視覚・距離情報を有する点群に建築空間の分析と設計を接続することは可能か?

新井崇俊/Is it possible to connect spatial analysis and design by using visual and distance information assigned point clouds ? / Takatoshi Arai

--

1. はじめに

人間がつくった空間に関して、「はじめに、設計する思惟があった」と私は発想する。すなわち、構想が存在しない都市・建築空間は存在せず、自然発生したと思える集落や都市であっても、思惟の主体=設計者は必ず存在すると考える。同時に、人間は存在する空間の理解を試みてきた。地理的制約や要所までの距離などを考慮し住処を選択することは、人間が効率よく過ごすために必要不可欠な意思決定問題であったと言える。現在では、この問題の複雑性は増大しており、瞬時に理解から決定に移行することは容易ではないが、都市・建築空間で生じる出来事を現象と捉え観測可能な現象に着目すれば、自然科学の手法を援用しながら社会システム全体を考慮した意思決定行動を行うことができる。

本稿では、初歩的な科学的アプローチ、すなわち計量化に基づく空間の分析と設計に何が可能かについて述べ、都市・建築空間の分析と設計の本質的な相違を整理することでこれらの間に存在する非対称性を確認し、この非対称性の克服を目指した試論を述べてみたい。

2. 計量的アプローチの矢

一般に、都市・建築に関する研究の目的は、現象の理解、及びそこから導かれる知識を計画/設計に活かすことに大別できるが、計量的アプローチは、分析(理解)と計画/設計のいずれにも有用である。しかし思考プロセスにおける分析と設計の操作は非対称であり、分析が直ちに設計を可能とするわけではない。ここでは先ず、吉川弘之 1) の「一般設計学」を参考にしながら、このことを確認したい(図1)。

2.1 分析(抽象化)

自然科学は、「自然/存在→現象」の関係性を理解することを目的としており、理解とは、自然/存在、あるいは現象の背後に存在する法則を発見することと言える。「法則の発見=現象の理解」と言える理由は、発見された法則の応用によって所望の現象を再現することができるからである。この時、科学的アプローチによる現象の理解への第一歩は、現象を引き起こす要因を明らかにすることであるが、その過程では抽象化(計量化)が常套手段となる。

一方、設計者が介在する都市・建築の現象を理解しようとする場合、そこで起こる現象は自然科学の法則から大きく逸脱したものにはならないと思われるが、「要求・構想→空間→現象」という新たな関係性が生じることになる。この時、「要求・構想→空間」の写像は、①設計者の経験とノウハウを介した操作によって行われるため、厳密な一対一対応が常に成立するわけではない、さらに「空間→現象」の写像は、②人的/自然的刺激(e.g. 自然災害、社会による使用)が加えられることで起こるので、常に再現性があるとは限らない。①、②から、都市・建築空間で起こる現象は記述すら困難であることが推測できるが、空間の量的側面に着目すれば、現象は「定量化された現象」まで抽象化可能な場合があり、自然科学の手法を参照しながら背後の法則が発見可能となる。このことは、万有引力のアナロジーから始まり、最尤原理に基づき都市内流動量の把握に理論的基盤を与えようとした1960年代のA.G.Wilson 2) によるエントロピーモデルに端を発する交通量分布モデル、その後に連続する個人の選択行動に焦点を当てた非集計選択行動モデルとその発展研究、あるいはFermat問題を原点とする都市施設配置問題に関する様々な数理研究 3) の歴史をみれば想像に難くないだろう。

2.2 設計(具体化)

空間に求められる要求・機能は、設計者の外部にあり、様々な表記法で設計者に伝えられる。設計者は、経験とノウハウに支えられた設計知識を結集し、これらの要求を変換/写像、または付加/緩和しながら空間を設計する。設計された空間は、つくられることによって存在する空間となるが、存在する空間との整合性は技術(工学)により保証される。したがって設計とは、分析とは対照的に知識を具体化することで新たな価値を創出することであると言える。当然ながら、知識を獲得するために抽象化された設計知識間の接続性は保証されていないので、具体化により生まれる空間は唯一の解とは限らない。

2.3 分析と設計の非対称性

分析は、抽象化に誘導され体系化されることによって学問の要素領域に関する知識を与える。つまり、存在あるいは現象が捨象され知識の体系化が進むことによって、現象から理解へ移動することが分析と言える。そのため、関連する諸性質が捨象された各領域には、共約可能性(理論比較のための共通した基準が存在するか)は問われない(代わりに知識を得ている)。一方設計は、具体化により進展する。具体化は、個別の知識を利用し統合することによって達成される。しかし、設計に不可欠な知識間の共約可能性は保証されていないため、具体化においては、設計者の経験とノウハウに大部分を頼ることになり、知識から空間への移動は一意に定まらない。考えればこのことは自明で、言語学を理解しても物語を書けるわけではなく、建築計画学を理解しても直ちに建築が設計できるわけではない。このように分析と設計は、それぞれを誘導する抽象化と具体化という思考プロセスの本質的な相違の結果として、非対称性なものになる。

3. 分析と設計を接続する視点

分析と設計の非対称性を克服するためにいかなる手法が有効か。一試論を述べてみたい。先に、都市や建築で起こる現象は自然科学の法則を大きく逸脱しないと述べたが、その程度は都市と建築で異なる。都市や建築空間内の個人の活動を個別に把握することは極めて困難である。しかし、都市スケールの現象、例えば、集団の移動に着目すれば、個人のユニークな行動は「バラつき」として統計的に扱うことが可能となり、例えば、重力モデルを用いて動きが把握できるようになる。一方、建築スケールの現象においては、都市スケールに比べ人や建築の個性が顕在化しやすく、「人によって違う」「建物ごとに違う」といった個別の記述を越えた理解が困難となる。そのため、建築計画学の諸領域においては、抽象化の水準が異なり、いずれも不可欠な領域ではあるが、都市計画の諸領域ほど体系化されているとは言えないのが現状である(図2 )。先述の通り、分析は抽象化に誘導され、設計は具体化によって進展する。今、正反対のプロセスである分析と設計を接続するためには、建築計画学の諸領域の抽象化を誘導し、同時に、設計のために諸領域を束ねることが可能な共通の「視点」を導入することが必要となる。

3.1 空間の視覚・距離情報

空間では、社会(人間の集合)の使用により出来事が起こる。この時、個々の人間は周辺の様々な情報を取り入れながら活動することになるが、視覚情報はことさら卓越しており、視覚情報を適切に把握することは不可欠な課題であると言える。例えば、当然考慮されるべきプライバシーや開放性などの評価は、視覚情報の問題として扱うことが自然である。また、代表的な活動である移動においては、起点と終点間の移動距離長が重要となる。なぜなら、移動距離が空間内の経路選択行動に影響を与えるからであり、日常的な移動では、高い確率で最短路が選択されていることは経験的も理解しやすいだろう。この時、本来の機能を果たすために存在している壁や床、柱などの建築的エレメント、または什器などのオブジェクトは、時に移動の障害物となり、人間の移動を規定する。結果として、直線距離に対する移動距離の比を「歪み」とすれば、建築空間内の二地点間には、必ず1以上の歪みが生じることになる。今、空間を視覚と距離という空間情報を有した点の集合だと捉えれば、この二値の分布を決定する操作が設計だと言えるかもしれない。

3.2 建築計画学再考

アメリカの論理学者C.S.Peirceによれば、科学は、個別の知識→記述科学→分類科学→法則科学→数学理論に分類でき、その一般性、抽象性は左から右に高くなる。抽象化は知識の内容を捨象して行われるものであるから、上位の科学は下位の科学で扱う概念の一部しか含まないことと同時に、下位の科学は上位の科学と矛盾してはならないことになる。なお、吉川 1) は、具体化の学問としての「設計学」を最上位に位置づけ、最も抽象性が高い学問としている。

Peirceの分類に従って建築計画学の代表的な領域を見てみると、各領域で着目する項目、例えば、機能性、快適性、明確なゾーニング、スムースな動線、フレキシビリティなどは、いずれも建築には不可欠であるが、定量的記述が困難なもの、互いに相反するものが多いことに改めて気づく。そのため各学問領域では、他領域との共約(理論比較のための共通基準)を意識せず、それぞれが個別の抽象度を有した領域を形成していると言える(e.g. ゾーニング計画の際に、寸法計画の知識は意味を持たない)。次節では、空間の視覚・距離情報量を定量的に記述することで、各領域で重視される上記の項目との対応関係について考え、これらの情報量が建築計画学の諸領域に共約を与えることは可能かについて、筆者が設計に携わったプロジェクトを例に考察してみる。

3.3 ケーススタディ

図3:東京大学目白台インターナショナルビレッジ(筆者作成)
図4:ビジビリティのシミュレーション結果(筆者作成)
図5:通過頻度の空間分布と視覚・距離平面における各部屋の分布

「東京大学目白台インターナショナルビレッジ」(図3)では、世界中から東京大学を訪れる留学生が、仲間と生活を共有できる、いわば28LDKのシェア型空間を構想した。この時問題となったのが、出身地も専門も異なる留学生達がどのように交流し、また適度な距離を保てるかということであった。まず、平面に3万点の点群を満遍なくちりばめ、各点を結ぶ視線を想定したRayが障害物(壁や柱)に遮られることなく結ばれるかを判定することで、互いの部屋の可視/不可視の状態を計量した(図4)。図4(a)から、例えば見合いについて、中廊下部分を除きシェア空間であるLiving1と最も見合いが問題となるのはPR8であり、また、個室間で見合いが最も問題となるのはPR6とPR28であることがわかる。図4(c)からは、Living1とKitchenはいずれも「各地点がよく見える/各地点からよく見られる」場所に配置されていることがわかるが、Living1における全ビジビリティの69.51%が共用部に対してであるのに対し、Kitchenは59.47%であることから、個室を含む多くの場所からの視覚的アクセシビリティが高い中心的な場所となっていることもわかる。図4(d)は、視対象を変化させ、各地点から空が見える量、分析対象エリア外の建物表面が見える量をヒートマップとして表したものであり、室間の可視量だけでなく、各地点の開放性や眺望を評価することも可能であることがわかる。また、視点を太陽に設定し、「見る/見られる」の関係を入れ替えれば日射量の計算へ応用可能である。移動距離に関しては、同点群を母点とするドロネー網を描き連続平面をネットワークとして離散化することで、任意の二点間の障害物を考慮した最短移動距離を近似的に求め、さらに、等移動需要分布という仮定における通過移動量を求めた(図5)。図5(a)は、共用部から共用部、図5(b)は各個室から共用部へ各居住者が最短経路で移動した際の各地点の通過頻度分布を示した図であり、どの地点で居住者の偶発的な交流が起こりやすいか把握することに役立つだろう(寒色系ほど通過頻度が低く、暖色系ほど高い)。図5(c)は、横軸に単位面積当たりの可視線数、縦軸に多領域までの移動距離の総和をとり各室をプロットした図である。学生達が交流する場所は、視認性が高く、またどこからも近い場所であるべきだと考えられるが、Living、Dining、Kitchenではそのような場所となっていることがわかる。

残念ながら上記の分析は建物が完成した後で行ったもので、これらの分析を具体的な設計に活かすことはなかった。また、上記の実験は簡易的なものであり、各値の集計方法など十分に検討されたものでないため、設計の際に検討すべき項目を十分に網羅できているわけではない。しかしこれらの分析は、視覚と距離という空間情報のみに着目しても、計画時に考慮すべき複数の項目を横断的に検討できる可能性があることを示唆している。さらなる発展として、実際の使われ方と各情報の対応関係の分析を進めることで、様々な出来事の背後に存在する法則性が発見できるのではないかと考えている。

3.4 逆問題として設計を考える

視覚と距離の空間情報を把握することで、そこで起こるかもしれない現象を理解する。このような問題は順問題と呼ぶことができる。この時、逆方向の問題、すなわち所望の空間情報の分布から設計解(室や建物エレメントの配置)を導出する問題は、逆問題と考えることができる。例えば、新型コロナウイルスによるパンデミックを経て、空間にはこれまでとは異なる性能が要求される可能性があるが、この新たな問題に対しても、視覚・距離情報をベースに議論することは有効ではないだろうか。

ところで、私は上記のプロセスによる設計を「エンジニアドデザイン」と呼んでいる。エンジニアドデザインの解は、要求(目的)との接続が保証されるため、最適解だけでなく、様々な制約条件の付加、あるいはパラメータの変化に対応した解のバリエーションを提供してくれるという利点もある。結果として、最適解を導出した上で、他の条件(e.g. 好みや審美性等)も考慮して、人間が設計解同士の関係性を定量的に把握しながら実行解を選択することも可能となると考えている。

4. 展望

本稿では、計量的アプローチに基づく建築空間の分析及び設計が、抽象化と具体化という正反対の思考プロセスの結果、必然的に非対称となることを確認した。さらに、この非対称性の克服を目指して、視覚及び距離という空間情報に着目することで、計画時に重要となるいくつかの項目を横断的に検討できる可能性を具体的なケーススタディを通して示した。もちろん、建築計画学の諸領域に共約を与える視点は視覚情報と距離情報だけではなく、他の説明力が高い視点も期待される。どのような視点から空間をはかるべきか、その視点から建築の諸問題をどのように定量化可能か、活発な議論が望まれる。また当然ながら、空間設計は創造的な行為であるため、数理的アプローチのみから解を求めることとは本質的に異なる。本稿もこの考えから逸脱するものではないが、歴史的にみれば、本来科学の対象ではなかった現象が科学的に説明された事例は存在する。今日的常識で未来を制限することは危険ではないだろうか。

さらなる発展としては、「統一的視点」から建築学を再考することが考えられる。一般に、建築学は計画、構造、環境の三分野に分けられるが、構造は力学、環境は熱・音・光に関する物理学、計画は幾何学の問題として捉えることができる(当然ながら、計画学の諸領域を幾何学の問題まで抽象化する視点が必要となる)。例えば、各分野に共約を与える視点とはどのようなものであるだろうか。それは、幾何学と力学の接点を発見することに等しく、極めて困難な課題であることが予想されるが、取り組むべきチャレンジングな課題であるだろう。

参考文献

1). 吉川弘之:一般設計学,東京大学工学部精密工学特別講義,2011.1.12.

http://www.robot.t.u-tokyo.ac.jp/asamalab/lectures/lecture6/files/20110112GeneralDesignTheory.pdf

2). A.G.Wilson: Entropy in Urban and Regional Modelling, Pion, 1970

3). 久保幹夫,田村明久,松井和己:応用数理計画ハンドブック普及版,2012,朝倉書店.

--

--

新井崇俊 / Takatoshi Arai
建築討論

あらい・たかとし/1982年大阪府生まれ。東京大学生産技術研究所助教。hclab.コアメンバー。京都大学工学部建築学科卒。東京大学大学院工学系研究科博士後期課程修了。博士(工学)。