藤村龍至著『ちのかたち──建築的思考のプロトタイプとその応用』

帰納法的飛躍による「けいたいにとうごう」から「けいたいのとうごう」への実践のプロセス(評者:橋本圭央)

橋本圭央
建築討論
5 min readNov 30, 2018

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藤村龍至とは何者なのか。

建築実務を中心とする者はその建築作品を「よくわからない」と言い、アカデミック等を中心とする者はその活動を「うまい」と評価し、双方に関わる者はその方法を「おもしろい」とする声を耳にする場合が多いように思われる。

本書において著者は、2005年以降に発表した建築作品や活動、およびその方法を、「線」、「超線形」、「記号」、「集団」、「集合」、「連続」等のキーワードをもとに分類・連関したうえで、終盤にそれらを「ち」と「かたち」の関係からなる「ちのかたち」の類型に分けて集約させることで、著者独自の用語である「超線形」の一般解としての解釈可能性と、「ちのかたち」という新たな用語の全体性に関する概念形成の深化をきわめて巧妙に試みている。

著者の代名詞のひとつとして捉えられる傾向にある「超線形」デザインプロセスは、その定点観測的な視点からの模型の連続群、魚の発生過程のイメージから、一見すると、これまでも様々なやり方でおこなわれてきたヴォリューム・スタディにあたかも有機的に「複雑な全体」を形成しうるという視点を含めた単なるプロセスの整理にすぎないという印象をあたえる。また、著者の建築作品に対する「よくわからない」という評価はこうした印象、およびそこでのヴォリュームの記号的な操作自体への懐疑に依拠しているようにも感じられる。

しかし一方で、その前章の「線」において、建築家が「空間的に想像しすぎて」、逆説的に課題を「単純化してしまう」という避けきれない傾向に対して、ヴェンチューリ等の80年代の試みにおける包含によるものではないかたちで「複雑な全体」に近づく方法としての「時間の流れ=タイムライン」を提唱している点。また、次章「記号」でのヴォリュームの「メイン/サブの主従関係」をなくし、「自律的であり他律的であるような現れ方」を求めている点。こうした点から、「超線形」デザインプロセスの骨子である「単純なフィードバックを細かく反復するそのデザイン・パターン」が、その各プロセスでの「発見されたルール」を重視するのみならず、デザインプロセスが「デザインプロセス」として還元主義的に固定化することを回避しようとする試みであることがわかる。

著者が繰り返し言及する社会の「複雑な全体」は、かつてアンリ・ルフェーヴルが唱えた「単に人々が生活する場という意味にとどまらない、都市たるものという概念を内包した空間の生成」と同様に、その捉える手段、生成する方法自体の確立をいまだ困難とする問題を抱えている。その問題とは、本来的には非計画的な側面を持つこれらを計画化せざるを得ない建築家の職能として、または質的な側面であるそれらを定量的に記述せざるをえないアカデミックに属する者にとって、あるいはその双方に関わる者にとっても、自己矛盾を内包した還元主義にある。著者はこうした問題に対して、例えば「あらゆる断面をプロトタイプとして等価にあつかう」、「ささいなズレを生む自由さ」、「人間による、言語によるコミュニケーションの支配」への警鐘、時間と成果の比例に関する再現性の「形骸化を避け、創造性を高める」等から見出されるように、本書全体を通じて、目的化されたデザイン言語への対峙、つまり還元主義的なデザインプロセスに対する内的批判からの帰納法的飛躍のあり方を考察していると言える。

他方で、都市たるものである空間や社会の「複雑な全体」を捉え、生成するプロセスにおけるもうひとつの自己矛盾を含む問題は、道具主義的な側面である。ここでの道具主義的な側面とは、捉え、生成可能なものとして都市たるものである空間や社会の「複雑な全体」を道具化して捉え直すことであり、また「望ましい結果」としてのそれらを生むための建築理論・実践の合目的的な道具化にある。こうした道具化のプロセスは、建築に関わる者全てにとって必然的なものであるからこそ、常に考察すべき事柄であると言える。

著者の「ちのかたち」の類型は、こうした道具主義的な側面にも批判的であり、その萌芽的な試みが「離散」であろうことが窺えるが、本書ではいまだ萌芽の域を脱していない。

近年、ビアトリス・コロミーナの『我々は人間なのか?』等において、装飾と道具の両義的な関係等が語られているなかで、著者の帰納法的飛躍のプロセスにおける道具性(=)装飾性のあり方、演繹・帰納双方に関わる還元主義への対峙を非道具主義的な側面からもどのようにおこなうか、といった点を含めて「かたちにとうごう」するプロセスがどのように「かたちのとうごう」に発展しうるか今後の飛躍を期待したい。

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書誌
著者:藤村龍至
書名:ちのかたち:建築的思考のプロトタイプとその応用
出版社:TOTO出版
出版年月:2018年8月

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橋本圭央
建築討論

はしもと・たまお/高知県生まれ。専門は身体・建築・都市空間のノーテーション。日本福祉大学専任講師。東京藝術大学・法政大学非常勤講師。作品に「Seedling Garden」(SDレビュー2013)、「北小金のいえ」(住宅建築賞2020)ほか