[202002特集:建築批評《チャウドックの家》―東南アジア浸水域の建築 -近代化の境界線上からの視座- ]DESCRIPTION | “House in Chau Doc” from structural perspective
「船の家」
チャウドックの住居の形式は、大きく3つに分類される。Ⅰ:水に浮く「船」のような水上住居、Ⅱ:河畔に杭柱を立てその上に「船」をのせたような杭上住居、Ⅲ:嵩上げされた道路を挟み浸水期間の短い地上にピロティをもった高床式住居、である(図1)。西澤氏が設計した《チャウドックの家》は3つ目に該当する。
それぞれの形式の外力に対する抵抗の方法は異なり、Ⅰの水上住居は、風を受けた際に水平方向に移動することができ、同時に沈むため、ある程度、風の力を受け流すことができるが、浮力の反力と上下動に伴う捩れに抵抗する必要がある。Ⅱの杭上住居は、浸水時の浮力と風圧力への抵抗が必要である。Ⅲの高床式住居は、頻度は低いものの、洪水時の浮力と、風に対しての抵抗が必要となる。ベトナムの建築基準法(VIETNAM STANDARD TCVN2737:1995)によると、チャウドックの設計用基準風速はわずか13m/sで、国内で最も穏やかな地域のひとつである。また、地震はないので、その他に考えられる外力は水圧であるが、このあたりの洪水は、水がゆっくりと氾濫し、流木などがあっても床下柱を壊すことはないという。
ここで、ⅡとⅢにおける上部構造と杭柱(かつては木、現在は現場打ちまたは簡易プレキャスト・コンクリート製)の取り合い部分について述べておきたい。5つのタイプが確認できる。①ただ杭柱の上にのっているタイプ、②杭柱の頭部が二股に分かれ、そこに木梁を差し込むタイプ、③杭柱の頭部から差し筋を出しておき、木梁を挟みズレ留めとするタイプ、④上部構造の縦材が降りてきて、杭柱に添えられ、側面からボルトで固定するタイプ、⑤杭柱にアゴが設置され、その上に上部構造が設置されるタイプである(図2)。
いずれの接合方法をみても、杭柱と一体に固定されているというよりは、あくまでも自立した「船」を原型とする家が、ズレ落ちないように軽く留めている程度であり、まさに杭柱の上に「のっている」状態といえる。記録的な洪水により想定以上の水位を超えた場合、上部構造をジャッキアップし、杭柱を増し打ちしたり、継ぎ足したりするような調整機構を備えていることから、上部構造と杭頭が固定されていないとも考えられる。構造的にも、浮力や風に対して、杭柱との接合部で抵抗し過ぎると、応力が集中して、局所的に部材が壊れるリスクもあるため、上部構造とのフレキシビリティの確保は理にかなっている。かつての日本の住宅も礎石に上部構造が「のっている」だけの状態とすることで、地震時に浮き上がったりズレたりするような動きを許容することで、地震エネルギーを吸収し、柱や土台が破断するようなクリティカルな損傷を回避し、修繕を容易にしていた。日本の建築基準法は何度かの改正を経て、土台は基礎に固定し、接合部は金物に頼る設計が一般的である。その耐力は想定される地震力により決定されているため、予想以上の地震がくれば接合部が壊れ、耐震性能が一気に落ち、崩壊する可能性がある。
その意味で、チャウドックの住居は、杭柱と固定しない状態を保つことで、いつでも「船の家」、水上住居へと戻ることができるというセイフティネットを確保してきたともいえる。堤防や造成による浸水対策は、予測できない気候変動により、いつか破綻する可能性を孕んでいる。この固定されない杭柱との関係を保持し続け、形態としても、いつでも杭から離脱して、水上住居へと戻れる状態にしておくことが、チャウドックの住居のこれからを考える上で、重要ではないだろうか。
《チャウドックの家》の上部構造の木軸についての考察
この作品の構造は、西澤事務所の図面をもとに、ベトナムの構造エンジニアと現地の大工さんによって設計された。ここで建築家の言葉を引用する。
「こ の 地 域 の ⾼ 床 式 住 居 は 洪 ⽔ に よ る 崩 壊 に よ る 建 材 の 転 ⽤ や 流⽤、取 り 換 え 可 能 な 簡 易 な ディ テー ル、 素 早 く 組 み 上 げ 解 体 の 可 能 な 構 法 に よ る 動 的 な 更 新 ⼿ 法が 多 く ⾒ 受 け ら れ る。 《チャ ウ ドッ ク の 家》 は そ う し た 交 換 可 能 な 動 的 な ディ テー ル が 積 極 的 に採 ⽤ さ れ た。 ま た チャ ウ ドッ ク は 設 計 者 の 拠 点 ホー チ ミ ン と 遠 隔 地 で あ る こ と か ら、 現 地 の 職 ⼈に よ る ⽊ 加 ⼯ の 簡 易 で ロー カ ル な ディ テー ル が 積 極 的 に 介 ⼊ す る。」
既に述べたように、水面との距離のとり方や、杭柱と上部構造の取り合い方だけをみても、チャウドックの住居の形式は、十分ユニークなものであるが、私が、最も注目したのは、この木軸の接合部のあり方である。
「半」ズレした接合部
ここに示しているのは、《チャウドックの家》の接合部のディテール集である(図4)。基本的に斜材は存在せず、垂直材と鉛直材のみで構成されているが、その材と材の関係は、「挟む」、「噛ませる」、「半噛ませ」、「くわえる」(名称は筆者による)などの非常に簡単な仕口加工により、建て方手順と、将来的な材の交換可能性を考慮した非常に合理的な接合部である。中でも興味深いのは、「半噛ませ」や「くわえる」のように、材の断面欠損を最小限にするために、材の中心をズラすように取り合わせている点である。これを「半ズレ」と呼ぶことにする。日本や中国の伝統構法の接合部は、中心線を揃えて交差され、比較的大断面の材が扱えることから、相欠きまたは主材に対して副材が貫通するような方法により、接合部の中心軸をできるだけズラさないようにするのが一般的である。また、西洋の古い木造教会や長屋などで見られる「ティンバーフレーム工法」のように、材を「完全にズラし」単純に添わせたり、挟んだ上で、ボルトで接合していくような、仕口加工の手間を極力無くしていくような方法とも異なる点において、非常に特異な接合部のあり方であるといえる。
【日本の小屋組】
鉛直材(主材)に対して、水平材(副材)を貫通またはホゾ差しとして、楔で固定されている。斜め材は設けられておらず、貫による曲げ抵抗であるものの、たくさんの小さい材を組み合わせていくことで荷重を分散させ、一箇所あたりの応力を小さくしている(図5)。
【ティンバーフレーム構造】
基本的には、丸太を割った材で主材を「挟んだり」「添わせたり」した上で、釘か木栓で固定し、主材同士はホゾ加工した材を仕口に差し込み、木栓で固定する簡単なディテール。全体の構造システムとしても斜材により応力を材の軸方向に伝達している(図6)。
半ズレはなぜ生まれたか
私は、この分野の研究者ではないので、あくまで推測ではあるが、船で運搬されてくる木材は、扱いやすさと軽さが優先され、断面が小さいため、断面欠損を最小限に抑える必要がある。断面欠損を最小限にするのであれば、ティンバーフレーム工法のように、欠損なしで、単純に添わせたり、挟む方が圧倒的に合理的であるが、ボルトや木栓に頼った接合となると、常に動きのある水上の「船」の家から発展してきたことを考えると、繰り返し揺らされることで、次第にめり込んでゆき、緩んでしまう。水上で乾燥収縮も激しく、ボルト周りで痩せていくことも予想される。そのため、局所的に力が掛かるボルトや木栓での線的な接合方法ではなく、材と材を半分ズラして噛ませることで、面的に応力伝達を図ることでめり込み面を大きく取ると同時に、剛性を高め、断面欠損と加工手間を最小限におさえる接合部が定着したのではないだろうか。また、複雑な接合部を有していないゆえに、一方向からの材の取付けや交換が可能であるため、部分的な修繕も容易である。
セーフティネットとしての「船の家」
水に浮く「船の家」を原型に持つチャウドックの住居は、接合部のあり方ひとつとっても、水との関わりが常に意識され、組立てられてきた事がわかった。一方で、堤防や造成工事により、このような文脈で受け継がれてきたものが、全く別のロジックにより建て替えられていっているのが現状である。前述したようなセーフティネットとしての「船の家」に、いつでも戻れるようなシステムは維持すべきだと私は思う。気候変動と水位は密接な関係にあり、「想定」を大幅に超えた洪水や水位の上昇が起こる可能性はいくらでもある。少なくとも彼らには、その解決策が残されているように思う。
今回の論考をきっかけに、わが国日本において、チャウドックの「船の家」に代わるセーフティネットはあるのか、また、どのようなあり方が可能なのか、構造設計の観点から考えていきたいと思う。