環の解像度を上げることで見えてくる課題|ヨーロッパにおける循環型経済と建築の関係

[201906 特集:木造建築のサークル・オブセッションズを超えて]/ Beyond Circle Obsessions on Timber Architecture

後藤 豊
建築討論
12 min readMay 31, 2019

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1. 背景

欧州においても、建築生産と利用におけるサステナビリティの関心と議論は高まっている。欧州全体で、建築・建設部門はエネルギー消費の40%、温室効果ガス排出の36%のシェアを持つ。住宅部門だけでも欧州全体のエネルギー消費および温室効果ガス排出それぞれの30%を占めている。これを受け、EUはエネルギー消費については例えばEnergy Performance of Buildings Directive (EU) 2018/844 において政策を制定し、これを達成すべく各加盟国が政策実施を進めている。資源の利用に視点を移すと、建築・建設分野のみではなく、各分野を包括的に取り扱う形で、Circular Economy (循環型経済) Action Planが設けられ、それを基に行われた調査や研究の成果をまとめたレポートが、EUにおいて2019年3月4日に採択された。Circular Economy Action Planの中の多くのトピックは廃棄物の有効活用に重点が置かれており、例えば2035年までに、EU全体で、公的な廃棄物の65%をリサイクルする等具体的な目標が設定されている。各種情報はEUのEuropean Circular Economy Stakeholder Platform[1]にまとまっている。

欧州の建築・建設業界の近年のトレンドを見ると、地球温暖化と循環型経済の観点から、中大規模建築の木造化が急速に進んでいる。これは木材が再生可能資源でありかつ炭素の固定を行うことを理由にしており、日本の建築業界での木造建築への関心の推移と同様の傾向がある。木造建築の大型化を進めるための法改正も順次行われており、2019年3月にはノルウェーはブルムンドダルにおいて、2019年6月現在世界最高となっている85mの木造複合施設(Mjøstårnet)が竣工した。高層ビルのような特殊建築のみならず、一般的な複層の集合住宅のマーケットを見ても、主要構造部に木材を利用した建築が増えている国は多数ある。現在の新築複層集合住宅の統計では、例えばスイスは7%程度、スウェーデンでは10%程度が木造となっており、1990年台にはほぼ0%だったことを考慮すると、急速にシェアを伸ばしているといえる。

循環型経済の理念と非常に親和性の高い木造建築だが、木造建築の増加している現在の欧州において、本当に循環型経済が成立しているのか、もししていないのだとしたらどこにバリアーがあるのか、以下にいくつか例を交えながら状況を報告する。

ブルムンドダルのMjøstårnet(©Moelven)

2. 建築と木材資源

木造建築を木材のサークルの視点から見るとき、(1)どこから木材がやってくるのか、(2)建築での役割を終えた木材はどこへいくのか、の2点について、現状と将来を分析する必要がある。

まず、木材の供給について。欧州内には多様な気候が存在し、建築用材を生産する森林の豊富な北欧諸国や、森林面積は広くても建築用木材の生産には主眼の置かれていないスペイン等、森林のあり方も様々である。持続可能な資源としての木材に注目が集まる中で、果たして欧州全体が自分達の必要とする木材の資源を欧州内で確保できるかを分析したプロジェクトに“EUWood”(2008–2010年)がある。当時の最新の森林統計と将来の木材利用の複数のシナリオを基に、欧州内の木材の需要と供給が算出された。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の想定する世界の経済発展と、木材生産の効率化による供給量の増加の程度を基に複数のシナリオを想定し、2020年までに欧州内のエネルギーの供給の20%を再生可能資源由来とするという目標を達成すると仮定した場合、一番遅い場合(経済の発展が緩やかかつ木材の生産効率が大幅に上昇する場合)でも、2030年までに木材の需要が供給を上回るという予想であった。ここで注意が必要なのは、需要が供給を上回る事で単純な過伐採が生じるというわけではないという点である。急峻地、湿地、あるいは林道の十分整備されていない森林等、人による管理の手の届ききらない地域での森林の成長は続く一方、供給の足りない部分は輸入で賄うことになるというのが最も妥当なマーケットの動向の予想といえる。この分析の中で木材の需要を伸ばす大きな要因は、欧州のエネルギー政策を達成するための木材のエネルギー利用である。このような予測を考慮すると、やはり材料として利用されている木材の使用年数を延ばし、市場内の木材のストックを増加させることが有効と言えよう。

続いて、木材のストックの増加の観点から、建築で使用された木材の行き先について。廃棄物の統計資料が十分ではないが、現状では、焼却による熱回収、埋め立て、粉砕によるパーティクルボードの原料供給の3つが最も一般的なルートと考えられる。循環型経済の重要性は議論はされていても、有効に幅広く木材の使用年数を延ばす方法が市場で広く実施されているとはいえないのが現状である。一体何が木材のリサイクルを妨げているのか。筆者は以下の5点の複合要因が理由と考える:

1. 木材は比較的安価な材料であるため、リサイクルをするための経済的インセンティブが低い。

2. カーボンニュートラルな材料なので、環境的サステナビリティの観点からもリサイクルをするインセンティブが低い。

3. 建築は設計・施工の個別性が高く、使用済みの部材の再利用が難しい。

4. 建築の生産は建築の長期利用を想定しており、解体、部材の再利用あるいは交換を想定した設計・施工が行われることが少ない。

5. 建築部材の再利用の適合性を判断するための基準が存在しない。

3. 新たな試み

木材のサークルの中で、より長期間の木材の材料利用を後押ししうるトピックをいくつかの研究プロジェクトの例ともに紹介する。

“Value Chain モデルとマテリアルフロー 解析”

前項の5点のバリアーのうち1および2に主眼を置くのがValue Chain(バリューチェーン、価値連鎖)モデルである。木の生育する森林から最終的な材料の処分までの、木材の価値の一連の連鎖関係をモデル化し、その特性を解析する。一方、マテリアルフロー解析は特定のValue Chainを成立させるための材料そのものの使用・消費・生産量を定量的に解析する手法である。

EU28カ国全体の木材のマテリアルフロー[2](©Infro)

従来のライフサイクルアセスメント(LCA)では、システム境界を定めたValue Chainモデルの中で、環境的、経済的、社会的インパクトを総合したサステナビリティインパクトが定量化される。それに対して、Value Chainモデルとマテリアルフローをカップリングすると、そのValue Chainの中での材料の使用量の増減と再利用やリサイクル等の材料の利用形態の変化から生じるサステナビリティインパクトの評価が可能となる。複数通りのValue Chainのシナリオのサステナビリティインパクトの定量的な比較を行うことによって、与条件の中での最適な木材のサークルの形態を抽出することができることとなる。

森林と木材の適用範囲の中で、LCAを行う汎用ソフトウェアは多数存在するが、Value Chain モデルとマテリアルフロー 解析によるサステナビリティインパクトを定量評価する汎用ツールは筆者の知る範囲では一つしか存在しない。フィンランドに本部を置くEuropean Forest Institute(EFI)が2005年から2009年にかけて開発したToSIA(Tool for Sustainability Impact Assessment)[3]は、森林と木材のValue Chainを解析する上でより重要となるインパクトカテゴリーに重点を置いた解析ツールで、これまで森林管理に関するサステナビリティインパクトの最適化を試みるプロジェクトでその定量的解析の有効性が示されてきている。近年になって、森林分野のみではなく建築分野での応用も試みられている。一つは筆者がリーダーを務めているチャルマーズ工科大学(スウェーデン)、ETHチューリッヒ(スイス)、アアルト大学、EFI(ともにフィンランド)の共同プロジェクト(SMARTA Wood Demonstrator、出資はEIT Climate-KIC)[4]である。もう一つは、EFIがリーダーのBenchValueプロジェクト[5]である。

ToSIAのValue Chainモデルの模式図

このようなツールを適切に運用することにより、木材のリサイクルに関するインパクトを定量的に評価することが可能となる。例えば経済的あるいは社会的インパクトでは、創出される製品の価格のみではなく、例えばValue Chainの変化がより広い範囲での雇用に与える影響等まで考慮したり、環境的インパクトでは木材のリサイクルが森林環境に与える影響を考慮する等、より広い視野で分析することも可能である。それにより産業構造の変化を進めるための政策策定等への応用が期待されている。

“Design for deconstruction”

前項の5点のバリアーの3および4に関連するのがこのトピックである。Design for deconstruction(解体のためのデザイン、DfD)は木造建築に限定するわけではなく、建築・建設産業分野全体で注目されているトピックでもある。その呼び名の通り、建築自体の解体および廃材の分別を容易にすることを設計および施工時に考慮するのが趣旨である。DfDが担保されることにより前述の木材のリサイクルによるサステナビリティインパクトを発揮することができるので、木材のサークルにおいてキーとなる。以下のプロジェクトを例に、DfDの現状をレビューする。

BAMB(Building as Material Bank)[6]は欧州内7カ国から15のパートナーが参加して2015年から2019年初頭にかけて行われた欧州プロジェクトである。建築部材が解体後にも価値を有していることが材料の再利用を促進するという点を理念に、“Material Passport”と“Reversible Building Design”というコンセプトを開発した。Material Passportは、建築に使用される材料のValue Chainの履歴と、その材料のより適切なリサイクル等の方法をデータベース化することにより、ユーザーが材料の利用の最適化できることをサポートすることを目的としている。Reversible Building Designは建築の建設および改修について、建築を容易に解体する方法を担保する設計と建設、建築のどの部位を建物を損傷することなく改修できるのか等の情報と実際の作業のプロトコルを設計者およびユーザーに提供することを目的としている。その結果、解体と改修を容易化するとともに解体後の材料の価値を損なわないままの容易な再利用を促進することができる。実際にこれらのコンセプトを適用した試験プロジェクトを6件実施し、その有効性の実証も行われた。これらの知見が今後の産業界にどのように生かされるのか、注目したい。

BAMBプロジェクトの試験プロジェクトの一つ(B.R.I.C.)(H2020 BAMB Pilot project developed by efp with the support of Brussels Environment、©t.capelle(left)、©c.morizur(right))

4. 循環型経済の実現への課題

前項の新たな試みはいずれも研究段階のもので、実務にすぐに直結するものとはまだ言えない。これらの取り組みが広く実務に生かされるためには、技術的な問題の解決のみではなく政策による市場の誘導と、民間での自発的な取り組みの両方が必要となる。

政策の観点からは、木材の再利用やリサイクルを推進する直接的な政策のほかに、建築のサステナビリティ評価システムの中にDfD等の考慮にインセンティブを与える等、色々な方策が考えられる。

民間の観点からは、やはり市場経済のシステムの中で木材のサークルが経済的意義のあるものとして成立しなければならない。近年の欧州の研究プロジェクトは成果を生かすビジネスモデルの創出も要求されることも増えてきており、実務も含めたより幅広い視野でのプロジェクトの意義と活用可能性を念頭に技術開発がされていくことが必要といえる。

[1] https://circulareconomy.europa.eu/platform/en

[2] Mantau U., Blanke C. (2016): Status of cascading use in the EU. In: Vis M., U. Mantau, B. Allen (Eds.) (2016) Study on the optimised cascading use of wood. No 394/PP/ENT/RCH/14/7689. Final report. Brussels 2016. p 9–33

[3] http://tosia.efi.int/

[4] https://nordic.climate-kic.org/success-stories/smarta-wood-slu-demonstrator/

[5] http://benchvalue.efi.int/

[6] https://www.bamb2020.eu/

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後藤 豊
建築討論

ごとう・ゆたか/木質材料・構造。建築物理。サステナビリティ。チャルマーズ工科大学(スウェーデン)研究員。サステナブルな建築への木材の活用を材料・構造の効率や耐久性等から多面的に解析している。