2020東京オリ・パラのレガシーを考える

Considering the Legacy of Tokyo 2020 Olympic and Paralympic Games|062|202112 特集:ノンアーバン・オリンピック

北崎朋希
建築討論
Dec 10, 2021

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1964年の東京オリンピック開催は、東海道新幹線の開業、首都高速道路の整備、代々木競技場や日本武道館などの大型競技施設の整備、オークラやニューオータニなどのシティホテルの建設、選手村や仮設会場の跡地に整備された代々木公園や駒沢公園など、その後の東京の魅力を高める数多くのレガシーを残した。それでは2021年に開催された東京オリンピック・パラリンピックは何を残したのだろうか。

前回同様に新国立競技場、東京アクアティクスセンター、有明アリーナなど最新鋭の競技施設が多数整備された。しかし、東京オリ・パラを契機とした鉄道・道路・空港などの交通インフラの整備や、それに呼応する民間都市開発は少なかったと感じる。強いてあげるとすれば、交通インフラでは新橋駅・虎ノ門ヒルズ駅と晴海の選手村施設を結ぶ東京BRT(Bus Rapid Transit)であろうか。国際空港へのアクセス性を改善すると期待されている羽田空港アクセス線の新設や、再開発が進み公共交通需要が年々増加している湾岸エリアへの地下鉄延伸・新設は、東京オリ・パラ決定時はまだ構想段階にあり、工期が間に合わないこともあって早々に開業を諦めた。一方、民間都市開発も東京オリ・パラを契機に新たに計画されたというよりは、2013年からのビザ緩和による訪日外国人増加を受けた商業施設やホテルの建設に拍車がかかったくらいであろうか。東京オリ・パラを目指して開業したものとしては、移転が遅れた豊洲市場の場外施設の暫定店舗「江戸前場下町」の開業や、パブリックビューイングや体験イベントを開催するために先行開業した高輪ゲートウェイ駅くらいであったように記憶している。

一方、東京オリ・パラ開催決定を受けたスポーツ庁の設置や、バスケットボールやバレーボールなどのプロリーグ化の動きもあって、全国的にスポーツの要素を取り入れたまちづくりや都市開発が増加している。本稿では、スポーツが都市空間の新たなコンテンツとして浸透している動きを東京オリ・パラのレガシーの一つとして捉え、その動向を俯瞰したうえで今後の展望を論じる。

オリ・パラを契機に供用開始された東京BRT
2020年に先行開業した高輪ゲートウェイ駅

増えるスポーツを取り入れたまちづくり

民間企業にとってスポーツは、これまで広告宣伝や社会貢献の役割を期待して取り入れられることが多かった。しかし、近年では街の賑わいの創出を通した地域価値の向上の手段として取組みや動きがみられる。2019年のラグビーワールドカップのオフィシャルスポンサーであった三菱地所は、大丸有地区の就業者や来街者の健康意識向上、交流促進を目的としたスポーツイベント「丸の内スポーツフェス」を2016年から毎年開催している。地区内企業対抗の綱引き大会やバレーボール大会、卓球やラグビーなど注目度の高い種目の参加体験イベントを開催しており、2021年には企業対抗で対戦格闘ゲームを題材としたeスポーツ大会も行われている。

毎年数万人が参加する丸の内スポーツフェス:出典)三菱地所

また、東京オリ・パラのゴールドパートナーであった三井不動産も2016年からパラリンピック競技を楽しみながら学べるイベントや、バスケットボール、卓球、アイススケート、スポーツクライミングなどのトップアスリートが講習を行うスポーツ教室などを、ららぽーとや東京ミッドタウンなどの商業施設で毎年開催している。2020年11月にららぽーと豊洲で開催されたパラリンピック応援イベント「チャレンジスタジアム」では、二人一組で視覚障がい者マラソンにチャレンジするアイマスクラン体験、競技用車イスに乗ってバスケットゴールにシュートする車イスチャレンジ、東京パラリンピックでも注目されたボッチャをみんなで楽しめるボッチャチャレンジなど、どれも行列ができる盛況ぶりであった。こうした取り組みは、毎年趣向を変えて継続されており、スポーツがオフィス街や商業施設のマネジメントのコンテンツとして定着しつつあるといえる。

障がい者や健常者が共に競技するチャレンジスタジアム:出典)三井不動産

低未利用地のスポーツ拠点化

一方、オフィス街や商業施設のみならず、再開発前の低未利用地を暫定的にスポーツ施設として活用する動きも増えている。2016年12月、オリンピック競技施設の建設工事が本格化した江東区に新豊洲Brilliaランニングスタジアムが開業した。東京ガス不動産の所有地に建設された全長108m、幅16mの屋内競技施設には、60mトラック、更衣室、シャワールームが完備され、障がい者と健常者が共同でスポーツやアートに親しめる場として計画された。施設には、競技用義足メーカーの開発拠点や、障がい者と健常者が共同でアートパフォーマンスを作り上げるイベント運営会社の活動拠点が入居し、小学生向けのかけっこスクール、1本あたり数十万円するスポーツ用義足を試すことのできるギソクの図書館、障害のあるダンサーやパフォーマーがトレーニングするスロームーブメントなど様々なプログラムが提供されている。

全ての人がスポーツやアートを楽しむことを目指す新豊洲Brilliaランニングスタジアム

同じ新豊洲には、ナイキジャパンらがTOKYO SPORT PLAYGROUNDを期間限定で2020年10月に開業させている。この仮設施設も東京ガス不動産の未利用地を活用したものであるが、全ての人が気軽にスポーツを日常化し、コミュニティと共にスポーツの新たな体験を生みだすことの出来る空間として、全長約280メートルのランニングトラック、バスケットボールコート、初心者でも楽しむことができるスケートボードプラザが整備された。広場のフロア素材は、ナイキ製品の製造工程で発生する廃材や使用済み製品を再利用したものであり、サスティナビリティに配慮している。またパーク内は勾配角度を5%未満することでバリアフリーを実現している。当初は一年間の期間限定であったが、東京オリンピックで新種目となったスケートボードが男女とも金メダルを獲得したこともあってスケボープラザを中心に利用者が急増し、さらに一年間延長することが決定した。

こうした低未利用地におけるスポーツ活用は、施設の整備や運営に要する費用が恒久施設よりも低いことから、既存施設では行うことが困難な実験的な取組みを行うことが可能となっており、スポーツと異分野との融合や新たな地域イメージの形成が期待されている。

インクルーシブデザインに配慮したTOKYO SPORT PLAYGROUND

民間企業が主導するスタジアム・アリーナ開発

このようにスポーツの要素が都市生活に徐々に浸透していくなかで、これまで自治体が中心となって整備してきた大型競技施設を民間企業が中心となって建設・運営しようという試みがみられる。最も有名なのが2023年に開業を目指している北海道ボールパークFビレッジであろう。札幌市と新千歳空港の中間に位置する北広島市に、北海道日本ハムファイターズ、日本ハム、電通などが出資して設立したファイターズスポーツ&エンターテイメントが、市有地32haの広大な土地に3万5千人が収容可能な開閉式屋根付きの天然芝球場のみならず、様々なエンターテイメントやアクティビティを楽しめる施設を整備している。目指すのは「世界がまだ見ぬボールパーク」であり、入浴しながら観戦できる温浴施設やクラフトビールを醸造するブリュワリーなども併設される予定である。また、敷地内には輸入玩具販売大手のボーネルンドが屋内外で子供が思う存分遊べる「あそび場」や、建機大手クボタが小中学生を対象にした農業学習体験を提供する施設が整備される予定である。さらに、球場名「エスコンフィールドHOKKAIDO」のネーミングライツを国内最高額で購入した日本エスコンは、敷地内に10年間の球場フリーパスを付与した118戸の分譲マンションを開発するなど、多くの民間企業がスポーツを核に新たな取組みを展開するイノベーション拠点になりつつある。

北海道日本ハムファイターズの新たな拠点となる北海道ボールパークFビレッジ:出典)ファイターズスポーツ&エンターテイメント

他にも民間企業が中心となって屋内競技施設であるアリーナを整備する動きがある。2024年開業に向けて準備が進んでいるのが船橋市をホームとするプロバスケットボールリーグ(Bリーグ)チーム「千葉ジェッツふなばし」のホームアリーナだ。試合観客動員数1位を誇る千葉ジェッツは、船橋市総合体育館を本拠地としているが、観客席は4,220名と手狭であったことから1万人規模を収容できるアリーナ構想を策定していた。2019年4月、千葉ジェッツはミクシィと資本業務提携を締結し、市内に民間資本では初めとなるBリーグの基準に対応した1万人収容可能なアリーナの建設に動き出している。施設はバスケットボールだけでなく、収益性を高めるためにコンサートやイベントなどでも活用する予定だ。

こうした民間企業によるアリーナ建設は全国に広がりを見せている。神戸市ではウォーターフロントエリアの魅力向上の一環として、新港第2突堤にある市有地2万㎡に湾岸地区のシンボルとなる大型集客施設を建設・運営する事業者を募集した。その結果、NTT都市開発とスマートバリューらが1万人収容可能なアリーナを提案して落札した。このアリーナには、西宮市に拠点を置くプロバスケチームの西宮ストークスが神戸市に移転してホームとすることが発表された。同チームは、まだBリーグの2部であるが、現在拠点を置いている西宮市立中央体育館では収容人数などの面で1部昇格の要件を満たしておらず、新たな拠点を探していたところであった。新アリーナを獲得したことをバネに西宮ストークスは1部昇格を目指して邁進している。

こうした民間企業による競技施設の建設・運営は、スポーツが不動産ビジネスにおける有力なコンテンツとして確立してきた証左であるといえる。米国では、既に野球スタジアムやアリーナを核として商業施設やホテル・住宅などを一体的に都市開発する動きが増えており、ブルッキングス研究所の調査によれば2000年から2014年で45のスタジアム・アリーナが新設又は大規模改修されおり、今後数十の開発計画が存在している。

西宮ストークスの新たな拠点となる神戸アリーナ:出典)神戸市

これまでスポーツは、学校、公園、競技場といった公共施設で触れることが多かった。しかし、本稿で紹介したようにオフィス街や商業施設といった民間経済活動の場に浸透してきただけでなく、スポーツが民間経済活動の一部になろうとしている。これは民間企業がスポーツを広告宣伝や社会貢献のツールとして利用するのではなく、ビジネスの一要素として取り組み始めたといっても過言ではない。こうしたマインドシフトを間接的に引き起こしたことが東京オリ・パラのレガシーの一つであったと考える。

こうした潮流を確実なものするためにも、官民の適切な役割分担が重要である。オフィス街や商業施設のイベントや低未利用地のスポーツ暫定活用は民間単独でも展開することは可能であるが、スタジアム・アリーナの建設・運営など大規模な投資や多大な調整を伴うものは地元自治体の理解や支援が必要となる。本稿で紹介した北海道ボールパークや神戸アリーナは、いずれも自治体が土地を提供し、民間が施設を建設・運営するものであり、北海道ボールパークでは新駅やアクセス道路などのインフラ整備、周辺住民への説明、ふるさと納税による寄付金募集なども行っている。こうした官民の適切な役割分担が、民間経済活動の一部としてスポーツを取り入れることを促進し、スポーツのすそ野を広げていくことに繋がるだろう。

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北崎朋希
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きたざき・ともき/1979年北海道生まれ。筑波大学大学院システム情報工学研究科修了、博士(工学)。(株)野村総合研究所を経て、不動産会社において国内外の都市政策や不動産開発に関する調査研究に携わる。近著に「東京・都市再生の真実」(水曜社)、「不動産テック 巨大産業の破壊者たち」(日経BP)などがある。