高名孝+蔡瑞麒編著『台湾建築地図 vol.01:台北市』

台湾建築への充実したイントロダクション(評者:市川紘司)

市川紘司
建築討論
5 min readAug 31, 2019

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ここ数年研究の関係で台湾に行く機会が増えているのだが、かねがね思うのは、台湾建築マップがあったらいいのに、ということである。2018年の訪台日本人旅行者数は200万人に近いという。個人的な実感からしても、観光や仕事で台湾に行く/行ったという建築家や建築学生は多い。需要はあると思う。日本統治時代の「レトロ建築」への関心は昔から高く、それを集中的に紹介・解説する本はすでにある。日本敗戦後の「光復」、そして戒厳令解除~民主化以後の現在までの建築情報がある程度網羅されたアーカイヴ的ガイドブックが、あとは欲しい。

高名孝+蔡瑞麒編著『台湾建築地図 vol.1:台北市』

そのような要望が台湾でもあるのだろう。2018年に出版された本書は、台湾全土をカバーするはじめての網羅的な「台湾建築地図」第一弾として制作された、台北市建築マップである。収録されている台北建築は600以上。清代創建の古寺院に始まり、旧台湾総督府庁舎に代表される日本統治時代の「レトロ建築」や、長らく竣工が待たれているOMA+大元建築工場(姚仁喜)によるアイコニックな台北パフォーミングアーツセンターなど、設計者・竣工時期・エリア・ビルディングタイプを問わず、情報の網羅性は高い。伊東豊雄の国立台湾大学社会科学部棟、青木淳の濱江多目的センター、平田晃久の富富話合など、日本人建築家による最近の話題作も当然収録されている。編著者に聞いたところでは、各種建築情報の確認と整理は台北市の「建築執照存根調査系統」をベースに独自におこない、写真は編集チームですべて撮り下ろしたというから、労作である。中文のみの書籍ではあるが、住所や、巻末掲載の建築家作品別・エリア別・時代別の見学推奨ルートなどは、漢字が読めればだいたい理解できるはずだ。写真を参照しながら気になる建築をピックアップして、現地でたどり着くためのツールとしてだけでも、ひとまず十分利用価値があるだろう。書籍デザインの大枠は、TOTO出版の建築MAPシリーズとよく似たものになっているから、とっつきやすい。

評者が興味を引かれるのは、日本ではなかなか情報に触れられない、台湾の戦後建築である。たとえば、巻末の建築家作品別推奨ルートでも取り上げられている王大閎(ワン・ダーホン)。戦後台湾のナショナル・アーキテクトと言うべき建築家だが、一昨年台北市立美術館近くに再建された自邸(1953年)から、中華民国の「国父」である孫文を記念する国父紀念館(1966年)まで、その作品譜は、アメリカ・ハーバード大学でグロピウスに学んだモダニズムを中国の伝統建築文化を踏まえながら独自に展開するものとなっており、興味深い。国立台湾大学農業陳列館(1963年)や中央研究院欧米研究所図書館(1971年)なども、コンクリートの毛ぶかい肌理が特徴の台湾的モダニズムの佳作だろう。台北市の外に眼を向けてみても、I.M.ペイのHPシェル構造によるルース・チャペルが有名な台中東海大学キャンパス、あるいは戦前早稲田大学で建築を学んだ陳仁和による、極薄スラブの外廊下が上下に波打つ高雄三信家商波浪校舎など、戦後台湾には良質なモダニズムの試みがじつは多い。その一方で、蒋介石の中正記念堂(1977年)や中国文化大学キャンパスの一連の校舎建築のように、ストレートな中国建築の復古様式も1950~70年代には多く建てられている。それは中華人民共和国によって大陸を放逐されてなお「中国」の政党政権であることを示すためのスタイルであった。

台湾海峡を介して向かい合う大陸の新中国、東西冷戦下で同一陣営にあったアメリカ、そして戦前の支配国だった日本……。台湾の戦後建築カルチャーには、戦前の歴史や戦後の国際関係に紐付くさまざまな力学が、明に暗に働いている。そのような複雑な文化的・政治的バックグラウンドと、台湾独自の気候風土が連関しながら成立する台湾の戦後建築の展開は、それ自体として非常に興味深いし、今後始められるだろう日本の戦後建築史研究においても、重要な比較的考察の対象となり得る。

台北市編である本書に続いて、現在は新北・基隆・桃園などのエリアを対象とする「Vol.02」の制作が進行中であり、そのあとも台湾中部・南部・東部……と続いていく計画であるらしい。完成が待たれる。単なるガイドブックに留まらず台湾建築を総覧するためのアーカイヴ構築の作業としても重要な仕事である。

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書誌
編著者:高名孝、蔡瑞麒
書名:台湾建築地図 vol.1:台北市
出版社:田園城市
出版年月:2018年10月

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市川紘司
建築討論

いちかわ・こうじ/1985年生まれ。建築史・建築論。博士(工学)。東北大学大学院工学研究科助教。著書に『天安門広場:中国国民広場の空間史』(筑摩書房)など