、多民族国家ゆえの土地所有制度や地方分権等による社会変化の混乱も複雑に絡み合っているとも言われる。フィリピンでも同様の状況であり、1934年に1,700万haを誇った森林面積も、60年代からの過剰伐採によって、2010年には767万ha(国土の25.6%)まで減少している。

こうなると、当然木材の価格は高騰する。アディ・プルノモ氏によれば、インドネシアでは、1㎥の良質な木材の価格は、車一台分と同等の価格であるとも説明された。こうした背景からしても、日本国内の木材の大量活用を助長する動きとは全く異なった状況が見えてくる。

アディ・プルノモ氏が設計した住宅、「Tanah Teduh #4」は、新しい木材の可能性を示したものであると言える。大きく分けて2種類の木材が利用されている。ひとつは、カリマンタン島のサマリンダで桟橋に使われていたウリン材の古材である。もうひとつは、これまで構造としては使われてこなかったゴムの木(ラバーウッド)やココナツの活用である。かつて荒々しく削られ、自然の風化や海虫食害を受けてなお強度を保っている黒々しいウリンと、柔らかい木目の色白いラバーウッドの対比が印象的な住宅である。

構造材料や外装材として26.3㎥のウリン古材と、内壁や床スラブ、天井に用いた34.8㎥のラバーウッドが使用されている。インドネシア国内では、住宅需要が急速に拡大していて、年間70万戸の需要があるとされている。プルノモ氏によれば、こうした木質の住宅計画が広がれば、使用される木材の量は1043万㎥にも及ぶという。そこで注目したのが、強度の弱く構造材としては利用されてこなかった、ラバーウッドとココナツである。それぞれ年間の産出量は、ラバーウッド材で750万㎥、ココナツ材で370万㎥であり、年間70万戸ともいわれるインドネシアの住宅需要を賄うに十分な量が確保できると期待しているとのことであった。限られた国内の木材資源の利活用を示した、専門家としての建築家の責任が感じられる。

Fig.2 Tanah Teduh #4 ラバーウッドと再利用材料のウリン,設計:アディ・プルノモ

また、耐久性が高く、古くから高級家具や内装、船体などに用いられてきたチーク(Jati)[1]などで言えば、成長速度が遅く、成樹になるまで100年を要する。こうした材料の希少性をよく映し出したプロジェクトが、展覧会では展示された。アンドラ・マティン 氏の「Potato Head Beach Club(バリ)」である。作品解説を引用すると「ファサードを覆うのは、インドネシア中から集めた6,000点のアンティーク窓やシャッターだ。昔の派手やかな色合いを保っているため、窓のパッチワークともいえる…」と語られているように、大きく半円形を描いたオープンテラス空間を囲うように取り付けられているのは、無数の再利用された扉である。これらはもともと、70年代にインドネシアで多用されたチークルーバー窓で、近代化とともにルーバー扉の代わりにガラスが取り付けられるようになり、その必要性は失われ、大量に売りに出される事態に陥ったという。しかし、耐久性能が高いチークは腐食せず、現在の材料で新しく造作しようとすれば途方もない費用がかかる。これは、リサイクルでありながら、同時に非常に高価な建材であり、バリの高級リゾートを象徴するファサードに用いられているのである。

Fig.3 Potato Head Beach Club の曲面ファサード,設計:アンドラ・マティン

多様な植生分布と木質材料の可能性

フィリピンやマレーシアでは、都市部への人口集中が70%と非常に高い。急激な経済発展と都市圏への人口集中は、水源の確保や上下水道整備、衛生改善が早急の課題であるとされている。例えば、セブ州都のセブ市を中心とする都市圏メトロセブでは、2010年に255万人であった人口は、2030年には約300万人に達すると推測され、平野部が少ないセブ島内の可住地面積の中で、住環境を整えるための取組みが見えてきた。

自然破壊による洪水被害や津波といった大災害に悩まされ続けてきたフィリピンでは、特に都市部での緑化を含めた国土戦略の必要性を実直に感じているようだ。もともと、生物の多様性が高いエリアといわれる東南アジア諸国だが、植生や森林資源のダイバーシティの重要性が繰り返し議論された。セブ島北側半分の丘陵地帯の森林と、平野部に分布する竹などの植物、さらには水際エリアのマングローブなど、バラエティーに富んだ植生が広がる。限られた居住可能域と、これらの植生分布を重ね合わせ、木材だけでなく竹やマングローブ、籐(とう)といった材料を含めた循環を描く必要がある。

展覧会では、マレーシアの建築家エレーナ・ジャミル氏によるマニラ市内の「The Bamboo Playhouse」や「WUF09KL Bamboo Pavilion」、フィリピンのカマリネスの学校計画「Millennium School」をはじめとした、竹による建築が大きく扱われた。

もともとこの地域では、竹はしばしば建築に使われる材料であった。竹の早い成長率による建材としての期待とは裏腹に、繊維的で脆性的な破壊構造は、現代建築の構造材料としての活用は難しい。ジャミル氏の計画した「The Bamboo Playhouse」は、マニラ市が整備した初めての竹による公共建築である。マレーシアだけでも50種(25種が在来種)にも及ぶ竹の種類が存在しているが、この中には、強度を備えた肉厚の種類が存在する。入念な検証をもとに、竹による31の矩形デッキを構成した計画である。サスティナブルな建築材料として竹が建築材料として位置づけられた意義は、非常に大きい。

こうした多様性に富んだ地域での取り組みを見ると、単純なマテリアル・フローでは描き切れない、多重の環の重要性が見えてくるのである。

Fig.4 The Bamboo Playhouse竹の構造体,設計:エレーナ・ジャミル

木質材料とその技術、そして災害復興へ

展覧会の目的は、次のように紹介された。「伝統的あるいは慣習的に展開されてきた、このスローテクノロジーとも分類されるような建築群を紹介すると共に、その「科学的に再現できない素材と技術」に注目し、隠されたシステムを明らかにしていく。」その展示構成は、3つのカテゴリーにタグ付けされている。「自然由来の生の素材は、加工され、<地域の土着材料>による製品として日々の生活に取り入れられていく。また、たとえ製品として完成されたものでも、<再生材料>として再構築され活かされ続ける可能性を持っている。そして、予期せぬ災害が発生した場合、人々は、従来の材料や技術による<緊急対応>によって、自身の知恵を活かそうとする。」(展覧会イントロダクションより)

先の2つのカテゴリーは、前述したプロジェクト等が含まれる。そして、最後の<緊急対応>のカテゴリーでは、その木質材料のアクセシビリティや伝統的な技術が、大災害への復興に活かされているのである。ノルウェーを中心にヨーロッパとアジアで活動する建築家エリクソン・フルヌと、地元フィリピンのレアンドロ・V・ロクシンパートナーズとで共同された「Streetlight Tagpuro」は、史上最強とも言われる2013年11月のスーパー台風ハイヤンによって破壊された、レイテ州タクロバンの孤児院とスタディーセンターを再建する形で実現された計画である。100回を超えるワークショップを通して、コミュニティモデルと呼ばれる利用者らと作り上げた模型を用いて実現された、シンプルな木加工による3棟の建築だ。建具や窓などは、プロジェクトに参加した子供たちの父親らが地元の材料と技術を用いて作り上げたものであり、緊急対応の建築に地域性がそのまま現れたものである。強靭なマテリアル・フローとは、こうした環状が断絶される緊急時にこそ求められるものである。

Fig.5 Streetlight Tagpuro,設計:ストリートライト・タグプロ | エリクソン・フルネス,レアンドロ・V・ロクシンパートナーズ,ボーセ

まとめ

木質時代の東南アジア建築を見ることで、われわれが考えている木質建築をめぐる環状のダイアグラムにとどまらない広がりに気づかされる。森林面積の激減を背景にした貴重な木材の活用から、新しい木質材料の開拓と、それらを自由に組み合わせる技術の展開は、木造建築が陥る閉じた環を打開するものなのかもしれない。木材だけでなく竹や籐といった材料を含めた多様な土着材料の利用から、再生材料の活用までそのフローは広がるべきであり、多様な資源を活用するための技術への探求は、止めるべきではない。

[1] インドネシアでは、100年以上前からチーク林の造林が行われてきたため、現在流通する木材は、これらの人工林から産出されたものである。

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青島 啓太
建築討論

あおしま・けいた/建築設計・計画。芝浦工業大学特任講師。代表作:『つくばCLT実験棟』、『いわきCLT復興公営住宅』ほか。