渡辺真理
Oct 31, 2018 · 5 min read

ハーバード大学のデザインスクール大学院に通っていた頃、ハーバードビジネススクールの授業を履修していた友人が、こんなにぶ厚い本を2週間で読まなくちゃならないのだよと言って見せてくれたのが、本書でも度々引用されている、ロバート・A・カロの『パワーブローカー』だった。ニューヨークの都市改造を推進した立役者であるロバート・モーゼスを痛切に批判したカロの書がハーバードビジネススクールでケーススタディとして取り上げられていたのである。

ロバート・モーゼスの業績は驚くほど多岐にわたる。「13の橋、2本のトンネル、637マイルに及ぶ高速道路、658ヶ所の運動場、遊び場、10ヶ所の巨大な公営プール、17の州立公園、数十の市立公園の改修および新設」★1。これでは具体性に欠けると思われる向きも、モーゼスの関与したプロジェクトとして「リンカーンセンター、国連ビル、シェースタジアム、ジョーンズビーチ、セントラルパーク動物園、トライボローブリッジ、ベラザノナローブリッジ、ロングアイランド&クロスブロンクスエクスプレスウェイ」★1を挙げるなら納得されるに違いない。なんのことはない、20世紀にニューヨークで行われた目覚ましい都市改造はほとんど彼の仕事なのである。

ではどうしてこのようなことが可能になったのだろうか?

大規模な都市改造の先例としては19世紀(1853年から1870年)に当時のセーヌ県知事オスマンによるパリ大改造(オスマンの言葉で言うなら「美化」)が挙げられる。大規模な道路、下水道、公園などの建設と言う点では、オスマンとモーゼスの業績には共通点がある。

だが、オスマンは第二帝政皇帝のナポレオン3世の庇護を受けてパリ改造に専心したが、モーゼスは何人ものニューヨーク州知事や市長とのパワーポリティクスの中で業務を推進しなければならないという違いがあった。

そもそも、モーゼスは州と市という別個の行政組織に同時に所属することがなぜ可能だったのだろうか? また、州知事や市長から介入されない立場をモーゼスはどのように確保したのだろうか? 本書を読んでその疑問が氷解した。モーゼスはイェール大学卒業後、伊達にオックスフォード大学に留学した訳ではなかったのだ。ただし、詳しくは本書を読まれるようお勧めする。モーゼス自身もオスマンを鑑としていたようで、それは微笑ましい★2。

モータリゼーションを予見したモーゼスはマンハッタンとロングアイランドなど市内と郊外を接続する自動車道路(さまざまなパークウェイ)を行楽地(ジョーンズビーチなど)とセットで開発することでニューヨーカーから圧倒的な支持を受ける。「パークウェイ」と命名することで、道路行政でなく(自己の管轄下にある)公園行政とすることができたことも本書に触れられているが、モーゼスが卓越した行政マンだったことを示すひとつのエピソードである。

仕事、居住、娯楽を分離し交通で接続するというのはCIAM(国際建築家連盟)のテーゼだが、モーゼスの方法論はそれともきわめて近い。彼はニューヨークを自動車交通に適合した近代都市に改造することに向けて邁進したのだ。

都市と郊外との接続では成功を収めてきたモーゼスの道路計画がマンハッタン内部を対象にした時に問題が発生する。これまでにないレベルでの反対運動が起きたのである。

反対運動の中心的存在がジェイン・ジェイコブスだった。ジェイコブスによる『アメリカ大都市の死と生』は今日では20世紀後半の都市論の必読書とされているので読まれた方も多いと思うが、「都市や都市の近隣はそれ自体、自然発生的構造を持っていて、机上では決して作り出せない」★3という彼女の論点は、モーゼスだけでなく、当時の都市計画プランナーの誰もが受け入れられないものだった。

今日ジェイコブスの主張した「混合用途地区」の概念は都市開発の基本になっている。また一方で、ジェイコブスたちが始めた住民運動が「すべての都市改造に反対」となったり、さらには「反対のための反対」となったりして、デッドエンドに立たされているのも事実である。しかし都市には一種生き物のようなところがあり、なんらかのメンテナンスが常に必要になる。少子高齢化の中の空き家やシャッター通り商店街といったわが国の問題もそれにあたる。

この書は、ニューヨークという都市を愛し、その「美化」に生涯を捧げたモーゼスという人間を通して、都市に何が必要かを考えさせてくれる。都市改造を実現することは容易ではないし、軋轢も生じる。その中では、モーゼスに代表される男性原理とジェイコブスの女性原理のバランスが重要なのではないかとする著者の提言も傾聴に値する。今の日本にどれほどの男性原理があるのかは別として。

この書は本書の中でも述べられているようにアンソニー・フリント『ジェイコブズ対モーゼス: ニューヨーク都市計画をめぐる闘い』(邦訳版:鹿島出版会)と対をなしている。ちなみにフリントの翻訳は本書の著者である渡邉泰彦氏なので、両書ともヘミングウェイを思わせる明快な文章で一気に読ませられる。フリントを訳した渡邉泰彦氏が義憤に駆られて(?)本書を執筆するに至ったというあたりも現在の都市問題と市民の関係性を物語っていて、考えさせられる。


★1:アンソニー・フリント『ジェイコブズ対モーゼス: ニューヨーク都市計画をめぐる闘い』渡邉泰彦訳、鹿島出版会、2011年、p15
★2:前掲書、p80
★3:前掲書、p194

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書誌
著者:渡邉泰彦
書名: 評伝 ロバート・モーゼス:世界都市ニューヨークの創造主
出版社:鹿島出版会
出版年月:2018年4月

建築討論

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渡辺真理

Written by

わたなべ・まこと/法政大学デザイン工学部教授、設計組織ADH共同代表。1950年生まれ。1977年京都大学大学院修了。 1979年ハーバード大学デザイン学部大学院修了。磯崎新アトリエを経て、設計組織ADHを設立。主な建築作品に「真壁伝承館」、主な著作に『集合住宅をユニットから考える』(木下庸子との共著)など。

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