秋吉浩気著『メタアーキテクト-次世代のための建築』

弱さ・小ささ・やわらかさを強みに、余白をポテンシャルに(評者:大村紋子)

大村紋子
建築討論
Oct 20, 2022

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2008年から刊行が始まった「現代建築家コンセプトシリーズ」の最新刊である。筆致は無謬性の呪縛から自由であり、建築とは世代から世代への贈与だと著者は謳う。

見開き左右のページでそれぞれ異なるモードの物語が進行する。左ページは著者が取り組んだ約5年間の実録である。家具から建築へのスケールアップ、そして垂直・水平展開へと広がる過程が写真と模式図のキャプションで提示される。右ページでは、実践を通して生成されつつある著者の構想がテキストのみで示される。後半に進むほど左右の物語のリンクの度合いが深まっていく。

右ページは「自由連想で生まれたテキストから関係性を見出し、並べ替えながら結合することで全体を構成し、絶えず再構成する過程で生じた仮説をもとに論を飛躍させながら書き進めた。」(p.178)と著者自身が語るとおり、実践を通じた思考の履歴、古今の書から得られたインスピレーションなど、さまざまな発想が響き合い、飛躍や唐突さを恐れずに勢いよく言葉が繰り出される。

著者は起業家であって、研究者ではない。隙のない緻密な論を組み立ててしっかりと防御線を張るよりも、余白を読み手と一緒に埋めていこうとするかのようだ。ツッコミが飛んでくれば、そのレスポンスから生まれる新たな展開を企図しているようにも、思える。

そのようなわけで、批評的に読むのも良いが、共感ポイントを探しながら読む方がずっと楽しめる。実務者であれば、必ずどこかに首肯するフレーズが見つかる。

タイトルの「メタアーキテクト」という造語には、何やら「超-超人」のような連想を抱いてしまうが、いくつか引用して私なりの解釈を示してみたい。

まず、この語はだれかひとり、を指すのではなく、どうも集合名詞としても使えるようだ。

アーキテクトという伽藍形式の超越的な個人は解体され、メタアーキテクトというバザール形式の集合知へと再構築される。」(p.150)

次に、調光ダイヤルのようにその濃度を上げ下げすることもできるらしい。

本書を通して読者が自分なりのメタアーキテクト度合いを、自ら重み付けを行い都度選択できる状況を目指したいと思う。」(p.22)

さらに、日本の大工にその祖型を見る。メタアーキテクトは、

一歩前に出て全建築プロセスを包括する引力と、一歩下がってデザイン支援者になる斥力との双方を持つ。・・・中世のマスタービルダーのように集約化に向かう指向性と、デザイン支援者として分散化に向かう指向性の2つを有し、アンビバレントな側面を持つ。」(p.126)

つまり、みながメタアーキテクト的な視点で知恵をしぼる状況があって、パートタイム的に参与してもよく、一歩前あるいは一歩下がって事象に向き合う。多義性とやわらかさを持った概念のようだ。

メタアーキテクトがカバーする範囲を「全建築プロセス」としている点にも着目したい。プロジェクトには時おり、つくり手と使い手、専門分野の違い、あるいは工務店かサブコンか、といった分離仕分けを超えて、関与する人たちの視点がいわば「建築-するDoing Architecture」という大どころでピタリと合致する一瞬がある。設計だけでは、建てるだけではあまりにもったいない、ぜんぶをひとつながりと考えて社会と接続してこそ建築の愉しみは倍加する、と、著者は実践を通じて体得したのだろう。

左ページではその実践のプロセスをたどることができる。著者は終章で「つべこべ言わずにまずはつくってみる」(p.182)方法を生かして「建てることを通して設計する」(p.182)方法論を構想するが、そこへ至るプロジェクトのひとつ、富山県南砺市利賀村に建つ《まれびとの家》についてはキャプションが以下のように進行する。

当初A型に組んだフレームを地組みして、それをなんとか起こすことで施工できないかと思っていたが、挫折した。」(p.127)

次のページ。

とはいえ成果はあった。大工さんに助言を求めても、図と言葉だけの段階では「やったことないからわからん」と言われてしまう。しかしいざ実際にトライしてみると建設的な対話が始まった。」(p.129)

ページを繰るごとに次なる展開が見えて、プロセスが時系列で伝わってくる。

そしてp.137では「上棟という儀式が、土着の祝祭性を帯びた瞬間であるように思えた。」と、達成の喜びへ至る。

プロセスのなかには地道でベタな一端も挟まっている。例えば建て方がうまくいくよう、治具をあらかじめ基礎打設時に埋め込んでおいた、と語るページ(p.131)。アンカー精度をきっちりと確保してあるからこそ、建て方は1日でスパッと上棟まで完了し、祝祭感を共有できる。ノリでわいわい建てこんでいく学園祭とは異なり、大工さんから村出身の学生たちまで一緒になって建て方の方策を議論し、「実際に建てられるようになっているかどうか」(p.186)を綿密に検討した光景が透けて見える。事前の仕込みと呻吟があってこそ、建て方がスムーズに進み、感慨もひとしおとなる。人間の顔をしたデジタルファブリケーション。

参加の余白を生むことで、他者の助けを積極的に借り、少しずつ仲間を増やし、臨機応変に軌道修正をする。その繰り返しで、社会との接点を泥臭くつくっていきたいと思っている。まさにその仮説を《まれびとの家》では実践したつもりであり、自分の作品というよりは集合知の成果であると言える。」(pp.116,118)

多くの知恵を借りながらベタをないがしろにせずに実践を積み重ね、さりとて著者は建築界のうちわに閉じこもることなくメタに構想し、軽やかに変化しながら社会を再編集していこうとする。その原動力は何か。

本書の左右ページに一貫して流れるなにかを探していたところ、著者も引用している『クラフツマン-作ることは考えることである』が良い参照を与えてくれた。それは、より良い仕事をしたい、というアスピレーション(aspiration) ★1であり、仕事への誇りである。未完成や曖昧さを大切にし、長い成熟/即興といった時間の緩急を重視する。競争よりも協調を尊び、想像的飛躍を希求する。このようなクラフツマンシップへの敬意と「自身がつくり手として愉しめる建築をつくりたい」(p.116)というブレない気持ちが、本書の背骨にある。

最後に、「都度更新しながら解像度を高めていく」(p.186)アジャイル開発の適用を模索する著者であれば、本書はウェブに載せておき、都度アップデートしていく選択肢もあったかもしれないが、私は紙の本というブツになって出版されたことに意義を感じる。数十年後、誰かが書架にある本書を見つけてパラパラと開けば、2022年という時代の「気分」のようなものがきっと伝わることだろう。

なお、出版に至る道のりは一筋縄ではいかなかったようだ。本書の企画が進行中だった2020年、シリーズ版元が閉鎖する。それまでシリーズの企画・編集を担当していた株式会社スペルプラーツは他の出版社を探すよりも自ら版元となって出版する道を選んだ。すなわち、本書の成り立ち自体が外発的な依頼仕事から離れ、「つべこべ言わずに」みずから動く起業マインドによって立つ。その点でもきわめて同時代的な一冊である。

★1 ピタリとくる日本語が見つからないためカタカナ書きとしたが、『クラフツマン』ではこの語に「向上心」という和訳をあてている。「大志」や「大望」といった訳語もある。

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書誌
著者:秋吉浩気
書名:メタアーキテクト──次世代のための建築
出版社:株式会社スペルプラーツ
出版年月:2022年3月

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大村紋子
建築討論

プロジェクトマネージャー。主なプロジェクト「葉山加地邸継承支援」、「銘建工業本社事務所」、「サテライト古座」。株式会社納屋代表取締役。