防府の住居と事務所

論考:島田陽(タトアーキテクツ、京都市立芸術大学)|064|202204特集:わたしの街のワークスペース

島田 陽
建築討論
Apr 21, 2022

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防府の住居と事務所 ©タトアーキテクツ/島田陽建築設計事務所

特集タイトルは「わたしの街のワークスペース」で「都会のホワイトカラーだけではない、地⽅ならではのオフィスの類型を考察する。」ということだが、私自身生まれ育った神戸を拠点に事務所を運営している。東京に事務所を開設すれば仕事の幅や集まる人材も変わるだろうと思うが、地方都市の親密なスケールと、街と人と自然の結びつきに魅力を感じ、京都の大学と神戸の事務所を往復する日々だ。コロナ以降オンラインでの会議も日常茶飯事となり、神戸と東京で組んでいるJVの設計も順調に進んでいる。ではオンラインで全てが賄えるかといえば、実際に顔を突き合わせてその場でペンと模型を動かして進める打ち合わせの情報量には全然敵わない。が、事務所からは新幹線の駅も在来線の私鉄、JRの駅も徒歩圏内で、空港も30分程度で移動の便は良い。海と山に挟まれた神戸はスプロールしがちな日本の都市において、珍しくまとまった都市圏が形成されていてそれも魅力だ。

事務所は両親のために設計した住宅の既存躯体部を利用しており、母が亡くなった後はわたしも家族と移り住んで父と同居している。事務所であり、ショールームであり、住宅でもあるが、それらはくっきりと切り分けられていない。住宅部分は昼間誰も居ないことを利用して、打ち合わせスペースとして使い、昼食はスタッフ持ち回りで住宅部のキッチンを使って賄いを作って、ダイニングルームでランチを食べたり、逆に娘が事務所に遊びに顔を出したりと、職住が分離されず、常に対流しているような状態を敢えて作り出している。

防府の住居と事務所 鳥瞰 北東側上空より中庭側を見る。既存建築から外壁面を後退させて軒下空間をつくり出している。©shinkenchiku_sha

2017年に山口県防府市で我々の事務所と同じような複合的な要素、事務所、ショールーム的な店舗、倉庫、住宅として築40年ほどの鉄骨平屋建ての建築を改装した。建主は1865年創業の醸造所を引き継ぎ、旧来の醤油や味噌のような醸造品以外に、培われた技術を活かして他の商品展開を手がけつつある。このプロジェクトは古くからの醸造所が、そのイメージを利用しつつ、新たな顧客層を取り込み、ライフスタイルの提示までを見込んだリブランディングを行うためのショールームであり、商品開発を行う実験場であり、写真撮影を行って発信する為のスタジオでもあり、全国へ商品を発送する為の業務スペースと倉庫であり、彼らの生活の拠点でもある。決して大企業とはいえない彼らが、これらをひとまとめにした場所を構築できるのは地方都市の環境があってのことだが、それを支えているのはeコマースやsnsでの発信という面では極めて現代的なプロジェクトと言える。

多目的室からテラス2,店内を通して入口を見る ©shinkenchiku_sha
既存建築外観 ©タトアーキテクツ/島田陽建築設計事務所

老舗の醸造所である工場は、このプロジェクトから車で5分程の位置にあった。こちらは既に建主ら自身の手によって、古くから続く味噌蔵の風情の魅力を活かして改修が行われていた。そこで、こちらは外壁をブランドイメージや周囲との関係を意識して焼杉で覆うのみという最低限の手数でイメージを一新することを図った。その上で、既存建築のグリッドに対し45度振った壁を挿入した。私は設計で直行グリッドに対して一定の角度を持った壁を使うことが多いのだが、その単純な操作により空間体験は容易に撹乱され、途端に迷宮的に感じられる。今回はこの操作により、住宅から店舗まで様々な関係性の領域が、全体の中でどれ位の領域を占めているのか、容易には判らないようにしつつ、へた地のような多様な軒下空間や庭を作り出している。壁は庭にも伸びて、それぞれに異なる領域の庭に切り分け、事務所部分や店舗部分にも庭が用意される。壁の交点には扉や開口が用意され、扉を開くと全ての庭や空間を一つに繋げることも可能だ。

事務所から多目的室、テラス2を通し、道路までを見通すことができる。©shinkenchiku_sha
多目的室からテラス2.3を見る ©shinkenchiku_sha
テラス2から多目的室、事務所を見る©shinkenchiku_sha

この場所には不特定多数が出入りする。そのため防犯も含めてプライバシーの確保のために、道路際に店舗や商品発送用の倉庫を配し、事務所、商品開発用の試作室から住宅までを垂れ壁、透明な壁としてのガラス、不透明な壁で閾と境界をつくり、グラデーショナルに奥行きをつくり出した。店舗と事務所、倉庫、住宅で仕上げや天井高さを微妙に変え、閾をくぐり抜けるたびに少しずつ雰囲気が変わって、どこまでも続くような感覚を与える。既存建築に他者としての異なる軸をもつ壁を挿入することで、奥行き感覚を撹乱し、来訪者から従業員まで、グラデーショナルに他者と共に暮らすことを目指した。

事務所からキッチンを見る。隠し扉のむこうは住宅 ©shinkenchiku_sha
リビングからDK越しにテラス4を見る。右側には庭 ©shinkenchiku_sha
ショップからテラス2越しに多目的室方向を見る。ガラスの反射と透過により奥行きが曖昧になる。©shinkenchiku_sha

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島田 陽
建築討論

建築家・京都市立芸術大学准教授 1972年兵庫県神戸市生まれ 1997年京都市立芸術大学環境デザイン科大学院修了 1997年タトアーキテクツ/島田陽建築設計事務所設立 2021年京都市立芸術大学准教授