プレイスメイキングの現代的意義

園田聡
建築討論
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16 min readOct 5, 2019

園田聡/The significance of placemaking today/Satoshi Sonoda

導入

よく晴れた平日の昼、オフィスを出て近所の広場で奥さんや子供と合流し一緒にのんびりランチを楽しむ、仕事帰りにはお気に入りの盛り場をふらふら歩けば学生時代の友人に偶然出会い、ちょっと一杯ひっかけながら思い出話に花が咲く。休日には自宅近くの公園で、趣味の仲間と川越しのビル群を眺めながら音楽とBBQを楽しむ。プレイスメイキング が目指すのは、そんな「豊かな暮らしの風景」である。そして、これを都市デザインの観点で言い換えると「都市空間において愛着や居心地の良さといった心理的価値を伴った公共空間を創出する協働型のプロセス・デザインの理念および手法」と定義できる。

時代背景

私が大学に入り都市計画を学び始めたのは、六本木ヒルズの開業と同じ2003年であった。この時、実務的な視点で「都市を計画する」ということは、少なくとも日本においては「一度出来上がった既成市街地を、時代に合わせていかにアップデート、もしくはたたんでいくか」ということであり、ゼロから新たに空間や暮らしを立ち上げる、という状況にはなかった。

1990年代初頭までの日本の都市は、戦後復興期や高度経済成長期、バブル期といった、人も物も増えていき物理的な「空間」が不足するという状況の中で、いかに効率的に国民の暮らしの箱(建築や都市)を供給するか、考え方の下に構築された仕組みの延長線上で作られてきた。そこには、「量の供給」「長期的投資」「面的整備」という価値観があったが、2000年前後から都市政策、都市計画においても価値観の転換が起こり、「質の追求」「短期的投資回収」「点的試行」という流れが波及していった。物も空間も充足し、人口が減少していく社会で都市に求められるものが、「均質化による底上げ」から「差別化による価値向上」へとシフトしたのである(図1)。

図1:1_社会的需要と価値判断の変化

このような時代の中では、都市空間は所与のものであり、既成の都市を「利用の構想力」でいかに使いこなし、身の丈に合った空間や投資の規模でマイナーチェンジを積み重ねていくか、ということが必要になってくる。それは、都市を捉える際の「解像度」をあげることであり、考え行動する主体を「中央」から「末端」へと移していくことである。「引き」で見ると変化がないように見える都市も解像度を上げて「寄り」で見ると、都市の「中央」では建物や人、物や金の密度が高すぎて見えない人々の新しい社会的活動が、「末端」では多様な様相でうごめき生活に結びついて行くのが見えるだろう。そしてそれが一定の規模に達すると、化学反応的に周辺へと波及していき都市全体が大きく変革する。その引き金となるのが都市に暮らす人々による身近な空間からの活動であり、活動のためのプロセス・デザインの理念と手法が、プレイスメイキング である。今回のテーマである都市における「発酵」という表現に照らすと、プレイスメイキング は発酵を促す「酵母菌」といったところだろうか。

図2:所与の空間を居場所へと転換する

都市デザインのアプローチの変革

では、プレイスメイキング はこれまでの都市計画のアプローチと何が違うのか。

例えば、ある都市において広場や公園などの空間を整備する際、従来の都市計画では行政の企画部署が構想や計画を作り、整備部門がそれに基づき整備事業を行う。その後、根拠となる公物管理法の分けに基づき管理部門が条例などを策定して管理し、場合によってまちづくり部門が指定管理やアドプト制度なによる活用を検討する。量的充足が最優先であった頃には、段階ごとに分業し同質の空間を大量に供給できるこのプロセスは効率的であり有効で合ったと思う。

しかし、現在の「差別化による価値向上」が求められる時代においては、最初に利用者の潜在的ニーズやウォンツを把握し、それに対するソリューション(空間やサービス)を検討することが必要である。次にそのソリューションを担える事業者や組織を特定した上で、計画者と担い手が共に最も効果的な空間の規模や設え、ソフト面のルールやプログラムを検討し、適切な規模の空間や投資を決定する。そこから整備内容を決め、必要に応じて行政の上位計画に位置付け長期的に持続していく行政側の根拠や公共性の整理を行うという、従来とは逆の個別最適から発想するプロセスが重要になる(図3)。

図3:都市空間へのアプローチ

このような発想とプロセスは、民間事業であればごく当たり前のものであるが「平等」の原則で進められる公共の事業では相容れない部分も多かった。それをある部分で担っていたのがいわゆる「市民によるまちづくり」と言われる活動であるが、多くの場合、それらは個別最適からスタートするがその先が全体最適に結びつくかは問われることはないことが多く、またゴールを実現するための戦略的取り組みというよりは、その活動とプロセス自体が目的となることも多い。それは市民の自己実現、都市への関わり方の1つとして意味のあるものであるが、持続可能性や社会課題の解決という観点で見ると、行政課題としての「差別化による価値向上」に応えるアプローチとして位置付けるには難しい。

プレイスメイキング の取り組みは、従来の都市計画とは異なりボトムアップの個別具体的取り組みからスタートするが、市民によるまちづくりとも異なり、設定したゴール設定(都市に付加価値をつける空間、サービスの創出)を実現するための戦略的なプロセスによるバックキャストのアプローチである。この点において、新たな都市デザイン手法としての存在価値を見出すことができる。

具体的事例:豊田市

実際に筆者も関わりプレイスメイキング の理念と手法で取り組んだ愛知県豊田市の例を紹介したい。
豊田市では、市の中心市街地を指す「都心地区」において、公共空間の総合的な再整備と活用を行うことを定めた「都心環境計画」の下、街の主役を「車から人へ」と転換するプロジェクトを行っている。

図4:豊田市の駅前再整備の方針

その一環として駅前ペデストリアンデッキ広場(以下、デッキ広場)で2015年に実施された「TOYOTA DECK CAFÉ & BREW BAR」は、行政所有の広場内に公募事業者による飲食施設を設置し、民間事業者が広場の見守り人となりつつその収益の一部を市に納め、広場の運営・管理費に充当するという公民連携の社会実験であった。2016年には実施期間を半年間に伸ばして実施し、単なる「空間(SPACE)」が「居場所(PLACE)」と呼べる状況が生まれた。

その際の定性的な成果の1つとして、半年間のうちに常連客の間で8組のカップルが生まれたことである。何気なく立ち寄れ、偶発的な出会いが生まれるという都市の魅力が垣間みれた成果であった。もう1つの成果は、キャッシュオン形式の屋外バーでビールを奢りあうという行為を通じて、聴覚や言語等の障害を持った市民と健常者との自然な交流の場となったことだ。問題意識を持った一部の人が特定の機会や場で障害を持った人と接するのではなく、街のなかで当たり前にそうした人と接する場があり、双方が自然に意思疎通をし、同じ時間を楽しめる場を提供することができたのである。

このような成果は、公民連携によって「稼ぐ公共」を実現し持続可能な公共空間運営のモデルを構築する、という当初の目的と同等もしくはそれ以上に価値のあるものであった。この取り組みは、その機能を拡充させた上で将来的に歩行者専用の広場となる駅前空間に場所を移し、2019年9月から3年7ヶ月に及ぶ長期の実証実験として引き続き継続されている。

図5:従前の様子
図6:社会実験時の様子2015年
図7:長期社会実験時の様子2016年

また、「稼げない公共」の空間についても、その存在意義を再定義することで「居場所(PLACE)」に転換する取り組みを行っている。同じ都心地区の西端に位置する新豊田駅の駅前広場は、「目的性の高い空間にリニューアルし、テーマ・コミュニティによる利用を誘発する」というゴール設定の下で広場の改修を行い2019年4月に供用開始された。

ここでは、地域住民や近隣商店街といった「地縁・コミュニティ」ではなく、ストリート・スポーツやアウトドアの嗜好者といった「テーマ・コミュニティ」と共に改修計画を練って、空間と運営ルールの両方をリニューアルするというプロセス・デザインを実現した。市内のスケートボートグループのリーダーやアウトドア・ショップ、森林組合やフットサル場経営者等、コンテンツ・ホルダーと呼べる人達に声を掛け、この広場だからこそできるアクティビティや、その実現に必要な空間的、運営的配慮を議論・試行しながら改修計画を立案し、実行した。

その結果、砂利と雑草で覆われていた広場は、1)コンクリ―ト・エリア、2)土エリア、3)築山エリアという舗装の異なる3つのエリアと上水及び電源というインフラを備えた場所に生まれ変わった。また、利用規則についても、ボール遊びOK、ストリート・スポーツOK、火気使用OK、音楽や出店もOKという、禁止事項が少なく活用自由度の高い運用が実現した。利用規則についても、一律の管理で禁止事項だらけの空間とするのではなく、利用者の「自由と責任」の下、できるだけ自由度を高め「自治的運用」とすることを目指した。これは管理者である行政としても、自己責任を求められる利用者としても、共に一定のリスクを負うことになるが、それによって、自分の頭で考え行動し責任と共に自由を得る、という根源的な都市の振る舞いを取り戻すことを目指している。

図8:従前の様子
図9:社会実験時の様子2015年
図10:改修案の実証実験時の様子2018年

このような場所は、無意識のうちにマイノリティになってしまっている都市生活者のアクティビティを受容することで、ある種のセーフティネットのような経済的価値とは異なる価値を有する「居場所(PLACE)」を提供していると言える。このような場は公共事業だからこそ成立しうるものであり、先のデッキ広場のモデルとは別の意味でこれからの都市に必要な都市デザインのアプローチではないだろうか。

図11:改修後の様子2019年

豊田市で取り組んでいる一連の取り組みで、街なかにあった「空間(Space)」が少しずつ「居場所(Place)」として育ちつつある。街のさまざまな場所が多様なアクティビティや属性を持った人々の受け皿となることで、そこに暮らす人々の生活の質を向上し、街への愛着を醸成する。これからの時代に人が暮らしたいと選ぶのは、このような「居場所(Place)」がたくさん散りばめられた街に違いない。

図12:Placeの持つ価値

エリマネとプレイスメイキング

このようなプレイスメイキングの取り組みや手法は、比較的小規模なエリアにおける利害関係者を整理し、合意形成を行いながらエリアの価値向上を図っていくという点に置いて、エリアマネジメント(以下、エリマネ)の取り組みと近しいと言える。しかし、そのプロセスには大きく異なる点があるため、その際について解説する。

エリマネで最初に行うのは、利害関係者を確定することである。これは受益者負担の考え方に基づく取り組みを推進するにあたってフリーライダーを出さないための重要なポイントであり、ここで定めた複数の利害関係者が今後の取り組みの主体であり意思決定者となる。エリマネの場合は利害関係者=地権者や地区内事業者であることから、利害関係者を特定することで取り組みの対象となるエリアもほぼ自動的に設定されることとなる。
次に、取り組みの目標を実現するための予算の規模と利害関係者内での負担割合等を決める。この時点でおおよその事業の規模や内容が決まることになる。その次の段階では、事業を展開する対象空間をエリア内で探して決定し、実際に現場で事業を行うプレイヤーの選定に移る。エリマネの場合、利害関係者によって構成するエリマネ組織自体は取り組みの内容や方針、予算を決める協議会的な位置づけであり、直接事業を行う際にはコンサルタントや個々の事業者に委託し、最終的な事業の実施に至るという流れになる。

大まかではあるが、エリマネはこのようなプロセスで進めるため、利害関係者が最初から明確であり、取り組みの費用対効果がわかりやすく共有できるビジネスエリアや商店街、新興住宅地といった、特定の用途が集積し利害関係者の土地や建物が切れ目なく連続する場所で展開するのに適している。また、エリア価値を高める取り組みとして費用対効果が不動産の価格上昇(下落幅の減少)や来街者の増加といった定量的な数値に比較的現れやすい大都市都心部で用いられることが多い傾向にある。

一方、プレイスメイキングは、「なぜやるか」をメンバーで共有した上でザ・パワー・オブ 10の考え方に基づき事業を展開する対象空間を選定する。次に、その空間の潜在的な魅力を引きだすアイデアを持った事業者や市民組織等の主体が「この指とまれ」方式でプロジェクト・チームを募り、実際に試行(事業)を行う。その成果を持ってザ・パワー・オブ 10で選定した空間を軸に取り組みの効果が波及しそうな一定のエリアを緩く定め、資金調達を行う。そこで初めて取り組みの受益者となりうる利害関係者に対して試行の成果を見せながら賛同や協力を仰ぎ、取り組みの土台を確定するという流れでプロジェクトが進んでいく。

このようにプレイスメイキングでは事業者や市民組織等を中心としたプロジェクト・チームが意思決定者であり、かつその動機は必ずしも費用対効果という価値のみではない。自己実現の場であったり、お気に入りの居場所を得ることであったり、事業収益を上げることであったりと、個人の動機はさまざまであるが、「なぜやるか」というゴールは共有している。
多くの場合、その規模はエリマネよりは小さく、また組織単位ではなく個人単位でチームを組むことも多いことから、意思決定のスピードは比較的早い組織になる。またLQCの手法でトライ&エラーを繰り返しながら進めるため、まずはアクションありきで動きながら考える組織になる点もエリマネとは異なる点である。そしてその成果が表れてから協力者が増加するため、人の出入りも流動的になることが多い。

プレイスメイキングは、従来の地縁型コミュニティとしての自治組織、受益を共有する利害関係者で組織する商店街振興組合やエリマネ組織とは別の、テーマ型コミュニティとしてのプロジェクト・チームという都市へコミットする新たなチャンネルをもたらすものでもある。

図13:プレイスメイキングのアプローチ

社会関係資本を強化する持続可能な都市デザイン手法

最後に、都市デザイン手法としてのプレイスメイキングの取り組みがもたらす価値について考える。これまで、都市デザインというのは行政や専門家、一部の専門性を持った比較的規模の大きい市民組織等が行うものであり、個人が都市にコミットメントできる分野はごく限られていた。行政が立案する構想や計画の検討業務を都市計画コンサルタントが受託し、検討を進める中の一環として市民ワークショップやパブリックコメントという場面で市民が想いや考えを伝えるという形が一般的であった。

それに対し、先のエリマネの概念や活動が浸透してきたことで、大都市の中心部では企業や地権者、大規模事業者等の民間組織が都市デザインの一翼を担う機運が高まってきている。そうした変化のなかで、プレイスメイキングは行政や専門家、そして小さな事業者や市民が対等の関係で都市へコミットできる新たな道を拓いてくれる。

プレイスメイキングの方法論を地域の人たちに伝えるという初動期に関しては、専門家が関わり効果的な戦略立案、適切なスキルの体得といった部分を支援する必要があるが、一度そのプロセスと要点を掴むことができれば、その後は地域の人たちのみで取り組める。

プレイスメイキングのプロセスにおいて、「作り手」と「使い手」の双方向性が生まれ、さらにプロセスへの参画によってその場所への愛着が醸成され、街に対する誇りも生まれる。これまでは別の地域からくる専門家と行政によって「つくられた」ものを「与えられる」構図であった都市空間が、自らの手で「つくり」だし「獲得」できるものへと変わるのである。そしてその成果を高めるのは地域の人材や資源=ソーシャル・キャピタルなのである。

このようなプレイスメイキングの方法論は、ソーシャル・キャピタルを活かし、強化するものであり、「地域の資源を用いた、地域の人々による、地域のための新たな都市デザイン手法」であると言える。

図14:プレイスメイキングがもたらす価値

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園田聡
建築討論

そのだ・さとし/1984年埼玉県所沢市生まれ。(有)ハートビートプラン、日本都市計画家協会理事他。2009年工学院大学大学院修士課程修了。商業系企画会社勤務を経て、2015年同大学院博士課程修了。博士(工学)。専門は都市デザイン、プレイスメイキング。著書に『プレイスメイキング~アクティビティ・ファーストの都市デザイン」