[ 201805 特集:建築批評 dot architects《千鳥文化》]

常山未央
Apr 30, 2018 · 14 min read

生活のための資「コモンズ」

2月18日、日曜日の昼下がりに地下鉄四ツ橋線に乗って北加賀屋の《千鳥文化》を訪れた。地下鉄の出口を出ると、2、3階建の町家型が並ぶ中野通りに出た。建物のスケールに対して両側3車線の幅広い道路のために空は大きく、なんだか気の抜けた風景だった。どこまでも続く平坦な地形と、湿り気を含んだ空気に海の近さを感じた。西に進むと、大きな駐車場を持つ店舗や事業所が並ぶ幹線道路に出て、それを渡って脇道を入ると《千鳥文化》と思しき長屋が見えてきた。その長屋は真ん中に「路地」のような吹き抜けの空間が引き込まれ、そこでは空き家活用の勉強会が行われていた。「路地」は10人余りの参加者でいっぱいになり、カフェからトイレに行くのにプレゼンターの前を横切らなくてはならなかった。

北加賀屋は、設計者であるdot architectsの活動拠点でもある。彼らは退去した造船所近くの元工場(コーポ北加賀屋)の一角を借り、工場と事務所をそこに構えている。造船所だった建物は文化財となり、若者が集まる巨大なイベントスペースとなっている。コーポ北加賀屋は《千鳥文化》から北に徒歩1分程度の距離である。コーポ北加賀屋周辺は下請けの工場街、《千鳥文化》付近はその労働者のための長屋や食堂や飲み屋街といった雰囲気である。造船所退去とともに従業員で賑わっていた北加賀屋のまちも空き家が増えていったそうだ。周辺の土地一体を所有しているオーナーは、空き家がコインパーキングになり、寂れゆく街をみて危機感を抱き、 元々の用途としては使えなくなった長屋を、壊さず残すことを望んだそうだ。北加賀屋のごく普通の古い長屋に「路地」が引き込まれたことでまちへ開かれ、そこを場所という資源として利用している人たちが、今度はまちの資源となってはたらき始める。資本経済の利益とは別の、生活のための資への相互のアクセスが、《千鳥文化》固有の循環を生みつつあるように見えた。その生活のための資を「コモンズ」と呼ぶのであれば[i]、その様々な「コモンズ」の集積が「都市のコモンズ」となり、さらに多様な「コモンズ」を巻き込んでいく。建築家はその「コモンズ」を見出し、空間と繋いでゆく目利きである。

都市スケールの小さなインタベーション

《千鳥文化》のように「コモンズ」を見出し、生活の糧とする試みは、世界の都市で同時多発的に発生している。そのちょうど一年前にロンドンとベルリンへ若手建築家へのインタビューへ出かけた。きっかけは2016年に出展作家として参加したヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で、他国の展示を見たことだった。先進国と呼ばれる国々と日本の似た動向が気になった。DIY、リノベーション、さらに小さなインターベンション、建築家が元来の活動範囲を超えて自ら起案や運営をする活動スタンス、廃材やそのプロジェクト固有のマテリアルフローへの着目など、その実践からは建造環境、住環境の問題が垣間見え、それに日本と近い切実さを感じた。その中でもロンドンとベルリンを選んだのは、その二つの都市に新しいことが起こりそうな「香り」を嗅ぎ取ったのもあるが、ビエンナーレのオープニングが終わりひと段落した2016年の夏にイギリス国内の国民投票でブレクジット(欧州連合からのイギリスの離脱)が可決され、その前年の2015年の秋にドイツは難民を積極的に受け入れることを決めたことも後押しした。対外的に正反対とも言える姿勢を示した二つの国の代表的な都市に足を運び、現地で建築家に何を感じ、考えて作っているのか、聞いて見たいと思った。文化的にも地理的にも異なる環境で、どのようにしてこのような同調が起こるのだろうか。個別のデザイン論を超えた都市スケールの問題のような気がしていた。

賞味期限切れの都市

私たちはどのような都市に暮らしているのだろうか。近代都市、現代都市は近代化による極端な人口増加に対応するように作り変えられてきた。それまで場当たり的に、即物的に作られてきた都市を基盤に、無秩序な要素をコントロール可能なものにオーバーライトしてきた。道や公園はパブリック化(管理)され、土地はプライベート化され、どちらも産業に組み込まれ、経済活動の対象となった。都市学者のリチャード・セネットが述べているように[ⅱ]、コントロールされ、オーバースペシフィケーションされた空間は、結果、使い方の変化に柔軟に対応できなくなってしまった。私たちは都市にコントロールを過剰に求めるばかりに、空間に賞味期限を設けてしまったのである。

都市は魅力的な商品であり続けるため、ディベロッパーや巨大な建設会社によって、常に新しい状態を維持しなければならなくなった。そしてそれを更新し続けることで利益となるような産業サイクルが生み出されてきた。都市の賞味期限が切れないように。経済が活発なときは、古いものから新しいものへの交換はうまく行っているように見えた。しかし、現在の先進国は長期間経済が停滞し、うまく取り替えができなくなってきている。それでも人間の生活は賞味期限切れの都市が腐って行く環境においても営み続けられる。

ロンドンとベルリンの「都市のコモンズ」

賞味期限切れの都市では、インフラが新しく取り替えられないまま生活が続いて行く。そこでは都市の中にある人やものを使って、小さな更新が行われて行く。それは今までの大きな資本による開発と異なり、古いものと新しいものが相互に関係する空間の質、人と人が緩やかに繋がる場所が作り出されている。その結果、貨幣の価値と無関係の「都市のコモンズ」が生まれつつある。賞味期限が切れた都市は、経済活動の道具ではなく、より良い生活のための実践の場となる。

ロンドンで出会ったThe Decoratorsという建築家はロンドン東ハックニーにあるリドリー市場に面した空き地を利用して、単管パイプで2階建ての期間限定レストランを作っている《Ridley’s Temporary Restaurant》。ランチのメニューは朝市場にある材料を見てコックが決め、黒板に書き、そのメニューを見たお客さんは市場で必要なものを買ってくる。それが支払いの代わりとなり、その日のディナーの材料となる。1階に調理場、2階に食卓があり、滑車に吊られた大きなテーブルが人力で昇降し、下の調理場で作られた料理が運ばれてくる。「生産者」、「コック」、「デザイナー」と「お客さん」の皆が食べ物作りに参加し、今までの経済原理と違う形のレストランを作り出している。

ロンドンは大都市だが、街区のスケールが小さく、建物も小ぶりである。曲がりくねる一車線の道を2階建てのバスが街路樹に当たりながらギリギリ走っている。歩道も狭くすれ違いに肩が触れそうである。地域によって町並みもガラッと変わり、小さな村の集合でできたような都市である。小さな隙間や空き地を使ったボタニカルガーデンや、ポップ・アップと呼ばれるテンポラリーな試みが、自治体と建築家と協力して行われていた。地域の問題に対して各地区の自治体はロンドン市の支援を受け、若手の建築家に新しいアイデアを考えてもらう仕組みとなっている。《Ridley’s Temporary Restaurant》やAssemble Studioが敷地にある瓦礫を詰めた袋を構造に、自ら施工した《Oto Project》など、アーティストや建築家による短期間で、小さな、ユーモアを含んだ都市への介入を通じて、今まで気がつかなかった都市の価値への気づきと当たり前になってしまった物事を問い直すきっかけを与えている。

一方でベルリンの街は大きな街区と大きな建物で作られている。街を歩いていても、何十メートルも同じ建物の壁が続き、変化に乏しい。道も広くがらんとしている。ベルリンの壁崩壊から30年近く経ち、空き地が点在していた街も開発が進み、それに伴う賃貸住宅の家賃高騰に市民は危機感を抱いている。《Coop Housing at River Spreefeld》、《R50》などのコーポラティブ・ハウジングは、住まい手がNPOとして、建築家、施工者のチームと共に、事業計画を立て、ベルリン市の持つ土地に対して入札を行い実現したプロジェクトだ。市の事業者選考基準は返済率だけでなく、その計画の内容も考慮され、環境へ配慮はもちろん、街への寄与も評価基準に含まれる。良い事業者に良心的な価格で土地が貸出され、アフォーダブルな住居が住人に担保される仕組みである。ベルリンを横切るシュプレー川の南岸に建つ《Coop Housing at River Spreefeld》では3棟建ての足元の道に面してそれぞれ「オプション・スペース」と呼ばれるピロティ空間を設けている。住民や地域のニーズに合わせて、使用者が主体的に作り変えることができる場所である。訪れた時は、一つは木工所、もう一つはコモン・キッチン、三つ目はピロティのまま外部空間になっていた。木工所とコモン・キッチンは合板の壁とはめ殺し窓で簡易的に囲われた、無断熱の内部空間だ。環境基準が高く内部と外部を明確に遮断するドイツの建設環境の中で、建物の竣工とは切り離され、大規模な建物にも住民や市民による介入の余地を都市に残している。このような住環境に対する住民の能動性は、1960年代から70年代にかけて盛んになった、空き家を不法占拠するスクワット文化が背景にある。東西分断のために企業が撤退し、空洞となった都市の隙間を利用した、国や大きな資本により都市がコントロールされることへの反発であったが、クリエイティブな人たちが集まる、多人種で多様な文化は現在のベルリンを魅力的にしている一つである。市民は、自分たちが少しずつ獲得してきた魅力が、それに引き寄せられた開発を行う不動産会社や投資家、アッパークラスの消費者によって略奪(ジェントリファイ)されてしまうことへの危機感がある。工場跡地をアーティストの活動の場とする《Agora Collective》やデパート跡地を占拠し、農業学びの場にした《Prinzessinnengarten》、教会の敷地を借りて移民のための食、言語の学びの場を提供する《Die Gärtenerei》など大きなスケールの細やかな実践も、変わりゆく環境で多様なものとの共存を可能にする試みである。

ロンドンとベルリンの違いのように賞味期限切れの都市は、その都市の持つ性格によって腐り方が異なってくる。どのような都市構造なのか、どのようなもので占められているのか、どのような歴史と文化を都市が伴っているのか。その賞味期限切れの都市を糧に、菌類が成長するように、都市のコモンズは表出している。

インターネットとエコロジカルな気づき

都市のコモンズには現代的な背景が深く関わっている。一つはインターネットやデバイスの普及によって、都市空間へのアクセシビリティが格段に向上したこと。携帯電話によってどこでも待ち合わせ可能になり、住宅が宿泊施設になり、SNSによって空き家がイベント会場になる。このような情報環境と実環境の組み合わせによって、都市空間をきめ細やかに利用できるようになった。大きな資本がなくとも、小さな空間整備が施されるようになった。もう一つはエコロジカルな気づきである。地球温暖化や気候変動は人々に新しい認識をもたらし始めている。人々はエコロジーに気遣うようになり、古いものを壊して新しいものに取り替えることに違和感を持つようになった。私たちはエコロジカルな意識によって古いものに愛着を持って近づく方法を身につけるようになった。

《千鳥文化》は長屋の割りをうまく利用して、一軒分をガラスの屋根に葺き替え、前面をガラス張りにしている。その半外部の「路地」のような空間は、V字の不整形な既存建物のために道に対して斜めに引き込まれ、それに向くようにカフェやバーがくっついている。「路地」の役割ははっきりしているが、決まった機能はない。「路地」から入った篭り感と、「路地」を介して都市と繋がる安心感の両方が心地よさを作り出し、道と中での営みを面白く関係付けている。建築家が1階を借り、カレーを作れる友人を呼んでカフェを運営し、週に1度バーに立ちながら、手探りで運用している。「路地」の透明感に前を通る人が吸い寄せられるかもしれないし、SNSで見た人がそのインパクトに足を運ぶかもしれない。2階と1階の一部は手つかずのまま、アートがインストールされている。収益率だけで測るとありえない、緩い状態で存在している。このように緩い状態で存在できるのは、「路地」の映えが、まちだけでなくインターネット空間へ開いており、繋がっていることへの安心感と、古いものを引き継いだエコロジカルな共感によるのではないかと思う。

「時間」と「もの」への感受性

ロンドン、ベルリン、そして北加賀屋で見たように、都心が賞味期限切れになってしまったことを背景に「都市のコモンズ」があちこちで生じている。そこは近代の建築理論や都市理論のように、計画概念があって場所を構成されているのではない。カレーを作れる人、アートを作っている人、床の施工ができる人、情報収集が得意な人、町並みを残したい人、空き家、使われなくなった家具、現場から出た廃材などに目をつける。経済的に余裕のない状況においても、都市の資源を活用し、「コモンズ」として引っ張り上げることで自発的に場所を作り出している。そこでの建築家の役割は、プロジェクトに関わる人の特性や、誰も見向きもしないものを、「コモンズ」として見出していくことにある。そこには過去から引き継がれてきた都市の成り立ちやそこに根付く文化、生活習慣、社会状況などの「時間」を捉える感受性が必要になってくる。さらにその「コモンズ」たちを具体的に組み立て、場所の魅力や心地よさに繋げる「もの」への感受性が必要になる。「時間」と「もの」への感受性が愛着を引き出して行く。

生活者としてのリアリティ

日本の都市の大きな割合を構成する木造建造物は、屋根を葺き替えたり、柱を交換したり、用途によって柱梁を架け替えたりできる、柔らかい構造である。言葉で説明するのは簡単だが、部材もバラバラで、時が経ち歪んだ構造物の屋根を掛け替えるのも、外観をそのまま残すことも、大変労力のかかることだ。

《千鳥文化》について、その日の夜、設計者であるdot architectsの家成さんにお話を聞く機会に恵まれた。一つ一つの部材と仕口をナンバリングして補強方法、改修方法を決めていったそうである。「もの」と対話し、建物自体の「時間」を読み解いていく作業の中で、それらは「柱」や「梁」という抽象的な存在ではなく、個別のストーリーを含む具体的な存在になって行ったのではないかと思う。船大工がある部材で作ったであろう合成梁や、廃材を使ったであろう塗装された柱が持つ、取るに足らないがものすごい情報はそれを壊して捨ててしまえば、なくなってしまう。かといってそれを残したところで何の意味があるのだろうか。お話の中で家成さんが言った「ただ残したかったから」というシンプルな言葉が心に残っている。それが、北加賀屋の生活者としての家成さんのリアリティなのだ。ロンドンやベルリンでも、「都市のコモンズ」のほとんどが、建築家の行きつけのカフェ、事務所のある地区の商店街、家の近所など、建築家が生活者として関わる場所を舞台にしていた。そこでの生活者が、論理や経済的な利益とは別のファクター、自らの生活空間でのリアリティによって掻き立てられ、「都市のコモンズ」を作り出している。賞味期限の切れた北加賀屋で生きる《千鳥文化》はこれからどのように都市にはたらきかけて行くのだろうか。


[i] Ivan Illich, "Silence is a Commons", The CoEvolution Quarterly, Winter 1983

[ⅱ] Richard Sennet, "The Open City", LSE Cities, September 2008, https://lsecities.net/media/objects/articles/the-open-city/en-gb/

材を継ぎ接ぎして転用した梁(Photo by YoshiroMasuda)

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常山未央

Written by

建築家。2008年スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)修士課程修了。2008–12年HHF Architects スイス・バーゼル。主な作品=《不動前ハウス》(SDレビュー2013入選、2015年住宅建築賞)。第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築出展(審査員特別賞)。

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