論考|「つくるしくみ」「えらぶしくみ」から「かんがえるしくみ」へ
今回、「Model(ing)の技法は、建築をどう変えるか?」のテーマで論ずる機会を頂いた。頂いたこのテーマを見たとき「危険だな、」と思った。下手をしてしまうと、論考が単なる道具(ツール)論に成り下がり、既読感の強いものになる可能性があると直感的に思ったからだ。
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筆者は様々な大学で非常勤講師を務めている。この5年で7つの大学、13の授業を担当してきた。概ねいずれの大学でも、建築とITに関する講義や、モデリング/プログラミング技術の演習を担当している。若い建築学生に響くようなコンピュータの授業をすることは大変なことで、気苦労は尽きないのだが、共通してどの大学でも必ず述べている常套句がある。
「建築設計(課題)でツールから入るのは危険だよ。」
たとえ話をする。あなたがレストランに食事に訪れたとしよう。席に着くなりシェフがテーブルにやって来て、「今日はこの最新の包丁を使っておりまして、」だとか、「今日は料理業界で話題になっているこの圧力鍋を使っておりまして、」だとか、ツールのアピールをしだしたら。きっと、あなたは「あぁ。いや、そんなのことはどうでも良いので、まずはどんな料理出すのか教えてください。」となるだろう。
シェフは建築家の、料理は建築計画の、客であるあなたは設計クライアントの、それぞれメタファーである。建築設計のプレゼンテーションの場で、デジタル技術の説明をするシチュエーションに遭遇する機会がここのところ増えたような気がするが、相当に気を使わなければむしろ逆効果になっている場面も良く見受けられる。これは、受け手側のデジタルリテラシーの有無の問題では無い。建築設計におけるデジタルの技法だとか手法だとかの議論は、いつもこの危険さを孕んでいて、下手をしてしまうと、道具(ツール)論に陥る可能性が常に存在しているわけである。極端な事を言ってしまうと、モデリングソフトウェアとは包丁や鍋と大差無き「(人が扱う)道具」であり、「BIMモデラか3Dモデラか」などという議論は、出刃包丁か中華包丁かというような差の域を出ないのである。
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ただ――。もしも、このシェフが包丁職人でもあったとしたら。議論は別の方向に向かう。包丁(=道具)を作成するところから料理(=結果)を作成するところまで、一連のストーリーで語ることが出来るようになるからだ。単にレストランとは括れない業務形態、単にシェフとは括れない職能、さらには、単に料理とは括れないプロダクトとして、議論の深度が1段深く、思考の範囲が1段広がることになる。言い方を変えると、道具の話が手法の話へとスムースに昇華されるのである。
筆者は対建築設計専門のプログラム作成事務所を経営しているが、近年、建築設計者であるクライアントにこのような筋書き(=ストーリー)を求められることが劇的に増えた。専用にカスタマイズされた道具、すなわち、ワンオフな「Model(ing)の技法」をプロジェクト毎に用意し、結果を出力するまでサポートする、というストーリーである。形の議論に手法の議論をスムースに内在させるためのやり方、というわけだ。なぜこのようなことを我々に求めるのか、某ゼネコンのクライアント(=設計者)に尋ねたことがあった。担当の設計者は「形だけではクライアントが納得しなくなった。この計画専用に選ばれた手法があり、その手法のなかで試行錯誤された、というストーリーが必要になってきている」とのことだった。なるほど、「なんとなく美味しそう」というだけの料理では、食べてもらえない世の中になっているらしい。なかなかに厄介だ。
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ここからは、このプロジェクト毎にカスタマイズされた「現代的なModel(ing)の技法」の扱い方に着目したい。この技法には2つの重要な「しくみ」を有していることが必須であると筆者は考えている。この論考のタイトルにもなっている「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」である。よりコンピューテーショナルな用語で言い換えるとすると「生成のしくみ」と「評価のしくみ」ということになる。どちらか片方ではいけない。両方あってはじめて意味がある。前者だけではただのモデラ、後者だけではただのシミュレータである。これら単体では単に独立した(スタンドアローンの)道具を選んできているに過ぎない。既存のツールに当てはめてみると、「つくるしくみ」はマニュアル操作の3Dモデラから始まり、オートマチックに造形されるパラメトリックデザインモデラ、ジェネレーティブアルゴリズムモデラなど、形を生成するありとあらゆるソフトウェアが当てはまるだろう。一方、「えらぶしくみ」を構造シミュレーションソフトウェアから環境シミュレーションソフトウェアまで、現在では多種多様な評価出力機能を持つものが乱立している。重要なのは、これらをプロジェクト毎に適した塩梅で相互につなぎ合わせ、そして繰り返す(=ループ)ことなのだ。コンピュータの計算能力を最大限に発揮し、ループさせた「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」は混ざり合って、それらは「かんがえるしくみ」へと昇華される。(ちなみに、この異なるツール同士をつなぎ合わせるセンス(あるいは、オリジナルにツールを作成出来るセンス)こそが、いま建築設計界隈で活躍するプログラマに求められている最も重要な能力であると筆者は考えている)
下記に、私が携わってきたプロジェクトで、「つくるしくみ」と「えらぶしくみ」が一体化した「現代的なModel(ing)の技法」が試行された事例を示す。いずれも、モデラであり、シミュレータであり、そして、それらをループさせる「かんがえるしくみ」である。
Case1.
「ヤギのいる庭」(香川翔勲+佐倉弘祐+髙木秀太+藤井章弘+筒井 伸, 2018)
https://shinshu-sakura-labo.com/project/goat/
・つくるしくみ:モジュール自動配置プログラム
・えらぶしくみ:日射評価、耐風圧評価、建設コスト評価
住宅と畑(庭)の計画である。畑(庭)を街に開放するという一風変わったなコンセプトでり、庭に計画されるフォリーや通路の配置を10,000通り以上パターン出力し、都度評価した。各種評価値の比較検討に加えて、形態検討のスケールスタディにも一役を買った。
Case2.
「建築設計における多目的最適解スタディ」(2017-)
・つくるしくみ:ルーバーファサードデザイン生成プログラム など
・えらぶしくみ:日射シミュレーション、視線シミュレーション 出力 など
数多くの設計事務所から、様々なプロジェクトで建築形態の多目的最適解スタディの依頼を受けている。ここでは「縦ルーバーの配置間隔・回転角の検討」の例を挙げる。ルーバーの「配置が密/面が開く」と遮光性が悪化するが、逆に「配置が疎/面が閉じる」と(室内からの)眺望性が悪化する。このような相反する評価値のあいだで「落とし所」を決定するスタディを継続的にサポートしてる。評価値の相対的な関係性から最適解(=多目的最適解)を比較検討出来るように調整することが重要なミッションである。
Case3.
「A-SPEC」(株式会社LIXIL、株式会社 AMDlab、合同会社髙木秀太事務所, 2020)
・つくるしくみ:AIプログラムよる多機能トイレの自動レイアウト
・えらぶしくみ:レイアウトに対する独自スコアリングによる自動評価
クラウドサービスとして公開された、多目的トイレの自動設計サービスである。必要なトイレ器具、トイレ空間の間口・奥行きなどを指定することで無数の可能性のなかからプリセットされた多様な評価基準でスコアの高いものをユーザに提示する。いつでも、だれでも、どこでも、トイレ設計をすることが出来る。
Case4.
避難所の自然換気 簡単高速シミュレーション」(東北大学大学院 都市・建築学専攻 サステナブル環境構成学分野、合同会社髙木秀太事務所、大成建設株式会社一級建築士事務所, 2020)
https://www.archi.tohoku.ac.jp/labs-pages/kankyo/sec/link/other/other.html
・つくるしくみ:パラメトリック体育館造形プログラム
・えらぶしくみ:CFDソフトウェア「FlowDesigner」での換気量、換気効率 出力
非常時に避難所として使用される体育館の自然換気シミュレーションを簡易化、一般化するためのプロジェクトである。さまざまな形状の体育館や、窓の開け方、パーティションの配置をカスタマイズして検討し、都度、換気評価をデータビジュアライズ出来る。
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プロジェクト毎にModel(ing)の技法がカスタマイズされる時代に突入した。「〇〇の3Dモデラ、〇〇のBIMモデラが使えれば建築設計で食っていける、」というような安直な判断が成り立つ時代はとおの昔に過ぎた。「つくり」、そして、「えらぶ」、その果てしないスタディ(=「かんがえるしくみ」)をコンピュータの力を借りながら実直に行っていくことが求められているのだ。
最後に。この手法のアップデートは建築計画へ具体的にどのような影響を及ぼすだろうか。最もクリティカルなのは「判断の誠実性」の担保であると私は考える。建築設計にはどうしても相容れない様々な評価指標、また、それらを折衷する判断が必要になることがある。経済用語を使うとこういった関係性を「トレードオフ」と呼ぶ。建築設計においては、例えば「デザインと構造」だとか「環境性能と設備コスト」だとか、枚挙にいとまがない(前出の事例Case1.~4.も全て相当する)。スタディが人間の脳の中だけで展開される旧来の手法では、ここでの判断に限界が生じてきた。最終的には誰かが「よくわからないけど、えいや!」と決めてしまうのである。だが、この新しい手法はコンピュータによる「かんがえるしくみ」であるので、人間の脳を拡張する(=限界を超える)スタディを可能にする。一度作ってしまえば「かんがえるしくみ」は当然転用が可能なので、他のプロジェクトでの手法の共有化、再利用化にも大きく貢献してくれるだろう。「出来る限り細くて、配置数や位置が最適化された柱」や「コストギリギリまで攻めた効率的な空調機器配置」などの「トレードオフな評価」のスタディは今後一般化し、スタディコストも大幅に節約されるようになると予想している。そして、結果、それらを折衷する判断はより誠実性をもって計画に還元されるだろう。(あえてここでは「正確性」ではなく、「誠実性」という言葉を用いている。)
いま、Model(ing)の技法は「つくるしくみ」「えらぶしくみ」から「かんがえるしくみ」へ。これからの建築を変える切り札の1手は、ここにあるはずと筆者は考える。