[201907 特集:これからの建築と社会の関係性を考えるためのキーワード11 |Key Terms and Further Readings for Reexamining the Architects’ Identities Today]

大室佑介
Jun 30 · 9 min read

建築と幾何学とは切っても切り離せない関係であり、建築の歴史=幾何学の歴史といっても過言ではない。

はじめて測地を開始したときの状況を思い浮かべてみるといい。自然の物体以外に、何ひとつ手掛かりになるものはないだろう。その、たよるもののない茫漠とした空間のなかに、山頂の影をみる。ひとつの突起と、ひとつの点が重なり合う。その背後には、光線があり、視線があった。その線が意識されたとき、線は、物体と物体、つまり、点と点を結びつけるものになる。そこに、ひとつの関係を発見する。(磯崎新「模型的思考」初出=『建築文化』1972年。『磯崎新建築論集3 手法論の射程―形式の自動生成』岩波書店, 2013

半世紀ほど前に書かれたこの一文は、人類が幾何学と出会った瞬間の光景を鮮明に描き出している。自身の足元に広がる土地の大きさや、目標物までの距離を測量するための知恵として発見された幾何学は、自然界では見ることの難しい人類特有の気づきとして、長きに渡り人々を惹きつけてきた。紀元前2500年頃には存在していたとされるエジプトのピラミッドは、その壮大な規模に加え、単純かつ純粋な幾何学形態が孕む崇高さによって、労働者が過酷な作業環境に耐えうるための説得材料にもなっていたことだろう。人々はすでにこの時、身分の差に関係なく、幾何学の存在を認識していたことになる。

古代ギリシア期の数学者・エウクレイデスの登場によって証明され、名を与えられた幾何学は、学問の一部であると同時に建築をつくる手立て、すなわち図法として取り入れられ、地域や時代によって異なる様々な特徴を持つ古典様式を生み出し、ギリシアからローマ、更にその後の数世紀にわたって建築という文化の礎を築いた。中には、文化の及ばないであろう村落の小さな建物においても、人々は無意識のうちに幾何学図形を用いており、理にかなった形態の建物をつくっていたことは興味深い。

知識人や地位の高い者によって競い合うように実践された「幾何学に基づいた建築様式」は、絵画や彫刻などの諸芸術をも巻き込み、ルネサンス期のイタリアにおいて美学の一種として発展する。この時代に見られる建築と幾何学との関係については、二人の建築家、アルベルティとブルネレスキを比較するとわかりやすい。

ブルネレスキは幾何学的比例関係の適用を壁と壁の間(内法)の純粋な空間容量だけに限定し、それを囲いこむ壁や柱の物理的な厚みを勘定から除外している。言わばブルネレスキの建築における幾何形態は壁を含まない純粋な虚空だけで構成されている。

比べてアルベルティは言うまでもない、その建築的営為のすべては外観、ファサードにいかに建物の全体を仕切る比例秩序を表示=代表させるか、にかけられている。ファサードなしに彼の建築は存在しえない。知覚されるべき空間のすべては金太郎飴のようにソリッドにファサードに圧縮され押し出されてくる。(岡﨑乾二郎『ルネサンス 経験の条件』文春学藝ライブラリー, 2014

これまで主に視覚的なもの、すなわち人の目に彩りを与える要素として確立してきた幾何学は、触知できない概念=空間にまで及び、人類にとっての新たな価値観の芽生えとともに、大きな転換期を迎えた。この時代から人は幾何学の内側に入り、外なる幾何学(視覚としての幾何学)との境界を行き来するようになる。

十八世紀から十九世紀にかけて、考古学的なアプローチにより発掘・再評価された古代の建築と、人間に準ずる近代建築との楔として位置する「新古典主義建築」においては、見られる対象としての幾何学と、不在=空間としての幾何学とが極端なかたちで現れる。幻想の建築家としてまとめられるブレ、ルドゥー、ルクーなどによって描かれた建築イメージは、分断された内部と外部との統合を幾何学によって図ったものであったが、それらのほとんどは実際に建設されるに至らなかった。その代わり、より人間のスケールに近い形での統合を目指した建築が、シンケルなど後期新古典主義の建築家の手によって数多く実現した。

二十世紀に花開くモダニズムの建築においては、内外に一貫する合理性や、機械産業などとの相性の良さから、幾何学形態が強調された建築がかつてないほど広く一般にまで普及することとなった。視覚としての幾何学、ボリュームとしての幾何学、そして、この頃から認識されるようになった空間としての幾何学が加わり、人間の都合に寄せられた近代建築は、容易には批判しえない確固たる地位を築いていった。その後、世界を巻き込んだ大戦を経てもなお強い影響を与え続けるモダニズム建築に対し、歴史の援用による乗り越えを図った建築群は、高調であった経済の停滞にともなって凋落し、一時の流行に落ち着いた。

ここまで幾何学の歴史を概説してきたが、さて、現代である。

数学や物理学の領域に現れた幾人かの天才による功績と、技術の発展にともなう演算速度の飛躍的な向上により、幾何学は現代幾何学として、多様な展開を見せるようになった。二十世紀末から二十一世紀初頭にかけて、人間の処理速度を大幅に超えた計算式から導きだされた有機的な形態や、自律的な動きを持った建築が、その土地と時代にとっての最適解として世界各地で建設されている。

近年の日本の建築界隈では、震災の影響もありつつ、かつての空間上位の建築からの脱却が試みられる。例えば、構法に絡めたエレメントと呼ばれる「反-空間的」な思考によって抽出された物質間の作り出す余白への注目がされたり (門脇耕三「反-空間としてのエレメント」『10+1 website』2015年2月号)、他方では、空間ではなく時間の側に重きを置き、建築を介した出来事に焦点を当てた建築理論なども見られるようになった 冨永美保×伊藤孝仁「ケーススタディ:神奈川県横浜市 ──《丘の町の寺子屋ハウス CASACO》」『10+1 website』2017年10月号。これら現代の建築に共通することは、ある種の無限性、すなわち、建築の内部で無限に展開されるミクロコスモス(ニュートン的=物質)と、外部に向かって拡張され続けるマクロコスモス(アインシュタイン的=時間)という双方向への無限の広がりである。

現代における幾何学には、この無限性、あるいは予測不可能性なものに、一つの基準となる形を与えること、制約としての囲いを与える役割が求められている。それは、広大な宇宙空間の中に楕円軌道というルールを見出したケプラーのように、いくつかの手掛かりをもとにし、点をつなぎ、線を作り、面として閉じるという初源的な考え(=測量)に立ち返る。

ここでの進化は建築の形態に直結するが、その有機的な広がりを許容しつつも、どこかで一旦停止させることが建築の役割であり、静と動の狭間に建つという大原則は根本的には変わらない。(田中純+田島則行「サイバースペースと都市・建築・身体」, 『インターコミュニケーション24号 特集:ヴァーチャル・アーキテクチャー サイバースペースと都市・建築・身体』NTT出版, 1998, p. 74

建築の形態論に対して発せられたこの鋭い指摘に加え、

建築家は建物のなかに閉じこもる。…動は静に還元され…時を空間のなかに閉じ込めて幾何学によってそれをとらえようとする…(イーヴァル・エクランド 『予測不可能性、あるいは計算の魔 あるいは、時の形象をめぐる瞑想』, 南條郁子訳, みすず書房, 2018

という言葉が示すとおり、動的な形態表現や、物質との終わりなき対話、そして、予測不可能な時間の流れに対し建築にできることは、幾何学的囲い込みによって一時の静止状態の基点を作ることのみだろう。幾何学を中心に据え、建築の歴史を辿りつつ、現代に生きる設計者として思い描いている理想は、必然性という点を一つずつ辿り、広く一般に当たり前とされていることを紡いでいくことで現れる幾何学を形にし、静止状態としての建築を作ることである (写真01–03)。

写真01:HAUS-004 桜台:建売住宅/02:HAUS-007 四日市:住宅/03: HAUS-008 葉山:住宅[いずれも設計:大室佑介アトリエ/写真:若林勇人]

測量、数学、図法、美学、三次元、産業、空間、表現と、時代の要請に合わせた変遷を経て、再び測量へと戻ってきた幾何学は今後どこに向かうのか。一つわかることは、人間は尺度なき世界に尺度を求め、それを把握するための物差しとして幾何学を用い、そこに建築が建てられる、ということである。

建築討論

建築をめぐる幅広い批評的議論のプラットフォームを提供する日本建築学会のウェブマガジンです。

大室佑介

Written by

おおむろ・ゆうすけ/1981年生まれ。建築家。atelier Íchiku主宰。作品=《川崎長太郎の物置小屋 再建計画》(2008-)《私立大室美術館》(2015-)《HAUS-000 百年の小屋(2010)《HAUS-004 桜台:建売住宅》(2015)《HAUS-006 白山町:珈琲店》(2018)

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