都市のステークホルダーはだれか?―立場の異なる人との関わりと場の重要性―

連載【都市論の潮流はどこへ】/きびとなかじま/Series : Where the urban theory goes? / Kibi and Nakajima / Who are the city’s stakeholders?ーThe importance of the relationships and places with people from different positions

きびとなかじま
建築討論
Mar 1, 2022

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本稿は、建築都市系企業でオープンイノベーションや共創を専門に活動する吉備と都市デザインの実践を研究する中島による都市のステークホルダーの議論として、立場を超えた人々の関わりとこれからのまちづくりの意義に関する対話型の論考である。
本稿は、対話型の文体をとっているが、実際は共同編集作業を通じて、相手の発言を受けて、何度かアップデートをしながらまとめていった。個人の発言は個人の責任に帰する。

プロローグ

吉備:今回は「まちをつくる側・つかう側の距離の変化」について論じてみたいです。
これから話すのはとっても個人的で身近な体験なんですが、これと同じ構造のできごとが再開発における開発者と生活者の関係でも起きていると感じています。

吉備:わたしの住む街の個人店が賑わう商店街の真ん中に、このまちに似合わないギラギラしたチェーン店ができたんです。その場所に何ができるか、看板がかかるまでわたしは知りませんでした。たった1つのお店でも、街の雰囲気を良くも悪くも大きく左右するじゃないですか。この場所になんで?という想いをどこにも誰にも吐き出せず、毎日前を通る今もずっともやもやしています。

中島:そのまちの個性のようなものは生活しているからこそ実感できるものがありますよね。吉備さんは暮らしている地元の商店街に対して、何か積極的に関わりたいと考えているのですか?

吉備:活気がある方の商店街なので、毎年冬にはイルミネーションが輝き、毎月のようにイベントも行われています。単に周辺に住んでいるだけでこの恩恵をもらっているのはなんだか忍びなくて、正直手伝ったり、多少寄付もしたいくらいだけど、恥ずかしながらまだ私は商店街組合のHPを見ただけで、関わりたいけど関われずにいます。

中島:多くの人にとって、商店街とはお客として買い物をする場として捉えて、対価を払って受益を受ける消費者というか利用者として振るまっていますよね。でも、その場所は生活の重要な場であり、「まちとしてこうあって欲しい」という思いがあってもなかなかそれを表現する場面がないということに吉備さんは問題意識があるのですね。

吉備:そうなんです。そのまちに暮らす1市民としての権利がないことにもやもやする一方で、その責任を果たせぬもやもやも残ります。
これって、これまでまちをつくってきた側、無意識に生活をしてきた側、どちらも変化が求められてきているように感じるのですが、中島さんの感覚としてはどうでしょう?

中島:まちをつくるということを「ここではある資本を持って、開発してつくるということに限定する」と、やはりそこではまちをつくる開発者と開発によるサービスを受け取る人の関係は一般的に一方通行ですよね。吉備さんのいう商店街も小規模な個人経営者の集合体として、再開発やショッピングモールの開発とは少し状況は異なるけれど、なかなか利用者というか生活者がまちづくり的に開発にコミットする場面はあまりなかったように思います。

開発者との距離が遠い生活者を無視できなくなってきている?

吉備:実際、これまで無視できていた「開発によって影響を受けるが、開発者との距離が遠い生活者」の声がどんどん無視できなくなっている気がします。

中島:20世紀の人口増加時代であれば、単純な人の増加を背景に需要がどんどん増えていました。なので、供給ないし生産をある程度個別にがんばってやっていくと必然的に売ることができたんですよね。その意味で個々の企業のがんばり(ここでは開発)が、社員に還元され、それが社会全体の幸せとして個の総和がある、という時代だったと思います。しかし、21世紀はそうした前提が大きく異なったのではないでしょうか。

吉備:そうですね。個人の声が大きくなり、SNSなどを通じて拡散され、社会のなかで認知されていく流れが増加している現在、理不尽な要求(強者にとって都合がいい生活者無視のなにか)はますます通らなくなっているように感じます。

中島:これまでももちろん理不尽な要求(例えば相手が大企業などの開発事業者や行政であれ)に対して、反対する市民運動はありました。現在のSNSなどのWEBのツールは声を可視化する上でとても有効なツールとして機能していますね。いずれにしても、「つくっておしまい」ではないし、「つくるまえからの準備やコミュニケーション」が求められているということだし、絶えずユーザーサイドからのフィードバックにさらされているとも言えますね。

吉備:開発者だけで全てを決めるような一方通行の進め方から、根本的に変化が迫られているのではないでしょうか。
都市にも共創の時代がきている気がします。

中島:経済のグローバル化が進み、社会経済状況は先行きが見えない場面が多く、不確実性は増していると言われます。その中で一つの開発が長期間化する中で、確実性を少しでも増して事業実施したり、地域の中で受け入れられるようなコミュニケーションを通じて、工期を圧縮したい(本音としては、骨を折る反対運動への対応を回避したい)とすることも自然な流れかなと思います。そういう流れでも開発者が単体でまちづくりを進める時代ではないとも考えます。

吉備:それは言い換えれば、これまでステークホルダーとしてみなされる人たちは主に金銭的なやりとりの多い文字通りの”利害関係者”でしたが、開発者との距離が遠い立場の人たちを無視することのデメリットが高まった結果、彼らとの距離を近づけ、共に進めて行くプロセスが必要になっているということでしょうか。

どう参加できるか?

中島:そうだと思います。吉備さんの取り組みにパーパスモデルによる多主体が関わる事業モデルの分析がありますが、開発者や市民を引きつけあうプロセスとして、どのようなものがありますか?

吉備:ありがとうございます。東京下北沢のBONUSTRACKのモデルを紹介します。こちらは開発者1社で進めるのではなく、企画初期から様々な関係者を段階的に巻き込んでいった事例です。

図:BONUSTRACKのプロジェクトの過程を初期、転機、現在、未来という4つの段階で時系列の変化をみるパーパスモデル
初期は小田急電鉄1社で始まり、目的もないところから、企画段階から専門性の異なる他者とアイデアをつくり、徐々にステークホルダーを増やしながら、住民たちもその場に役割を持って参加するようになっていることがわかる。
詳細は
https://note.com/kibiyurie/n/n9b1e57caaa4c

全体を通して、テナントから住民まで様々な関係者と一方通行ではない対話をし、誠意を尽くして信頼関係を築いています。そして、意見やニーズを汲み取った上で「こんな役割を担ってくれるなら、こんなことができるけど、一緒にどう?」という一歩踏み込んだ提案を開発者側から行っており、相手も「ちょっとチャレンジしてみようかな」と巻き込んでいくところがポイント(★1)です。

中島:プロセスを通じて、ステークホルダーの認識や役割が変わっていくのがとても興味深いですね。生活者が単なる受益者ではなくなったり、開発者が単なる開発利益以上の目的を他の主体と共有したりするプロセスがとてもダイナミックに感じました。

吉備:ありがとうございます。鍵になるのは「能動性」とそれを受け入れる「関係や仕組み」だと思います。

中島:吉備さんがリサーチされている中で、それらを体現している取り組みはありますか?

吉備:BONUSTRACKのようにこれまで開発主体だけで決めていた構想の部分をオープンにし、早い段階から参加してもらい、意思決定に巻き込むような形や、コペンハーゲンのBLOXHUBでは都市課題に対して専門分野や所属の縦割りを越えて議論し、アイデアを取りまとめていく方法がとられていたり、Decide Madridのように意思決定の過程を透明化し、どんな流れで物事が決定されているか、関心を持てばどんな人でも見ることができるようにすることも実際に行われています。
中島さんの取り組みの中にも、能動性や関係づくり・仕組みづくりというキーワードで思いつくものはありますか?

中島:私が関わっている神田のまちづくりの話を少しさせてください。神田では、高度成長期に建てられたビルが、老朽化してきていることが問題になってきています。一方で都心部の地価など資本の動向もあり、建設コストから個別更新が事業としてなかなか成立しないので敷地を集合して再開発したいと考えているオーナーが多くいます。彼らは元々その地で創業してきた中小企業や店舗のオーナーでもあります。これらの課題は、旧来からある交通渋滞のような行政が取り組むべき明確な都市問題ではありません。ある種の個々の民間事業の課題です。しかし、これまでの都心の産業集積を果たしてきたこれらの不動産オーナーと事業でもあります。成熟した都市において何を公的な価値として再開発するのか。再開発には都市計画決定という公的なプロセスを経なくてはいけないので、行政は議会で説明しなくてはいけない。そこで改めて、地元でのまちのビジョンが重要だということでそのための議論が進んでいるんですね。開発事業者もこうした地元地権者や住民によるビジョン形成の議論を見守り、支援しています。今後は公民連携してまちのマネジメント組織をどのようにつくるかが、次の課題です。

図:神田社会実験2017の様子 街路空間や青空駐車場といったオープンスペースを活用し、都市生活者の賑わいの空間創出の実験を実施した。ここでのオープンスペース創出の体験から再開発などでの広場空間を有り様をめぐってビジョンづくりの議論が進んだ。

吉備:1人の力ではできないから、一緒に声をあげて変化を起こそうとする動き、とてもいいですね。ところで、今回はどのようにこの各主体の声を受け止めてコミュニケーションの機会をつくるに至ったのでしょうか?冒頭でお話しした私のように、こういった想いはあるものの、誰に相談したらいいかわからないことが多いと思うのです。

中島:神田では社会実験を実施したのですが、それの効果は大きかったのではないかと個人的には考えています。実験に関わる人たちがそこで、普段ではできないアクションを起こすことで体験を共有し、そこでの立場を超えた気づきがあって、それが現在検討中の将来ビジョンにつながったからです。それぞれの主体にしかできないことがあり、社会実験や議論を通じた密なコミュニケーションによって、意識共有が神田ではできつつあるのだろうと思います。

吉備:なるほど・・・
神田の例はまちで生業を行っている物件オーナーであり生活者でもあるので、元から自分が良ければいいのではなく、街が賑わうことがいいと言う視点を持っているため、こういった活動への能動性は高いのかなと感じました。一方で、例えば2年間の賃貸でその街に住んでいるような人もまちの大事な関係者ですよね。彼らはこういった取り組みにどう関わっていくのでしょうか?

中島:まだまだ課題はあるけれど、地域の方たちもそういう人たちとのつながりを望んでいるところはありますね。最近神田でも新しいマンションができて、夜間人口は少し戻ってきているのだけど、全然地域のコミュニティに参加している訳ではないんです。ところが奇しくもコロナでステイホームされている中で、新しく再開発でできたスーパーマーケットに行くと顔をよく見かける若い夫婦が出てきたということで、新住民の人たちの顔がようやく少し見えるようになったという話を聞いたことがあります。

吉備:生活空間を共有することで、自分の生活の関係者として認識するようになったんですね。顔が見える関係になることがお互いの第一歩なんだなと感じました。

中島:多分そんなに最初から重たく関係性を結ばなくていいんですよね。

声を受け止める場・声をあげる責任

中島:協働のまちづくりにおいて、各主体の声、特に市民は話す先がないので、そのための組織が大事ですが、それだけではなく、具体的な場が大事です。2006年から全国に展開しているアーバンデザインセンターでは、組織と具体的な場としてセンターの機能があるとしています。

吉備:私も大学院時代研究室があったので、柏の葉のアーバンデザインセンターにちょこちょこ遊びに行っていました!その頃はまだ産官学民の連携組織や、声を届ける場があることの重要性に気づいていなかったので、今になってとても素晴らしい取り組みだと思っています。今回中島さんとのお話を通して、子どもたちとおにぎりづくりをしたことにも意味があったんだなと思いました。

中島:街の中にいつでも顔を出せる場があることって大事ですよね。

図:公民学連携によるアーバンデザインセンター:2006年にUDCK柏の葉アーバンデザインセンターが設立し、2021年4月現在までに国内で23拠点を展開している。

中島:今までなかったコミュニケーションを起こすことは誰にとってもコストがかかることです。しかし、それは社会がある種の人見知り状態だということで、見方をかえればまだまだ未成熟だということかもしれません。

吉備:社会に対して「人見知り状態」って表現いいですね!
今ってSNSやいろんな手段で個人が声をあげられる世の中じゃないですか。
でも、言いっぱなしで受け止める場所がなく、一方的で、無責任なことも多い気がして、なんだかもったいない気もします。
どうしたらいいでしょうか?

中島:責任の果たし方を各主体が理解するためには、違う主体との関わりがとても大事になるのじゃないでしょうか?。例えば、クレームのような意見でもそれを受け止める側が、カスタマーセンターからの回答みたいな返事では、相手との関係は変わらないと思うのです。でも、その意見を通じて、お互いに距離を縮めて変わり合っていけるようなことがおきると少し共同的な感覚が芽生えそうです。そのような「個から共へ」という感じで「コミュニケーションからコミュニティへ」と意識をシフトしていけるといいなぁと思います。

吉備:日本財団の調査にあった「社会を変えられる感覚」が日本はとっても低いと一時期話題になりましたよね。。自分で社会や暮らしの違和感を変えられる感覚が育まれていないのは、声を届けて関わり続ける「コミュニティ」の経験が少ないからかもしれません。
そこで、自分の住むまちや生活圏との関わりってとっても大事だと思うんです。まちが自分が声をあげて、自分でコミットできる一番身近な「コミュニティ」だと思います。

中島:でも、個人や個別の組織でできる役割って限界ありますよね。

吉備:そこ重要ですよね。自分が「できること」を認識するのも大事ですが、「自分だけでは全部できない」ということを認識するのがもっと大事だと思います。

中島:個別組織の不完全さを補うためにも他主体との協働が大事になってくるわけですよね。そして、協働において上位目的のために自組織だけではできないことを想定してコラボすることを考えることが、役割と責任を考えることになるのではないでしょうか。そしてそのことが、自分や組織を社会・世界の中でさらに機能させることを考えることにつながっていくと思います。

吉備:一緒に何かやるとなった時には、他の主体の視点に立って考えてみて、一段目的を大きくすること。そして、自分1人ではできないことに、一歩踏み出して挑戦してみることが大事だと思います。

中島:事業を目的化してしまうと、どうしても自分たちの立場を守る動きになって硬直化してしまいます。自分たちの価値を社会の中で手段的に位置づけることが大事だと思うのです。自分たちの事業をより手段的に位置づけ、より上位の社会価値創造を目的化することがとても大事になってくると思います。SDGsを引き合いに出すまでもないですが、それが持続可能な21世紀の都市社会をつくることにつながると信じています。

吉備:そうですね。変化も怖いし、これまで関わりのない人とのコミュニケーションも手間がかかります。でも、そのときに自分を守って変化しないのではなく、一歩踏み出して新しい価値をつくっていきたいですね。
パーパスモデルでも真ん中に「共通目的」を置いているように、新しい価値をつくるには関わる人たちが共有できる一段上の目的が必要です。さきほど中島さんから「個から共へ」というお話がありましたが、「違う主体と関わりを持って、もっとこうだったらいいなを考える機会」があるといいのかなと思いました。そうすれば自分だけじゃできないことが一緒にやればできるし、そのために共通目的が必要だという感覚にもつながります。

中島:本当にそうですね。

吉備:また、その感覚を共有するには場が有効で、それがコミュニティの形成を促しているように感じました。一時的なものでいえば社会実験もそうですし、デザインセンターのように公設の開かれた場や、銭湯や喫茶店など私設で半公共的な場も単なる空間ではなく、小さな共同体になっています。コロナ禍でリアルな場の価値が見直されていますが、こういった感覚は実際にその場にいないと体感できないことですよね。

中島:今回の対談通じて、立場を超えて交わることと自分の生活の地続きの中で、生まれる価値の可能性を改めて感じることができました。

吉備:普段生活していて、もやもやすることってきっとだれにもあるはずです。でも、そのもやもやを受け止める先がないと、声に出そうとも思わないですよね。今私たちには、声を出して変化が起きる体験が必要なのではないでしょうか。それはまず社会全体のような大きなものではなく、小さい単位から。その一つとして自分の住んでいたり関わっている地域でそれができていくといいですね。変化にポジティブな共同体で、顔が見える関係を築けているなら、匿名でクレームを投げつけるのではなく、自分ごととして動いたり、責任感も芽生えるのだと思います。

中島:場の共有が、人を能動的にして、主体性を育むのですね。

吉備:一方通行だった開発者と生活者、都市の関係は今まさに変化しています。生活者も開発者もあくまで共同体の1参加者であり、自分たちがありたい姿を共有しながら、身近な環境や生活を変えていく取り組みがますます増えていくと信じています。


★1 パーパスモデルは共創を可視化するフレームワークであり、対話のツール。ステークホルダーの属性を4つに塗り分け、図の外側からステークホルダーの名称、役割、目的(動機)、中心に複数の主体が共有する”共通目的”を書く。こうすることで、今まで見えてこなかった「どんな人がどんな思いでどう関わっているか」を捉えることができる。
参照URL:https://note.com/kibiyurie/n/na3318711217b#gnqV2

きびとなかじま
建築討論委員会都市論小委員会メンバーの吉備友理恵と中島伸による対談ユニット。各人のプロフィールは文末を参照のこと。

吉備友理恵(きびゆりえ)
東京大学大学院新領域創成科学研究科卒業。
現在は建築や都市のデザインを行う(株)日建設計のイノベーションセンターで社内外をつなぐ役割を担いながら、(一社)FutureCenterAllianceJapanで場を通じた共創やイノベーションについてリサーチを行う。
様々な目的や価値観を持った関係者が、同じ社会的方向を向くためのツールとして「パーパスモデル」を考案し、来春に出版予定。
共創を概念ではなく、誰もが実行できる手触り感のあるものにするために事例やフレームワークを発信し、人や場を繋ぐことでイノベーション創出のための環境構築に尽力している。

中島伸(なかじましん)
東京都市大学都市生活学部・同大学院環境情報学研究科准教授/都市デザイナー
アーバンデザインセンター坂井副センター長、千代田区神田警察通り沿道整備推進協議会神田警察通り周辺まちづくり検討部会長、東京文化資源会議トーキョートラムタウン構想座長などを兼任。
1980年生まれ/2013年東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修了、博士(工学)/専門:都市計画史、都市デザイン、公民学連携のまちづくり/(公財)練馬区環境まちづくり公社練馬まちづくりセンター専門研究員、東京大学工学系研究科都市工学専攻助教を経て、2017年より現職。

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建築討論

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