建築展評│10│ガウディとサグラダ・ファミリア展

Review│林誠

林誠
建築討論
Sep 4, 2023

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東京国立近代美術館では2023年6月13日から9月10日にかけて「ガウディとサグラダ・ファミリア展」が開催されている。建設が開始されてから約140年が経ち、その設計者であるアントニオ・ガウディ(Antoni Gaudí、以下 ガウディ)の死後97年が経過してもなお建設が続けられるサグラダ・ファミリア聖堂(Sagrada Família)は、言うまでもなく建築界で他に類を見ない注目を浴びてきた。

日本においてガウディを扱う展覧会は過去にも数回開催されてきた。ガウディの死後半世紀が過ぎた1978年には、大規模なものとしては日本で初めてとなる「ガウディ―展」が開催され、翌年にわたり全国13都市を巡回した。ガウディの建築的評価が確立していなかった当時の日本において展示された多数のオリジナルドローイングは、その建築的な正統性を裏付けるものだった。

その25年後、ガウディ生誕150周年を迎えた翌年の2003年に開催された「ガウディ かたちの探求」展では、コンピューター技術を駆使したサグラダ・ファミリア聖堂の現代的な建設を背景に、当聖堂をはじめとするガウディ作品がもつ幾何学性に焦点があてられた。様式主義から自然主義を経て、最終的に幾何学主義に到達するガウディ作品の造形原理を深く解明するユニークな展覧会であった。★1

さて、今回の展覧会はガウディの死没100年となる2026年を目前に控え、またサグラダ・ファミリア聖堂完成間近の時期の開催となる。そのタイトルに「ガウディ」と「サグラダ・ファミリア」が並んでいることからも、サグラダ・ファミリア聖堂への注目度の高さが伺われる。ガウディの作品の中で特にサグラダ・ファミリア聖堂に焦点をあてることで、展覧会の構成や、さらには私たちのガウディに対するまなざしにどのような効果をもたらすのだろうか?

そんなことを念頭に置きながら、次の4点を通る道筋で展覧会をレビューしていきたい。

【精緻な図面の背景】
【実務者を取り巻く社会】
【混ざり合う「ガウディ時代」】
【ガウディ“”サグラダ・ファミリア】

精緻な図面の背景

展覧会の入り口をくぐると、まず第1章「ガウディとその時代」と題された細長い空間に出る。左手にはガウディの学生時代の図面、右手には、フランスの歴史家ヴィオレ・ル・デュク(Eugène Emmanuel Viollet-le-Duc)の書籍やオーウェン・ジョーンズ(Owen Jones)による図集などが展示されている。ガウディは学生時代、大学の図書館でこれらの資料を読み漁った。

学生ガウディによる図面は極めて緻密に描かれており、ついその描写力だけに目が奪われてしまう。しかし、それらを描くために必要となった学術的背景が同時に表現されている展示空間は、ガウディの卓越した描写力の背後にある、彼の膨大な知識と理解に気づかせてくれる。

第1章「ガウディとその時代」展示風景。ガウディが学生時代に提出した図面の数々が展示されている。 ©Kioku Keizo

つづく第2章「ガウディの創造の源泉」の冒頭では、駆け出しの建築家ガウディが見習いとして他の建築家の下で描いた図面が並んでおり、前章で見た彼の能力が実務の中でさらなる高次元に昇華されたことを見ることができる。

中でもガウディの図面の集大成として位置付けられる重要な展示品「バルセロナ大聖堂正面計画案」を紹介したい。バルセロナ大聖堂とは中世においてバルセロナ中心部に建造された聖堂であるが、この図面は当時荒廃していた当聖堂正面の修復案を募るコンペティションのため、建築家ジュアン・マルトゥレイ(Juan Martorell)の下でガウディが作図に携わったものだ。★2

黒いインクで丹念に描かれた線の集積が、人像円柱、ティンパヌム、アーキボールト、ギャラリー、ピナクルといった要素を次々に形成し、幅の広い既存の壁面に豊かな構成を与えている。さらにその細やかな描写は上方へと続き、縦方向に入れられた陰影のハッチングと空気遠近法を用いて、新たに提案された巨大な塔のボリュームを描き出している。この図面を見ると、ガウディがこの製図を通して、ゴシック建築の全体と細部の関係性、さらにその実務への応用をマルトゥレイから熱心に学びとろうとしたことがわかる。

そしてこのマルトゥレイこそ、この翌年に当時まだ実作の少なかった彼の手腕を早々に見抜き、彼をサグラダ・ファミリア聖堂2代目建築家として推薦した人物だ。一連の図面が物語る歴史建築へのガウディの精通ぶりは、彼がサグラダ・ファミリア聖堂の仕事を手にするまでの長い伏線の役割を果たしているのである。

第2章「ガウディの創造の源泉」第1室の展示風景。ガウディが他の建築家の下で描いた図面が並ぶ。©Kioku Keizo

実務者を取り巻く社会

第2章をさらに進むと、ガウディの初期の作品から晩年までの仕事が展示されている。ガウディの生涯の作品の数々を紹介するこの部分が比較的簡潔にまとめられていることも今回の展覧会の特徴といえるだろう。さらに、作品単体に焦点を当てるのではなく、ここでもいくつかの作品が当時の社会背景と合わせて展示されていることが興味深い。

たとえば、洞窟のような造形が特徴的なカサ・バトリョ(Casa Batlló)やカサ・ミラ(Casa Milà)の横には、1878年パリ万博における水族館風景を表す図版が添えられている。この水族館に象徴されるように、当時流行した人工洞窟は、ジュール・ヴェルヌの小説や人工庭園の中にも出現しており、一種の虚構性を楽しむための装置という側面があった。そこからガウディに思いを馳せれば、施主や街の人々が楽しむことを期待して設計に励んだ建築家の姿が浮かんでくる。

もちろん、これらの作品の洞窟的な造形を自然形態や力学的な観点から語ることは可能であろう。しかし、当時の流行や大衆文化をガウディ作品の背景の一端として並置することで、社会と密接な関係を持って実務をおこなうガウディの姿を想像しやすくなる。

第2章「ガウディの創造の源泉」の展示風景。ガウディの生涯の作品が断片的に紹介されている。©Kioku Keizo
第2章「ガウディの創造の源泉」第2室の展示風景。展示品の間に当時の社会背景を示すパネルが挿入されている。 ©Kioku Keizo

このような観点から第2章の展示を見わたすと、ガウディの造形の中に、必ずしも審美性だけではない実務的で人間的な背景が見えてくる。

グエル公園の粉砕タイルは、職人に極端な精度を求めることなく、あらゆる形状に追従できる施工性を有している。カサ・ビセンスの鉄柵のための鋳型には本物の棕櫚の葉が用いられており、優れた形態を大量に複製できる経済性を実現している。また同作品のマリーゴールド模様の外装タイルは1種類の図柄を回転させて用いることもでき、生産コストに対する最大の効果を狙ったものだ。ガウディが好んだ線織面は直線から構成されており、職人に対する説明が容易であった。

天才といわれるガウディもまた、人々との関係性の中でその時代をありありと生きていた。同時代の社会との関係が編み込まれた展示構成は、そのことを思い出させてくれる。

混ざり合うガウディ時代

第3章は「サグラダ・ファミリアの軌跡」と題され、展示品全体の約半分を占めている。更にその軌跡は、ガウディが2代目建築家として就任する以前の「ガウディ以前」、ガウディが建築家を務めた「ガウディ時代」、ガウディの死後の「ガウディ以後」という3つに大別されており、その3時代を展示のシークエンスに重ねることができている。最後にたどり着く第4章「ガウディの遺伝子」では、ガウディ研究の歴史やその建築的応用が紹介され、その後の世界に与えた影響が示されている。

第3章「サグラダ・ファミリアの軌跡」第2室「ガウディ時代」内観。スケールの異なるサグラダ・ファミリア聖堂の模型を中心に空間が構成されている。©Kioku Keizo

第3章の展示シークエンスの中で、サグラダ・ファミリア聖堂建設の3つの時代がときに混ざり合って展開されていたことは印象的であった。会場では「ガウディ時代」にあてられた大空間の中には、ガウディ時代に制作された降誕の正面のための塑像断片が展示されている。ところが、その隣に展示されている歌う天使たちの彫刻は、当時の石膏像写真をもとに彫刻家の外尾悦郎氏が復元したものであり、厳密にはガウディ以後の作品といえる。さらにその先ある「ガウディ以後」の空間の方に視線を移すと、ガウディ時代の資料が存在しなかったため、全く新たに制作されたスビラクス氏による彫刻が垣間見えるような展示配置となっている。

左はガウディ存命中に制作された「降誕の正面」のための塑像断片、右は外尾悦郎氏による復元彫刻「降誕の正面:歌う天使たち」である。©Kioku Keizo

また、この混ざり合いは展示品単体の中にも見いだせる。展示品のひとつに、「サグラダ・ファミリア聖堂主身廊円柱の柱頭模型」と題された継ぎはぎの石膏模型がある。これは、ガウディ時代にその形がつくられたものの、ガウディ死後の内戦で破壊され、弟子がその破片をもとに復元したものだ。

ガウディ存命中に制作された断片とその後復元した部分が併存している │ アントニ・ガウディ《サグラダ・ファミリア聖堂、主身廊円柱の柱頭模型》1918–22年頃 │サグラダ・ファミリア聖堂 │ スケール:1:10 石膏 │45×28×22cm │筆者撮影

これらの展示が教えてくれるのは、「ガウディ時代」がガウディの死とともに直ちに終わるものではないということである。スケッチや模型をはじめとするガウディ存命中のあらゆる資料が彼の死後にも活用され、忠実にあるいは創造的に復元され、後の時代と混ざり合う。ガウディの関与の度合いには部分によって濃淡がある。

そうしてふと前室の「ガウディ以前」を振り返れば、ガウディもまた初代建築家ビリャ―ルが築いた礎の上にその聖堂を立ち上げたのだということが新鮮な意味をもって思い起こされる。

ガウディ“と”サグラダ・ファミリア

展示を通して、サグラダ・ファミリアの中でガウディが直接関与した部分の割合が日に日に小さくなっていることを改めて目の当たりにした。しかし、そこに悲観的な色はなく、むしろそれに対して割合が大きくなったガウディ以後の組織の努力と熱気を感じ取ることができた。

サグラダ・ファミリアの141年に及ぶ建設の中、42年半の間ガウディはその建設に膨大なエネルギーを注ぎ、彼の貢献は今日まで大きな影響を及ぼしている。しかし、やはりサグラダ・ファミリア聖堂は当初からガウディだけのものではない。絶え間ない社会の運動なしには、その建設は持続しなかった。

サグラダ・ファミリア聖堂に焦点を当てた今回の展覧会では、過去から現在まで続く社会の運動そのものが主題となっている。展示の中で時折見られた「ガウディ」と彼を取り巻く「社会」の並置は、「ガウディ」と「サグラダ・ファミリア」の並置と、まさに同じ構図をもつことを気づかせてくれる展示構成であった。

展覧会情報

ガウディとサグラダ・ファミリア展

会場│東京国立近代美術館(東京都千代田区北の丸公園3–1)
会期│2023年6月13日(火)〜9月10日(日)
観覧料│一般2,200円、大学生1,200円、高校生700円、中学生以下無料
巡回│2023年9月30日(土)~12月3日(日) 佐川美術館(滋賀県)/2023年12月19日(火)~2024年3月10日(日) 名古屋市美術館(愛知県)

注釈

★1 それぞれ下記の文献を参照した。

・企画:ガウディー展委員会 / 編:近代美術研究会『ガウディー展カタログ』 / 1978年10月2日 冒頭論考 著:神吉敬三『カタルーニャ人ガウディー ―合理による非合理の表現―』

・監修・執筆:鳥居徳敏『ガウディ かたちの探求〈日本語版カタログ〉』/ 2003年

★2 本計画はマルトゥレイの下でガウディが作図、リュイス・ドゥメナクがレタリングを担当した。

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林誠
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1994年生まれ。東京都出身。2016年早稲田大学建築学科卒業(入江正之研究室)。17年バルセロナ建築大学(ETSAB)留学。19年早稲田大学大学院修了(山村健研究室)。19-20年 Flores y Prats Arquitectes、2020年- 森田一弥建築設計事務所。2022年- 京都芸術大学非常勤講師。