02「リレー」──建築は時間を超えた共同作業でつくられる

[201907 特集:これからの建築と社会の関係性を考えるためのキーワード11 |Key Terms and Further Readings for Reexamining the Architects’ Identities Today]

宮部浩幸
建築討論
9 min readJun 30, 2019

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加藤耕一『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』東京大学出版会, 2017

かつて、建築を作ることには膨大な時間を要し、人一人の一生涯よりも建築の作られる過程の方が長い場合が多々あった。西洋の教会堂は何世代もの主任建築家がその仕事を引き継ぎながら一つの全体像を完成させてきた。加藤耕一が『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会, 2017)に記したように、通史的に俯瞰してみると、様々な名建築が既存建築の再利用、つまりリノベーションによって作られてきたことが分かる。かつての世代から受け継いだ建築に、適合性と一貫性★1を持って手を加え、新たな全体像を作りだす創造的な行為によって建築は形作られてきた。

建築はリレーのように前の世代から次の世代へと手渡され、育てられてきた。それぞれの走者は前の走者の走りを前提に次の走者の走りにつなげていく。このリレーのゴールは設定されておらず、第一走者はいるが最終ランナーは決まっていなかった。建築のオーソリティはその時点までのリレーメンバーであった。

しかし、モダニズム以降は事情が異なる。近代建築では「竣工」という一つのタイミングに焦点を当て、一つの建築に一人(あるいは一組)の建築家が設計者と記されるようになった。技術の進歩で建設に要する時間が大幅に短縮されたことが一因だろうが、伝統や因習から離れて新たな建築を希求する思想が、新しい状態を良しとする価値観に帰着したことが要因と考えられる。前の世代の仕事を受け継ぐリレー的な創造とモダニズムの思想は相性が悪かった。モダニズムは新たなレースを設定し、新築では第一走者が最終走者となった。竣工時点からの発展がないという点で建築に流れる時間は概念的には止まった状態になる。

モダニズムと並走して(あるいはモダニズムの一部として)発展した建築行為に「保存」がある。保存という概念はそれほど古いものではない。フランスの建築史家、フランソワーズ・ショエによれば建築の保存という概念が確立したのは19世紀である。オスマンのパリの大改造に際して、住民が既存建築の取り壊しに反対運動をした時であることを指摘している★2。つまり、「再開発」★3への反対が「保存」という考え方を確立させたのだ。注意しなければならないのは19世紀の保存に対する考え方は今のものとは異なる点である。ヴィオレ・ル・デュクによる歴史的建造物の修復を見るとわかりやすい。パリのノートルダム寺院は彼の代表的な仕事の一つである。詳細は省くが、つい先日(火災の被害で現在は見ることができない)まで我々が目にしていた姿は19世紀に彼がデザインしたものだった。つまり、保存を前提とした修復と言っても、かつての姿をそのまま受け継ぐあるいは復元するものではなく、新たな全体形を創造(想像)していたのだ。現在の保存の考え方は再開発の脅威に抗うように20世紀に形成されていった。保存に関する国際的な指針を示すものとしては1931年のアテネ憲章と1964年のベネチア憲章がよく知られている。アテネ憲章では歴史的な建造物の保存に新たな素材を用いることを推奨していたが、ベネチア憲章では修復は科学的な根拠を持って行い、新たな部材を加える際には旧来の部分と明確に区別することを推奨している。この考え方の移り変わりで注目したいのはオリジナルという概念が生成している点である。竣工時点を特定し、その時の状態を保存するのである。リレーの例えを用いれば、レースがいつ終わり、誰が最終ランナーなのかを特定する、ということである。竣工時点と設計者(それ以上増えない)が決まり、建築の時間がそこで止まるという点で、保存は近代建築の概念の一つと言える。

再利用つまりリノベーションはどうであろうか。ベネチア憲章後、20世紀後半のリノベーションでは殊更に新旧を対比的に扱うデザインが良いとされた。新旧を区別することを推奨する考えが通奏低音として流れていたからであろう。例えば石造の様式建築にガラス張りのボリュームを併置し、新旧の対比を強調するデザインは、適合性と一貫性を持って全体像を創造した、以前のリノベーションのデザインとは趣が異なる。リレーでいうと別種目の人にバトンを渡した、あるいは別の競技が隣で始まったといった程だろう。リノベーションの名作と言われるカステル・ヴェッキオ美術館はベネチア憲章(1964年)以前にカルロ・スカルパによる改修設計が始まり1964年に工事が完了している。スカルパの手による部分と旧来の部分は注視しないとわからないくらい馴染んでいる。これとその後の新旧を明確に区別するリノベーション事例を比べると考え方の変化がわかりやすい。

カステル・ヴェッキオは19世紀に建てられた兵舎を1920年代にアントニオ・アヴェーナの監修で改修が行われ美術館に転用され、1926年に開館した。その後1960年代にスカルパの設計でさらに改修が行われ現在の姿となった。外観を見るとスカルパが手を加えた部分として、既存の壁と屋根を撤去して設けられた騎馬像がおかれたスペース(写真左手の)がスカルパのデザインとして理解できる。しかし、これ以外にも外壁の装飾の撤去、アプローチの変更、庭の舗装の変更など様々な改変があるが、注視しなければこれらのことには気がつかない。内観でも同様でスチールサッシはスカルパの手によるものと即座に判別されるが、これ以外にもスカルパの手が加わった部分がある。ボーダーパターンの石の床や天井、壁仕上もそうである。[写真:木内俊彦]
磯崎新『空間へ』河出書房新社, 2017

20世紀にモダニズムからの脱却を図るべく、建築に時間を止めない概念を持ち込んだ磯崎新の「プロセス・プランニング論」(1962年発表. 磯崎新『空間へ』河出書房新社, 2017)のような考え方が発表されていたことも確認すべきであろう。「成長=大きくなること」を前提としたシステムを提案し、竣工を保留する点がモダニズムと一線を画す。一方でオーソリティについては新築時のシステムの設計者に固定されることになる。同時代のメタボリズム運動による建築も同様に概念的には竣工は保留されているが、改変システム自体はほぼ機能しなかった。老朽化、積み重なる維持コストなど現実の問題に直結し、オリジナルとは異なる形での活用提案を模索するなど状況は少しずつ変わり始めている。

現在は歴史的建造物にも保存活用という言葉が頻繁に登場し、オリジナル保存だけでない方法が試されている。新築、再開発を求める圧力はかつてほど強くない。一方の力加減が変わればそれに対する保存の考え方にも変化が生じるのである。ありあまるストックを前提とした事業企画やリノベーションによるまちづくりなど、リノベーションという建築行為が一般化しつつある現在からすると、建築は「竣工」という一時点に集約されるものではなく、時間の幅を持って捉えられるということが自然な状態に戻ってきた。近代に確立した習慣は実態にそぐわないものとなりつつある。

前の使い手、設計者、施工者が行ったことを次の世代として受け取り、さらに次の世代へとバトンを渡すことを前提に、新たな全体像を提示することで、建築や都市に時間の刻印が重ねられて行く。時代が異なる創作者と時間を超えた共同作業をする、建築をリレーする時代が再びやってきた。しかし、モダニズムと保存概念の形成を経た現在では、リレーの走り方は以前とは異なる。適合性と一貫性を持って既存の建築や都市の改変を考えることとそれまでの時間の痕跡を判別できるようにすることを両立する手法が必要である★4。そして、建築家のオーソリティの有効性は、リレーのメンバーとなり得る仕事をしているか否かにかかっている。

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[注]
★1:12世紀、サン=ドニ大修道院の建設に尽力したシュジェールの言葉。加藤耕一『時がつくる建築:リノベーションの西洋建築史』(東京大学出版会、2017年、第84頁)にも紹介がある。
★2:フランソワーズ・ショエ『近代都市―19世紀のプランニング (The cities=new illustrated series)』、彦坂裕訳、井上書院、1983年
★3:加藤耕一『時がつくる建築』によれば再開発の起源は16世紀に遡る。
★4:筆者がポルトガルの改修のデザインについて行った研究で指摘した「新旧を織り込む改修」はこの手法の一つと考えられる。「ポルトガルの建築における修復・改修デザインに関する研究-ポウサーダに見る再生手法と理念」博士学位論文(東京大学大学院)

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宮部浩幸
建築討論

みやべ・ひろゆき/1972年千葉県生まれ。建築家。博士(工学)。SPEAC/近畿大学准教授。作品に「リージア代田テラス」、「龍宮城アパートメント」など、著作に「リノベーションの教科書ー企画・デザイン・プロジェクトー」(共著/学芸出版社)、「世界の地方創生」(共著/学芸出版社)など