建築展評│04│建築模型展

Review│クマタイチ

クマ タイチ
建築討論
Aug 17, 2022

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あえて雑に分類させてもらうと、建築模型には大きく分けて3種類ある。スタディ模型、プレゼン模型、メッセージ模型。

スタディ模型は言わずもがな、設計者がデザインのツールとして使う模型である。これは模型に関わらず近年だと、3DモデリングやAR/VRの進化によって、わざわざ物理的に模型をつくる必要はなくなっている。しかし、それは必ずしも常ではない。ぼくが研究対象としている、マテリアルコンピュテーションという分野は、いかに素材から学ぶということが重要になる。紙や布、紐といった柔らかい素材と手とのインタラクションの中から形態が生まれてくる。(詳しくは、2021年に建築討論に寄稿した「模型:建築と身体をつなぐ装置」を読んでいただきたい。)それを、「フォームファインディング」という研究として、構造的合理性と結び付けたのがドイツの建築家フライ・オットーである。もちろん、素材がもたらしてくれるのは構造合理性だけではない。今回の展覧会において、村野藤吾の「谷村美術館」のスタディ模型からは、粘土と村野の手のインタラクションの様子をまざまざと見せつけられた。晩年の彼が、自らその模型をつくったのは、素材へのリスペクトを感じる。建築というどうしようもなく物理的なものを考える上では、時代を超えて、必要なスタンスである。

プレゼン模型。これにはぼくもひどく悩まされた。アメリカの設計事務所に勤務しているとき、けっこうな数のプレゼン模型をつくったのだが、その全てが「印刷物」であった。つまり3Dプリントされたものだ。樹脂を固めてできたその物体から伝わる情報量は、極めて限られている。そこで圧倒的に欠けているのは、つくり方の違いに尽きる。「松江城天守雛形」は、木の軸組を一本一本表現して、見ていて気持ちが良くなってくる。模型をつくる側と見る側が、どちらもこれを大きくしてみたいという欲求を目覚めさせることがプレゼン模型には重要だ。もう一つ、川口衛の「パンタドーム構法模型」は構造的なものの成り立ちだけでなく、動きによってその建築の魅力を伝えてくれる。この模型を見た人は、建築の完成系を見たいという気持ちだけでなく、その建築が建ち上がる様を見てみたいという気にさせる。建て方という、多くの人にとってブラックボックスな領域を解放している点で見事である。

藤森照信「ワニ」、磯崎新「東京都新都庁舎計画」断面模型

メッセージ模型。これは聞き馴染みのない言葉であるのも当然、ぼくがこの展覧会場で考えた言葉だ。全ての建築が、建築化されることはないのは当然だが、計画通りに建たないことも珍しくない。メッセージ模型とはそんな模型が模型として作品、メッセージ化しているものである。磯崎新の「東京都新都庁舎計画」断面模型はまさに、メッセージ模型の代表選手だろう。実現に至らなかった建築を、概念として、朴の木という緻密な肌理を持った木材によってとても繊細に表現している。それと全く逆のスタンスをとった、メッセージ模型として、藤森照信の「ワニ」がある。これは完成した5つの建築の模型を一本の丸太の中から削り出すというものだ。東京都新都庁計画の逆のスタンスと言ったのは、その繊細さ、荒々しさという見た目だけではなく、その意図についてである。磯崎が実現できなかった建築の概念を模型に託したのに対し、藤森は完成した建築群に、「ワニ」を通して、新しい意味を付加しようとしたのではないだろうか。建築という敷地と時間に固定される窮屈な存在が、このワニの背中の上(一部?)に乗って、軽やかに場所と時代を飛び越えていきそうな印象を受けた。

スタディ模型、プレゼン模型、メッセージ模型という、ざっくりとした分類によって、「建築模型展」のいくつかの作品を説明したが、これらの切り口を使い、実際に模型を見ていただければ幸いである。模型表現がいかに多様化したところで、その分類は有効であることもあわせて体験していただければと思う。

展覧会概要

建築模型展ー文化と思考の変遷ー

2022/4/28–2022/10/16

主催・企画│WHAT MUSEUM
企画協力 │若林拓哉、瀬尾憲司
会場・什器デザイン│萬代基介建築設計事務所
撮影│瀬尾憲司
グラフィックデザイン│SKG
イラスト│Miltata

会場│WHAT MUSEUM 1階
住所│東京都品川区東品川2–6–10

概要│

日本の歴史をさかのぼると、模型は古くから建築を制作するための手本として、またその時代の建築文化を伝達する媒体としての役割を果たしてきました。現代においては、建築物が完成に至るまでの試行や検討のツールとしてはもちろん、 材料や技術の発展に伴って、建築家自身の思考や表現にも影響を与えてきており、その役割は現在も進化を続けています。
本展では時代や作り手の思考と共にあり方を変えてきた建築模型に着目し、古代から現代における歴史的な文脈の中で、建築模型がどのような役割を果たしてきたのかを考察し、その意義に迫ります。会場には、古墳時代の家形埴輪や江戸時代に制作された延岡城木図といった歴史ある模型をはじめ、現代建築家・磯崎新による「東京都新都庁舎計画」のアンビルト*模型や三分一博志による「直島ホール」の風洞実験模型など20点以上を展示します。また会期中には、出展建築家や当施設スタッフが展覧会を案内する「ギャラリーツアー」や、模型制作を体験できるワークショップも予定しています。詳細は、WHAT MUSEUM公式サイトにて随時発表いたします。
*アンビルト:建てられていない建築。Unbuilt

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クマ タイチ
建築討論

くま・たいち/建築家。 1985年東京都生まれ。 2014年シュツットガルト大学マスターコースITECH修了。 2016​年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了​。 2017年よりアメリカ、ニューヨークの設計事務所勤務。