長谷川香著『近代天皇制と東京:儀礼空間からみた都市・建築史』

移動行為における経路形成に着目した構造体としての儀礼空間(評者:橋本圭央)

橋本圭央
建築討論
4 min readDec 1, 2020

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長谷川香著『近代天皇制と東京:儀礼空間からみた都市・建築史』

本書は、近代天皇制における儀礼の会場や経路が新たな由緒としての「土地の記憶」を形成し、東京の都市空間に少なからぬ影響を及ぼしたという考えをもとに、儀礼の敷地や経路を都市的・建築的観点から丹念に読み解いていったものである。

ここでの儀礼とは「天皇または皇太子が臨席した『宗教的な儀式や、一定の法にのっとった礼式』」であり、儀式に伴う都市における移動行為も儀礼の一環としてとらえることで、制度としての定められた手続きや社会規範を形成する都市的な拡がりを伴う構造として、そこでの経路の時空間的な分析が緻密におこなわれている。たとえば、第二章の「祝賀儀礼と都市」では、行幸(天皇が外出する際の)経路を中心に市内が祝賀一色となる一方で、往路と復路の特徴と違いに着目し「できる限りその距離が長くなるように画策」していることを読み取ることで、祝賀儀礼における「民意」を知るうえでの重要な事例を示している。また、儀礼会場の選定要因を「所有」、「形状・規模」、「立地」、「由緒・風致」の四つの観点から分析することで、関与する宮中や政府、東京市、市民らは会場や経路についての「異なる志向」を持つとともに、そこでの志向性は政治・社会情勢や市民生活と密接に関わりながらも時代とともに変化していったことを明らかにしている。

次に第三章の「祝賀儀礼の建築」においては、これまで網羅的、通史的に把握する試みがなされなかった祝賀儀礼における会場計画と儀礼建築、特に「式殿」などと呼ばれる「天皇や皇太子らが臨席し、万単位の市民と対峙するための仮設建築」の分析がおこなわれている。こうした分析から、祝賀儀礼の「会場計画の標準化」と「儀礼的な行為の確立」が連動していることを見出すとともに、寝殿造、紫宸殿、太極殿などを意識した「御殿風」様式が採用された「式殿」が、古建築における建築様式の再現というよりもイメージが重視され、そのイメージが祝賀儀礼における繰り返しのなかで定着し国家的な関係性を深めていった過程が考察されている。

東京という都市の空間認識においては日常と交差することのない皇居、つまりロラン・バルトの言う「空虚な中心」を持つものとして、特に実際の建築・都市空間との関わりにおいても余白のような中心を持つものとしてのイメージが前提にされている場合が多いと言えるだろう。くわえて、都市的観点における経路形成に関しては、個々人の日常における移動行為自体も時に物理的構造を表象するものとなる。また、移動行為の反復を通して、逆説的に物理的構造を表象するのみならず経路形成自体が社会的な構造化に寄与するものとなるからこそ、偶有的な建築・都市空間の出来事を結びつけることで、これまで見いだすことのできなかった関係性を顕在化させる契機となる可能性をもっている。さらに、移動行為における経路形成はそこでの個人や集団の相互行為を通して、ゴッフマンが言うところの「社会的集まり」というほどほど安定している構造体を形成する。他方、ここでの構造体とは「人が出会ってできて、別れて消えるような」ものであるからこそ、「儀礼的ルールが社会的機能」として発揮する「道徳的秩序や社会性を確認できる機会」自体を捉え、記述することが困難なものでもある(アーヴィング・ゴッフマン『儀礼としての相互行為:対面行動の社会学』(Erving Goddman, Interaction Ritual: Essays Face-to-Face Behaviour, Aldine, 1967)広瀬英彦・安江孝司訳、東京、誠信書房、1985年、2頁、91頁)。

こうした点において、本書が着目する移動行為を含む儀礼空間の経路形成は、「空虚な中心」が空虚なものではなく、また実際の建築・都市空間との関わりにおいて余白のようなものでもなく、制度や社会規範、時代性自体を形成した都市的拡がりを構造化する実線としての役割を媒介するものであることを明らかにすることで、「土地の記憶」として継承していく一連の「道徳的秩序や社会性を確認できる機会」を、身体・建築・都市空間を横断する構造体として捉える機会を読者に提供している。

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書誌
著者:長谷川香
書名:近代天皇制と東京:儀礼空間からみた都市・建築史
出版社:東京大学出版会
出版年月:2020年6月

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橋本圭央
建築討論

はしもと・たまお/高知県生まれ。専門は身体・建築・都市空間のノーテーション。日本福祉大学専任講師。東京藝術大学・法政大学非常勤講師。作品に「Seedling Garden」(SDレビュー2013)、「北小金のいえ」(住宅建築賞2020)ほか