海外における地震発災直後の構造エンジニアの活動

056|202106|特集:「直後」の構造家──大地震後の緊急活動のひろがり

一條典
建築討論
Jun 1, 2021

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はじめに

海外における地震災害発生直後に、被災国の求めに応じ人命救助のために、日本から派遣される救助隊に構造エンジニアが参加している。独立行政法人国際協力機構(JICA)に事務局を置く、国際緊急援助隊(Japan Disaster Relief Team : JDR)は、1987年の「国際緊急援助隊の派遣に関する法律」(通称JDR法)の施行に伴い、海外における災害時に人的支援を行うチームとして派遣される。JDRには、救助チーム、医療チーム、感染症対策チーム、専門家チーム、自衛隊部隊の5チームがある。その中で災害直後に被災地に入り、捜索・救助活動を行うのが救助チームである。これまで海外での救助現場に3回、構造評価専門家(構造エンジニア)が派遣されている。それは2011年ニュージーランドのクライストチャーチ地震、2015年のネパール地震、そして2017年メキシコのプエブラ地震である。JDR救助チームにおける活動を通して、海外での地震災害直後の構造エンジニアの役割と課題を考える。

1.国際緊急援助隊救助チームにおける構造評価専門家(構造エンジニア)の役割

JDR救助チームは、外務省職員を団長とし、警察庁、消防庁、海上保安庁の3庁から構成される救助隊員に加えて、現地での活動を円滑に行えるよう調整する業務調整員(主にJICA職員)、医師と看護師からなる医療班、構造エンジニアからなる構造評価専門家(Structural Engineer:SE)、被災地での通信をつかさどる通信班、救助犬を操るハンドラーなどがいる。この中で医療班とSEは、他が公務員であることと異なり、民間人のボランティアとしての参加である。なぜこのチームにSEが参加することになったのか。海外における救助活動は、日本だけではなく多くの国が参加している。各国の救助チームが連携し、効率的な救助活動を行うことを目的として、国連人道問題調整事務所に事務局が設置されている国際捜索救助諮問グループ(Inter National Search and Rescue Advisory Group : INSARAG )がある。INSARAGでは、各国の救助チームの能力を把握することで、様々な難易度の救助現場に適した力量の救助チームを派遣できる。そのために各国救助チームの能力を評価する外部評価(INSARAG External Classification : IEC)を行い、各国救助チームの能力をランク分けしている。日本チームは2010年に、この IECを受験し最高評価の「重(Heavy USAR Team )」を目標としたが、その評価の項目の一つにSEがチーム構成員に含まれていることが要件であった。JICAは、このSEの派遣について、(一社)日本建築構造技術者協会(JSCA)に協力を求め、JSCAが協力することとなった。JSCAでは国際委員会内に国際緊急援助隊部会を設置し、JSCA会員である構造エンジニアの有志をSE隊員として登録している。こうして日本の救助チームは、最高評価のHeavy USAR Teamと認められた。この評価制度は外部再評価(INSARAG External Reclassification : IER)として5年ごとに実施され、2015年には再びHeavy USAR Teamとして評価された。3回目の2020年は2020年東京オリンピック、パラリンピックに配慮し延期されている。

JDR救助チーム内におけるSEの役割は、大きく分けて3つ考えられる。

一つ目は被災国の建築物の特徴を把握し、救助チーム内に情報を共有することである。派遣されるSEは、地震発生から出発までの非常に短い時間において現地の街や建築物の特徴、構造などの情報を収集し、救助チームの安全を図るために留意すべき点をまとめる必要がある。それらの情報を救助隊員に伝え、救助活動における二次災害の防止に役立てることである。さらに、救助隊員自らも建築物の危険性を判断できるよう、被災した建築物の評価方法を説明する必要もある。

二つ目は派遣先での活動拠点の安全性の評価を行うことである。活動拠点は総勢70名前後の救助チームが、派遣期間中滞在する場所となる。活動拠点は野営の場合や提供された建築物のこともある。余震などに対し、野営であれば地形から安全な土地であるか、建築物であれば応急危険度判定的に、大きな損傷はないか余震に耐えうるかなどの判断材料を提供する。

そして三つ目が一番重要な活動となる救助隊員が救助を行う際の助言である。救助チームによる人命救助が必要となるような現場は、多くが倒壊や半倒壊した建築物の中に要救助者が取り残されてしまった場合である。状況にもよるがそのような現場では、救助活動が昼夜区別なく10時間前後続く場合もある。ただでさえ不安定な状態にある建築物に対し、新たに進入口を設けたり、障害物を取り除いたりなどの手を加えることは、再倒壊の誘発など非常に大きな危険を伴う。また、救助活動中の余震の危険もある。このような状況において被災建築物を見て、安定度の判断、応急の補強などの倒壊防止措置、再倒壊した場合の倒壊傾向や退避方向など様々な助言を行い、救助隊員の安全を図ることで、救助の可能性を広げることができる。また、途上国における建築物は、国内のそれとは全くの別物である。1、2階建ての低層建築物は、レンガ造が多く、レンガの壁も外側は焼成レンガを使うこともあるが、内部は日干しレンガを用いており脆弱なものが多い。4、5階建ての中層建築物は鉄筋コンクリート造が多いが、柱の径は200mm程度と小さく、また、梁せいも小さい。外壁は鉄筋コンクリートの壁ではなく、レンガを用いていることが多い。このような建築物が倒壊した場合は、内部に生存空間が残らない可能性も大きい。JDR救助チームの任務はあくまでも人命救助である。したがって、倒壊建築物に生存空間がない場合は救助現場にはなりえないため、生存空間の有無に対する助言もここでの助言に含まれる。

2.課題

一つは救助チームに参加しているSEは、そのほとんどが、建築構造設計を業務としており、救助に関しては素人である。またボランティアでの参加でもある。そのことからSEは被災建築物の内部への進入はできず、被災建築物の評価は、外観からの観察や救助隊員による内部の情報で判断することとなる。建築物の内部を自らの目で見ることなく行う評価は、非常に困難である。現状では救助隊員の目にした状況の聞き取りや、倒壊現場の内部を撮影した写真により、状況を把握している。新たな方法として、無線LANを利用して内部の画像を伝送する技術などを試みているが、更なる評価方法の開発も必要であると考えられる。

また、救助隊員にとってSEの助言は、自らの命を守る上で大切なものである。そうであるがゆえにSEの見解が分かれた場合は、不安材料になりかねず、様々な状況においてSEの考え方を統一しておく必要もある。

SE登録者の増員も課題である。要救助者の存命率は発災後72時間を境に激減するといわれている。そのため他国での救助活動は、スピードが求められ、JDR救助チームは派遣が要請された場合、外務大臣の派遣命令から24時間以内に派遣準備を済ませ出発しなければならない。救助チームのSEが日頃行っている構造設計業務は、明快な引継ぎ作業なしで別の者に業務を引き継ぐことが難しい。国内の災害であれば非常時であることから、業務から離れることの理解は得やすいと思われる。しかし、海外での災害の場合、国内は通常状態である。そのような中で1週間前後、通常業務を中断することの理解を得ることは非常に困難である。そのため、実際に派遣されるSEは少数(通常2名)であるが、多くのSE登録者を確保しておき、その中で条件の合う者を派遣する体制が求められる。現在のSE登録者は十数名で充分と言えず、さらなる増員が必要であると考える。

JDR救助チームは、3庁からなる救助隊員に加え、業務調整員、医療班、SE、通信班、救助犬ハンドラーなど性質の異なる機能が派遣当日に集まり、急造でチームを構成し活動を行う。各機能は、それぞれ独自の訓練や研修を行っており、SEも独自の研修を行っているが、チームとして優れた多機能連携が必要になる。各機能ともそれぞれがその道のプロフェッショナルであるが、当たり前だが異分野のことは分からないことが多い。しかし、各機能が垣根を越えてそれぞれの考え方や手法を学ぶことで、円滑な救助活動を行うことができる。JDR救助チームにおいて最も必要かつ重要なことは、「協調性」や「周囲に対する気遣い」である。

JDR救助チームでは、共通認識の確認と多機能連携を目的とする各機能合同での訓練が、技術訓練と総合訓練という形で毎年2回行われている。技術訓練は文字通り救助の技術を会得するための訓練で一週間程度行われる。また、総合訓練は実際に派遣されるチーム構成と資機材を用い、連続約48時間のシミュレーション訓練として行われている。その訓練の内容は、空港(仮想)への集合から始まり、出入国手続き、航空機内での打ち合わせ、現地到着後の活動拠点の設営、想定救助現場における捜索救助活動などが行われる。突発的な海外への派遣での救助活動を淀みなく行うために、この訓練を経験して、実際の派遣の流れや活動方法を会得しておく必要もある。このように海外での救助活動に参加するためには、日ごろからの準備が非常に大切になってくる。

国内外において地震災害直後の構造エンジニアの活動は、建築物利用者のための応急危険度判定的な活動が頭に浮かぶと思うが、その前段である人命救助の場面において、救助隊員の安全を図り、救助の可能性を広げる活動も我々の職能が提供できる重要な役割と考える。

SEの被災建築物モニタリング(写真提供:JICA)
救助現場におけるSEの助言(左から2人目)(写真提供:JICA)
RC造の被災建築物(写真提供:JICA)
RC造での救助活動(写真提供:JICA)
レンガ造の被災建築物(写真提供:JICA)
レンガ造での救助活動(写真提供:JICA)
多機能合同での総合訓練(写真提供:JICA)

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一條典
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1959年山梨県生まれ。甲府工業高校建築科、東北工業大学建築学科卒業。(株)村上建築構造研究所を経て、(有)構造設計舎設立。国際緊急援助隊救助チームに構造評価専門家として隊員登録。2015年ネパール地震の救助チームに構造評価専門家として参加。