08「コモンズ」──開きながら閉じること

[201907 特集:これからの建築と社会の関係性を考えるためのキーワード11 |Key Terms and Further Readings for Reexamining the Architects’ Identities Today]

吉本憲生 / Norio Yoshimoto
建築討論
9 min readJun 30, 2019

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建築をはじめとするモノは、その所有権を有する主体の属性により「公」あるいは「私」的なものとして性格づけられる。他方で、そうした権利を超えて不特定多数の人々に広く開かれた空間・場所・情報があり、実際には「公」や「私」といった様々な属性のグラデーションの中でモノの性格は捉えられるだろう。こうした「所有」や「利用」を巡る問題系において、中心的な概念の一つとなるのが「コモンズ」である。

待鳥聡史・宇野重規編著『社会のなかのコモンズ』白水社, 2019

コモンズとは、中世イギリスに起源をもつ概念であり、元々は牧草地などの自然資源を共同管理する仕組みを指す言葉として用いられていた。法学者の宇野重規は、「コモンズ概念は使えるか――起源から現代的用法」(待鳥聡史・宇野重規編著『社会のなかのコモンズ』白水社, 2019)において、このような伝統的なコモンズの概念を踏まえるとともに、ローレンス・レッシグらによる現代の議論を例示しながら、過去と現代のコモンズ概念に通底する特徴に関して、以下の4つを指摘している。

1. コモンズとは何らかの資源を共同で管理する仕組みである

2. コモンズを支えるのは何らかのコミュニティである

3. コモンズを支えるのはコミュニティのメンバーによって共有されるルールと規範である

4. コモンズに特有なインセンティブの仕組みが重要である

宇野は上記のように整理を行った上で、コモンズ論と混同されがちな「公共性」論の差異を述べながら、コモンズ概念の特質を以下のように論じる。公共性論が人と人の関係を焦点にあわせたものが多い一方で、コモンズ論は、具体的な対象(モノ、情報、空間)を媒介にしている点を重視する(上記1)。さらに、斎藤純一『公共性』岩波書店, 2000が指摘するように公共性が「オープン」であることを志向するのに対し、コモンズ概念は公開性と閉鎖性の間の緊張関係によって支えられる(上記2,3)。また、特に重要であると考えられるのは、コモンズを支える人々の行動原理が、公的利益か自己利益かという二分法を超えて、自己の利益がコミュニティにも広がっていくような「利他性」に基づくという指摘だろう。コモンズは伝統的には、具体の人間関係や歴史的な慣行によって維持されたが、現代においては利他性のマインドに支えられ、それらを誘導していくインセンティブの仕組みが重要となる(上記4)。このような概念整理は、建築・都市空間の問題を考える上でも極めて有益だ。冒頭に述べたようにこれらの空間には、所有・管理者や利用者を含めた多様な主体がステークホルダーとして存在する。そこで発生する利害関係の一致・不一致等の構造を捉えるためには、コミュニティ(メンバーシップ)を軸とした所有・管理のフレームワークに注目する必要がある。

「公/共/私」モデルと「私/公/共」モデル

こうした建築の所有・管理のフレームに関して、塚本由晴は「協治」という仕組みについて注目する。「協治」とは(集落等において)「都会から人を呼んできて、祭などの行事や収穫作業を手伝ってもらったりするガバナンスの仕組み」のことを指し、塚本はこれを閉鎖型のメンバーシップを開放型のメンバーシップに転換するものであると述べる(塚本由晴+中谷礼仁「不寛容化する世界で、暮らしのエコロジーと生産や建設について考える(22人で。)」、『10+1 website』)。これは、まさに上述した公開性と閉鎖性の緊張関係(「開きながら閉じること」)を有するコモンズ的特質を示すものだろう。

塚本がこのような仕組みについて注目する背景には、これまでの建築分野における「公」と「私」の捉え方に対する反省がある。塚本によれば、これまでの建築における「公/私」の概念は法学的解釈を基にしたものであり、「公」と「私」が区分された上で、その間に「共」が位置づけられる「公/共/私」モデルで捉えられる。1960年代に展開されたコミュニティスペースの議論は、こうした背景の中で出現したものであった。ここで提示されたコミュニティスペースは「私(公)有」のフレームが前提として先立っていたため、結果として管理・利用が大きく制限されることで、誰にとっても活用のしづらい空間となる傾向にある。こうした問題を乗り越えるためには、「公」と「私」の底部に「共」がある「私/公/共」モデルに認識を変容させる必要があると塚本は指摘する。この視点においては、「共」の空間とは、新たに創出されるものではなく、「公」と「私」に先立つ前提となる。

「公」と「私」を揺さぶる建築的諸実践

山本理顕『権力の空間/空間の権力――個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』講談社, 2015

こうした「公」と「私」のフレームに対し、空間論的に応答するものが、山本理顕による「地域社会圏」の構想である。山本は近現代に形成された「1住宅=1家族」を「コミュニティを拒絶する空間」に住む、「私生活の自由」のためにのみあるものとして批判し、新たに「『公的権力に参加する自由』のための場所」を構築するシステムとして「地域社会圏」を提案する。その提案の要素の一つの中に、「『閾』を持つ住宅」がある。「閾」とは、山本がこれまでの長いキャリアにおいて空間論を展開する上で用いてきた重要な概念の一つであるが、山本理顕『権力の空間/空間の権力――個人と国家の〈あいだ〉を設計せよ』(講談社, 2015)においては、ハンナ・アレントの『人間の条件』における“no man’s land”(無人地帯)の概念との接合がなされている。“no man’s land”=「閾」とは、私的領域に含まれながらも公的領域に開かれた空間のことを指す。この空間図式は、開きながら閉じるというコモンズ的なあり方を空間論的に提示したものとして捉えることができるだろう。

他方、WEB上の情報・知識に焦点をあわせた現代的な「コモンズ」概念と建築の関係について親和性のある議論を展開しているのが、連勇太朗である(連勇太朗「建築デザインの資源化に向けて──共有可能性の網目のなかに建築を消去する」、『10+1 website』2014年6月号)。連は、「計画」や「所有」概念により生み出された近代的な社会システムを批判し、「共有」という視座から「アーキ・コモンズ」概念を考案している。この概念は「建築デザインを資源化することで、アイディアやデザインをモノのように捉え、不特定多数の主体間でデザインを譲渡・交換・共有・再利用の対象として扱うことを可能にする理論と方法」のことを指す。その具体的な実践として、木造賃貸アパート改修の「アイディアを料理のレシピのようにカタログ化しウェブ上で公開する」という「モクチンレシピ」という仕組みが挙げられる。このレシピは「モクチンパートナーズ」(地域密着型の不動産管理会社や工務店向けの会員サービス)というプラットフォームを通してネットワーク化される。このプラットフォームは静的に固定化されたものではなく、情報交換を行い、互いに刺激し合う関係性を目指しているという(連勇太朗・為替英嗣『モクチンメソッド――都市を変える木賃アパート改修戦略』学芸出版社, 2017)。資源を活用していくためのコミュニティづくりに力点を置いている点は、「コモンズ」を支える方法論を考える上で極めて重要だろう。

パブリックスペースのメンバーシップ

「コモンズ」を巡る問題は、公共空間(オープンスペース)を対象とする際に、より顕在化する。塚本由晴は「オーナーシップ、オーサーシップから、メンバーシップへ」(槇文彦・真壁智治編著『アナザーユートピア──「オープンスペース」から都市を考える』、NTT出版、2019)の中で、オープンスペースをフルオープンな状態と捉える前提によって、結果として、そこでの人のモノのふるまいが想定範囲内のものに管理されてしまう問題について指摘し、メンバーシップを軸とした都市・建築の批評言語の必要性を論じる。また、三浦詩乃は「ストリート・デザインマネジメントとは」(出口敦ほか編著『ストリートデザイン・マネジメント――公共空間を活用する制度・組織・プロセス』、学芸出版社、2019)の中で、日本の街路空間が不特定多数の人びと(誰しも平等)に開かれたものとして整備されることで、安心して歩ける街路環境が実現されている一方、人々の活動の多様性を高める状態は形成されにくいことを指摘する。両者はともに、パブリックスペースのメンバーシップをいかに考えるかという論点を提示している。そこでは、フルオープンのままにするのではなく、地域に関わる特定のコミュニティ・ユーザー層と連携することで、パブリックスペースをカスタマイズしていくことが求められるのかもしれない。

槇文彦・真壁智治編著『アナザーユートピア──「オープンスペース」から都市を考える』、NTT出版、2019

以上のように、建築・都市の多様性や創造性を考える際に、空間の所有・管理・利用の「メンバーシップ」を問題とする「コモンズ」の概念は極めて重要となる。他方で、現代の都市社会においては、(安心・安全に関わる領域など)不特定多数の人々による営みを想定することも不可欠だろう。重視すべきは、場所のコンテクストに応じて開放と閉鎖のバランスを都度捉え直していく姿勢ではないか。すなわち、「公共性」と「コモンズ」の概念の差異を基にしながら建築・都市を評価していくための概念的な枠組みや手法が求められる。

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吉本憲生 / Norio Yoshimoto
建築討論

よしもと・のりお/1985年大阪府生まれ。専門は、近代都市史、都市イメージ、都市空間解析研究、モビリティデザイン。2014年東京工業大学博士課程修了。同年博士(工学)取得。横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員(2014–2018年)を経て、現在、日建設計総合研究所勤務。2018年日本建築学会奨励賞受賞。