海野聡著『森と木と建築の日本史』

歴史的建造物に資源活用を学び、森と社会の行く末を案じる(評者:網野禎昭)

網野禎昭
建築討論
Jun 30, 2022

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海野先生、歴史的建造物と各時代の森の状況や技術背景とのつながり、たいへん勉強になりました。おっしゃる通り、木に関する分野は、環境、林業、木材産業、建築など複数あり、建築の中でも細分化されています。そして、それぞれの分野で価値観が異なっており、そのため、現代という枠内で林業や木材活用を論じると、分野間で生々しい利益相反が起こることがしばしばです。その中で貴著は、歴史という場を通じて、とても重要な横串の視点を提供してくださっています。

私は、建築設計をとおして、林業の状況を踏まえた建築のあり方について勉強をしている者です。過去のどこかの時代では、森と建築の理想的な関係が成立していたのかなという興味で貴著を読み進めましたが、どの時代もかなりの苦労があったのですね。やはり、人間社会の変化と、樹木の成長とでは速さが違うので、先の先まで見越した持続的な資源戦略は難しいのでしょう。しかし、燃料も建築資材も木に依存せざるを得なかった頃ですから、常に不足傾向にある貴重な木材にあわせて建築のつくり方を変化させていこうとする様々な工夫に、森と社会の強い連携関係を感じました。現代には欠けている連携ですね。現代では木材以外にも材料の選択肢はあるし、輸入木材もあるし、木材自体の価値が相対的に低くなったことが要因なのでしょう。でも、もしかすると、再び木材が貴重になる時代に戻るのかもしれませんね。すでに輸入木材の高騰が始まっていますが、今後、地球規模での木材需要は増え続けるものと思われます。戦乱を経験している中、これまで日本に木材を輸出していた国々も一転して自国産バイオマスエネルギーの確保に乗り出すでしょうし。そうなった時に、過去60年ほど植林をしていない日本は、困ったことになるでしょうね。早く、森と建築の連携を取り戻さないと。貴著を読みながら現代を思いました。

私は森と建築の連携構築の試行として、最近、伝統木造の大工さんたちとの協働を模索し始めました。私の建てるものは伝統木造と呼べるようなものではないのですが、伝統大工さんたちが培い継承してきた地産地消のノウハウを活かして、地域内での森林資源の循環をつくろうという考えです。伝統技術とは、加工や建て方にばかりではなく、素材の生産や流通の仕組みにも生きているという点は、貴著の視点のとおりです。福井県嶺北地域の例を挙げます。この地域には、驚くべきことに中大規模製材工場がありません。そのかわり、伝統木造を継承する小規模工務店が、台車式製材機を備え、これから建てようとする建物にあわせて無駄なく木取りをしています。丸太を余すことなく製材し使い切るために、工務店の方々は、市場で、時には自ら山に入って丁寧に適材を選びます。貴著の4章に書かれている近世の福井県鯖江市で行われていた棟梁による木材の検分が、今なお実践されているようです。この地域の原木市場には大径木や10メートルを超えるような長材が並び盛んに売買されています。在来軸組用の柱の大量生産に向いた小径で長さも4mや3mに限った丸太ばかりが売れ、折角育てた大径木など見向きもされない他県の原木市場とは大きな違いです。このような地産地消の伝統が生きているため、ウッドショックの影響も他県よりは比較的マイルドだったとも聞きます。持続的な森林活用を実現する上で、このような地方に息づく伝統を発掘し、現代に生かしていかなくてはと思っています。

以上、読後感から脱線して取り留めのないことまで書いてしまいましたが、森林資源と建築の関連の歴史を紐解く著作として、また、これからの社会を考える上での糸口として、広く読んでいただきたい一冊だと思いました。

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書誌
著者:海野聡
書名:森と木と建築の日本史
出版社:岩波書店
出版年月:2022年4月

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網野禎昭
建築討論
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1967年静岡県生まれ。法政大学教授。早稲田大学理工学部卒業。東京大学大学院修士課程修了。スイス連邦工科大学ローザンヌ校Dr.sc.tech.取得。同校助手、ウィーン工科大学専任教員を経て、2010年から法政大学デザイン工学部建築学科教授。