エジプト、首都移転計画 Never thought about moving a capital

連載:「Afro-Urban-Futurism / 来るべきアフリカ諸都市のアーバニズムを読みとく」(その4)

大陸中で人口増加と都市化の進むアフリカだが、私が訪問した国のなかでその事実と熱気を一番肌で感じたのは、エジプトだったかもしれない。空港のゲートから出た瞬間に遭遇し圧倒される人の数は、10年ほど前に東南アジアで体験したそれと似ていた。

エジプトの首都・カイロの人口推移をみると、その速さにギョッとしてしまう。カイロ都市圏の人口は1907年に95万人だったものが、1936年には160万人、1952年には290万人、1988年には1200万人に達した。 ジェトロのレポートによると、2023年1月1日時点の人口は1億439万人。国連の都市人口予測では、カイロの人口は増加を続け、2035年には世界第5位の規模の大都市となる見込みだ(2022年12月15日付地域・分析レポート参照)。

しかもカイロは、近隣のギザ県やニューカイロなども含めた大カイロ首都圏で考える必要がある。

2038年までの都市人口の増加想定

人口が急激に増加することで起きるのは、当然、都市機能の飽和だ。カイロでは、旧市街地なぞとっくに飛び越え、肥大化したアーバンエリアに人々が集中して暮らしている。交通渋滞は慢性化し、住宅環境も悪化する一方だ。

その結果生まれたのが、首都移転計画である。

カイロの人口問題を解決するため、カイロの中心部から東に約50キロほどの砂漠地帯に、首都機能を備えた新しい都市が現在、誕生しつつあるという。本稿では、本計画に対するカイロ市民の反応も交えながら、首都移転とその背景を議論してみたい。

カイロ、首都移転計画

まず、現地人に首都移転計画の話題をふると、なぜか必ず嫌な顔をされる。

エジプトの首都移転計画は、人口過多・飽和状態になったカイロから、首都機能を新しい新設の街へと移転することを目指す大規模な都市開発プロジェクトである。カイロの東に位置し、ナイル川の対岸に約50キロ離れた場所に建設される予定だ。シンガポールの国土に相当する約660平方キロメートルの広大な領域をカバーする計画であり、近代的なインフラストラクチャーや住宅地区、公園や緑地帯、商業施設が整備される予定で、最先端の情報技術を取り入れたスマートシティとしても注目が高まっている。

既に旧カイロの東に広がる新興郊外のニューカイロがあり、その先に新しく建設される首都ということで、通称”ニュー・ニュー・カイロ”と滑稽なあだ名がついた。

このプロジェクトにより、エジプトの経済成長と雇用創出が期待されているわけだが、市民が「私たちには関係ない」と冷めた顔をしているのは、資金調達に紐づいた政治的汚職も関係しているのかもしれない。エジプト政府は、新しい首都の建設に約50億ドルの投資を計画しており、国内外から資金調達に注力している。エジプトの外国債務の46%がこの新首都計画に使用されているというから驚きだ。

参照:The Guardian

「車がないと生活ができない、だだっ広く豪華に整備された、富裕層のための街」。筆者がカイロ市民に話を聞いたところによると、だいたいが目をぐるぐるさせて呆れた顔をしながらそんな話をする。実際、新首都建設に関する人々の強制的移住や、政治的癒着に紐づいた巨額の公的資金の投資、環境保護など、課題は多い。

国際的にも懸念の声が上がっている理由の一つが、その開発スピードだ。現在の計画では、ゼロの状態から5〜7年で完成を目指されている。実際、どれほどの移住者が見込まれるのかは未定だ。

ドバイの稀な成功例を除き、ゼロからわずか数年のペースで完成させる都市には課題がつきものだ。例えば中国の曹妃甸工業区。総額910億ドル(約9兆1000億円)を投じ、100万人を惹きつけることを望んだ開発では、実際はわずか数千人しか移住者が集まらず、債務と未履行に悩んでいる。アブダビの新設スマートシティ・マスダールシティは、50,000人の住民を収容する予定だったが、現在ではわずか数百人しかいない。

飽和状態の首都 / 進むアーバニゼーション / 他の地域での首都移転計画

The winning proposal for New Cairo’s extension in 1997 (Oekoplan Engineering Consultations, (1997), New Cairo City Report)

首都を移転させるまでは稀かもしれないが、都市化が急激に進むことで都市が飽和状態に陥り、新郊外・新都市の建設を早急に進めなくてはいけない地域はアフリカに増えつつある。

総人口の70%が35歳以下と言われるアフリカ大陸では、急速なアーバナイゼーションと経済成長が進行し、過去15年でエチオピアの都市人口は3倍、ナイジェリアは2倍となっている。

また、西アフリカのラゴス中心の沿岸都市圏や大カイロ首都圏など、単一の都市圏を超えて広がる銀河系のようなメガシティ地域が、各所で形成されている。

過剰飽和都市化したアフリカの都市は、例えば以下が挙げられる。

  • ラゴス(ナイジェリア): アフリカ最大の都市であり、経済的な中心地として急速な成長を遂げている。人口増加が著しく、都市インフラの飽和や住宅ニーズへの対応、スラム地帯の拡大や交通渋滞などが大きな課題となっている。。
  • カイロ(エジプト): アフリカでも最大の都市の一つ。人口密度が非常に高く、土地利用の課題や交通渋滞が都市の持続可能性に影響を及ぼしている。
  • ナイロビ(ケニア): 東アフリカの拠点として急成長するナイロビも、人口増加と都市拡大により、住宅不足や基礎インフラの問題が浮き彫りになっている。東アフリカ最大のスラムであるキベラスラムには推定100万人が暮らす。
  • ヨハネスブルグ(南アフリカ): 人口増加に伴い、犯罪率の上昇や貧富の格差が課題とされる他、インフラの改善が求められている。

急激な都市化とプラネタリーアーバニゼーション

ルフェーヴルはかつて、 私たちが「都市」と呼ぶ怪物が、地球規模の変貌を遂げ、まったく制御不能になることを「脅威」と呼んだ(Lefebvre, ʻQuand la ville se perd dans une métamorphose planétarieʼ, Le monde diplomatique, 1989, p.16)。

世界人口全体のうちの都市居住者の割合が、現在では50%を超えている。かつての農村や郊外をも飲み込み都市化が地球規模で進行する現在の状況は、一般的にプラネタリー・アーバニズムと呼ばれている。

それは結果として空間の均質化と多様性の消失を意味し、世界中のどこにでもある同じような”非”場所的な空間、コールハースが唱えたアイデンティティのない「ジェネリック・シティ」が、多国籍企業の進出や国際的な都市ネットワークの形成によって、生まれつつある。

現在カイロで進行中の新都市でも、貴重な歴史的・建築的意義を持つ墓地であるマムルーク墓地や、ゴミ市場とも言われるマンシェヤ・ナシールやドゥワイカなどのスラム街が道路開発のために一部取り壊されるなど、歴史的な景観や文化、地域の生活が徐々に破壊されつつある。例えば、ナイル川沿いの一等地にあるスラム街、マスペロ・トライアングルの再開発には全体で2億2200万ドルの予算が見込まれている。スラムの住民には、10万EGP(5,555ドル)の金銭的補償を受けたのちに市の南東部にあるアスマラット地区への移転するか、もしくは家賃が上がる賃貸住宅を借り続けるか、購入するかという選択肢が与えられ、住民の70%は金銭的補償を受け入れて移住をした。これは事実上、低所得住民を郊外に移転させながら、この地域をスラムから上流中産階級の居住区へと変貌させるものである。

このような背景を見てみると、多くのエジプト人が新首都の開発に懐疑的なのかが見えてくる。日本でも東京の肥大化に伴う首都移転の議論があるが、数年間でゼロから新都市を建設するというスピード感とマインドセットは、今まさに、急激な都市化が進行中の地域だからこそだろう。数年後、変貌を遂げたカイロを訪れるのが今から楽しみだ。■

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杉田真理子/Mariko Stephenson Sugita
建築討論

An urbanist and city enthusiast based in Kyoto, Japan. Freelance Urbanism / Architecture editor, writer, researcher. https://linktr.ee/MarikoSugita