060 | 202110 | 特集:物質世界が閉じるとき ──材料と非材料、物性と形態、属性と履歴、自然と人工

When the material world closes — materials and non-materials, properties and forms, attributes and history, nature and artifice

KT editorial board
建築討論
Oct 2, 2021

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目次

  1. 材料と非材料:物質と創造の果てへ/武田征士(IBM東京基礎研究所)
  2. 物性と形態:メタマテリアルから考える今後10年の設計のゆくえ/大嶋泰介(Nature Architects)
  3. 属性と履歴:内側に留まり、事物を追跡すること — つくることと物質性を巡って/能作文徳(能作文徳建築設計事務所)
  4. 自然と人工:自然と人工から生物度と技術度へ/長谷川愛(アーティスト/デザイナー)

物質をめぐる新たな概念の萌芽は、建築が所与のものとしてきた物質性(マテリアリティ)にも揺さぶりをかけるのではないか。本特集では、理論と実践の両面で活躍する各分野の論者の方々に、物質性における近年の動きから①材料と非材料、②物性と形態、③属性と履歴、④自然と人工、の4つの論点を問いとしてお渡しし、寄稿を依頼した。これら論点への批評と展望を解説いただくことで、それらが建築のつくりかた/とらえかたに与えつつある変化の兆しを見つけ出したい。物質世界が「閉じる」という本特集タイトルの表現は、閉まる/狭まるという意味だけでなく、先端と先端がつながる(循環する)という意味も込めている。それぞれの論考は多くの重要書籍や研究プロジェクトへのリンクを含んでおり、異領域へと読者の世界を広げる一助となれば幸いである。(小見山陽介)

寄稿1 材料と非材料:物質と創造の果てへ
問い:今やマテリアルは理論的に導き出されたり実験室で発見されるのではなく、帰納的に計算から導き出されるものとなり、それが自然に存在していたか人工的に合成されたものであるかは意味をなさない。例えば「マテリアルズ・インフォマティックス」では実験科学に置き換わるものとしてビッグデータを使った逆解析をコンピュータで行う。そこでは目的(材料の機能や特性)を達成するために、材料の構造・組成が探索される。これは、従来の「材料」と「非材料」の区別が取り払われたと見ることもできる。後者は広大だが、いまやデータベースで扱える。目的性能を掲げる前から、それを満たす物質は必ずあるという発想に立てる点に新しさがある。つまり、物質世界は閉じたのか?大航海時代も未知の陸地の発見の連続だったが、地理的発見が終われば「世界は閉じる」。すると有限な世界においてどこをどう使って組み合わせるのかに問題は変わる。膨大だが有限、有限だが膨大。それを編集しマネージする感覚は、建築にどのような変化を与えうるだろうか?

IBM東京基礎研究所でAIによる新物質発見技術のプロジェクト戦略立案に携わり、グローバル・チームによるマテリアルデザイン研究プロジェクトを率いる武田征士氏に寄稿を依頼した。
https://twitter.com/SeijiTkd

寄稿2 物性と形態:メタマテリアルから考える今後10年の設計のゆくえ
問い:かたちや構成としての建築は後退し、建築は非物質化され、人の意識に作用する複合メディア=「環境」としての建築の登場が叫ばれて久しい。一方、バイオフィリック・デザインのように物質と人の精神が共鳴するという素朴な発想が学術的に研究されていたり、モノそのものではなく加工によって新たな性質を発現させようとするアプローチも精度を上げてきている。そこでは、マテリアリティは事後的・動的なものとなり、ミクロレベルではかたちや構成に回帰しているとも言えるのではないだろうか。 形態を変えれば材料の物性も変わる。これは、その材料がどんな形態になりたがっているか(ルイス・カーン「レンガはアーチになることを望んでいる」)、という古典的な建築論(デザイン論)の終わりを意味するのだろうか?

水に浮く金属構造、変形が誘導される板、振動を消す構造、など「誰も見たことのない物理現象を構造で創る」べく活動されているNature Architectsの大嶋泰介氏に寄稿を依頼した。
https://twitter.com/taisukeOo

寄稿3 属性と履歴:内側に留まり、事物を追跡すること — つくることと物質性を巡って
問い:社会人類学者のティム・インゴルドは、『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』(左右社、2017)の中で、「固定された形相と等質的と見なされた質料」という認識が質料形相論の問題点だとして「物質は運動し流れ変化する」ものであるとしたジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの論を紹介している。その上でインゴルドは物質性にはふたつの側面があるとした。ひとつは「世界の「物質的な特徴」におけるあるがままの物理性」であり、もうひとつの面は「社会的に歴史的に位置づけられた人間のエージェンシー」である。その切り離せない両者の連鎖ゆえに「物質の属性とは、その特質ではなく、その歴史のこと」なのであると。マテリアリティは事後的に見出されるもので、物質の属性は歴史(履歴)のことであるという動的な視点をとるなら、それらは現在どのようにコンテクスト化し、今後どう我々の思考の前提条件となっていくのか?

モノと人の相互作用から生まれる物質性の現在について、その概念を建築に引き寄せた議論として展開していただくために、実践者である能作文徳氏に寄稿を依頼した。
https://twitter.com/fuminorinousaku

寄稿4 自然と人工:自然と人工から生物度と技術度へ
問い:新しい物質におけるマネージされた複雑さや、限りなく人工に近づいた自然のありようは、「人工/自然」という対立関係を見直さざるをえないような新しい物質性を生み出している。『The Material of Invention』(エツィオ・マンツィーニ、1989)ではこのような素材の複雑性の変遷を指して、前産業時代の「enforced complexity」から物理科学の進歩による「controlled complexity」へ、そして現在は「managed complexity」であるとしている。そこでは高度な人工性は限りなく自然に接近し、準自然(quasi natural)とでも呼ぶべき状況を生むとも言われる。一方、バイオマスに対してテクノマス(人工物の総量)という観点も近年提唱されている。しかし、生えている樹木はバイオマスで、製材され住宅に使われた木材はテクノマスだとしたら、貯木場に積まれた丸太はどちらなのか?それら中間的過渡的形態もあることを踏まえた上で、物質性における自然と人工はいまどのように捉え直すことができるのだろうか?

込み入ったこの問題を整理すべく、生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに現代社会に潜む諸問題を掘り出す作品を発表されているアーティスト/デザイナーの長谷川愛氏に寄稿を依頼した。
https://twitter.com/ai__hasegawa

製材され積層された自然乾燥中の木材(撮影:小見山陽介)

特集担当:小見山陽介(京都大学)
https://twitter.com/yosukekomiyama

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。