069|202305-06|建築と紐
069|202305-06|Architecture and Strings
目次
- 解くまでを結びとする──関根みゆきインタビュー・・・京都大学小見山研究室
- 建築と紐 試論・・・林浩平(京都大学大学院)
- ロープが広げる建築空間の可能性・・・野村祐司(京都大学大学院)
- ひもが生み出すやわらかい構造・・・荒木美香(関西学院大学)
- 結び目と編み目の分類学(『U-JOINTS』抄訳)・・・アンドレア・カプト、アンニナ・コイヴ|翻訳:池内優奈、寺西志帆理、岩見歩昂(京都大学大学院)
巻頭言(小見山陽介=編集担当)
ゴットフリート・ゼンパーは最初の基本的な構造物は紐の結び目だったと言い★1、木組みの企画展は最も原始的な木組は丸太を縄や紐でしばる技術であったと始まり★2、ティム・インゴルドは「手の秘められた能力」を知るために古代エジプト時代から変わらぬ紐のつくられ方を習得した。しかしかつて生活の様々な場面で使われていた紐は、時間の節約や機械化が図られる過程で、多くの場面で別の何かに置き換えられていった。
まだ全体の一部とはなっていない、しっかりと結びつける必要がある物のために紐は存在している。部分部分からなる世界にあって、物を結びつけることのためにある。だが、すべてがすでに組み立てられた世界では、玉巻きの紐は時代遅れに映る。(中略)そして、家庭の引きだしのどこかに眠ってしまっているのだ。★3
2014年から2020年にかけて欧州連合の研究助成プログラムの採択事業として実施された国際研究プロジェクト「資源貯蔵庫としての建築(BAMB、Building as Material Banks)」では、分解可能な材料が絶え間ないマテリアルフローの中で一瞬だけ固定されたものとして「建築」が捉えられている。そこでは建築部品の「独立性(independency)」と「交換性(exchangeability)」という2つの性質に着目し、解体可能なデザイン(Design for Disassembly)への志向が提案されている★4。
クモはカイコと並びタンパク性の糸を吐き出す生き物として知られている。クモ糸は、⽣分解性や⽣体適合性に加え、軽量かつ強靭という特性を併せ持ち、鋼鉄に匹敵する靭性を⽰すことから、⾼い衝撃吸収性が求められる構造材料への応⽤も期待されている。しかしカイコと異なり一匹のクモが作れる糸の量は少ないことなどが制約となり、クモ糸はこれまで絹糸のようには実用化されてこなかった★5。しかし現在では、光合成細菌を用いてクモ糸を作る研究が成功するなど、新素材として開発が進む分野でもある★6。
「すべてがすでに組み立てられた世界」に分解性の視点で再考の目が向けられ、 モノとモノとを不可逆的なまでに強く接合しないことの価値が見直される今、「引き出しのどこかに眠ってしまって」いた「紐」を、建築材料のフロンティアのひとつとしてもう一度考えてみたい。
本特集は、結ぶことと解くことに関する研究者へのインタビュー、建築と紐の関係を考察した2本の研究記事、紐の建築構造的可能性に関する設計者からの寄稿、そして結び目と編み目の分類図鑑の翻訳記事からなる。■
参考文献
★1 ケネス・フランプトン『テクトニック・カルチャー 19–20世紀建築の構法の史学』(TOTO出版、2002)pp.122–123.
★2 『木組 分解してみました 展覧会図録』(竹中大工道具館、2019)
★3 ティム・インゴルド『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』(左右社、2017)pp.252–253.
★4 小見山陽介「ばらす建築:資源貯蔵庫としての建築と資材性」(建築討論、2020)
★5 佐藤健太郎『世界史を変えた新素材』(新潮社、2018)p.123
★6 光合成細菌を用いてクモ糸を作ることに成功 -天然資源を利用した物質生産のモデル微生物- https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2020-07-13-1