建築展評│08│​​Sick Architecture

Review│三宅拓也

三宅拓也
建築討論
25 min readDec 16, 2022

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ベルギーでも公共交通機関でのマスク着用が義務付けられていた5月初旬、ブリュッセルのCIVA[1]でひとつの展覧会が始まった。COVID-19のパンデミックによって健康と空間の分かち難い関係に改めて気付かされた今、Sick Architectureーー簡潔ながら「病んだ建築」とも「病のための建築」ともとれる曖昧さの残されたそのタイトルは、広報物に現れる毒々しいカプセル剤のイメージと相まって、名状し難い訴求力を持っていた。

Sick Architectureのフライヤー

ウィルスは設計者か? 病は日常か? すべての境界が医学的な存在か? 建築はいつも病をもたらすのか? 病に構造はあるのか? 生政治の構造とは何か? 精神病理学は建築的なのか? 建築は癌に打ち勝てるのか? 建築は伝染するのか?

CIVAのエントランスホールに掲げられたこうした問いに表れているように、Sick Architectureは建築と病の関係を問い直すものである。とはいえ、展覧会を通じて具体的な答えが与えられるわけではない。会場内には、さまざまな時代、場所、スケールでのリサーチと作品によって建築と病の相互依存的な関係が複眼的に示され、建築とは何か、病とは何か、そして建築が向き合うべき「常態」の人間や社会とは何かを、鑑賞者自身が再考するよう働きかける。

CIVAのエントランスホール│Photo by ︎Takuya Miyake

ここでいう「建築」は単に建築物を意味するだけでなく、衣服、家具、都市計画などのさまざまな人工環境、さらには思考の構造や論理をも内包する。一方、「病」も身体的・精神的な不調や障害・傷害に限らず、飢餓、優生思想、男性性・女性性、傷痍軍人や老人の身体不自由といった様々な社会的弱者やマイノリティを産む社会が、いわば人類によって構築された病として扱われた。建築と病を広く捉えることで、両者の関係を再考するための多様な視点が包括されているのである。

こうした態度は、最初の展示物、すなわち展示室へと向かう通路部分に展示された色とりどりの薬剤ーーそのひとつは「non-physical environment」と書き添えられた赤と青のカプセル剤であるーーに象徴されている。建築家ハンス・ホラインは1967年に発表した一連の〈ノン・フィジカル・エンバイロンメンタル・コントロール・キット〉を通して、薬剤の摂取がもたらす体内環境や知覚の変化によって生じる空間体験をも建築であると主張した。そう、「すべては建築である」。そして、すべては病と無関係ではいられない。

展示室と通じる廊下部分に展示された〈ノン・フィジカル・エンバイロンメンタル・コントロール・キット〉の一部│©Photo by ︎Takuya Miyake
展示室と通じる廊下部分に展示された〈ノン・フィジカル・エンバイロンメンタル・コントロール・キット〉│Photo by ︎Kristien Daem

コレクティブなリサーチ

本展のゲストキュレータを務めたのは、『マスメディアとしての近代建築』(Beatriz Colomina, Privacy and Publicity: Modern Architecture as Mass Media, MIT Press, 1994)で知られる建築史家のビアトリス・コロミーナである。CIVAのシルビア・フランチェスキーニ、ニコラウス・ハーシュらが彼女と共に展覧会を作り上げた。

コロミーナは、近著『X線建築』(Beatriz Colomina, X-Ray Architecture, Lars Müller Publishers, 2019)の序文で明かしているように、建築と病、建築と医学の関係に1980年代から関心を持ち続けてきた。同書では、結核などの疾病、あるいはそれに対応すべく発達したX線検査などの医療技術が、20世紀初頭の近代建築に与えた影響について論じる。『X線建築』刊行後も、コロミーナは自身がプリンストン大学で主宰する博士課程の建築論・建築史講座において、学生たちとこのテーマに取り組み続けることになる[2]。そして、COVID-19のパンデミックが起こった。

パンデミックは人々の生活を大きく変えた。誰もが感染拡大と換気の関係を意識し、あるいは部屋に閉じ込められ、多くのことがオンラインでのやりとりに移行した。そうしたなかで、コロミーナはオンライン・プラットフォームのe-flux ArchitectureやCIVAと共同し、講座の成果をオンライン上で発表するプロジェクトSick Architectureを立ち上げる[3]。2020年の秋には博士課程の学生を含む研究者のリサーチが、論文記事としてオンライン掲載された。CIVAでのSick Architectureは、このオンラインでのプロジェクトを拡張・拡充し、展覧会として実体化したものである[4]

e-flux ArchitectureにおけるプロジェクトSick Architecture のスクリーンショット

したがって、この展覧会の視座はコロミーナが『X線建築』で示したそれの延長線上にあることは明らかだろう。実際に、同書の内容も、リサーチの成果として展示に現れる。一方で、こうした成り立ちゆえに、展覧会で示される具体的な探求は、参加した研究者それぞれの関心を反映して大きな広がりを見せている。ペスト禍中の17世紀ミラノにおけるウントリ(建物に毒の軟膏を塗って伝染病を密かに広めたとされる実在しない集団)をめぐる議論、18世紀パリにおける飢饉に備える公共穀物倉庫の多様な役割、19世紀以降のアメリカ移民にとって大きな関門となったニューヨークのエリス島やサンフランシスコのエンジェル島にある検疫施設、20世紀初頭のパナマ運河建設におけるマラリア対策住宅、そして西洋医学と近代建築の受容の交点となった中国・虹橋のサナトリウム、さらにはCOVID-19のパンデミックがもたらした都市ロックダウンによって人間活動が抑制されたことで生じた地震動観測史上最長の静寂現象など、感染症に関するものだけをみても、時代・場所・スケールは幅広い。

これらのリサーチは、単に関係する建築物や設計者を紹介するのみではなく、病に対応するためにいかに建築がつくられ、あるいは建築によっていかに病が生まれてきたのかを解きほぐす。例えば、サンフランシスコ・エンジェル島の検疫施設では、検疫の実施に人種や性別による差別化がなされ、入国後も徹底した管理対象とされたことで、病を持ち込まないという以上に、特定の移民を厳しく制限する役割を果たし、彼らを白人社会にとっての異物とみなす装置となったことが明かされた。あるいはパナマ運河の建設現場において建てられた住居は、マラリアや黄熱を媒介する蚊を室内に入れないことを重要な条件として設計されたが、そこに住まう労働者の階級によって(それは人種とも関連する)、対応の程度は異なった。労働者住居に使用された蚊帳網は人間と蚊を隔てるだけでなく、ある意味で人間同士を隔てる象徴でもあった。健康や衛生に関わる政策の発露としての建築が、属性による人々の規律と統制の口実となっていたこのような状況は、複数のリサーチにおいて指摘されている。

展覧会場では、この他にも多くのリサーチが展示され、多様な視点から建築と病の関係が描き出される。リサーチのキャプションには「Research by Beatriz Colomina」などとして、事例ごとに研究者の氏名が示され、プロジェクトの集合的な主体もまた公にされていた。

展示されたリサーチの多くはe-flux Architectureに掲載されているものであるが、その時間的・空間的な広がりのあるリサーチ群を補完するように、関連する建築や都市計画のプロジェクトと建築家やアーティストの実践が加えられ、総体として60を超える事例が会場内に展開することとなった。加えられたものの多くが、ベルギー(植民地だったコンゴを含む)、とりわけブリュッセルに関わる事例だったのは、展覧会が行われている現代のブリュッセルを通して、ともすると掴みどころのないリサーチと鑑賞者につながりを持たせるためだろう。CIVAのコレクションからは、ベルギーで最初の病院建築とされるヴィクトール・オルタが設計したブルグマン病院(1906–1923)、その計画に参加していたスタニスラス・ジャシンスキーらのジュール・ボルデ研究所(1935–1939)、ミシェル・ポロック設計のジョージ・イーストマン歯科研究所(1933–1935)などの設計図面や、19世紀末から河川の暗渠化と併せて建設が進められたブリュッセルの目貫通りの古写真(ブリュッセル区のアーカイブが所蔵する都市計画図や建設記録写真が並置される)などが展示されていた。

リサーチのブラウジング

建築と病の関係を探る実践ーーそこに研究者、建築家、アーティストの区別はないーーのアンソロジーは、しかしながら展覧会として空間化されなければならない。その役を担ったのは、オフィス・ケルステン・ゲールス・ダヴィッド・ファン・セーヴェレンとリチャード・ヴェンレットである。

多彩なリサーチと作品のほとんどは、会場に入ってすぐの大きな部屋に集められた。白い壁に囲まれ、緑色のカーペットが敷かれた部屋には、透明アクリル板が屏風のようにジグザグと立ち並び、その両面にリサーチに関連する資料がバラバラと展示されている。立体物はアクリルケースに収められ、低い台や床上などの下方に置かれた。リサーチや作品は、テーマによってゆるやかにグルーピングされて置かれているが、それぞれは独立し、基本的にはひとつの事例が1枚のアクリル板にまとまる。展示されるのはリサーチの断片ともいうべきモノたちで、文書、写真、図面、模型、映像、実物資料など、事例によって種類も量もさまざまである。別の部屋には家具などの大型の立体物や、暗室に展示された映像作品などがあり、暗室以外の壁面は同様にリサーチの展示に使われていた。こうした状況を、統一されたフォーマットのキャプション(リサーチや作品のタイトル、作成者、20行ほどの解説文などからなる)が秩序立てている。

アクリル板が自立していることもあって、浮遊しているかのようなリサーチの断片は、文字通り散り展示空間に散りばめられている。観覧順路は存在しない。この中に飛び込んだ鑑賞者は、リサーチの断片を自らの関心でつなぎ歩き、建築と病をめぐる思索へと導かれる。それは必ずしもアクリル板に沿って進むわけではなく、時にはアクリル板の向こう側に見える写真に惹かれて遠くのものへとリンクすることもある(実際に、熱心に内容を読み込んでいる鑑賞者がいると別の事例へとスキップせざるを得ない)。それは、サムネイル画像を手がかりに次々とリンクを辿っていくウェブ・ブラウジングのような展覧会体験といえようか。一方で、アクリル板越しに別の鑑賞者と視線が交錯する瞬間には、このパンデミックで日常化した対人コミュニケーションのための空間操作を改めて思い起こすことにもなった。

大展示室の展示風景│Photos by ︎Kristien Daem

展示物の支持体が透明であることは、依拠する資料の種類や状況も多様なリサーチ群を並置して見せることにも役立っていたように思う。リサーチや作品は事例ごとにアクリル板に割り付けられているが、リサーチの内容によっては展示できるモノが限られる。映像ディスプレイや写真、実物標本といった複数のメディアが領域全体に広がるものもあれば、複製した数点の図版で表象せんとするものもある。支持体が不透明な板であれば展示物の多寡や密度は一目瞭然となるが、支持体が透明であるがゆえに裏側の展示物(の裏面)が透過し、たとえ展示物の少ない事例でも領域を埋められることになり、展示物の量による視覚上のギャップは解消される。これには、表裏の展示物のバランスや、キャプションの位置を揃えるといった丁寧なレイアウトも欠かせない。多様で膨大な事例に優劣をつけることなしに個々の事例をフラットに提示し、それを受け手それぞれが主体的に編み上げるという企画者の意図は、こうした作業の積み上げによって担保されているように思われた。

リサーチの展示とアーカイブのマテリアリティ

こうした展示の意図を感じながらも、しかしながら、展示会場内に広がるリサーチの断片を追うなかで影響されざるを得なかったのが、展示されたモノそれ自体の存在感である。

本展で展示されたリサーチの断片は全てが実物資料というわけではなく、古い書籍や図面などの資史料を紙に印刷して複製したものがむしろ多かった。その背景には、リサーチを展示として見せるプロセスがある。先述したように本展の大部分を占めるリサーチであるが、その多くは論文として最初にまとめられたものであった。これを展示として見せる際に、多くの事例においては論文の図版(古い書籍などから引用されたもの)が応用された。時間的・空間的な広がりをもつリサーチ群の一次資料を全て集めることは非現実的であったと理解されるし、集めることができたとしても、施設の性格からして展示することは難しかっただろう(中世の古文書を展示できるような専門的な設備は備わっていない)。そのため、資料の複製は第一の選択肢であったと思われる。その上で、実物資料が利用できる部分はそれに置き換え、あるいは同種の施設で使用されていた医療道具などが参考資料として加えられたのだろう。複製か実物かを問わず、そして建築の意匠や計画を示す目的に限らず、本展では世界各地の実に多様なアーカイブの資料が活用されている。それはつまり、コロミーナらの試みは、ここに展示される事例にとどまらず、アーカイブが存在する世界各地の研究者らに開かれているということでもある。

展示されるリサーチの断片│Photo by ︎Kristien Daem

もちろん複製資料による展示であっても、マギーズセンターの設立に際してチャールズ・ジェンクスが書いた計画書や「建築は癌に打ち勝てるのか?」と題されたテキストの校正原稿のように、アーカイブズに残された訂正を重ねられた文書は多くの事実を教えてくれる。ただ印刷されたものと実物とでは、展示空間における存在感はやはり異なる。CIVAの収蔵資料を用いたベルギーの事例紹介や、アーティストの作品は、こうした点でも全体の感触を補完していたように思う。小部屋の展示においても、展示室に展示された「鉄の肺」の異名を持つ戦前のカプセル型人工呼吸器(パンデミック時の臨時病院を移した写真や、コープ・ヒンメルブラウのカプセル建築についてのリサーチなどと共に展示されている)やパイミオのサナトリウムの家具類やアアルト夫妻のドローイング原画もまた雄弁であった。

20世前半に使用されていたカプセル型人工呼吸器が展示された部屋。右の壁には、コロミーナのリサーチとして19世紀のスペイン風邪、20世紀のポリオ、そして現代におけるCOVID-19のパンデミックにおける臨時病棟の写真が並ぶ。と奥の壁にはコープ・ヒンメルブラウのカプセル建築についてのリサーチが展示されている。│Photo by ︎Takuya Miyake
パイミオ・サナトリウムの展示。病室の家具の横にはスケッチや図面の原画が展示されている。│Photo by ︎Takuya Miyake

なかには実物資料をもとに論文とは異なるアプローチが成功しているリサーチの展示もある。例えば、プエル・トリコに移住したドイツ人建築家が現地の環境に溶け込むように設計した自邸を通して、環境と建築、移住者と現地住民の関係を考察した事例は、その住宅の庭で採取された植物標本や映像記録などを展示に組み込み、リサーチの現場を詩的に語り直していた。こうした実物も、複製図版と同様にリサーチや作品の断片的情報として配置されたはずだが、展覧会場に身を置くとその存在感の違いは明らかであった。このことは鑑賞者の体験に少なからず影響しただろう。

誤解がないように付け加えるが、複製図版だけを展示するリサーチの内容が劣るというわけではない。リサーチの内容や資料と、展示という方法の親和性の問題である。例えば、アーティストの作品――欧州列強によるアフリカの植民地化とそこでの差別的な都市政策にそれぞれ焦点をあてたサミー・バロジやヴィヴィアン・カックーリの作品などーーは展示を通して背景にある事象を鋭く表現するが、リサーチは必ずしも展示が前提ではない。なかには、図版と短い解説文のみではなく、紙幅を割いてまとめた論文を冊子やタブレットでじっくりと読ませる方法が適した場合もあるだろう。それゆえに、例えばオンライン上のテキストへのリンクが会場内に示されるなどして(QRコードで対象の履歴を読み込み表示させるシステムもまた、このパンデミックを通して生活にいよいよ定着したものである)、研究者が記した文章そのものに接続できる仕組みがあると、唐突に思えた図版の理解も違っていたかもしれない。

なお、展覧会に付随して会期中に2回のトークイベントが開催された。合わせて9時間におよんだイベントでは、22組の研究者や建築家が、さながら学会発表のように各自のリサーチや作品のプレエンテーションをおこない、リサーチを中心とする展示が補足された。このイベントの記録も、e-flax上で視聴することができる。こうした点からも、本展がオンライン上の記事、トークイベントなどと複合されるマルチメディアなプロジェクトの一部であることを確認できる。展覧会カタログのない本展であるが、オンラインプラットフォームとの連携で、記録がアップデートさえていくことも期待したい。

病は日常であるーー普遍的な身体という幻想

大きな展示室でリサーチの断片として置かれた映像を見るとき、そこに置かれている椅子に何気なく腰掛けた。それは映像の展示がしばしば立って見るにはつらい再生時間を持つことを覚えていたからであるが、ディスプレイがちょうど座ったときの視線に合うような高さに展示されていたからでもある。一般的な展覧会では、展示物の高さは中心が床から1.5m前後の位置、つまり直立した成人男性に見やすい高さに設定されることが多い。

後で知ったことだが、大展示室において映像作品が通常より低い1.3mの高さを中心にして設置されたのは、車椅子で訪れる鑑賞者や子供にも見やすくするためであったという[5]。 弱い立場にいる人のためのデザインは多くの人にとっても寛大である。結果として、重量物を支持体の下方に設置することになり構造的な安定性が増し、空間も広く感じられるようにもなった。

ここで思い出すのが、『X線建築』で論じられ、本展でも小部屋に展示されていたパイミオのサナトリウムである。この建築の設計競技に参加した当時、アルヴァ・アアルトは自らも病床に臥していた。長い時間をベッドで過ごした経験は、アアルトにその建築を垂直に立っている人ではなく、常にベッドで水平に横たわっている人のために設計させることになった。アアルト夫妻は、結核菌か留まることがないよう病室の細部を設計するだけでなく、ベッドや寝椅子に横たわる体から見える風景を考え、患者が常に目にする天井からは照明器具の光源がなくなり、心理学的な影響を考慮した色彩に塗られた。こうした積み重ねによって、建築自体が人を癒すものとなることが目指されたのである。そうして、結核患者が呼吸しやすいように角度をつけた椅子が誰にとっても座り心地の良い椅子になったように、サナトリウムは誰にとっても家のように心地よい建築となった。

映像用のディスプレイ以外に目を向けると、展示物やキャプションがしばしば高い位置に配されていたり、施設の構造上、展示室内に階段があったりと、必ずしもすべてが車椅子の観覧者に対応できているわけではない(この点においても、オンライン上のテキストや図版へのリンクがあれば機能しただろう)。それでも、さまざまな背景を持つ人々に開かれた場をつくろうとする姿勢には、建築や展覧会に関わる者として気付かされるものがある。このような会場構成もまた、本展が提起する建築と病の関係を再考するリサーチの成果といえるだろう。

展覧会のトークイベントに登壇したコロミーナは、レオナルド・ダヴィンチが描いた理想的な比例を持つとされるウィトルウィウス的人体図や、ル・コルビュジエがモデュロールに描いた人体図を示した[6]。近代建築のマニフェストにもなってきたこれらの理想的身体が、いずれも健康な成年の白人男性であることを示すためである。近代建築の多くは彼らを想定してつくられた。一方で、本展で示された病の多くは、そのような特定の身体が絶対視されたことで認識されるものであったのだ。

しかしながら、この世界には様々な人間が生きている。ある特定の存在が他の全てを代弁することはあり得ない。もとより、赤ん坊から老人まで、人間の身体は壊れやすく、病気にもなりやすい(あるいはすでに病んでいる)。病こそが日常であり、普遍的で絶対的な身体など存在しない。本展が問うのは、このような世界における、これからの建築である。そのためのリサーチやデザインの実践は、私たちにも開かれている。

[1]ベルギーの首都ブリュッセルにある都市・建築・景観のための国際センター(Centre International pour la Ville, l’Architecture et le Paysage)の略称。CIVAは19世紀中期以降のベルギーの都市・建築・景観を扱うミュージアム、アーカイブ、図書館の機能を併せ持つ複合施設である。ロゴタイプに「Culuture――Architecture」と謳うように、建築に軸足を置きながら社会や文化につながる幅広い活動を展開している。1969年に設立された近代建築アーカイブズ(Archives d’Architecture Moderne, AAM)、1967年に設立され建築遺産についての記録と研究をおこなってきたサン=ルーカス・アーカイブ、1988年に設立されランドスケープ関連図書を所蔵するルネ・ペシェル図書館、そして1992年に設立されたポール・デュヴィニョー・センターの環境学・都市生態学関連資料が、2016年に統合されてCIVAが設立された。展覧会事業としては、所蔵資料を中心とした企画展などを開催するほか、子供が建築や都市の歴史、材料、デザインなどについて知ることができる展示を常設している。https://civa.brussels/

[2] Beatriz Colomina, Nikolaus Hirsch and Dennis Pohl, “How sick is architecture?”, ARCHI+, 2022,
https://archplus.net/en/how-sick-is-architecture-/

[3] Beatriz Colomina, Iván López Munuera, Nick Axel, and Nikolaus Hirsch eds., Sick Architecture, https://www.e-flux.com/architecture/sick-architecture/

[4] 教育プログラムを通したコレクティブ・リサーチともいうべき方法と、その成果の展覧会や書籍での発信は、コロミーナのプリンストン大学における教育実践のスタイルである。2022年に書籍化されたRadical Pedagogiesもその一例。川勝真一「建築教育の根を探る開かれたアーカイブ」建築討論、2022年, https://medium.com/kenchikutouron/建築教育の根を探る開かれたアーカイブ-f6eb0d8bb48d

[5] Beatriz Colomina, Nikolaus Hirsch and Dennis Pohl, “How sick is architecture?”, ARCHI+, 2022,
https://archplus.net/en/how-sick-is-architecture-/

[6] Nikolaus Hirsch and Beatriz Colomina, Introduction, Sick Architecture Talks, May 6, 2022, https://www.e-flux.com/live/464319/sick-architecture-talks/

展覧会情報(Jp)

題名│EXPO: SICK ARCHITECTURE
会期│2022年5月6日(金) — 8月28日(日)
会場│CIVA
協力│Princeton University Ph.D Program in the History and Theory of Architecture and e-flux Architecture

キュレーター

企画│ビアトリス・コロミーナ(ゲストキュレーター、プリンストン大学)、シルビア・フランチェスキーニ(CIVA)、ニコラウス・ハーシュ(CIVA、アーティスティックディレクター)
アシスタント・キュレーター│ミネ・デ・マイヤー・エンゲルベーン (CIVA)
展示デザイン│OFFICE Kersten Geers David Van Severen & Richard Venlet
なお、本展示はCIVAとプリンストン大学建築史理論研究室博士課程プログラム、e-fluxとの共同企画による

Exhibition Info. (En)

TITLE│EXPO: SICK ARCHITECTURE
DATES│Friday, May 6, 2022Sunday, August 28, 2022
HOURS│10:30–18:00
LANGUAGE(S)│EN│FR│NL
PLACE│CIVA
TICKETS│standard rate: 10€│youth (-26) I job seekers I seniors (+65): 5€│children (-18) I museumpassmusées I Brussels Card I Subbacultcha│members I press I ICOM: free│paspartoe: 2€ // article 27: 1,25€
PARTNER│Princeton University Ph.D Program in the History and Theory of Architecture and e-flux Architecture

Curators

Conceived by Beatriz Colomina (guest curator, Princeton University), Silvia Franceschini (curator CIVA), Nikolaus Hirsch (artistic director CIVA)
Assistant curator Minne De Meyer Engelbeen (CIVA)
Exhibition Architecture OFFICE Kersten Geers David Van Severen & Richard Venlet
A collaboration between CIVA, the Princeton University Ph.D Program in the History and Theory of Architecture and e-flux Architecture

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三宅拓也
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1983年大阪府生まれ。建築史研究者。京都工芸繊維大学デザイン・建築学系助教。博士(学術)。東京都現代美術館専門調査員を経て2013年から現職。2022年、ブリュッセル自由大学(VUB)建築工学部客員研究員。著書に『近代日本〈陳列所〉研究』(思文閣出版、2015)、『図説 大名庭園の近代』(思文閣出版、2021)など。