終わりなき民家普請

072│2024.01–03│季間テーマ:生きつづける建築への道

中村琢巳
建築討論
Jan 12, 2024

--

2024年1月から3月にかけては「生きつづける建築への道 — 使い手の関わりが生み出す愛着と許容」をテーマに記事を掲載する。テーマ解説はこちら。

手間ひまかかる民家

地方色豊かで、地場の自然素材からなる農家や町家といった伝統的な「民家」への関心は、高まっている。だが民家は、そうした意匠的魅力とは裏腹の特性もあわせもつ。それは、民家に住みつづけるのには大変な手間ひまがかかることである。たとえば雪国であれば、初冬に建物や庭園に雪吊りや板掛けなどの「雪囲い」を施して積雪に備え、実際に冬が到来すれば雪かきや雪おろしの毎日である。年末には大掃除や障子の張替え、春になれば雪囲いを解き、新緑の季節では生垣の剪定、夏の虫干しと様々な手入れが一年のなかで繰り返されてきた。

伝統的な「雪囲い」のワークショップ
四季折々のメンテナンス(畳上げ、虫干し、障子の張り替え、煤払い)

手間ひまがかかるのは、その建築構法の仕組みのためでもあった。民家の「建具」はその象徴的な部位である。夜や雨天になれば、住まい手がわざわざ雨戸を閉めねばならない。古風な民家では跳ね上げ式の蔀戸をもち、その上げ下げも重労働であった。さらに建具は、まるで衣替えのように、季節の移り変わりで入れ替えられた。たとえば夏に向けて、和紙を張った障子が簀戸に取り替えられた。夏障子とも呼ばれるその室礼によって、風を通し、見た目も清涼感のある部屋へと整えられた。民家が空き家となってしまう現代的な課題の根にも、こうした手間ひまがかかるという民家の特性が横たわる。

夏向きの「簀戸」

だが視点を変えれば、そうした手間ひまが、単なる負担という面ばかりではない点も指摘できよう。日々の手入れが年中行事や地域の風物詩となって、無形の文化を伝承していたからである。劣化に対する補修といった物的な行為を超えて、地域に根ざした暮らしの作法として手入れが繰り返されてきたのであった。町家に「年中行事帳」といった、その家での住まい方を綴った古文書が残されていることがある。その帳簿を紐解けば、ほとんどは年中行事に向けた片付けや掃除、座敷や表構えの飾りつけの指示で埋め尽くされている。伝統的には、年中行事と民家の手入れがまさに一体化していたことを物語る。

民家を支えた人々

ところで「年中行事帳」には、民家に出入りした様々な職人衆や、手伝いに来た地域の人々への振る舞いの流儀も散見される。そうした民家の担い手に目を向ければ、民家を支えた人々の広がりもみえてこよう。つまり、住まい手に加えて、大工や庭師といった職人衆が日常的に出入りし、その維持に携わっていた。祭礼や盆、年末年始といった一年の節目では、近隣からの手伝い衆も加わって、民家の手入れが恒例行事のように盛大に行われた。かつての出入り大工の活動は、建物の繕いだけではなく、家具調度品など細々とした物品を拵えることも多かった。そのために、日常的な出入り関係が続いた。庭師の仕事も、庭や垣根の手入れとともに、室内の掃除や年中行事の手伝いなど、日常的かつ広範な作業をこなすのが普通であった。左官や屋根屋、建具屋、畳屋、表具師などの諸職もやはり、日常的に民家を支えた。

あるいは、こうした出入り職人衆は、台風や災害後にはいち早く駆けつけて、被災後の修繕にあたる存在でもあった。しなやかな復旧力として今、防災で注目されるレジリエンスの伝統的なあり方を、実はこうした出入り職人や地域が見守る民家に見出すこともできよう。

住まい手はまた、民家に暮らし、それを維持するための伝統的な知恵や作法を備えていた。自ら日々の掃除やメンテナンス、室内を季節ごとに飾る室礼にあたっていたからである。民家の増改築や修繕の工事は、古くは家の直営で行われた。よって、職人衆に仕事を差配し、近隣からの手伝い衆への振る舞いなどの知識も必要だった。さらに、地域の名家であれば、旅する文人墨客と語らい、パトロンとしてその芸術活動の支援にも携わった。つまり、住まい手は幅広い教養も兼ね備えていた。民家調査をすると、座敷を飾り、また襖に貼られた数々の書画が目に留まることが多い。それらは、その民家を訪れた文人墨客と住まい手の代々の交流の軌跡がうみだしたものである。

文人墨客の書画で飾られた室内

終わりなき民家普請

民家調査をすると、その建築年代の判定の難しさを感じることが多い。年代を探る難しさもさることながら、その民家のいつの時点が、建築としての完成なのか、その判断が難しいからである。屋根裏から「棟札」がみつかれば、たいてい、そこに記された年月がその年代判定の根拠となることが多い。しかしながら棟札の年代は、上棟が行われた日であって、建築として完成した日というわけではない。上棟の後、壁塗りや屋根葺き、各種の内装などの諸職の作業が久しく継続する。実際に住まい始めた後も、数年ないし十数年にわたり、床や床脇、欄間といった室内意匠の諸職が、延々と出入りして作り続ける民家も稀ではなかった。普請道楽と呼ばれるように、様々な増改築や付属屋の建築を楽しむ家主さえいた。

現代建築のような竣工引き渡し、といった完成の画期が民家は想定しにくい。竣工ではなくて上棟が、建築としての画期というのは、民家のこうした終わりなき普請のあり方を象徴する。民家では、住まい手や出入り職人、地域からの手伝いによって、その建築の営みが延々と続いてゆく。終わりなく建築の営みが続くことこそ、手間ひまをかけることが不可欠な民家の姿ともいえる。

だからこそ、出入り職人や地域がそれを支えたかつての伝統的な社会の復権をのぞめない今、その営みを引き継いでいく新しい担い手も求められている。文化財として歴史的価値を重視した保存活用にせよ、大胆なリノベーションによる民家再生にせよ、その終わりのない建築の営みを、果たしてどのように引き継げばよいのだろうか。

メンテナンスの復権を目指して

その方法は多彩であろう。ただ、そのカギのひとつに、手間ひまを楽しめるような、文化的営為として復権できるかどうかもあるように思う。ときに私は、研究室の学生たちと伝統的なメンテナンスのワークショップに取り組んでいる。住まい手だけではなく市民の方々も含めて、伝統素材や技術を用いた塗装や繕いを学ぶ場である。そうしたメンテナンスに直に携わり、目の前で建物が蘇る体験をすることで、その民家に愛着がわく。いわば、民家の応援団の輪が広がることを期待した活動である。

とくにそうしたワークショップへ、できる限り若い世代や、こどもたちも参加できる活動を目指している。若い子供たちが応援団に加われば、自ずとその民家に長い年月、多彩な関わりが生じていくと思うからである。

柿渋による伝統的塗装の学生実習
屋根材となる草を使った「箒づくり」の子どもワークショップ

次号予告は、1月26日(金)に宮西夏里武「家を繕う人々 ー令和元年東日本台風被災地区・長沼に見られる自主修繕の報告ー」をアップします。

建築討論へのご感想をお寄せ下さい。
季間テーマの最後に実施する「討論」にみなさまからのご感想も活かしたいと考えています。ぜひ記事へのご感想をお寄せ下さい。
https://forms.gle/UKjH6gdFaAphfaLE8

--

--

中村琢巳
建築討論

なかむらたくみ/専門:日本建築史、保存修復。1977年東京生まれ。2000年東京大学工学部建築学科卒業。東北工業大学建築学部准教授。著書に『生きつづける民家-保存と再生の建築史』(吉川弘文館)、論文に「歴代木村清兵衛にみる数寄屋大工の近代」(家具道具室内史)等。