建築展評│06│いわさきちひろ と 奥村まこと ・ 生活と仕事

Review│山口紗由(メグロ建築研究所)

山口紗由
建築討論
Oct 9, 2022

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はじめに

ギャラリーA⁴では、「いわさきちひろと奥村まこと 生活と仕事」展が開催された。画家であるいわさきちひろと建築家である奥村まことという一見接点がないように見える2人であるが、ちひろの2つの別荘と自邸の増築をまことが設計をしている。展覧会は、2人の人生における共通点とそれぞれの仕事、最初にまことに依頼した黒姫山荘と人々の証言によって構成されている。1章では、ちひろとまことの年表が並べられ、2章ではそれぞれの新婚から子育てをはじめるまでの生活や、仕事をはじめてから自分の作品が確立するまでが展示されている。3章では、黒姫山荘について紹介されており、リビングの原寸の内観写真が壁一面に貼られ、ちひろが山荘を訪れたときにスケッチした自然の絵が展示されていた。4章では、2人を取り巻く家族、友人、仕事の関係者によるエピソードがビデオで流れ、最後にまことが設計したちひろの自邸の増築や伊豆・熱川山荘の図面などが展示されていた。この展示について気になったことをいくつか整理したい。

展覧会のエントランス

生活をみせること

1つ目は、今回の展覧会において2人の本職といえる作品の展示が少なく、代わりに2人が歩んできた生活に関わるものが多く展示されているということである。この展示の題名が「生活と仕事」ということもあり、2人がどのような作品をつくったかということが主題ではなく、作品がつくられた背景を知ることがこの展示の主題であった。

2章ではちひろとまことの結婚当初の写真や、子供のために作成した歌、絵本などが展示されており、これらの生活をみることでわかったことは、2人の共通点の多さである。ちひろもまことも、戦後の男性社会の時代において仕事と子育てを両立し、自立した個を確立した女性である。2人とも、結婚当初に夫婦の間で誓いの文書を残しており、妻である自分の仕事も男性と同等に尊重することを明文化している。2人の仕事に対する熱量が伝わってくる展示であった。また、これらの展示物は、壁を隔てた別々の空間に展示されていたため、共通点を発見させるような動線のとり方が、見ている人の興味をより惹きつけるようにみえた。

今回の展示は、2人の女性にフォーカスをあてていることから、必然的に女性という性を意識することになる。しかし、私は女性であることを強調した途端に、それまでの議論から離れて、同感と俯瞰の2つの目に別れてしまわないだろうかという懸念がある。見る側が女性であった場合、自立するための努力や、子供を保育園や親に預けながら仕事を続ける姿勢に同感しやすいが、反対に見る側が男性であった場合、自分とは異なる立ち位置として距離をおいてしまうのではないかと感じた。

まことが結婚当初に夫婦間の決まりごとを書いた「憲法ノート」

建築家と施主

気になったことの2つ目は、この展示が建築家だけでなく、施主の人生も同時に描いた展示であったことである。一般的に建築展のアプローチは、建築家や建築運動にフォーカスを当て、作品を通してそのメッセージをみせることが多く、施主が登場するような展示は極めて少ないだろう。そのため今回ように建築家と施主を半々に描き、共通点を探すかのような展示は新鮮であった。

ところで、建築家と施主を同時に展示する意味は何であろうか。例えば、別々の思想を持った2人が、建築を介してぞれぞれの人生に影響を与えたとしたら、まるで映画のようなストーリーである。しかし、黒姫山荘ではそのような劇的な展開はなかった。黒姫山荘が建てられた後でも、ちひろの絵は依然としてやさしく、まことの建築も変化しているようには見えない。まるで建築という点によって2人の人生が接し、また離れていったような印象を持った。今回は建築家だけの展示ではなく、あえて2人を同時に扱うという展示だったため、ドラマチックな変化を期待してしまったが、そうではなかった。建築が生活に影響を及ぼすことができるとしたら、それは始点と終点を俯瞰したときにやっとわかる程度の、大きな時間軸の中にあるのかもしれない。

黒姫山荘の平面図

黒姫山荘について

黒姫山荘の展示の中で目を引くのは、山荘の完成前後に2人がやり取りした3通の手紙である。2通はまことからちひろに宛てられた手紙であるが、内容をみると「うまく行ってくれるように祈る気持ちです。今までの仕事ぶりをみているとあきらめなくてはならないところが大分あるので。」とある。山荘を建てた工務店の手際が悪かったようである。ここでまことは自分はやり直しがないように注意して監理をするが、ちひろにも職人を励ます手紙を送ってくれとお願いしている。まことの人柄があらわれるエピソードである。そしてちひろからの手紙には竣工後、「わるい箇所」のリストが送られてきており、雨戸、網戸、ガラス戸などの建具まわりや、畳や流しなどの不具合が箇条書きで簡潔に書かれている。リストの右側にはそれに対してナオス、ツケルなどのまことの補修方針のメモが書かれているが、流しの項にはガマンの3文字。この手紙のやりとりだけを見ると、結局工事が上手くいったか心配になるような内容であるが、後にちひろはまことに石神井の自邸の増築や、熱川の山荘の設計依頼をしていることから、2人の信頼関係はこの黒姫山荘で構築されていたのだろう。実際に石神井の自邸も熱川の山荘も、黒姫山荘と似ていて余分なものがなく、簡素なまことの建築らしいつくりである。

ちひろからの手紙

施主は、人生における多くの時間を過ごす場所を設計者に依頼する。まるで自身の生活を預けるかのような重要な行為のように思われる。しかし、施主と設計者の両者を展示することで見えてきたのは、自立している建築の姿である。

作家性を強く表さないまことの設計ですら建築が施主によらず、素朴に存在している。それをちひろが「ガマン」を含めて使いこなすという関係性から、住まい手が建築に依存しすぎず、むしろ使いこなすような強さがみえてきた。そのような意味で、家事や育児、そして仕事まで生活の全てを担った施主と設計者をみせた今回の展覧会は、住宅をつくるという行為のドライな真実を投げかけたのではないか。

展覧会情報

展覧会名│いわさきちひろ と 奥村まこと ・ 生活と仕事

会 期│2022年6月3日(金)~2022年9月8日(木)

開館時間│10:00〜18:00(土曜、最終日は17:00まで)

会 場│Gallery A4 (東京都江東区新砂1–1–1)

入館料│無料

主 催│公益財団法人ギャラリー エー クワッド

共 催│ちひろ美術館

https://www.a-quad.jp/

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山口紗由
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東京生まれ。2008年日本女子大学家政学部住居学科卒業、2010年同大学院修士課程修了(建築計画)。日本女子大学大学院修士課程在学中に一級建築士事務所Drawing notes共同主宰。2014年、株式会社メグロ建築研究所に改組し代表取締役に就任。現在、東海大学非常勤講師。