建築展評│05│Harvest in Architecture ( 末光弘和+末光陽子 / SUEP.展 )

Review│住友恵理(etoa studio)

住友恵理
建築討論
Sep 2, 2022

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今、建築界隈では環境シミュレーションや環境住宅設計などの話題が盛んに取り上げられている。エンジニアに限らず、建築家向けの環境シミュレーションを軸とした建築設計の書籍が出版され、そうした建築の実践例が増えている。環境シミュレーションと建築設計の関係性はかなり深いものになりつつある。

そうした設計スタンスを初期から取り続けているのが末光弘和+末光陽子 / SUEP.(以下SUEP.)だ。TOTOギャラリー・間で開催されている「末光弘和+末光陽子 / SUEP.展 Harvest in Architecture 自然を受け入れるかたち」は、環境シミュレーションと建築設計の関係性を問いただすきっかけとなりそうだ。

まず下階GALLERY1に入ると、MDF製の「LAB. BOX」に展示された色鮮やかな模型群が目に入る。「Market of Ideas」と名付けられたそれらは、様々な環境シミュレーションによって生まれる建築のアイディアの種「SEED」であるという。どの模型も通常の環境シミュレーション結果で見られるものとはどこか違い、より抽象度の高いスケッチのようなものに感じられる。ここで展示されている模型は地形から導き出される環境要素が視覚化されたものであり、それらを観察し得られる空間的な気づきが建築の設計へ活かされている。

ここにはSUEP.の環境シミュレーションとの向き合い方の特徴が表れている。コンピュータ技術の発展も相まって、自然環境という今まで数値で表されていたものがビジュアライズされるようになり、光は影の濃淡として、熱はグラデーションとして、風はベクトルとして、従来見えなかったものが設計空間に出現するようになった。これは言わばAugment(拡張)された世界であり、そうしたものが見えている世界で設計することにより、そうでないのとは全く異なる建築空間が実現するのではないだろうか。LAB.BOXの模型はまるで手描きのスケッチや模型と同じ様に、自然環境に実際に「触り」ながらデザインを模索しているように見受けられる。SUEP.の特異性は、シミュレーションを駆使しつつも、それに制御されるのではなくむしろデザインするための手がかりの一つとして捉えている点ではないだろうか。

展示ではこうしたシミュレーションと建築設計というものが非常に素直に結び付けられており、模型などに様々なかたちで表現されている。LAB. BOXの周りは「Section of the Earth」という断面模型で囲われ、リサーチが実際の建築にどう活かされたかが展開されている。それぞれの模型の内部の色彩はグラデーション化されており、これらが熱環境や光環境を示しているのだと気づく。異なるプロジェクト間を地続きに連続させるようなかたちの断面模型からは、「地球とともに生きるための建築の姿」というSUEP.の建築家としての主題がはっきりと受け取れる。それぞれのプロジェクトの間には添景として人や動植物が物語を演出し、自然環境だけではなく、動植物も建築をとりまくものの一つとして捉えている視点が感じられた。

屋外の中庭には、TOTOの衛生陶器廃材をアップサイクルした素材「エコセルベン」を使った「Shading Dome」が日陰空間を創出し、来訪者は実際にその下で佇むことにより、SUEP.の実物大の建築空間を体感することができる。葉っぱ状の金属パネルが組み合わされたそのドームは、「会期期間中にいかに快適な屋外空間を設計するか」という設計要件を元に日照や風の環境シミュレーションを用いて設計され、かつ会期期間中も温度等を計測し、実証実験装置としての役割も担っている。

中庭の階段を上り、上階のGALLERY2に入ると「Architecture towards Asia」というテーマに目が止まる。この展示室では、現在進行形のプロジェクトを中心にアジアや日本におけるこれからの「開放系」の建築のあり方が示されており、モックアップやスケールの大きな模型が多く展示され、下階よりも一層具体的な建築の表現へと昇華されている。ここで着目されるのは様々なデジタルツールの建築設計への実践だ。ドローンによる既存樹木の3Dスキャンや、アルゴリズムによって生成されたファサードのパターンなど、先進技術を随所に取り入れて設計が進められている。こうしたデジタルツールの発展は自然という見えないものを可視化できるという点において非常に有用であり、デザインそのものの発展にも寄与しているであろう。その一方で、アクリルのドームに太陽の軌跡が描かれた太陽模型が同時に展示されているのも特徴的だ。太陽の目線に立って建築を見下ろすと、どこに陽が差すかが直感的に把握できるというものだ。こうしたプリミティブな検証も同列に織り交ぜながら構築されていく設計のプロセスが読み取れる。

展示全体を通して表現されている、デジタルとアナログ、またバーチャルとリアル、シミュレーションと知覚の往来を経て建築が作られていく過程は、ある意味地球という環境の中に存在する建築の自然な成り立ち方かもしれない。こうした姿勢は同時代を生きる多くの建築家の共感を得られるのではないだろうか。建築のこれからの可能性への期待感を抱かせる展示であった。

展覧会情報

展覧会名(日)│末光弘和+末光陽子 / SUEP.展 Harvest in Architecture 自然を受け入れるかたち

展覧会名(英)│Hirokazu Suemitsu + Yoko Suemitsu / SUEP: Harvest in Architecture

会期│2022年6月8日(水)~9月11日(日)

開館時間│11:00~18:00

休館日│月曜・祝日・夏期休暇[8月8日(月)~8月15日(月)]

入場料│無料、事前予約制*
*新型コロナウイルス感染拡⼤防⽌の⼀環として、会期中は展覧会、 Bookshop TOTO共通で事前予約制を導⼊して開催します。

会場│TOTOギャラリー・間
〒107–0062 東京都港区南青山1–24–3 TOTO乃木坂ビル3F
東京メトロ千代田線乃木坂駅3番出口徒歩1分
TEL=03–3402–1010 URL=https://jp.toto.com/gallerma

主催│TOTOギャラリー・間

企画│
TOTOギャラリー・間運営委員会
特別顧問=安藤忠雄、委員=千葉 学/塚本由晴/セン・クアン/田根 剛

後援│
一般社団法人 東京建築士会
一般社団法人 東京都建築士事務所協会
公益社団法人 日本建築家協会関東甲信越支部
一般社団法人 日本建築学会関東支部

協力│九州大学大学院 末光弘和研究室

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住友恵理
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1986年東京生まれ。2010年東京大学工学部建築学科卒業。2010~2014年千葉学建築計画事務所勤務。2016~2018年バートレット建築学校修了。2020年etoa studioを共同主宰。2019年11月慶応義塾大学SFC上席所員、2020年7月同大学特任助教。2022年6月東京大学工学部建築学科学術専門職員。