Jeroen Junte, Do It Ourselves: A New Mentality in Dutch Design

Ourselvesが意味するもの(評者:砂山太一)

Taichi Sunayama
建築討論
9 min readOct 12, 2020

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Nothing cooler than dry.
──ドライなものほどクールなものはない。

ニューヨーク近代美術館の建築・デザイン部門のキュレーターであるパオラ・アントネッリは、1998年に出版されたドローグデザインのカタログに、この言葉を寄せた★。

表紙、背表紙、裏表紙から冒頭8ページがサーフィンでもしたらさぞ気持ち良さそうな大波の水々しい写真で大胆に彩られ、表紙には“Droog Design”の文字が朱く掲げられる。Droogはオランダ語で「干からびる、乾いた、枯れる」つまりドライという意味。1993年2月、アムステルダムのロッククラブParadisoでのショーを皮切りに、編集者レニー・ラマカースとデザイナーのハイス・ベッカーが展開した挑発的ながらもクリアなコンセプトをもつ「ドライ」で冷静なデザインは瞬くまに世界的な評価を獲得した★2。美術史家トニー・ゴドフリーの定義するコンセプチュアルアートの四要素、「レディメイド/インターベンション/ドキュメンテーション/言葉」は、このデザインの流れにも見て取れ、デザインを自己言及的に問い直すものであると指摘される★3。以後、オランダデザインの括りの中央には、常にこのDroogの名が並ぶこととなる。

Jeroen Junte, “Do It Ourselves: A New Mentality in Dutch Design”

本書“Do It Ourselves: A New Mentality in Dutch Design” は、このようなオランダデザインにおける1990年代以後のコンセプチュアルデザインの系譜を継承しつつも、オランダデザインの芸術的・商業的なバブルが崩壊する2008年のリーマンショックをはじめとした経済危機の極みの中で、デザイナーとしての訓練を受けた「ポストクライシス世代」のアプローチに焦点を当てる。彼らは、ユーモラスなコンセプトなど、Droog Designから受け継いだ批評性を持ち合わせながらも、食料危機や環境問題、多様性社会の実現などの社会的情勢に対してデザインが「ドライ」でいることの困難さを十分に理解している。本書はそのような、概念的なデザイン的挑発だけでは立ち行かなくなった社会全体の問題を、当事者である自分たちの問題として取り扱う世代の新たなメンタリティを、197件のプロジェクトを例に紹介する。

まず、これらプロジェクトに通底する意識は、「デザイナー」という作家性からの脱却であろう。彼らは科学、技術、政治、そして芸術や工芸との学際的なコラボレーションを明確に模索し、個々の独創性ではなく、集合的な生産性となる。かくしてデザインは文化的前衛のためだけのものではなく、私たち(=Ourselves)全員のためのものであると宣言される。

「ポストクライシス世代」のデザイナーたちは、以前の世代よりも多様性に富んでいる。編著者のJeoen Junteが指摘する通り、彼らは「芸術的であり、コンセプチュアルであり、未来的であり、ユーモラスであり、挑発的でありながらも活動家であり、実験的で分析的であり、冷静で現実的でありながらも詩的で決断力があり、個人的でありながらも学際的であり、そして何よりも徹底して批判的」である。例えば、Boris Maasによってデザインされた椅子“The Urge To Sit Dry”は、脚がひょろ長く座面が地面から2.5メートルほどの高さにある。一見するとグラグラしていて不条理で挑発的なこの椅子は、地球温暖化が進行した後に海面が上昇しても、この椅子に座っていれば「少なくとも濡れずに過ごせる」というストーリーに基づいている。つまり、この椅子の機能は無論心地よく座ることではなく、そしてデザイン的前衛にもなく、気候変動という社会問題に対しての意識を高めることにある。困難な問題を即物的で定量的に解決する手付きをあえてみせることで、逆転した倫理を発露させ、デザイン行為自体に対する自己言及的な批判を浮かび上がらせる。

情報環境の醸成によって、現在私たちは、どこにいるのか、何を買っているのか、どのように考えているのかを常にネットワーク上で共有し、それらは新たな自己存在や共同体意識(=私たち)を生みつつある。そのことは本書でも焦点となる情報時代特有のメンタリティを育み、ファストに構築される「私たち」を受け入れつつ、いかに個としての「私」としての倫理を発見するかが、ここに掲載されているデザイナーたちの挑戦となっているように思われる。例えば、Marcha Shagen & Leon Baauwは“Project Kovr”において、監視カメラや全身スキャナーから身を守るコート“Anti-Surveillance”(2016)をデザインしている。目に見えないデジタル監視網の中において、あらゆる信号を拒絶するコートを身にまとい「私」を匿名化することによって、逆説的に「私」としての輪郭を与える営為であるといえるのではないだろうか。

テクノロジーをテクノロジーによって鈍化させ、反省を見出す精神性は、ロボティクスなど先端的な技術を用いた試みの中においても現れている。Dirkvan der Kooij は、中国の包装業界から廃棄されたロボットアームを引き取り、リサイクルされたプラスティックを射出するプリントヘッドを取り付け巨大な3D プリンターに変換している。型落ちのロボットアームという機械的な精度のあまさ、リサイクルプラスティックという素材的な脆弱性は、その3Dプリンターを用いて制作された椅子や机などの家具に、創造的で批判的な機微を与えている。また、Daniel de Bruin は、コンピューターや電気ではなく、重力によって駆動するアナログ3D プリンター“This New Technology”(2014)を制作している。金属が重力によって落下するエネルギーが機械的に粘土を射出する先端の軌跡に変換され、壺のような形を成型する。

本書にはこの他にも、自然破壊を人間の自然に対するジェノサイドであるとなぞらえて架空の国際刑事裁判を行うBerhad Lengerの“This is ecocide”(2016)、伝統的な漢方薬として重宝される虎の陰茎を幹細胞で培養するKuang YiKuの“The Tiger Penis Project”(2018)、SNSなどによる「私」を媒介としたコンテンツが力を持つようになった時代を前提とするEline Hesseのマニフェスト“CreActivist Manifesto”など、様々な社会問題を取り扱ったデザインプロジェクトが紹介されている。

無論、このように社会問題に対するリサーチを経由してデザイン行為に何かしらの意味を与える態度は、昨今のオランダだけの特徴ではない。むしろそれらは、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(イギリス)やMITメディアラボ(アメリカ)などを中心として議論されてきたデザイン思考、クリティカルデザイン、スペキュラティブデザインなどとの影響関係を介して全世界的に広がっているものであると言える。「ポストクライシス世代」は、なにもオランダに限ったことではない。

ゆえに、読者が本書を開く前に期待すべきことは、その動向の中において、Droog Designを生んだデザインアカデミー、アイントホーフェンなどを抱えるオランダはいかにしてアイデアを精錬し独自性を築き上げているのか、にあるだろう。本書においては、筆者が通読した限りにおいて、明確なオランダ独自の展開は残念ながら見出すことはむずかしかった一方、本書で掲げられた“Ourselves”という言葉にその光明を見出すことはできる。ポストアントロポセンなどの言葉に代表されるような人工・自然のデュアリズムの消失、インクルージョン社会の実現、情報網の発達による場所性のボーダーレス化、SNSなどによる公私の境目の霧散、など技術を媒介とした社会の変容によって、良い意味でも悪い意味でもあらゆる境界は取り払われつつある。そのような中において、「私たち」と言ったときそれはどこまでを指示するのか。

オランダは、古くからその国土を水に脅かされてきた。土地を作るために、地面を埋め立てるのではなく、水を汲み上げる水利事業をおこなっていることは誰もが知るところだろう。「ポルターモデル」と呼ばれるフラットな労使関係に下支えされる社会システムは、オランダの公共デザインを特徴づけ、常に国際的な評価と関心を集めている。書籍内ではあくまでもDo It yourself(DIY)の拡張的な語呂として用いられているに過ぎないが、オランダ社会の歴史的背景を鑑みたとき、その“Ourselves”の意は個々人が主体としてその土地を作り上げてきたオランダ独自の精神性に根ざしたものであることが読解できるだろう。情報で溢れかえった水浸しの中で、情動の濁流に溺れることなくカラッと干上がった「私たち」であること。社会問題に対する弾力あるしなやかな強さをデザインに求める時、本書の奥に浮かぶ見えるオランダのメンタリティに、「私たち」が学ぶことは多いだろう。

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★1: R. Ramakers, G. Bakker, and P. Antonelli, Droog Design : spirit of the nineties. 010 Publishers, 1998.
★2:スタジオ・トニック, 現代オランダデザインの今 : プロダクトからファッションまで : ユウトレヒト・セントラルミュージアム所蔵Droog & Dutch design展. ユトレヒト・セントラルミュージアム, 2000.
★3:木戸昌史 and 古賀稔章, オランダのデザイン : 跳躍するコンセプチュアルな思考と手法 = Dutch design : Nederlandse vormgeving its conceptual way of thinking & making. パイインターナショナル, 2010.

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書誌
著者:Jeroen Junte
書名:Do It Ourselves: A New Mentality in Dutch Design
出版社:Nai Uitgevers Publishing
出版年月:2020年2月

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Taichi Sunayama
建築討論

Architect/Artist/Programmer // Co-Founder SUNAKI Inc. // Associate Professor, Kyoto City University of Arts, Art Theory. //