緻密な木取りが山を生かす

『建築雑誌』を読む 04|1736号(202004)特集「山を考える建築・森と街をつなぎ直す」

山田憲明
建築討論
Dec 25, 2020

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本特集は、林業と木材産業、木造建築をめぐる根源的な諸問題を顕在化させ、今後の森林と街のあり方について論考するものである。論者は、川上の素材生産者、川中の流通業者、製材業者、川下の設計者から、木材コーディネーター、行政、研究者等、多岐に渡り、木材や木造に通じた編集者による企画編集のもと、広く深い議論がなされている。原木の材積や価格に対する製材品の割合をあらわす「歩留まり」という客観的な指標に焦点をあてつつ、俯瞰的かつ微視的な視点から論じていることも興味深い。

1.林業、木材産業、木造建築をめぐる問題

現代は林業を生業とすることが難しい時代といわれる。林業が盛んだった時代に比べて製材歩留まりと価値歩留まりが悪くなったことで、立木や原木の価格が著しく落ちためである。大貫肇氏の示すデータによれば、50年もの間、製材品の価格変動がほとんどないにも関わらず、ピーク時からの価格下落率が丸太は約3割、立木に至っては約1割という恐るべき数字となっている。歩留まり低下のしわ寄せが全て川上に行っている現況が明らかにされた。

その背景として戦争、外交、国策、森林状況、需要の変化などが複雑に絡み合っており、原因を一元化するのは困難だが、各論考と自身の経験から浮かび上がってくるのは次の4つである。

1)外国産材への依存、川上~川下のコミュニケーション不足
戦後の森林資源枯渇解消や防災を目的に行われた木材利用抑制政策、拡大造林政策による若齢林化、外国産材輸入自由化等によって国内の木材消費が外国産材にシフトし、長期にわたる国産材自給率低下に繋がっている。これを原因とする川上~川中~川下の長期的な流通停滞によって従前の緊密なサプライチェーンが失われたため、川上の森林状況と川下の需要が互い共有されなくなった。自ずと、大局的な視点に基づく無駄のない製材品の生産や活用がしにくい状況になった。

2)価値の高い製材品の需要低下
構造改革の一環として平成6年頃から木造住宅建設コスト削減の政策が推し進められ、規格寸法の人工乾燥材と住宅用プレカットによる大量生産が普及した。更に近年、和室がつくられなくなったことで役物などの価値の高い製材品の需要が落ち込んだ。これらにより、きめ細かい木取りがされなくなった。

3)大径丸太の未活用
拡大造林政策によってできた人工林の立木が伐期を過ぎて大径化しているが、長年の育林にも関わらず、大径の平角材や正角材の需要がなく活用されていない。良質の大径丸太が、集成材用のラミナや構造用合板の単板用として、低価格で一絡げに製材所に送られている。

4)木材、木造に通じたプレイヤー(建主、設計者、施工者)の不足
長期的な木材利用不全の発端となった上述の木材利用抑制政策は、かつて存在した木材のサプライチェーンを壊しただけでなく、建主、設計者、施工者が持ち合わせていた木材や木造に関する多くの経験と知見も失わせた。そのため、現代においても木材、木造に通じたプレイヤーが不足しており、木の特性やサプライチェーン踏まえた木造建築がつくられにくくなっている。大学でも木造教育を実施しているところは少なく、若年齢層が木造建築に関われる機会が少ない。

2.緻密な「木取り」の欠如が「歩留まり」低下を生む

これらをみていくと、歩留まり低下の直接的原因が「木取り」であることがわかる。木取りとは、一本の原木から製材品を効率良く採材するために、鋸を入れる位置や順序を決める作業である。この木取りの良し悪しによって製材品の質と量が決まり、その結果として歩留まりが決まる。

10年ほど前の冬に旭川の製材所を訪れた時に、極寒の中で原始的な台車式製材機で黙々と製材作業を行う初老の男性を指差して「この工場で最も高い給料をもらっているのがあのハンドルマンだ」と案内人から説明されたことを思い出す。木取りは、材の曲がり、節、木目などを考えながら製材を行う非常に高度な技能で、それを司るハンドルマンの腕の見せ所は、どれだけ無駄を少なく価値のある製材品を生み出せるかなのである。

ところが現代では、価値の高い製材品の需要が著しく低下し、そのために緻密な木取りがされなくなってしまった。歩留まり低下の根源的な問題は、そこにあるのではないだろうか。もはや現代では多くの場においてハンドルマンの技能は必要とされなくなりつつある。更に、現代主流となっている大量生産向けのツインバンドソーの製材機のみ経験では、ハンドルマンのこのような技能は養成されにくいことも、サプライチェーンの悪循環を生む要因のひとつとなっている。

3.問題解決に向けて

歩留まり低下の直接的な原因が緻密な木取りの欠如で、それを発生させている問題が上述の1)~4)にあるとすれば、改善には次の取り組みが重要である。

1)川上~川下のコミュニケーションを促す
現在、川上~川下のコミュニケーションを促すために、木材関係者による様々な試みが行われている。

近年、一定の成果を上げているのが、本藤幹雄氏が述べるような対話に基づく川上~川下間の連携である。製材所を営む野地伸卓氏は、川下のニーズを掴み直接価格交渉を行うために工務店に営業に行き、川中の仲間とも連携をとりながら、内装や建具用の良質な板材を生産・販売することで価値歩留まりを高めているという。

公共木造建築のプロジェクトでは、設計の初期段階で川上の森林組合、川中の木材組合、川下の発注者・設計者・施工者、木材や木造の研究者等が一同に会して議論し、使用木材の性能とサイズ、供給スケジュールや品質管理方法をみんなで決定していくという取り込みも行われている。筆者が関わる木造プロジェクトでも、なるべくこのような対話の機会を設けるようにしており、広さ70m×100mのアリーナの無柱大空間を覆う屋根の構造設計を行った大分県立武道スポーツセンター(2019年竣工)では、木材の先行分離発注に伴い、多くの専門家や関係者によって構成される木材検討会を開催し、県内で調達しやすいE50、幅120mm×成240mm×長さ4mの一般流通サイズの県産杉製材を用いるという決断に至った。本特集の論者の一人である藤本登留氏に木材乾燥方法についての多大な知見をいただいた。

浦江真人氏が指摘しているように、このような対話の場を円滑に進めるのに必要とされるのが木材コーディネーターである。木材コーディネーターとは、川上から川下までのあらゆる仕事やプレイヤーに熟知し、それらを繋ぐ専門家である。使用木材の調達先とスケジュール、仕様とサイズ、品質管理方法の決定に重要な役割を果たす。現状では数は少ないが、議論の場にそれぞれの立場を知る木材コーディネーターが入ることでまとまりやすくなる。大工や製材加工業等を経験して情報分断の危機意識を持った樋口真明氏は「ウッディーラー豊田」を立ち上げ、様々な業務の経験によって得た幅広いネットワークと知識を活かして豊田市の木材利用促進を支援している。

ニーズの把握と無駄のない木材供給を目的に業務範囲の拡大を進めている会社もある。例えば、元々は製材業のみを営んでいた会社がプレカット加工・建方まで総合的に木工事を請け負うようになったところもあれば、山を購入し、森林施業から製材業、設計、住宅販売まで川上から川下までの全ての業務を行っている大会社もある。既定のシステムに寄らず、デジタル技術と発想の転換によって川上、川中、川下を直結できるシステムを新たに構築しつつある秋吉浩気氏の活動は興味深い。

2)大径材の活用
現在、森林や林業経営の健全化の要として期待されているのが、大径丸太の有効活用で、国も特に力を入れている。筆者のまとまった考えは、日本建築士会連合会会誌「建築士2019年7月号特集」でも述べさせていただいたので詳細は譲るが、歩留まりを高めるには大断面製材と丸太材の活用が有効で、これをいかに進めていくかが課題である。

大断面製材は、大きな荷重負担や燃えしろ設計が要求される中大規模木造建築に適する。現状では、乾燥が容易な板材を積層接着して太く長い材を製造でき、寸法安定性が良い大断面集成材やLVLが多用されているが、意匠的な観点や歩留まりの良さから無垢材の需要は依然として高く、公共建築の事業者が無垢材を希望するケースも多い。特に製材は大断面になるほど節が出にくく、化粧材としての価値も高い。その一方で、普及には、①乾燥技術の開発 ②規格寸法の設定 ③汎用性のある構造技術の開発 の3つが必須で、業界全体でのボトムアップが重要である。JASの格付けができれば、燃えしろ設計やラーメン構造も可能になり、活用の幅が広がる。

丸太材は、原木を製材せずにそのまま使うことから、力学的な断面性能のロスが非常に少ない反面、直径や形状がまちまちであるため、かつては造作との取り合いの少なく、大きな力を負担する小屋梁やはね木、独立柱等に多用されていた。現代では、墨付、加工ができる大工がほとんどおらず、造作との取り合いの難しさから使われなくなっているが、上述の力学的な効率のよさや、化粧あらわしにすることで意匠に寄与させるなど、もっと見直されてもよい素材である。例えば、丸太材の端部ディテールの工夫や太鼓落とし・半割といった要素技術を採用するだけでも、丸太材の良さを失わせることなく施工の合理化は可能である。丸太材の活用こそ川上~川下の連携が最も大切になる。

3)川下(建主、設計者、施工者)の意識と教養と高める
木材利用抑制政策によって失われた知見は多いと考えられているが、特に木材のユーザーとなる川下の建主、設計者、施工者の木材と木造に対する意識と教養を取り戻すことは容易ではない。だが、この意識と教養がなければ木造建築の需要は発生せず、健全なサプライチェーンは構成されない。

筆者は木造建築セミナーの講師として全国を回り、たくさんの地元設計者と交流させていただいたが、構造設計者の多くは業務で木造経験がないばかりか、大学ですら木構造の教育を受けておらず、年長者になればなるほど木構造設計に取組みにくい状況を痛感する。現代でも大学で木構造の講座を設けているところは稀だと聞くが、若い世代が木構造を学べる環境を早急につくるべきである。社会全体が木材と木造に対しての意識と教養を高めることが、川上と川中の更なる需要を生む。そんな状況の中、大学で実践を踏まえた木造教育を行っている網野禎昭氏や山崎真理子氏の活動は心強く、卒業生の今後の活躍を期待している。

表面的なデザインにとどまらず、森林状況、歩留まり、加工、組立、再利用に至るまで考え抜き、縦ログ構法というひとつのシステムに結実させた故芳賀沼整や滑田崇志氏のような設計者の存在は、川上、川中にも勇気を与える。「解体、再利用がしやすいよう釘を使わない」といった姿勢には大いに共感する。竹原義二氏のように木を熟知し、玉の使い分けや木材のテクスチュアにまで配慮して設計している設計者は稀である。このような生きた話は業界でもっと共有されて然るべきである。

どれも地道な取り組みではあるが、川上~川中~川下のそれぞれの立場での小さな努力の集積が「山を考える建築」を生み出し、「森と街をつなぎ直す」と信じている。■

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山田憲明
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やまだ・のりあき/山田憲明構造設計事務所代表取締役/単著『ヤマダの木構造』。共著『構造ディテール図集』/第22回JSCA賞作品賞「国際教養大学図書館棟」。第7回日本構造デザイン賞「東北大学大学院環境科学研究科エコラボ」。2021年日本建築学会賞(作品)「上勝ゼロ・ウェイストセンター」