Mario Carpo, “The Second Digital Turn: Design Beyond Intelligence”

建築的想像力の最果て(評者:中村健太郎)

中村健太郎
建築討論
4 min readFeb 28, 2018

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ルネサンス建築を専門とする建築史家マリオ・カルポ(1958~)は、コンピューテーショナル・デザインの理論家としての顔も合わせ持つ異色の人物だ。その歴史観は、本書に先だつ“Architecture in the age of printing”(2001)、“The Alphabet and the algorithm”(2011、邦訳版:『アルファベットそしてアルゴリズム:表記法による建築』美濃部幸郎訳、2014)に示されている。この二冊の主著で、カルポは次のように主張する。ルネサンスにおける製図技法の確立は、建設過程の軽視と建築家の特権化を同時にもたらした。しかしこうした関係性は、1990年代におけるグレッグ・リンらの理論的実践──コンピュータに、図面をより柔軟で可変的なものへと拡張する可能性を見出したそれ──によって大きく転回しつつある…。「デジタル」がもたらす近代建築の技術史的展開。これをカルポは「デジタルターン」と呼んだ。

さて、前二冊が過去と現在についての歴史書・理論書だったとすれば、本書は未来にまつわる野心的な予言書である。コンピュータの加速度的な性能向上・廉価化は、建築にさらなる質的な転回をもたらすとカルポは考える。本書はそれを「セカンド・デジタルターン(Second Digital Turn)」と名付け、その特質を述べるものだ。

掲げられる「探索するな、検索せよ(Don’t sort, Search)」の標語が示すとおり、この第二のデジタル的転回の本質は、スタイルではなくスタディの変化にある。「探索」は人間が解答にたどり着くべくおこなう様々な工夫(情報処理)を意味し、「検索」はそうした小手先のテクニックなしに解答を見つけ出すコンピュータの「総当たり戦略」を意味する。ここで重要となるのは、人間の認知限界を補完するデータ圧縮技術としての「図面」が、コンピュータには無用となる点だろう。挿絵には、3Dプリントで出力された洞窟や、ロボットアームで編まれたパヴィリオンなど、まさしく「図面なしの建築」が並ぶ。そう、「図面の確立」(ルネサンス)、「図面の拡張」(デジタルターン)を順に扱ってきたカルポは、本書で「図面の消失」(セカンド・デジタルターン)に至ったのだ。本書で構想される建築の世界に「建築家」と呼びうる主体はもはや存在しない。建築的思考は多くの「エージェント」に分有され、需要に応じた最適な形態が都度3Dプリントされる未来がやって来るという。

ほとんどSFだ。本書の書きぶりは、よく言えば啓発的、悪く言えば扇動的である。前書『アルファベット』では、コンピュータ技術を踏まえた新たな建築史観を鮮やかに示すことで、いわゆる「デジタル系」の議論を広い文脈へと接続したが、図面と建築家のない世界観を提示する本書は、ラディカルなアイデアを突き進めるほうに舵を切っている。リンらの理論的成果を歴史化した前書に対して、本書はその想像力の可能性と限界の最果てを見せるものだ。ゆえにこそカルポのプロジェクトは、ひとつの基準を示したという点で極めて重要だろう。その歴史観に伴走するか、他の可能性を目指すのか、判断は読者に委ねられている。

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書誌
著者:Mario Carpo
書名:The Second Digital Turn: Design Beyond Intelligence
出版社:The MIT Press
出版年月:2017年10月

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中村健太郎
建築討論

なかむら・けんたろう/建築家、プログラマ。1993年大阪府生まれ。2016年慶應義塾大学SFC卒。