防災レジリエンス ―災害への備えと被災後の生活継続性

連載:タワーマンションの寿命が尽きるとき―つくる責任と看取る責任(その4)

森本修弥
建築討論
Aug 29, 2022

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タワーマンションの価値存続には日常よりも非常時に根本的な課題が顕在化する。

前回(その3)では日常の人と人とのつながりの延長には災害時での助け合いがあることに触れた。災害発生時にタワーマンションが機能不全に陥ることは絶対に避けなければならないが、むしろ災害発生時にこそタワーマンションが地域に頼りにされ、安心感を与える存在であることも必要であろう。

2つの大震災でタワーマンションはどう変わったか

巨大地震でタワーマンションが倒壊することは、まずないであろう。ただ、巨大なものでは地上200mの高さにまで1000戸を超える住戸のある建物の中で、地震後に電気も上下水道もガスも止まった状態で、生活を継続できるであろうか。消費者の目は厳しい。心理的不安を取り除くかたちで、開発事業者は多種多様な防災対策をアピールしてきたが、幸いにもそれが実践されるような災害にはまだ遭遇していない。

1995年の阪神・淡路大震災の直撃を受けた神戸市ではタワーマンションはまだ少なかったものの直接的被害は少なかった。2011年の東日本大震災でもタワーマンションへの直接的被害は少なかったが、震源域から離れた地域でも長く強い揺れに襲われ、電源喪失による計画停電は心理的不安を一層大きくした。そして、タワーマンションが巨大地震に対していかに耐えうるかという課題のほかに、発災後にいかに生活が継続できるかという課題がLCP(生活継続性)として新たに浮上した。

ここでは、タワーマンションがこの2つの大震災の前後でどのように変わったかをみてみたい。まず取り上げたのは、防災上の装備、すなわちエクイップメント(equipment)という言葉で販売パンフレットに記載された装備のうち防災に関するものである。販売用のパンフレットには、自動車や家電製品のカタログと同じように、数々のエクイップメントの充実ぶりが謳われている。

さて、調査対象は都内立地のタワーマンション96棟で、阪神・淡路大震災以前の着工が7棟、阪神・淡路大震災以降で東日本大震災以前の着工が64棟、東日本大震災以降の着工が25棟である。表1のように販売パンフレットから38の防災対応のエクイップメントを抽出し、それらの出現頻度を考慮してA~Nの14種類の防災対応項目として分類した。

表1 防災対応エクイップメントと防災対応項目(著者作成)

解析方法の詳細は★1によるが、まず調査対象96棟について14種類の防災対応項目への有無のデータを作成した。次に相互の関係性を視覚的に把握するため、コレスポンデンス分析により96棟のタワーマンションと14種類の防災対応項目を2次元平面上にプロットした。図1がその結果で、平面上近い位置にプロットされたタワーマンションが防災対応上類似していることを表している。また、平面上で集まったタワーマンションのグループと近い位置にプロットされた防災対応項目が、そのグループで充実していることを表している。

図1 タワーマンションの防災対応の位置づけ(著者作成)

各タワーマンションを2つの大震災前後の着工時期で分けると、次のようなことが分かる。阪神・淡路大震災以前に竣工した7棟では、いずれも耐震構造が主体で、パンフレットそのものが近年のものに比べると簡素なこともあるが、特筆する防災対応はみられなかった。

ところが、阪神・淡路大震災以降で東日本大震災以前に着工したものでは、構造的には制震構造が多い傾向にある。特に、変形して開閉不能になることを防ぐ玄関の耐震枠ドア、壁に下地を入れて金物取付に対応した家具の転倒防止、揺れで食器類が散乱しないよう引き出しや扉がロックされるキッチン耐震ラッチなど、特殊な装置ではないが、住戸専有部の安全性を高めるものがみられるようになった。また、防災備蓄倉庫や非常用電源などインフラ遮断に備えるものの充実ぶりがうかがえる。

さらに東日本大震災以降に着工したものでは、これらに加え、免震構造の採用が多くなった。また、電力逼迫に備えて、非常用発電機の充実や照明のLED化による省エネへの配慮がみられる。特筆すべきは、防災マニュアルの用意などのソフト対策や、公共機関との共同支援体制などの地域貢献がみられるようになったことである。

つまり、阪神・淡路大震災を受けて、建築物本体のハードとしての安全性向上がみられるようになったが、東日本大震災以降では、それらに加えて地域貢献を含めたソフトとしての安全性向上の重視がみられるようになった。それは、後述するように地域の防災の中でタワーマンションに何が求められているかという課題にも対応している。

タワーマンションがなぜ水害に脆弱であったか

神奈川県川崎市武蔵小杉地区は、元は工場や企業のグラウンドなどが立地する多摩川沿いの低地であったが、2000年以降急速にタワーマンションが林立する現在の姿になった。2019年の台風19号による内水氾濫で、47階建てのタワーマンションでは地下の電気設備が浸水し、建物内に電気が供給されなくなった。その結果、電気に依存する上下水道、エレベーターなど、建物内のインフラというべき設備も長期間使えなくなったことは記憶に新しい。

背景には1997年の建築基準法改正により、住宅の地下部分の床面積は容積率制限の対象ではなくなったことがある。開発事業者側の立場では、地上部分により多くの売れる床を生み出すことに腐心するのは当然のことであったが、そこに法改正が拍車をかけた。その結果、巨大なタワーマンションでは、売れる床ではない部分についてみると、相対的には床面積が僅かとなる電気設備室でも浸水のリスクのある地下階に設置するようになった。

事態を重く見た国土交通省は翌2020年に経済産業省との連携による建築物における電気設備の浸水対策のあり方に関する検討会を設置し、浸水対策ガイドラインを策定したが、電気室を地上に設置した場合に、容積率制限の対象から除くような要求がいずれは高まるであろう。

自助・共助・公助

著者の属する一般社団法人新都市ハウジング協会では、東日本大震災発生の2年後の2013年にタワーマンションが多く立地する東京都江東区の防災担当者に、タワーマンションに求める防災対策についてヒアリングを行った。概要は次のとおりである。

「公助」となる避難所は、堅牢とされるタワーマンションの住民の受け入れは想定していない。タワーマンションの住民は、災害発生後も、「自助」および、自主防災組織による「共助」によって、建物内にとどまることが想定されている。むしろ、タワーマンションには、地域の住民のための地域防災備蓄倉庫や集会室の提供などの地域の防災拠点としての役割が求められている。

タワーマンションは都市開発諸制度の運用によって、容積率制限の緩和が認められている。地域貢献が求められるのは当然のことであろう。地域に頼りにされ、その役割を果たすためには、タワーマンション自体が災害後に生活継続性を失ってはならないのである。そのためにも、前回触れたようにタワーマンションでの住民相互や地域とのコミュニティの育成も欠かせない。

空中の防災拠点の提案

前回に空中のコミュニティスペースについて触れた。エレベーター停止中の場合、5層を階段の昇降の限度と考え、10層おきに節のように空中のコミュニティスペースを設けておくと、防災拠点としての活用が期待できる。そしてこのスペースの床面積が容積率制限の対象とならないような法的インセンティブを与えれば普及の足掛かりになるかもしれない。事実、神奈川県川崎市ではそのような取組があり、中国のタワーマンションでは法的に義務付けられている★2。

図2はその概念が実際のプロジェクトで提案されたものの、実施には至らなかった事例である。もし、このような空中のコミュニティスペースが本格的に採用されるようになれば、タワーマンションの外観デザインは大きく変わる。

図2 空中のコミュニティスペースの提案(著者作成)

次回の連載に向けて

ゲーテッドコミュニティとなるタワーマンションでも地域に向けた顔があるとすれば、その一つに外観がある。

前章で提案した空中の防災・コミュニティスペースの設置によって、タワーマンションの表情には平時でも非常時でも生活の営みや人々の息づかいが感じられるようになれば、地域の安心感につながるであろう。

タワーマンションの外観デザインがどのような価値を持つのかを次号でみていきたい。

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★1:森本修弥,青山勝,村本徹:東京都立地の超高層住宅の企画にみられる震災前後での防災への取組み, 日本建築学会大会学術講演梗概集, pp.1119–1120, 2017.8
★2:篠崎,高井,内海(2020)では、中国の高層住宅について、高さ100mを超えると避難階の設置が義務付けられるとしている(篠崎正彦,高井宏之,内海佐和子:北京の高層集合住宅における共用空間:スカイガーデンの利用実態と居住者評価, アジアの超高層住宅4都市ON LINEシンポジウム『超高層住宅の計画手法と高齢者の孤立居住問題への知見』, pp.45–57, アジア超高層住宅居住研究会(科学研究費課題), 2020.12)。

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森本修弥
建築討論

もりもと・しゅうや/1959年東京都生まれ、東京工業大学大学院理工学研究科修了。日本国有鉄道を経て日本設計勤務。専門は高層・超高層住宅。博士(工学)。受賞歴に茨城県建築文化賞優秀賞(水戸プラザホテル)、グッドデザイン賞(釜石市上中島町災害復興公営住宅Ⅱ期)、都市住宅学会論文コンテスト博士論文部門優秀賞など。