IoTを用いた建物のデータ化、その共有による価値

041|202003|特集:ツールの進化、コミュニケーションの変容

大江晴天
建築討論
10 min readMar 4, 2020

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1. テクノロジーとコミュニケーションに関する概論

相手に対して正確な情報をいち早く届けることで、相手の不安を解消し、最新で正確な情報に基づいた意思決定を可能にする。この点において優れたサービスを提供している企業としてAmazonが挙げられる。例えば、私たちがAmazonで商品を購入した後、その注文の最新状況をWebサイト上でいつでも確認できる。配送中の荷物がいつ届くのか、今どこに荷物があるのかまで分かるため、安心して利用でき、受取側の予定も立てやすい。一方で、彼らはクラウド事業であるAWS(Amazon Web Service)も提供している。彼らは本業と同じように、様々な種類のデータベースや、統計処理、機械学習リソースまで、昨今のWebサービスの構築に必要な要素を幅広く取り揃えている。そこでは各サービスの利用状況、請求金額のリアルタイム情報がひと目でわかるようになっている。どのように対策すれば運用費を下げられるのか、その方法まで提案してくれる機能が備わっているため、顧客側からすれば利用方針の改善が容易い。情報の見える化により安心感を与えること、これにより顧客の判断の手助けをすることが顧客とのコミュニケーションの重要な要素の1つだと考える。

図1. IoTやAIを用いたDigital Twinの概念図

ITサービス分野では情報の転送の容易さという特性から、このようなコミュニケーション手法を高めることで付加価値を創出してきたと言える。同様のことを、建築・建設・不動産業のように、デジタル空間のみで完結せず、実空間まで広く関わる分野へ広げるために重要なのがInternet of Things (IoT)技術とDigital Twinの概念である。近年、IoTはセンサや通信用チップセットの低価格化、バッテリー性能の向上、規制緩和の影響を受け、AI(Artificial Intelligence)と並んで流行語になるほど急速に発達している技術である。Digital TwinとはIoT、AIを利用した概念で、実空間にある建物を、中にいる人や設備を含めて丸ごとデジタル空間で再現し、シミュレーションを行う。その結果を基に最適化した制御内容を実空間の建物へ返すことで、最適運用を行う考え方である。ユーザーは実空間の建物を利用しながら、デジタル空間上の建物情報を好きな時に確認できる。ユーザーは各場所の混雑具合や環境データへ、管理者や設計者は建物運用データへアクセスし、改修や次の物件の設計時のデータとして利用する。想像を膨らませて、これらを建物でなく、都市規模にまでスケールできたとしたら、何が可能になるだろうか?このように、情報をいち早くユーザーに提供し、判断の手助けをすることは、建築・建設・不動産業においてもIoTの発展とともに可能になってきている。

IoTを建築業界へ応用していく上で大切なことは、IoTそれ自体が価値を生み出すものではないことを認識し、あくまでそれをツールとして使い、どういった課題を、どれだけ効果的に解決できるか、という点に価値を置くことである。建築業界に目を向けると、計画、設計、施工、運用時のステークホルダー(利害関係者)が多く、各社の要望を総合的に取り入れて物事を決定する必要があるため、情報量や必要な意思決定の数は膨大である。この問題は皆が認識しており、そこで情報の共有と透明化、意思決定の円滑化がより効果的にできるよう、昨今様々なツールが次々登場しているのは周知のとおりである。中でも、IoTが得意とすることは、建物の設備や人の動きといった物理的な情報をデータとして吸い上げることができる点だと考える。その情報をソフトウェア上で解析し、人による設計行為や、直接の機器制御を通じて物理空間に反映することができる。

建物の一生を通じてBIM(Building Information Modeling)を運用する際の概念として、4D BIMという言葉が使われる。IoTも4D BIMとセットで、計画、設計、施工、運用という一連の流れの中でのコミュニケーションに深く関わっていく。Arupは主に建築に関するエンジニアリングを行う立場であるため、建物の計画、設計、運用時に着目し、その中でのコミュニケーションがIoTによりどのように変容しているか、Arupが取り組む実事例の中から2つを紹介していく。

2. Arup Neuron

「Neuron」はArupで開発している建物管理用IoTプラットフォームである。機械・衛生設備の運転状況の確認や制御に加え、建物に設置された監視カメラ、人数カウントセンサ等、あらゆるセンサからのデータをBIMデータと併せてこのプラットフォーム上に分かりやすく可視化することができる。これだけを聞くと、ただクラウド型自動制御システムが進化したものと思うかもしれないが、全く異なる。というのも、Neuronは建物管理者だけを対象にしたシステムではなく、ビルオーナーへ常に最新の建物情報をわかりやすい形で共有し、テナント入居管理などの意思決定にも利用できるよう開発されているからだ。

図2. Arup Neuron上での建物管理画面

例えばビルオーナーは、このツールを用いてショッピングエリアや飲食エリアの盛況度合いを具体的な数値で確認し、より集客力を高める施策を考案し、それを検証すること可能になる。加えて、複数棟を一括管理し、各棟のテナント入居状況をこのプラットフォーム上で比較することで営業戦略に生かすことができる。また、この建物のエレベータ混雑、飲食店混雑具合といったリアルタイムの情報をテナントに共有すれば、テナントとのコミュニケーションの改善に役立つ。

図3. BIMとIoT、自動制御システムを連携させた設備管理画面
図4. 機械学習システムを用いた空調負荷予測と熱源運転方法のサジェスト画面

もちろん建物管理者にとっても本システムによるメリットは大きい。建物の状況がBIMと併せて分かりやすく表示されているだけでなく、各設備の故障・修理履歴や取扱説明書、仕様書のデータも同時に保存されているので、迅速な故障対応が可能である。また、各フロアの空調や電気の使用状況を月毎に、類似ビルと比較しながら表示できるため、運用改善やレポート作成に役立つ。加えて、機械学習により数時間後の空調負荷を予想し、最適な熱源設備運転の提案まで行ってくれることから、エネルギ使用量の削減にも貢献する。

また、本ツールは計画、設計時のコミュニケーションも変えうるだろう。例えば実際の利用人数や熱源ピーク負荷といった情報を運用時に得ることができれば、そのデータを建築と設備の計画、設計に応用できる。建築で言えば動線計画やエレベータ台数の過剰設計を防ぎ、セールス空間をより広く取ることができる。設備では、空調機や熱源機器、衛生設備の過剰設計を防ぎ、設備システムの施工費を抑え、環境負荷を低減できる。これらは新築時だけの話でなく、更新時にも有効であると考えられる。このように建物の実データを基に施主と設計者が建築や設備の計画、設計や更新計画について話すことができるようになれば、より迅速で正確な意思決定が可能になるはずだ。

3. Arup Tokyoのスマートオフィス

Arup東京オフィスでは、新オフィスへの移転とフリーアドレス制への段階的な移行を転機に、オフィス内に約30の環境センサ(温湿度、照度、CO2、PM2.5、騒音値、他)、人感センサ、感情解析センサを設置した。全データが1つのデータベースに統合され、エントランスモニタでその情報を確認することができる。これからのオフィスと社員のコミュニケーションのあり方を考えるべく、主に2つの取り組みを紹介したい。

図5. 従業員に対する環境情報の提供

1つ目は、人数カウントセンサと環境データ、そして感情解析センサを用いた、オフィス改修のためのデータ収集である。例えば会議室であれば実際の会議室の使用人数を追跡することで、最適な室仕様と室数を計算できるため、これを改修設計時に基となるデータとして活かすことができる。また、温湿度、照度、CO2といった環境データに加えて感情解析データと一緒に解析することで、どのような環境に人が集まるのか、どのようなスペースで短時間の打ち合わせが発生しやすいのか、どのような空間で満足度が高いか、といったオフィスレイアウト設計に踏み込んだ解析を行っている。

2つ目の取り組みは、社員へ環境データを周知し、満足度を向上させることである。自分たちが実際にどのような環境で仕事をしているのかを知っている人はそう多くない。例えば午後にオフィスにいると眠くなる、頭が痛くなるのはCO2濃度が高いせいかもしれないが、大半のオフィスでは環境データへ簡単にアクセスできないため、従業員はその理由が分からない。何となく換気がされていない、暑い、寒いと感じても、環境データがなければ感覚で判断することになり、自分の好みの環境を知ることは難しい。我々のオフィスではIoTを用いてこの点を解消している。従業員はエントランス部に設置されているモニタで各エリアの環境データを確認できるため、集中したいときにはより人の少なくCO2濃度の低い場所へ、より暖かい環境が好みであれば温湿度の高い場所へ移動し、個人の好みの場所を選択できる。

4. まとめ

ITサービス分野が付加価値として用いてきたコミュニケーション手法が近年のIoT技術の進化で建築業界にも応用可能になってきた。Arupの2つの実例で紹介したように、この技術は既に建物やオフィスの設計、運用時のコミュニケーションのあり方を変えている。情報の見える化を通じて利用者、ビルオーナー、設計者、施設管理者に安心感を与え、そして最新で正確な情報に基づいた意思決定を手助けすることができる。これからは建物の運用時により多くの建物や人のデータを記録しておき、それらを運用改善、改修や、新築の際の設計の基となるデータとして利用することが当たり前になっていくと考えられる。IoT技術を建物に適用することにより、これまでと比べてより利用者満足度が高く、環境負荷の小さい設計及び運用が実現できると考える。

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大江晴天
建築討論

おおえ・はるたか/Harutaka Oe/環境設備エンジニア。東京理科大学大学院工学研究科機械工学専攻修了。JAXAでの共同研究、Arup香港オフィスを経て、現在Arup東京オフィス勤務。