Prefabricating China ── Architects’ Interventions in the Mass

AT editorial board
Oct 1, 2018 · 10 min read

目次

  1. 謝英俊+永岡武人(常民建築)|「常民」のための建築 ── 工場生産と住民参加の結合
  2. 何哲+ジェームス・シェン+臧峰(衆建築) |建築は携帯電話のように ── 社会実践としての「プラグイン・ハウス」|翻訳:張亭菲
  3. 朱競翔(香港中文大学/元遠建築科技発展有限公司)|建築の多様なる製品化に向けて ── 5つのプレファブ軽量建築モデル|翻訳:市川紘司
  4. 阮慶岳(元智大学)|互助とローテク ── 建築家・謝英俊の来し方と行く末|翻訳: 葛沁芸

特集前言

GDP世界第2位となって久しい中国だが、国全体が〈先進国〉となったわけでは決してない。その巨大な国土と膨大な人口、そして格差を助長するアンバランスな経済成長ゆえ、一部の大都市の外に出れば依然として〈開発途上国〉の情景と生活が広大に残っていることに気づく。〈城中村〉に代表されるように、都市の内側でもそうした〈開発途上〉の空間を見つけることは難しくないだろう。要するに、中国にはいまなお近代的な建築や居住環境を享受できていない人びとの層が分厚く存在しているのだ。

近年、こうした潜在的で切実な建築需要層にコミットしようとする建築家が現れてきている。彼らがそのための手立てとしているのが、〈プレファブリケーション〉の建築である。 中国語では「預製裝配式」と呼ばれるプレファブ建築は、簡単に言えば、工場で部材や空間ユニットをあらかじめ加工し(「預製」)、現場でそれを組み立てる(「裝配」)、という手続きでつくられる。現在の中国では大半の建築物が現場打ちの鉄筋コンクリート造で建てられているのだが、新たに登場した建築家たちは、こうした生産方式から距離をとり、軽量鉄骨や木質パネルなどによるプレファブ建築の生産方法を独自に開発し、運用している。そうして建設コストを下げ、品質を安定させ、建築を切実に求める人びとの層により素早く、かつ合理的に提供しようと試みているのである。

本特集では、以上のようなプレファブ建築を中国で実践する、三組の代表的建築家を紹介する。一組めは、台湾と中国の自然災害地域における復興建築の取り組みで知られる、謝英俊(シャ・エイシュン、1956年〜)が率いる〈常民建築〉。二組めは、北京の歴史的街区のなかで、古い四合院住宅の外貌を保存したまま室内環境だけを軽やかに更新する〈プラグイン・ハウス〉を手がける若手建築家ユニットの〈衆建築〉。そして三組めは、香港ベースでNGO団体などと連携しながら、中国周縁部の村落地帯などでプレファブ化された施設を研究・実践する朱競翔(シュ・キョウショウ、1972年〜)。各記事では、彼らがプレファブ建築に向かうきっかけとなった社会的要因や問題意識、その実践の核心にあるアイデアや目的、あるいは実際に進められているプロジェクトなどを、エッセイやメールインタビューをつうじて紹介している。

さらに以上の3組の実践者にくわえて、中国大陸の近現代建築に明るい台湾の建築評論家・阮慶岳(ゲン・ケイガク、1957年〜)にもメールインタビューを実施した。同郷の建築家である謝英俊の実践を中心に、〈中国的プレファブ〉の実情や今後の可能性を、彼がどのように評価しているのかを聞いている。


さて、本特集で取り上げている三組の建築家は、建築の〈プレファブリケーション〉に可能性を見ている点では共通する。だが当然ながら、それぞれはっきりとした個性と差異がある。

圧倒的な速さで膨張している中国大都市圏をフィールドとする建築家もあれば、経済的に遅れをとる周縁の村落地帯に重きをおく建築家もいる。研究を重視するアカデミシャン的立場もあれば、在野で活発に事業展開する〈スタートアップ企業〉的な色の強い立場もあり、あるいは集落単位での面的な建設作業の重視がある一方で、住宅や学校など個別のビルディング・タイプを単位とする展開もある。また、専門家内でプレファブ化を徹底するかどうか、建築生産の最終的なアウトプットとしての形式(形態)やデザインの問題をどう考えるか、非熟練労働者や現地の住民の参加をどこまで促すかといった点にも、それぞれ微妙に異なるスタンスが採られている。そもそも活動の拠点からして、三組の建築家は台湾/香港/大陸とバラバラである。よって、彼らの建築家としての興味や嗜好は本質的には多様性に満ち満ちており、〈プレファブ建築によって建築を求めるマスな層への介入を目指す〉という一点だけが共通しているに過ぎない、と言ったほうが適切かもしれない。

だが、その唯一の共通項であるプレファブ建築をつうじた彼らの取り組みこそ、〈先進国〉と〈開発途上国〉のあわいで揺れ動く中国が直面する社会的課題を真正面から射抜こうとする野心的な試みとして、非常に興味深い。それは1978年の〈改革開放〉以後における中国現代建築の流れとは一線を画しているからだ。

ここ十年ほどの中国現代建築の盛り上がりは周知のとおりである。いまや中国人建築家の作品はウェブメディアをつうじて世界中に毎日拡散している。しかし、概括してしまえば、王澍などの例外的存在をのぞくと、その作品はモダニズムのマナーに〈中国的〉〈地域的〉な材料や構法をかぶせる〈批判的地域主義〉的作風でパターン化していると言ってよい。それはいまや中国建築の〈お家芸〉であり、実際に洗練され成熟もしているのだが、モダニズムの表現の一バリエーションであることを超え出るものとは言いがたいだろう★1。なにより、社会・政治・経済のあらゆる側面でドラスティックに変動しつづける〈中国〉という環境を鑑みれば、建築の材料や構法的側面に注力する批判的地域主義的な表現は、あまりに穏当で非政治的に映る。こうした傾向は根が深く、さかのぼれば、〈改革開放〉以後の中国のアトリエ建築家の開祖と言うべき張永和が、社会主義イデオロギーに踊らされた毛沢東時代のカウンターとして、建築の基本的原理に立ち返る〈基本建築〉を主張した時点に、その端緒を見い出すことが可能だろう★2。現実と遊離する建築の非政治性は、〈改革開放〉以後の中国現代建築に絶えず伏流してきた問題であった。

ひるがえって本特集で紹介する建築家たちの実践は、建築生産の問題や格差の問題など、大国・中国が固有に抱える〈量〉という問題系にアクセスしながら建築的思考を展開している。それは単なる〈中国的な〉表現のレヴェルにとどまらない、現実社会の課題と向き合いながら生成される〈中国的現代建築〉の在りかたを示そうとするムーブメントに見えなくもない。ここではお題目的なイデオロギーは問題とならないし、〈基本建築〉のように建築というフレームに思考を絞ったりしない。俯瞰から見れば可視的ではないがたしかに存在する潜伏的な建築需要者の層を摑みとり、そのリアリティに直接コミットしながら、しかし過剰には個別具体に陥ることなく、普遍化可能な建築の在りかたを模索すること。現実をメタレヴェルから捉える〈哲学〉の文化ではなく、あくまでも現実の具体性や即物性と密接に付き合いながら普遍や抽象に至ろうとする〈思想〉の文化に中国的伝統があることは、〈改革開放〉後に中国訪問を果たしたジャック・デリダをはじめとして、さまざまな論者が指摘するとおりである★3。そのような中国的〈思想〉の取り組みとして、彼らの建築的実践を捉えてみたい。

また、大陸から海を隔てた日本から見ると、彼らの展開するプレファブ建築の実践は、戦後の日本建築がある時期までテーマとしていた(逆に言うとある時期からテーマ化しなくなった)生産や構法を含めた建築デザインの試行作業とダブって映るかもしれない。さらに言うまでもなく、大量生産を目標に建築のプレファブ化を推進することはグロピウスやプルーヴェらモダニストたちの掲げた〈夢〉のひとつでもあった。いま中国を舞台にして起こっているプレファブ・ムーブメントは、近代建築や戦後の日本建築でも見られたような〈夢〉の再演であるのか、あるいは中国ならではの異なる道筋へと開かれていくのか、今後の展開も注視すべきだろう。


最後に補足だが、本特集では、国営由来の大手建築設計事務所である〈設計院〉の外側で活動するアトリエ建築家たちによるプレファブ建築の実践を焦点化した。しかし他方では、彼らの活動とは異なるレイヤーにおいても、中国ではプレファブ・ムーブメントは起こっている。すなわち、国策としての建築のプレファブ化の推進である。

中国政府は2015年を境に、建設業の合理化、安全化、省エネ化を主眼に置いたプレファブ建築推進の大号令を発している。おそらくこの国家レヴェルでのプレファブ建築の推進は、〈一帯一路〉やアフリカ進出に象徴される近年の拡張主義とも無縁ではないだろう。言うまでもなく、プレファブ建築は植民地主義と親和性が高い。宗主国では専門的な生産加工作業、それを輸送した植民先では簡易な組み立て作業のみというように、技術や経済の水準に合わせた作業分担が可能だからである。とりわけ近年の中国では鉄鋼を中心とした過剰生産が長らく問題化しており、鉄骨やプレキャスト・コンクリートを製品としてパッケージングして輸出できるプレファブ建築は都合がいい。本特集で紹介した建築家個人レヴェルでのプレファブ建築の実践は、こうした国の動きと部分的に交わることもあれば、並走しつつもまったく無関係に進められているケースもあり、その付かず離れずの距離感にこそ、イデオロギーの時代にも〈基本建築〉の時代にも見られなかった絶妙なバランス感覚が見い出せる。(K.I.)
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★1:ちなみに、中国現代建築カルチャーのスポークスマンとして最近活躍のめざましい評論家の李翔寧(同済大学)も同様の指摘をしている。曰く、多くの中国人建築家の作品は西洋モダニズムの「変種」に過ぎず、独自の建築言語を構築する意欲、そもそもの「建築」概念を更新しようとする意欲が希薄である、と(李翔寧「「実験建築」から「批判的プラグマティズム」へ:中国の現代建築」、『A+U 特集:百家争鳴』2016年3月号)
★2:張永和による〈基本建築〉の提唱は以下のような文言でなされている。「…どんな建築類型であろうとも、建築家はみな材料の取り合わせや、構造のロジックや、施工のクオリティや、地域との関連性、空間における人のアクティビティや体験などに注力すべきであり、そうしてつくられるのが基本建築である」(張永和『平常建築』中国建築工業出版社、2002年)
★3:ジャック・デリダと現代中国思想との関係性については王前『中国が読んだ現代思想:サルトルからデリダ、シュミット、ロールズまで』(講談社、2011年)を参照。また、中国文学者の吉川幸次郎は、中国古典文学の特質として、非虚構の素材やその具体的表現としてのレトリックの尊重、政治性の両立などを挙げている。吉川幸次郎『中国文学入門』(講談社、1976年)などを参照のこと。


衆建築「樊さんのプラグイン・ハウス」北京、2016年[提供:PAO]

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。

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