『沙丘研究所 Dunes』:SNSを駆使したセルフ・メディアの実践

[翻訳:秋天]051|202101|特集:建築メディアの条件そして効果 ──当代中国の場合

李雅倫
建築討論
Jan 7, 2021

--

[Q1]
『砂丘研究所 Dunes』の創立時期や編集方針、また編集部のことについて教えてください。

[A1]
沙丘研究所は2019年7月に設立された独立組織だ。自分たちの身近な分野である 建築や都市計画を起点に、文化および芸術的なコンテンツをつくってインターネットのプラットフォーム上で公開することで、可能な限り友好的なかたちで、知識やアイデアをシェアしたいと思っている。

『砂丘研究所』ロゴ

私たちのコンテンツづくりにおける重要なコンセプトは、建築とデザインをひとつの思考の方法として、それをもとに世界を観察すること。私たちは建築の自律性、そして建築と他分野との繋がりを伝達したいと考えている。そのために、コンテンツの多くは建築学から出発して、文学や藝術、哲学、そしてさまざまな現代のメディウムに対する理解へと広がっている。

コンテンツに関しては、私たちはできる限りオリジナリティがあって面白いものを提供したいと思っている。現在、[微信公衆号にて]頻繁に更新されている項目は以下の4つ、「沙丘辞典」「誕生日カード」「沙丘書影」「沙丘楽園」である。「沙丘辞典」では、デザインやアートの分野で頻繁に使われる専門的な英単語をいくつか選んで、分かり易いように解説する。私たちは「言語」を重視している。いくつかの語彙[の意味]を明確化することで、この曖昧模糊とした世界に徐々に基本的な明快さを構築していきたいと考えているからだ。「誕生日カード」は、私たちが敬意を払う思想家の紹介だ。その思想家の誕生日に、彼らの紹介記事を私たちの解釈を加えながら公開している。「沙丘書影」では、文学や映画作品を紹介しているのだが、その際にできるかぎり一種の「空間的」な手法で物語を解釈するようにしている。そして「沙丘楽園」では、オリジナルのショートストーリーをグラフィカルに公開している。これらに加えて、私たちの世界に対する観察や感覚、あるいは反省なども発表しており、そこからはDunesが長期的に関心をもっているテーマ、たとえば資本主義や新しいメディアにかんする思考が読み取れるようになっている。

Dunesは李雅倫、陳飛樾、任蕾が創設したもので、現在はさらに何人かの新しいメンバーもいる。

[Q2]
『砂丘研究所』は微信公式アカウントなどのSNSを使ってメディア活動を展開している点が興味深いです。このような活動形態をとっているのはなぜでしょうか。

[A2]
Dunesにとって微信の公式アカウント[公衆号]はもっとも主要なプラットフォームだ。ただ同じように、豆瓣や機核網、Matters、そして嗶哩嗶哩動画(BiliBili)でも記事を発信している(嗶哩嗶哩にアップロードした動画は3つだけだが)。現在自分たちのホームページも制作中ではあるのだが、まだ公開していない。

『砂丘研究所』微信公式アカウント

微信公式アカウントを使用してメディアの活動を展開する理由は3つ挙げられる。 ひとつ目は、ほかの多くの国と同様に、中国のインターネットソーシャルメディアは、少数の大手企業によってユーザーが支配されており、誰もが慣れ親しんでいるこれらの既存のプラットフォームに依存せず、独自の新たなプラットフォームを開発することは、非常に困難であるため。微信は、1日あたり10億人以上のアクティブユーザーがいる国民的なスマホアプリであり、一定数の読者数とアクティビティが保証されることになる。そのため、微信の公式アカウントを[メディアを立ち上げる際に]使用することは普通のことなのだ。 ふたつ目は、微信のほかのいくつかの中国語のソーシャルメディア、たとえば豆瓣や知乎、微博などのユーザーには、すでに社会の出来事や学問に対する比較的固まった立場や言語体系があること。これらのプラットフォームで生き残るためには、ある程度それぞれの「話し方[討論方式]」を会得する必要があるのだ。微信公式アカウントにも少なからず問題は存在するが、総合的に言えばこれは相対的に中立なプラットフォームであり、中国社会を「全体的に」オンラインで再現している。このユーザーの巨大なボリュームにおいては、さまざまなスタイルやスタンスの公式アカウントが各自で読者を引き付けることができている。そして3つ目は、Dunesのメンバーが全員、微信のユーザーであるということ。私たちはこのプラットフォームに詳しく、どうすればこのプラットフォームで確実かつ迅速にコンテンツをユーザーに配信することができるのか、理解できている。

私たちの微信公式アカウントの運営は数名の作者と編集者によって担われている。一部のコンテンツ[誕生日カード]は思想家の誕生日とリンクされるため、対応する日付にもとづいて公開をしているため、一定程度のスケジュールの計画がある。しかし別のコンテンツは相対的にフレキシブルで、チームの作者や編集者のスケジュールに応じて決定している。Dunesの運営方法は低コストで非伝統的だと言えるだろう。固定した運営スタッフがいる伝統的なメディアチームのオンラインバージョンというよりは、メンバー各自が独立して素早く調整しながら動くオンライン上の研究チームのようなものだ。

『砂丘研究所』は、微信のほかにもMatterやBilibiliなどのウェブプラットフォームを使用しながら、メディア活動を展開している。
https://www.bilibili.com/video/BV1Wa411w7Fr

[Q3]
『時代建築』などの中国建築メディアの大手も微信などSNSで自分たちのアカウントを持ち、無料で記事を公開しています。みなさんの活動は彼らとどのように異なると考えればよいでしょうか。

[A3]
これはとても良い質問だ。私たちは実際に歴史ある既存のメディアと異なるようにつねに努力しており、すでに誰かがやっていて、さらに成功を収めているようなことはできるかぎりやらないように努めている。

Dunesにとっては「オリジナリティ」がひとつの根本的な原則となっている。私たちは若い建築家とデザイナーであるが、それでもやはり自分たちのアイデアや表現したいことがあるのだ。それゆえ、たとえば海外の大学人による文章やレクチャーの翻訳紹介、著名建築家へのインタビュー、完成済みのプロジェクトの記録や紹介などを、Dunesではほとんどしてきていない。

こうした記事はとても重要ではあるが、多くの新旧メディアがすでにおこなっているものでもある。ゆえに、私たちはできる限り自分たちの言葉で発信するように努めているし、自分たちのそのような視点にも価値があるだろうと考えている。私たちがある種手本としているのは、たとえばスーパースタジオやアーキズーム、アーキグラムといった1960年代のペーパー・ベースの建築グループだ。

つまり、Dunesは創作チームであって、寄稿を集めるためのプラットフォームというわけではない。私たちには自分たち自身の知識のアーカイヴ、そして尊敬する現代思想家を持っている。Dunesの批判的な考えを位置づけるとすれば、私たちのコンテンツは消費主義や資本主義、技術的革新に対するある種の反省的態度を継続して示しているだろう。

伝統な建築メディアと比べると、私たちは学問横断的であり、「メディア」ということそれ自体についても強く再考しようとしている。Dunesのコンテンツの多くは哲学、文学、芸術、歴史、インターネットなどの分野にまで及んでおり、このために、私たちの購読者の半数(またはそれ以上)は建築以外のバックグラウンドを持っている。建築を学ぶことはより多くの知識を記憶することではなく、空間的な手法によって世界への理解を深めることであると私たちは考えている。それゆえ、建築以外の分野の人たちも多くは私たちのコンテンツを読んで理解することができるだろう。

[Q4]
中国建築メディアは数も豊富で多様ですが、みなさんや周りにいる中国の若い建築学生は普段、どのようなメディアを見ているのでしょうか。

[A4]
アメリカに学部留学したメンバーは多くの外国建築メディアに注目している。伝統的なメディアだったら、『architectural review』や『architect』などなど。また大型のインターネットメディアで言えば、『e-flux』や『archdaily』、『designboom』などだ。このほかにも『socks』や『diversare』、『Koolzarch』などのインディペンド・メディアもフォローしている。

中国本土で建築を学んだメンバーが日常的に読んでいる伝統的なメディアには、『世界建築』『時代建築』『建築技藝』『A+U』などがある。これらはどれも一般的に建築学部内や大学図書館で入手することができる。 オンラインメディアだったら、『有方空間』『谷德設計網(gooood)』『全球知識雷鋒』『行走中的建築学』などが挙げられる。

[Q5]
中国の若い建築家そしてメディア人として、昨今の中国建築メディアの状況の良い点・悪い点をどのように考えていらっしゃるか教えてください。

[A5]
中国の建築メディアは急速に発展しており、種類も豊富だ。欧米や日本のすでに確立された建築メディア環境では諸種のルールが存在していることに比べると、中国の「セルフメディア[自媒体]」は、創設が簡単で、運営の開始時点は低コストで運営できるため、ほとんど無秩序的で、迅速で、自由な傾向にある。だが、これら多様なセルフメディアが本当に伝統的な建築メディアに取って代わることができるかどうかは、まだまだ疑問で残る。セルフメディアは経済性に重きを置いているため、多くが話題性があったり、論争的であったり、人々の好奇心を満たすようなトピックを中心に作成する傾向がある。そして多くのセルフメディアにとって、収益を上げるに足る購読者を引きつけるためには、コンテンツをサークルの外側にまで届ける必要、つまり建築学以外の人びとにもクリックされ、読まれ、理解されて好まれたりする必要があるのだ。こうしてメディアの内容は過度に単純化され、簡単に理解され得るほどに単純化されてしまっている。根本的なところで言ってしまえば、こうした記事は建築学のものではなく、建築普及[建築科普]コンテンツないし写真のシェア[に過ぎない]だろう。また、新興のセルフメディアの編集者が従来の紙メディアの編集部のように雑誌フォーマットや引用に関する厳格な決め事をつくることはとても難しいから、情報の事実性についての誤りが多くなる。

中国の建築学生は、以前と比べてどんどん伝統的な雑誌や建築書籍を読まなくなっており、逆に微信公式アカウントやアプリをつうじて建築についての知識を得ることが増えてきている。教育レベルが不均一な中国国内では、これらのセルフメディアはすべての人びとがある程度の知識を獲得することの役に大いに立っていると言ってよい。また、資料やソフトウェアのスキルをシェアするアカウントも学生の大きな助けとなっている。しかし全体としては、知識が過去に比べて断片化され、長期的でも批判的でもなくなってしまっており、好奇心を単に満たすことや「バズること」[網紅化]へと傾斜してしまっている。長期的な視点から見れば、おそらくこのようなメディア環境下において、建築学は徐々に深く、恒久的で、人類のライフスタイルを代表する環境であることから、ある種のファーストフードのような消費物へと変わっていくだろう。これは建築学生にとって良いことではない。

コンテンツの生産者として、自分たちのアイデアや創造物をシェアできる微信公式アカウントのようなプラットフォームがあることは非常に嬉しいのだが、他方でメディアの運営者としては、この新しいプラットフォームにはまだ多くの体系的なルールや仕様が欠けていると思う。私たちもまた、コンテンツのテーマ選びやクオリティを損なわない範囲において一定の利益を得ながら、この組織でより質の高いアウトプットを安定的に生み出せるようにしたいと考えている。

--

--

李雅倫
建築討論

Li Yalun/建築家、「沙丘研究所」共同主宰。シラキュース大学卒業後、隈研吾建築都市設計事務所、標準営造(ZAO)、OMAなどに勤める。2021年よりハーバード大学GSD