明日の住空間にむけて(評者:橋本圭央)

橋本圭央
Aug 1 · 6 min read

本書は、イギリス・ロンドンにあるDesign Museumにて2018年11月から2019年3月にかけておこなわれた同題の展示関連書籍であり、前半部分は展示内容を6つのテーマでまとめたカタログ、「Living with others(他人と暮らす)」、「Living on the move(移動しながら暮らす)」、「Living smart(賢く暮らす)」、「Living with less(より少なく暮らす)」、「Living autonomously(自立して暮らす)」、「Domestic Arcadia(家庭的な理想郷)」、そして後半部分はそれらの複合的視点をもとにした6つの論考から構成されている。

Design Museum Publishing, “Home Futures: Living in Yesterday’s Tomorrow”

ロンドンでおこなわれた同題の展示、および本書の主な目的は、Design Museumのシニア・キュレーターであるエステル・スタイヤホーファーが冒頭で述べているように、我々が参与する住空間における「past fantasies(過去の幻想)」と「today’s reality (今日の現実)」のあいだの差異、「the radical potential(革新的な可能性)」と「the traditional idea(伝統的な考え)」のあいだの緊張、といった二つの関係性を探求することにある。

幻想と現実のあいだの差異、革新と伝統のあいだの緊張に対する探求は、それほど目新しいものではなく、建築・都市空間における普遍的な題材の一つであるとも言える。一方でこれまでの探求と異なる本書の特徴は、前半の6つのカタログにおいて、過去の幻想・革新的なスケッチ・ドローイング、ダイアグラム、そしてそれらの現実的なプロトタイプなどの写真・図面・モンタージュを網羅するのみならず、6つのカタログの鍵となる事柄に関して、そこに<What happened to…?(何が起きたのか…?)>という示唆的なフレーズを挿入するとともに、フレーズに応答する小論を載せることで、ヴィジュアル・エッセイとしての読み易さに加え、住空間の概念理解の深化を巧妙に促している点にある。そこで扱われている事柄は、<テレビ・泡ぶく・物置・格子・電話・電気スイッチ・エプロン・配膳室・廊下・ネジ・ベッド・サランラップ・火・(庭に飾る)ノーム人形・シャワーカーテン>と、要素、構成、現象、そして機能やスケールを驚くほど横断しており、住空間を議論する際に住空間そのものを定型化して扱う傾向を批判するかのような挑戦的な小論の流れになっている。また、そのなかでも興味深いのが、カルチュラル・スタディーズの研究者であるベン・ハイモアによる<シャワーカーテン>である。ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」を揶揄するかのように「形態は収入に従う」とするハイモアは、「豪華さ」や「くつろぎ」の二つに焦点があてられている現在の住空間において、即興的で一時的な妥協案としてアドホックに生まれ、その役割を失いつつあるシャワーカーテンに関して、アルフレッド・ヒッチコックの「サイコ」における場面などを引用することで、その特異な傾向、つまり時に身体に纏わりつき、しばしば半真空のような密室感や水中感をつくり、脆弱な素材でありながら人間心理と結びつくものであることから、今後の「豪華さ」と最小空間としての「必要性」の相違を反映しうるものとしている。

こうしたハイモアの<シャワーカーテン>を含む一連の小論は、かつてギー・ドゥボールが超-転用(日常生活に適用された転用的傾向)と名付けたものを思い起こさせる。ここでの転用とは「過去の芸術生産物を環境のより高度の構築に統合すること」であり、超-転用に関しては、ドゥボールは「遊び」と密接に結びついた変装の概念がある「言語」や「衣服」が転用可能であるとしたが、その実、我々の住空間には様々なかたちで既にそれらは潜んでおり、そこから環境構築の統合に関する萌芽を感じさせるのである。

くわえて本書の後半部分の6つの論考では、ピエール・ヴィットーリオ・アウレーリ率いる建築事務所Dogma名義の「Loveless: a short history of minimum dwelling(愛のない:最小限住居の小史)」と題した最小限住居の近代以降の流れを捉えた論考が特に目を引く。「Loveless(愛のない)」という、資本主義的観点から世界中で生まれ続ける様々な最小限住居に対する批判として、まさに的を射たタイトルからも共有感を高めるこの論考では、最小限住居は「単なる縮小や平面の単純化によって解決される訳ではない」という根本的な問題について読み手に深く考えさせる内容となっている。具体的には、最小限住居の問題は、典型的なファミリー・ハウスをミニチュアバージョンに縮小した点にあるとすることで、その始まりとして「Existenzminimum(必要最低限の生活のための住居)」と題した、1929年にフランクフルトでおこなわれた近代建築国際会議(CIAM)について言及している。そこから、1932年に出版されたチェコスロバキアの批評家・詩人であるカレル・タイゲによる「最小限住居」が、CIAMの直接的な批判を展開しているとし、CIAMの最小限住居は「男性上位の家族構造に順応」し、「個人資産を具現化した空間」であり、「資本主義システムに囲まれた住宅の本質への挑戦がない」とする。そしてその後に続く「monastic cell(禁欲的な小部屋)」としてのワンルーム集合住宅、「communal structures(公共的構造)」としての住空間、「the ‘rooming house’(部屋化する住宅)」の形成の流れは、その他の論考と合わせて、住空間の最小性、内部性、不合理性等に関する新たな一般解のあり方を議論する際に極めて有効であると考える。またその際に、アドホックや複合的関係性にとどまらず、「豪華さ」と言った時代に応じた幻想と必要性の相違を反映し、相違自体をも超-転用する要素、構成、現象、遊戯、そして機能やスケールを紡ぐ普遍言語の考察が重要なのではないだろうか。

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書誌
著者:Design Museum Publishing
書名:Home Futures: Living in Yesterday’s Tomorrow
出版社:The Design Museum
出版年月:2019年4月

建築討論

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橋本圭央

Written by

はしもと・たまお/高知県生まれ。建築家、日本福祉大学建築バリアフリー専修助教。東京藝術大学・法政大学・明治大学等非常勤講師。最近の作品に「デ/リタッチ:不協和音の庭」(ADAN06, ‘17)、論文に「The Polyrhythmic-scape of the City」(CL_MAJ17, ’18 )など

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