論考|模型:建築と身体をつなぐ装置

052|202102|特集:Model(ing)のゆくえ — 融解するフィジカルとデジタル

クマ タイチ
建築討論
Feb 1, 2021

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モノから素材へ

2020年4月、私の住む東京にも緊急事態宣言が出された。リモートワークを余儀なくされ、家から設計業務を行った。はじめてみると、家で作業することは思いのほか捗る。打ち合わせもオンラインで移動の手間が省略できる。クラウドストレージやBIMによってデータ共有、共同設計もスムースだ。しかし、やはりモノを介したコミュニケーションができないことのストレスはあった。それが模型とサンプルのチェックだ。どれだけ三次元CADが身近になって、リアルタイムレンダリングやVRによる現実の再現度が高くなっても、建築をモノとして認識する手段としての模型に敵うものはない。

一概に模型といっても、その使い方は様々だ。私が、2020年3月まで働いていたニューヨークの設計事務所では模型はつくるものではなく、印刷するものだった。オフィスには、3Dプリントされた100を超える数の超高層の合成樹脂模型が並べられていた。人間をはるかに超えるスケールの建築物を縮小し、手に取れるサイズのモノにするという点では、手作りの模型も印刷された模型も変わらない。しかし、紙を切り貼りして模型をつくり、スタディする文化で生きてきた私にとっては、そんなコンピュータと模型の関係性はひどくドライに感じられた。とくに、3Dプリントだけでなく、レーザーカッターやCNCの利用も進む近年のデジタルファブリケーションの流れは、デジタルなモデルからフィジカルなモデルへ容易なトランスファーの流れを加速させている。パーソナルファブというと聞こえはいいが、素材に対する理解やデリケートさを欠くものが多いのは否めない。手で考えるというと大げさかもしれないが、「ひと手間を加える」という言葉を料理に使うように、つくる過程に手が介在しているかどうかは、素材の可能性を引き出す上で大きいように思う。その理由は、建築をモノであるというとこで思考停止するのではなく、素材の集合として扱う必要があるからである。

1950年代、モダニズムの建築家たちによって、プレゼンテーションのツールへと凋落した模型に注目し、それを設計のドライバーとして利用しはじめた建築家がいた。2015年に亡くなった、ドイツの建築家フライ・オットーだ。彼のその手法はフォームファインディングと呼ばれる。自然の形態から、建築の形態を決める。それはアール・デコのように、自然にある形状からのインスピレーションを受けるというものではない。オットーの手法は、素材の物性、構造的特性をいかに建築に応用するかというものだった。しかし、それは単純に最適解を探すだけの方法ではない。オットーは、建築家として、模型を設計のツールとして使い、スタディを繰り返す中で、そのプロジェクトに理想的な形態を探した。つまり、手と素材のインタラクションは必要不可欠な要素であった。

フライ・オットーはコンピュータを信用しないことを公言していた。1964年、IL (Institute for Lightweight Structures) という研究室を設立し、シュツットガルト大学の教授として、彼は当時の最先端のコンピュータへのアクセスは可能だった。しかし、模型から得られる情報量と比較したときに、コンピュータのモニターに映し出される結果は、限られた側面においてのみ都合のよいものであるとして、リアルスケールの建築には役に立たないとしている。そして、もう一つ、彼が模型に期待した役割は、コラボレーションであった。建築家、エンジニア、生物学者といった、異分野のスペシャリストが知識と経験を共有するツールとして、人の目の前に等しく姿をもって、手で触れる存在として模型に勝るものはなかった。

デジタルモデルによるコラボレーション

シュツットガルト大学のILはフライ・オットーが去ったあと、ILEK (Institute for Lightweight Structures and Conceptual Design)と名称を変え、現在は建築家のヴェルナー・ゾーベックが率いている。しかし、私の意見では、オットーの意思が現在に正しく引き継がれているのは、同じシュツットガルト大学内にある、二つの研究室、ICD(Institute for Computational Design)とITKE(The Institute of Building Structures and Structural Design)ではないかと考える。ICDは2008年にアキーム・メンゲスによって、ITKEは2000年にヤン・クニッパーズによって設立された。この二つの研究室はほぼ毎年、ICD/ITKE Research Pavilionという実験的な建築を大学内につくっている。発表されるたびに大きな話題となるのは、素材と施工のユニークさからだ。カーボンファイバーやグラスファーバーをつくったコンポジットのシェルや木のアクティブベンディングを利用したダイナミックな曲面などは、実務の分野ではなかなか見ることはできない。それらの構造を可能にしているのが産業用のロボットアームをつかった施工プロセスだ。シュツットガルトという土地は、メルセデス・ベンツやポルシェの本社があり、ロボットを使ったアッセンブリーを行う工場が多く存在し、それらを使った建築の提案をするにはこの上ない。

2010 年から、デジタルファブリケーションの研究を始めた私にとってICDとITKEの活動は憧れの対象であった。幸運なことに、2013年にアキーム・メンゲスが私の在籍していた東京大学で講演をする機会があり、その場でお願いをして、ICDのゲストスチューデントとしてその年のResearch Pavilionに参加させてもらえることになった。チームに入ってまず驚いたことは、そのメンバーの多さである。東京大学でもいくつかのパビリオン作成を行っていたが、せいぜい5,6人のメンバーであった。しかし、ここではざっと30人を超える学生と研究者が一つの部屋に集まって日々議論を交わしていた。しかも、聞くとそれぞれのバックグラウンドは多岐にわたっていた。もちろん、建築が多数派であるにしろ、機械工学、材料工学、生物学など、日本の建築学科では出会うことのなかった知識を持った人たちだ。そのプロセスもユニークで、はじめに行われるのはパビリオンのロールモデルとなる生物を探すことだった。この年はカブトムシが選ばれた。細いファイバーを編みこんだフィラメント構造のリファレンスとして、甲殻類の構造はこの上ないサンプルだからだ。しかも、カブトムシの甲羅は、羽を守るために頑丈であるだけではなくて、空を飛ぶ必要があるので、軽量化されている。ファイバーによる軽量でスパンを飛ばすシェル構造のモデルとして最適だった。

写真1: カブトムシの甲羅の断面スキャン

生物学の研究室が所有する工場ほどの規模の電子顕微鏡施設に行き、そこでカブトムシのスキャンを行った。その3Dデータを持ち帰り、デザインチームと構造チームで、ミクロのファイバーのレイアウトをいかに建築へと応用するかを考えた。ある程度、パビリオンの形状が見えてきたところで、それをマテリアルチームとロボット施工チームへシェアし、どのように製造、施工するかを決める。このプロセスの中で、手作りの模型はほとんどつくられなかった。分野の異なる専門家による、細胞スケールから建築スケールまでのジャンプをしながらのコラボレーションの中心には、常にデジタルなモデルがあった。デジタルには、使われ方もスケールも規定されず、変更可能という圧倒的な自由度がある。フライ・オットーが気づかなかった、デジタルモデルの側面である。もちろん、60年代に比べてとモデルのハンドリングのよさ、つまり「軽さ」が圧倒的に違う。模型で得られるような手触りがそこにはあるかというと話は違うが、三次元のデータを、無数の視点で観察し、解析し、スケールし、変形するということの繰り返しが短時間できる。しかも、それを扱う当事者たちは同じ場所にいなくてもよい。

私がデザインに携わった「ICD/ITKE Research Pavilion2013–2014」は、その名前からもわかるように2013年中に完成せずに、その翌年まで作業は伸びた。最終的な完成物は、リファレンスとなったカブトムシの甲羅を彷彿とさせるダイナミックな構造物となった。しかし、私は、どこかで出来上がったものに、機械的な印象を受けてしまった。分野横断的な研究から制作へのプロセスは、興奮するものであったのは間違いない。ただ、パビリオンは、素材やロボットの可能性を見せるだけのデモンストレーターになり、そこに建築としての楽しみを見つけられなかった。

写真2: ICD/ITKE Research Pavilion2013–2014 (©ICD/ITKE University Stuttgart)

フィジカルでデジタルな素材へのアプローチ

その反省を受けて、私はもう一度模型に戻ることにした。それも、模型としては普通使わない、コントロールの難しい「布」に着目し、フライ・オットーがForm Findingの研究で試みたように、素材を触る中でかたちを探してみようと考えた。しかし、彼の方法と大きく違うのは、コンピュータを併用したことだ。模型をつくりながら、その横でRhinoceros(3Dモデリングソフト)のプラグインであるKangaroo(物理エンジン)を使って、変形する布の挙動をシミュレーションする。素材とのインタラクションは直感的なプロセスであるのに対し、デジタルモデル化することで、より客観的にそこで起きている現象を把握することができる。加えて、モデルを構造解析など、デザイン以外の観点から評価でき、パビリオン、建築といった模型を超えたスケールに適応できるかという判断を下すことが可能になる。

研究では、スペーサーファブリックという三次元に編み込まれた厚みのある布を用いた。その厚みによる伸縮性によって、しわをつくらずに曲面の型枠の形状に追従できるので、型枠のようにはじめから全体形状を決めるのではなく、小さな部分の集合から全体のかたちが決定できる。そこで梱包用の結束バンドを用いて、布をしかるべき二次元のパターンに沿ってつまむという方法で布の弾性をコントロールし、必要な場所に厚みを与えていくことで、全体としてシェルやアーチ構造を生み出せる。そのプロセスを適宜簡略化しながら、コンピュータ上のモデルで再現していった。そのアナログとデジタルの「模型づくり」のイタレーション(繰り返し)という一年間の研究の集大成として、人ひとりが中で休めるほどの大きさの、必要最低限の硬さをもったパビリオンを制作した。

写真3:Spacer Fabric Architecture模型

FRP (Fiber Reinforced Plastics) と呼ばれる、ファイバーのコンポジットをつくる際に、費用の大半をしめる型枠制作のプロセスを省略できるというのがこの研究の大義だ。しかし、個人的には、結束バンドの無数のつまみによる分節が太陽の下に置かれたことで、光と影のまだらな分布をスペーサーファブリックの中につくり出し、部分と全体が一つの素材の中でつながった、柔らかな、まるで衣服のような空間体験をつくれたことに喜びを覚えた。研究とはその性質上、ドライなものになり、空間、ましてや人間から離れてしまう傾向にある。ICDで学んだ新素材やシミュレーションの手法を取り入れながらも、素材を触り続けていたことで、身体に寄り添った建築が生まれた。

写真4:Spacer Fabric Architectureパビリオン

フィジカルな模型つくりほど、直感的に建築を考えられるプロセスはない。フライ・オットーが強調した、多面的な評価をできるという要素も、模型の物理性、現前性ゆえだろう。しかし現在、コンピュータによるモデル化へのアクセシビリティは圧倒的に高まり、データ共有のハードルも低い。建築のプロセスとして、デジタルなモデル化を最大限活用することは必須だ。その点で「フィジカルな素材と手の接触」と「デジタルな素材と情報の分散」をうまく組み合わせることが重要である。世界中で広がる感染症によって、手で触ること、モノを囲んで話すことがリスクになる時代。全てが分散へと向かっている中で、素材に目をそむけるのではなく、慎重に、建築と身体の新しい距離感を築いていきたい。

参考文献:

・ Achim Menges and Jan ‎Knippers (2020) Architecture Research Building: Icd/Itke 2010–2020 : Birkhauser Architecture

・隈太一(2016)「伸縮性のある膜材を用いた仮設パビリオン建築のデザインと施工の統合システム」博士論文

・Taichi Kuma, Moritz Dörstelmann, Marshall Prado and Achim Menges (2014) Integrative Computational Design Methodology for Composite Spacer Fabric Architecture: eCAADe 2014

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クマ タイチ
建築討論

くま・たいち/建築家。 1985年東京都生まれ。 2014年シュツットガルト大学マスターコースITECH修了。 2016​年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了​。 2017年よりアメリカ、ニューヨークの設計事務所勤務。