生きている木造建築の構造改修~住宅、文化財、産業化遺産、震災復興の場から~

[201809 特集:木造住宅リノベーションの構造エンジニアリング~構造の新旧複合の繰り返しは何をもたらすか?~]

北茂紀
北茂紀
Aug 31, 2018 · 16 min read

生き延びる「文化財建造物」

日本が世界に誇る木造文化財建造物は、長い年月を生き延びるために幾度も修復が繰り返されている。建てたものをほったらかしにしておいて、木造建物が何百年も生きながらえることはなく、ある一定期間ごとに不具合箇所に対して適切な措置が施されなければならない。そう考えると、日本の伝統木造技術とは、新築の技術だけでなく、修復の技術も含めて一つのものと考えるべきなのかもしれない。

現在、弊社での業務の大半が文化財建造物の耐震診断・耐震補強であるが、当初はこの手法を体系的に学ぶ方法がなかったため、現地での調査、修理報告書などの書籍、文化財に関する専門家や大工との協議を通じて、少しずつその手法を自分なりに確立していった。文化財と一口に言っても、神社、寺、塔、城、門など、様々な建物があるが、診断を通じて多くの建物に共通して注意すべき点があることが分かった。具体的には、
①保有水平耐力の不足
②接合部のはずれ
③柱の折損
④柱脚の浮き上がり
⑤水平構面の剛性不足
などである。これらの内容についての詳しい説明は★1で試みている。

文化財建造物のリノベーションには通常の設計行為とは異なる手続きが必要となる。この所定の手続きを経ることで基準法自体は適用除外となるが、許可を得るべき相手は市区町村、都道府県庁、文化庁、有識者委員会など数多くある。また修復方法については通常の建物と同様に意匠や施工法に配慮することに加え、その方法が文化財的価値を損なわないかも重要な指標となる。例えば印象的だったやり取りとしては、旧有備館主屋における完全に折損してしまった柱の取り換えについての議論である。この建物は事前の耐震診断において倒壊の恐れありとの判定が下されていたが、その後の補強工事を行う前に東北太平洋沖地震の際に倒壊してしまった。倒壊の主な原因は保有水平耐力の不足と柱の折損であったが、特に柱を貫通する大きな貫が断面欠損となり、折損に対しての弱点となっていた。そこでこの貫幅を少し小さくすることを提案したが、委員会での了承を得るまでに幾度もの議論が行われ、構造側から柱折損のメカニズムを模型で説明するなどを行い、やっとのことで貫幅を40mm→21mmに抑えることが可能となった。このように、文化財建物では見えない箇所と云えども現状を変更することには多大な労力を要する。またここでは元の貫幅を後世に伝えるために、元のサイズを柱に墨で残すことも行っている。

また文化財建造物では、既存を守ることを第一に考えることから、他の用途の建物とは異なる補強の考え方も許容されている。一度に完全に補強を完了させてしまうことが難しい場合に、まずは可能な範囲のみ工事を行い、段階的に目標の状態に至ることを目指す経過的措置や、限られた一定の期間のみ補強を行う応急措置などである。

経過的措置には、その時行われる補強は最善で恒久的なものではなく、将来より良い技術が開発された際にはその補強方法と取り換える、という意味合いも含まれている。宮光園白蔵で行った補強では、耐震補強+2階床支持のための方杖フレームを設置したが、この方杖フレームは極力建物と一体化せずに、必要な力の伝達を限られた“点”で行う納まりとしている。この納まりの考え方は、将来の取り換えを容易にするだけでなく、垂直・水平でない既存部材と新設部材を無理なく接合するのにも都合が良かった。

応急措置については、数年後に予定されている根本的な修理までの間や、年に数回の儀式のためにしか使用されることのない建物に対してなど、文化財建造物では意外と適用機会が多い。現在この目的のための補強装置を日本大学と共同で開発しており、ブレースの接合部に摩擦力を活用することで、既存部材を傷めることなく所定の耐力を確保させることを考えている。

このように、基準法の適用除外を受ける文化財においては、“建物を生き延びさせる”という目的のために比較的柔軟な考え方が許容されているが、この考え方を住宅に適用させた場合に、新しい可能性が生まれるのではないだろうか。長い間議論され続けている既存不適格住宅の耐震化の問題では、年金暮らしで耐震補強を行うための予算が確保できない高齢者世帯の住宅など、耐震補強がどうしても困難なケースがある。ここで経過的措置の適用を考えてみると、まずは一階だけ、まずは寝室や人の集まるリビングだけ、というできる限りの補強という考え方が生まれる。部分的な補強が逆に偏心を増大させないように注意が必要だが、耐震診断における構造評点1.0以下がNGであっても、0.3と0.7のリスクは同じではない。この際には、所有者に対しての性能説明が非常に重要ではあるが、目標に向かって少しずつ段階的に進んでいこうとする経過的措置という方法は、所有者の自助努力を促す有効な方法となり得る。また応急措置についてもこのごく限られた期間だけの仮の補強という考え方は、近年のネパールゴルカ地震や熊本地震のように、二度の大きな地震の発生というようなケースに有効かもしれず、一度目の地震後に損傷した建物に応急措置を施すことで、二度目に発生した地震に耐えることが可能になるかもしれない。この場合、危険な状態で手早く作業のできる施工の容易さと、あらかじめ採寸などができなくても現場で寸法の調整ができる臨機応変性などが技術的に要求される。現在開発中のものではまだまだ改善が必要ではあるが、文化財、住宅ともに適用できるような応急措置の方法を考案したいと考えている。

旧有備館主屋:東北太平洋沖地震で折損した柱
旧有備館主屋:柱と新しい貫穴。既存の貫のサイズを墨で記録している。
旧有備館主屋:倒壊再建後の外観
宮光園白蔵:外観 (撮影:網野隆明)
宮光園白蔵:内観。耐震のための方杖フレームが設置されている (撮影:網野隆明)
宮光園白蔵:方杖フレームと既存の梁は木ブロックを介して接合されている。(撮影:網野隆明)
宮光園白蔵:木ブロックは新規梁に差し込まれており、既存梁とは鉄骨プレートを介して接合されている。鉛直荷重とせん断力はこの木ブロックを介して伝達される。
応急措置方法:実験風景
応急措置方法:接合部

生まれ変わる「木住リノベ」

次に紹介するのは住宅のリノベーション(木住リノベ)であり、これまでの記憶の蓄積を継承しつつも、大胆に生まれ変わることが求められたプロジェクトである。

大胆な生まれ変わりとして建築事務所セカイが提案したのは、既存の木造2階建て住宅をほぼ中心部で真っ二つにし、片側を曳家で移動させることにより二棟間に新しい中庭を作り出すというものである。前章の文化財建造物では考えられないほどの過激な手法であるが、木住リノベでまず求められるのは、住まい手の求めに応じ、喜びをもって住み続けるための新しい空間を提供すること。それを表面だけの化粧直しではなく、骨格から組みなおす提案としたことに構造としても惹かれた。

構造的な課題としては、まずは分離されたそれぞれの建物にバランス良く耐震壁を配置することであるが、この点についてはそれぞれの建物がコンパクトになった上、外壁面積が増加したおかげで、ほとんど室内に壁を設ける必要なしに成立させることができた。また分離させた建物側に大きな吹き抜けを設けたいとの提案に対しても、コンパクトになったおかげで水平構面での応力の分配機能にそれほど期待する必要がなく、吹き抜け周りの柱・梁に対する面外応力を考慮することで大きな吹き抜けを成立させることができた。

一方、もともと一体であった木造架構を分離することには当然ながら困難な点も多い。分離する箇所では梁を切断することになるが、木造架構の力の流れは複雑に絡み合っており、切断される梁には小梁が掛かっていたり、そこに柱が載っていてさらにその柱が屋根を支えていたりと、ある梁の切断の影響が次々に連鎖していく。そこで力の流れを確認しつつ、提案されるプランとのすり合わせを行い、一つずつ現場で納まりを決めていく作業が必要であった。

前項とは逆に、この木住リノベにおける過激な手法が、文化財建造物に対して新たな提案となり得るかもしれない。例えばある一棟の文化財建造物においても、建物全体において文化財的価値が一様である訳ではない。全く手を付けるべきでないほど重要な箇所から、特に重要でなく改変が許容されている箇所まであり、まずは文化財調査においてはこれらのグレードを明確にすることが求められている。そこで場合によってはグレードの低い箇所を分離することによって、バランスの悪さが改善されたり、それぞれのグレードに応じた補強が可能になるなどのメリットが生まれるかもしれない。この減築ならぬ分築の考え方は一見すると過激ではあるが、歴史的に見ても建物の一部だけが分離され移築されるなどの例はあり、文化財建造物においても新たに生まれ変わるための有効な手法となり得ると考える。

聖蹟桜ヶ丘の家:リノベーションのコンセプト図(作成:セカイ)
聖蹟桜ヶ丘の家:曳家の風景(撮影:セカイ)
聖蹟桜ヶ丘の家:曳家後に生まれた中庭空間
聖蹟桜ヶ丘の家:新旧の部材が絡み合う架構

生き続ける「近代化遺産」

近代化遺産とは、日本の産業の近代化に貢献した建造物や機械などで大臣認定されたものである。この中には、戦前期に建てられた木造3階建て旅館のような大規模な宿泊施設も含まれているが、多くは現行法規に適合しない既存不適格の状態にある。これらを法に適合するように改修するためには、消防、耐火、構造などの法規を満たすために根本的な改修が必要となり、それによって建物の歴史的価値が失われてしまう可能性が高い。このように文化的価値の維持と法適合という、極めて厳しい判断を求められているのが近代化遺産である。

建築学会の「歴史的大規模木造宿泊施設の安全性能確保特別研究委員会」では、文字通り歴史的宿泊施設が、法の求める安全性を確保しつつ、歴史的価値を継承できる方法を、法規・構造・防火の面から調査研究し、それを実現するためのガイドライン(案)を示すことを目的としており、私も委員の一員としてこの問題に取り組んでいるところである。この委員会を通じていくつかの案件を確認してきたが、歴史のある装飾を維持するために補強ができない、増築が繰り返されているために上下の柱が通っておらず補強ができないなど、かなりの困難を伴うものばかりであった。

そこで有効な方法の一つとして、耐震シェルターの活用を考えている。耐震シェルターとは建物が倒壊しようとも生存空間を確保し、人命だけは救おうという考えのもとに開発されたものであり、住宅においては様々な形のものが既に適用されている。これを大規模木造宿泊施設に応用し、例えば人の集まる大広間や避難経路に設置することで、法適合にまでは至らないが、建物の価値を維持しつつ、人命だけは確保することを考えている。筆者も修士課程においてこの耐震シェルターの研究を行ったが★2、技術的には建物が倒壊しながらも生存空間が確保されることをどのように証明するのかが極めて困難であった。現在では例えばwallstatのように倒壊状態までを追跡できるような解析ソフトの利用が、今後有効な方法となり得るのではないかと考えている。

簡易耐震シェルターのイメージ

生き返る「震災復興」

近年、日本各地で大きな地震が発生し、そのたびに多くの建物が被害を受けている。被害には程度の違いがあり、残念ながら倒壊してしまった建物もあれば、損傷こそあるが、修復して元通り生活できる建物に生き返る建物もある。ただし、その程度の判断は一般の人には難しい。単に壁が剥落しただけの被害でも、一般の人にとっては絶望的な被害と映るかもしれない。2007年3月に発生した能登半島地震では、私はNPOの一員として被災地に滞在しており、ここで訪れたある酒屋の主人に話を伺うことが出来た。彼らの住宅は幸いにして無事であったようだが、酒蔵の土壁が大きく剥落するという被害を受け、近所の工務店に相談したところ、「直すのは無理。建て替えしかない」と言われ、解体してしまっていた。「解体してしまったことで、住んでいた麹菌が失われてしまった。うちのオリジナルのこのピンクのどぶろくはもう作ることができない」と悲しまれていた姿が忘れられない。蔵の土壁は小舞竹が外壁側に吊られているだけの場合があり、驚くほど簡単に地震時に剥落する。しかし逆に簡単に剥落することで躯体に傷をつけないため、建て直しには手間や費用がかかっても、決して不可能ではないはずである。現在でも災害後の公費解体に間に合うようにと、慌てて解体してしまい後悔するという例が後を絶たない。被災地で話を伺うと、これまでの記憶が積み重なった“自分の居場所”への、多くの人の愛着の強さを感じる。この居場所を生き返らせるための正しい情報提供は、構造設計者ができる活動の一つではないかと考えている。

地震で剥落した土壁。躯体にはほとんど影響がない。竹小舞が形を維持したまま落下しており、容易に落下したことが伺える。
ピンク色のどぶろく

生まれる「ノイズからリソースへ」

「・・・実は、この回路は電磁的な漏出や磁束を巧みに利用していたのである。普通はノイズとして、エンジニアの手によって慎重に排除されるこうした漏出が、回路基板を通じて伝わり、タスクをこなすための機能的な役割を果たしていたのだ。・・・人間が人工物を設計するときには、あらかじめどこまでがリソースでどこからがノイズかをはっきりと決めるものである。・・・だがそれはあくまで設計者の視点である。設計者のいない、ボトムアップの進化の過程では、使えるものは、見境なくなんでも使われる。結果として、リソースは身体や環境に散らばり、ノイズとの区別が曖昧になる。どこまでが問題解決をしている主体で、どこからがその環境なのかということが、判然としないまま雑じりあう。」(森田真生『数学する身体』新潮社,2015)

通常、リノベーションのための構造検討の過程においても、モデル化という手法を通じて対象をリソースとノイズに分類し、このリソースのみを用いて検討を行っている。このときに、知らず知らずのうちにノイズとして排除してしまっている、考慮すべき要素があるのではないだろうか?例えば木造の耐震設計においては、基準法では長い間壁だけがリソースとして見込まれていたが、現在では接合部のめり込み耐力、垂壁や腰壁などの小壁もリソースとして計算されることが一般的である。これは建物の姿が変わった訳ではない。設計者の認識においてノイズであったものがリソースに改められただけである。そう考えれば今後の変化も十分にあり得る。例えば熊本地震で、通常はノイズとして認識される雨戸が明らかに耐震的な役割を果たした建物がある。また地震被災後の残留変形が1/8や1/10に至っても倒壊していない建物でも、計算でその理由を解明することができておらず、同様なノイズの働きがあるのかもしれない。

伝統木造住宅の雨戸

このリソースとノイズの関係についての新たな可能性として、常時微動測定のようなデバイスを用いたモニタリングに注目している。常時微動測定では、建物の挙動があるがままに計測されるため、そのデータには建物の要素すべての役割が含まれており、リソースとノイズの区別もない。ただし、現在ではこの測定データを有用な結果として用いるために、データ解析の段階で多くのものがノイズとして切り捨てられているように感じる。結果として折角の常時微動測定結果も、通常の構造計算をわずかに補完するものとしてしか用いられていない。今後測定機器、データ解析技術がともに発展することにより、建物のありのままの姿を把握することができるのではないか、という希望的観測を持っている。

我々はまだ建物の性能を完全には説明できていない。もしかするとノイズとして切り捨ててしまっている部分が何かの役割を果たしているのかもしれない。そもそも構造設計者にとってノイズであっても、意匠設計者、所有者、そして建物自身にとってはリソースかもしれない。文化財建造物の診断・補強設計の際には、「建物の本当の性能を評価してください。過少評価で補強だらけにしないでください」ということを強く要請される。安全確保と最小限の補強の間でいつも悩み続けているが、文化財建造物に限らず、住宅、近代化遺産などの建物においても、建物全体をより大きくリソースとして見渡すことで、新しく生まれるものがあるかもしれないと考えている。


★1 歴史的大規模木造宿泊施設を活用し続けるための課題と対策、日本建築学会 歴史的大規模木造宿泊施設の安全性能確保特別研究委員会、2016年度日本建築学会大会(九州)パネルディスカッション資料

★2 北茂紀、岡田章、宮里直也、斎藤公男、宮城島丈司:「簡易耐震シェルター(品川シェルター)の開発」2009年度日本建築学会関東支部研究報告集

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北茂紀

Written by

北茂紀

1977年大阪府生まれ。2000年近畿大学理工学部卒業。2000~2003年意匠設計事務所。2004~2006年青年海外協力隊員としてジンバブエ国へ赴任。2007~2010年日本大学大学院前期博士課程。2010~2014年増田建築構造事務所。2014~北茂紀建築構造事務所設立。ものつくり大学、日本大学大学院非常勤講師。

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