渡辺豊和著『縄文スーパーグラフィック文明』

(評者:布野修司)

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著者は、1938年生まれだから、今年78歳、建築設計活動を停止してから既に久しいが、その文筆活動は益々旺盛である。

本書は、『縄文夢通信』(徳間書店、1986年)の再考を謳う。『縄文夢通信』の骨子は、日本列島の全土は冬至、夏至、秋分、春分の日の出と日没の太陽光が走る「太陽の道」である一辺ほぼ50km弱の菱形のグリッドで覆われており、その交点には巨石構築物が建てられていて、光を反射して瞬時に伝える通信網となっていた、というものであったが、基底には、「縄文的なるものVS弥生的なるもの」という日本の伝統文化をめぐる対立図式があり、西欧の合理思想に裏打ちされた「迷妄の弥生」「より進歩した高度な弥生」という図式を転倒しようというのが一貫する主題である。著者自身の言葉に拠れば、「縄文の<夢通信>とは、この宇宙に偏在する自然=神と出会う手法だった」のである。

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全体は、序章と終章合わせて全9章からなる。冒頭(序章、第一~三章)に触れられるのが、奈良県山辺郡山添村の神野山の巨石群である。この巨石群の配置が天球図を示している、という。その存在も主張も聞いたことがない。著者は2004年に「イワクラ学会」を設立、その会長として、日本列島の磐座、巨石文化の調査を続けてきているが、この「神野山天球図」の発見は、「イワクラ学会」の成果である。

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あるいは、荒唐無稽あるいは誇大妄想的な説と思われるかもしれない。しかし、精神世界を重視する「超古代史」好きのニューエイジャーの疑似科学というわけにはいかない。宇宙の動き、天文に従って、国土をデザインすることは、古今東西、むしろ普遍的にみられるからである。「スーパーグラフィック」というのは、国土の幾何学、地球の幾何学のことである。それに単に布置のみが問題とされているわけではない。記紀や伝承の解読が合わせて行われる(第二章)。興味深いのは、著者がこれまで触れて来なかった出雲神話に触れていることである(第三章)。

そして、本書で新たに取り上げられているのは、紀元2世紀以前に成立したとされる、洛陽を中心とする地理書である『山海経』であり(第四章、第五章)、最澄と苛烈な論争を行った徳一である(第六章、第七章)。その想像力のめくるめくような飛翔には正直ついていけないところが少なくないが、常識的な思考のフレームは大いに揺さぶられる。

縄文日本の精神(スピリット)なるものへの期待はひしひしと伝わってくる。

著者紹介:
渡辺豊和:1938年、秋田県角館町(現・仙北市)生まれ。福井大学建築学科卒、工学博士(東京大学)。RIA建築総合研究所勤務を経て、1970年、渡辺豊和アトリエ主宰(1972年、渡辺豊和建築工房に改称)。1977年、「建築美」を創刊。1980年、京都芸術短期大学客員教授、1981年、同短期大学教授。1991年、京都造形芸術大学教授、2007年、退任。作品に「秋田市体育館」「対馬豊玉町文化館」「竜神村体育館」など。著作に『ヤマタイ国は阿蘇にあった』『縄文夢通信』『日本古代のフリーメーソン』など多数。

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