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050|202012|特集:建築作品評価をめぐる素朴疑問 ─── 厳選5問に対する平易で偏った回答集

Is Architecture hard to be honored? ── A collection of answers to five selected questions about architecture award

建築作品って宿命的に「褒められ下手」なのかも。だってあまりにべったりと社会や時代にくっついている。どんな人のためにもつくられ、あまりに多様なスケールにわたって、何でも建築でございと節操がない。それにあまりにも共著者が多くて誰が作者なのかもケース・バイ・ケース。そんな模糊たる有象無象の海から、「作品賞」などの名に値するものを選び出そうとしたとたん、たちまち数々の「?」が頭をもたげてくるのも無理はないというものです。

その「?」に対する回答集をお届けします。

目次:

疑問1 ───「建築作品」はモノとして自律するの?|福島加津也
疑問2 ───「時代を画す」って、未来の人にしか分からないのでは?|江本弘
疑問3 ─── 巨大建築と小住宅、いっしょに比較評価できる?|吉村靖孝
疑問4 ─── 建築賞における中央/地方バイアスはある?|今村創平
疑問5 ─── アカデミー賞みたいにたくさん賞をつくればよいのでは?|山村健

5つの回答を読み進めた先に立ちあらわれるのは何でしょう。編者は建築の倫理学ではないかと思いました。たしかに「?」だらけかもしれないが、「それでも」選ぶ。この「それでも」という転回こそが、建築論を建築論たらしめる魔力を手放さないために不可欠な回路なのでしょう。

図:トニー・ガルニエによる国立銀行計画。1899年アカデミーからローマ賞を贈られた平面図。機能的には無駄だらけの「完璧な軸構成」こそが19世紀末アカデミーの「建築」であった。ガルニエはこの後、「工業都市」のドローイングに没頭しはじめる。plan d’un hôtel pour le siège central d’une banque d’état, projet de Tony Garnier pour le grand prix de Rome de 1899

背景を少し説明させていただきます。全国支部にわたる本会の大事業である作品選集・選奨選考は、コロナ禍のため今年度は実施が見送られました。担当委員会としては苦渋の決断であったと拝察します。建築学会賞作品賞の選考は進められていますが、コロナ禍の推移次第というところもあるやに聞きます。

そこで、ということでもないのですが、賞の選考実務をしばらく離れ、作品評価をめぐる素朴な疑問について考えをめぐらしてみてはどうかと思いました。正直にいえば、学術レビュー委員会での某先生のささやきを真に受けて建築作品選集・選奨委員会とのコラボ特集をと考え、当方から冨永祥子委員長にご相談したところ、同委員の皆様に〈素朴疑問〉の案を多数出していただいたくことができた、というのが経緯です。建築作品選集・選奨委員会の皆様、本当にありがとうございました。下にその貴重な疑問の数々を掲げさせていただきます。

さて編集部ではそれらをふまえて疑問5つを決定、これを5人の著者に投げかけました。回答にあたっては、「それもこれもありうる」式の配慮は捨てて、ご自身の関心や立場に沿って、偏りを厭わず、平易な言葉で書いてくださいとお願いしました。さすがの回答が揃ったと思います。読者諸賢はぜひ5つの回答を堪能し、オンライン飲み会の話題にとりあげ、建築作品評価をめぐる議論を盛り上げてください。卒業設計提出前の12月に恰好の話題でもありますね。

最後にひとこと。5つの疑問は、一見すると建築作品賞を訝しんだり、その無意味さをあげつらったりするもののように見えるかもしれません。でも編集部の意図はむしろ反語的です。■(編集部・青井哲人)

[参考]作品選集・作品選奨委員会の皆さんから出していただいた〈素朴疑問〉集

◯作品審査に設計者が立ち会うっておかしくないですか? また建築家の語る「虚構」は作品評価から切り離すべきではないですか?
◯建物が社会関係や物質代謝のひとつの結節点ないし断面にすぎないとしたら、旧来の「作品」概念はもう役に立たないのではないでしょうか?
◯「設計者」とは何者でしょうか? たとえば構造設計や環境シミュレーションなど、何を評価したのかによってクレジットされるべき「設計者」は変わってしかるべきでは?
◯学会作品賞の評価基準として規定に明記される「時代を画す」とはどのような説明がありうるのでしょうか? たとえば時代のイシューを意識した論争喚起的な授賞でしょうか?
◯人の生存環境が宇宙に飛び出してしまったら、あるいは意匠がホログラムになってしまったら、作品の評価ははたして可能でしょうか?
◯学会賞(作品)には応募者の数に制限が設けられた、これは応募のハードルを上げるもので、今後、学会賞の格や価値を下げる可能性もあるように思います・・・ぜひ真意を知りたい。
◯近年増えている、建築+プロジェクトの評価をどうするのか?プロジェクトとして魅力有りとして評価したのに、ビジネスとして行き詰まったら、評価は下がるのか?
◯オンラインが重宝される時代において、「建築を現地審査する」の意義とは?
◯建築物の質には地域差(背景差)があると思う。であるとするならば、それを反映させた評価とは何を評価しているだろうか?
◯建築家はテキストを専門誌に発表し、様々な団体が建築の賞を毎年発表していますが、これらはどこに向けて発表されているものなのでしょうか?
◯作品にとって大きさや用途というのはどのような意味があるのでしょうか?10万m²のホールと50m²のリノベーション住宅は、同じ土俵で議論することは可能なのでしょうか?
◯巨大なプロジェクトの評価と小住宅の評価はどのように比較できるのでしょうか?
◯作品の現地審査ではどこを見ているのでしょうか?その建築のユーザーはどのように、どの程度その作品性に関係があるのでしょうか?
◯建築の「審査」はいつ行うのがベストなのでしょうか?現行の竣工直後がベストとは思えない。そのタイミングや方法について再考する時期に来ているのではないでしょうか。
◯学会作品賞には評価基準があるとはいえ、他の建築賞とは選出作品が異なる場合があります。建築の評価に多面性があるとしたら、それはどのような範疇になるのでしょうか? そして、それは今後どのように変化していくのでしょうか?
◯建築はつくられる際に様々なプロフェッショナルが関わります。映画のアカデミー賞のように作品賞以外に複数の部門を設定し審査することで建築における賞の可能性を拡張できるのではないでしょうか?
◯過去の村上徹さんや葉祥栄さんなど、建築家によっては作品がシリーズとなる場合もあるはずですが、なぜそのような応募の仕方はできないのでしょうか?

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建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。