ショート・レビュー:建築作品小委員会作品より

[ 201802 特集:建築批評 吉村靖孝《フクマスベース/福増幼稚園新館》] 川勝真一・川井操・辻琢磨・水谷晃啓・吉本憲生・和田隆介/Short Review : from Subcommittee of Architectural works

川井操
建築討論
18 min readJan 31, 2018

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以下は、2017年10月28日の《フクマスベース》現地視察、座談会に参加した6名の委員によるショートレビューである。ここでは実感と知見を踏まえた上で、建築のモノとしての作品性を注視した。

大きな「部分」と小さな「全体」

川勝真一

部分と全体について考えてみる。通常は小さな部分が集まって大きな全体が形づくられる。逆に、あくまで一般論ではあるが、計画や設計においては、まず全体がイメージされ、部分の要素が確定し、詳細が検討される。つまり、大きな全体から小さな部分が導き出され、その小さな部分を組み立てることでしかるべき大きな全体を実現する。ただし、現実には部分と全体の関係はもっと複雑ではないだろうか。少々比喩が飛躍することをお許しいただきたいが、植物の種子は部分でもあるが、しかしその小さな部分がすでにその全体を包含している。私たち人間も世界を構成する小さな部分だと感じると同時に、圧倒的な実感として私がなくなれば世界もまた消滅してしまうのだとしたら、世界もまた私を構成している部分でしかないと考えることもできる。
《フクマスベース》で感じたのもこの「部分」と「全体」の不思議さであった。設計者である吉村氏が手がけてきた建築はどちらかというと部分が集合して全体をつくっていることがとても明示的に表現されているように思う。例えば、家型の断面が連続した立面を持つ《中川政七商店本社ビル》やコンテナ規格のユニットが集合した《Bayside Marina Hotel》など、いわば加算的な全体を持っている。一方、フクマスベースでは加算的な全体というよりもむしろ変形的な全体が指向されているように思えた。そしてその結果、部分の持つ意味までも変化している。
かつての倉庫がテント倉庫へと変形していること、そしてテント倉庫という既製品を用いることで、通常であれば複数の部分の集合としてつくられるはずの外壁と屋根が一つの部分として扱われている。つまり外観が大きな「部分」として扱われているので加算的に捉えることができない。また、設計の履歴を残すという「トレーサビリティ」が重視されたことで、空間の構成がバージョンアップではなく、アップデートによって生まれていることも加算的ではなく変形的である理由になっている。全体へのフィードバックは極力控えられ、その場その場の個別的な要求に応えた変形が加えられていく。部分の振る舞い方の中に全体を生成するコードが与えられている。象徴的なのは一番大きな部分であるテント倉庫が既製品であるのに対して、小さな部分のジョイント金物が特注でつくられているということだろう。場当たり的な変形を可能にするこの小さな部分こそ、建築全体の事物の振る舞いを規定し、全体性を担っているからこそ、独自に設計する必要があったのだ。
ここで吉村氏の書籍のタイトルにも使われている「ビヘイヴィア」と「プロトコル」という点から整理してみると、このテント倉庫は、流通や経済性といった社会的な要請によって規格化されているという点でプロトコル、場所毎の経験や要求に合わせて個別的にデザインされていった内部の架構はビヘイヴィアに対応する。だから一見するとプロトコルの中にビヘイヴィアが閉じ込められているように見えるのだが、先ほど述べたようにテント倉庫という選択は状況的で場当たり的に行われている。全体を規定するはずのプロトコルが、場当たり的なビヘイヴィアの一部として取り込まれているのだ。構成としても社会的プロトコルを担うテント倉庫はパーツでしかなく、ビヘイヴィアを担保するジョイント金物が全体性を担う。社会的なプロトコルに従属するでもなく、関わりを持たないのでもない。それはプロトコルを大きな「部分」として取り込み、同時に小さなビヘイヴィアの中に「全体」を埋め込むことで、両者を架橋する一つの道筋が示されているではないだろうか。

「建築化された器」に溶け込ませる

川井操

既製品の「テント倉庫」と設計プロセスから生み出された「蛇行壁」、訪問前はその対照的な生成原理から全く異質な存在感なのだろうと想像したが、実際に訪れてみて両者がある種の親和性を帯びていて妙な違和感を持った。
蛇行壁は、一筆書きで緩やかな囲いの空間をつくりながら表と裏の表情を創り出す発明的な構成であるが、一方でいわゆる市場に流通する建材が積極的に使用される。内壁には構造用ラワン合板やプラスターボード、構造材と手すりには60角の米松材、開口部には既製品のアルミサッシュ等々。いわゆるローコスト仕様と言えばそれまでなのだが、その形状や仕上げの一部はテント倉庫の性質に委ねるように施されている。たとえば、蛇行壁の2階で折れ曲がる形状はテント倉庫の勾配に合わせ、色調はテント膜の白色に沿わせるように手摺や火打梁をグレー塗装で仕上げる。これは拡大解釈かもしれないが、外構木部に被膜されるFRPは、テント倉庫の防水塗装に用いられるプラスティック繊維と同質であることで近似性を感じ、そして「木部を覆う」という塗装行為そのものが、テント倉庫に覆われた蛇行壁という「内部空間」のメタファーに思えた。
かつて石山修武はブラックボックス化した住宅産業の構造を批判し、土木用建材として安価に流通するコルゲートパイプを建築「素材」として使い、《幻庵》《開拓者の家》という日本住宅史に残る名作を生み出した。《フクマスベース》は「規格化された流通する素材」によって蛇行壁を構成した点において、その作品性の連続にあるといえるのだが、『GA JAPAN 140』(2016.5)誌上で吉村は建築産業の現状について次のように述べる。「ハウスメーカーの住宅でも建築家の住宅でも規格化されたプラスターボードが全国津々浦々どこでも使われている。その現実を受け入れ始めてから、徐々に思考が自由になってきた気がします。」石山の様に異業種の建材を持ち込むというよりも、規格化建材のよりドライブした状況に対して自覚的で意欲的な姿勢が垣間見える。一方テント倉庫も既製品であるという点でいわゆる秋葉原感覚ではあるのだが、それ自体が優れた「器」としている点に大きな違いがある。つまり、吉村自身がユーザー目線でもその機能性やデザイン性を評価し、「建築化」された存在であることを認めているのだ。すなわち、建築家によって高解像度で捉えられた既製品というフレーミングのなかで「規格化された建材」を「建築化された器」へ積極的に溶け込ませていったと読み取れたのだ。それこそが私の最初に受けた違和感=「作品性」の表れであったのだろう。

器用さと泥臭さ

辻琢磨

吉村靖孝という建築家はどちらかというと器用な印象を持っていた。《ドリフト》の吉岡賞に始まり、『超合法建築図鑑』、《EX-CONTAINER》、《CC-house》、《Nowhere series》と建築作品に留まらない広い射程を持つコンセプトと合わせてプロジェクトを伝え続けている。建築家個人の判断でつくられる建築というよりも、建築家個人の意図を超えた広がりをもつ社会システムのハッキングを狙ってつくられている。控えめに言って、野心的である。
《フクマスベース》は外皮としての既製品のテントと、そこに挿入された構造用合板や間柱材を組みあわせた小屋組で構成される。レディメイドを組み合わせてつくられたこの建築において、吉村は、たとえば改修における既存に対する解像度で既製品に向かうから、既製品と部材が、既製品の枠組みから自由になってぶつかったその時に、ディテールが発明されている。従って、レディメイドという、広範な社会システムに寄り添ってつくられているにも関わらず、空間は決して凡庸に向かわない。規格品のテントと内部構造との間に発生する換気扇のパイプ、外部に露出する合板に塗られた透明FRP、合板の切断面が見える壁の木口、床の切断面を見せるようにして抱かされた間柱材の手摺、そして折れ曲がる二階の壁の補強する火打材を留めるための自由角度金物。そのどれもが、凡庸さに収束するでもなく、これ見よがしにピンピンの納まりに向かうでもなく、あくまでレディメイドとしての簡素さを引き受けるために特殊に現れる。また、《フクマスベース》は、当初敷地内にあった同じスケールの倉庫のリノベーションとして始まったプロジェクトで、リノベーションではなく新築に舵が切られてもなお、吉村はその倉庫の亡霊を引きずりそれが既製品テントの選択につながっている。決定履歴をも既存として向き合うことで、設計判断の帰納的発露がひたすら積み上がる。それはディテールの位相だけではなく、プログラムや周辺環境との関係における設計判断においても同様だ。
上記のような思考プロセスについて吉村は、「間違いを隠さない設計」と説明した。設計時においても施工に入っても、偶発的に生まれ続ける想定外を既存として受け入れ、解像度を上げ、それを発明に転化すること。レディメイドが前傾化し一見器用にみえる《フクマスベース》は、器用にみえるからこそ、逆説的に泥臭い判断の痕跡と設計行為の醍醐味を私達設計者に伝える。改修における空間の質を兼ね備えているのは、それ故かもしれない。

“アドホック”=システムの戦いの場

水谷晃啓

座談会中に吉村が「“システムA”と“システムB”が勝手に戦っている状態」と表現したように、《フクマスベース》はそれぞれ独立した体系を持つ各エレメントが、緻密に重ね合わされた建築であった。既製品の仕様で設計されたテント倉庫をはじめ、各エレメント単体は極めて純粋なデザイン言語で設計されており構成も一目瞭然だが、全体の秩序は見えにくく、吉村が“アドホック”と呼ぶ状況はよくわからないものだった。
この全体の秩序が見えない“アドホック”な状況は、“システムA”と“システムB”の戦いに対して、両者をその場その場でジャッジした結果として生成された。各エレメントはそれぞれ明快な体系を持ち(たとえば図式的にひと続きとなる壁と手すりの部材が統一されているなど)、その構法やディテールにみられる作法などは、常識的な建築技術との接続が可能であり、その意図を他者でも読み解くことができる。しかしながら、その読み解き可能なエレメントが重ね合わさった際に発生するほころびのような状態に対する、吉村のジャッジは他者にはよくわからない。この所々に現れるジャッジの不可思議さが、《フクマスベース》がここで作品として議論された所以であり、作品としての批評的な部分ではないかと思う。
コルビュジェのドミノ式のように近代建築のシステムは単体で成立しうる自律的な秩序体系であった。それに対し、磯崎新やセドリック・プライスは、そうした近代建築の秩序体系を乗り越えるべく、計画不可能な“不確定”な要素を都市や建築の計画に取り込もうと試みた。しかしながら磯崎と協働した月尾嘉男やセドリックの試みの理論的背景となったゴードン・パスクらのシステム理論を還元するアプローチが取られ、システムの構築方法自体は近代と同じ手法が取られたといえる。《フクマスベース》で吉村が試みた手法は、アルゴリズムを構築するためのデータをセットし、機械が自動的に記述していくのを観察する機械学習的なシステムと通底しているのではないか。なぜ既製品テント倉庫と木構造を組み合わせる必要があったのか、というそもそもの問いからもわかるように、“システムA”と“システムB”を戦わせたら面白いというデータ生成の手法、すなわちこの建築のアーキテクチャの記述方法に吉村の創造性があり、おそらく吉村自身も予期していなかった状況を生成した “アドホック”な判定基準が、作家性そのものを体現しているといえる。この《フクマスベース》において、人間の構築したアルゴリズムの限界を機械学習が突破したように、既製品のテント倉庫をはじめとした各エレメントに連綿と受け継がれてきた近代建築由来の自律的な秩序体系の壁を突破しようとしている点に、皆が期待感を抱いているのだと思う。

システムエラーへの介入/建築という自由、あるいは変容の快楽へ

吉本憲生

《フクマスベース》が立地する場所からまわりをみわたすと、農地と住宅が混じる、半農半宅地の風景が広がる。都市計画上では市街化調整区域に該当し、都市の周縁部ともいえるこの場所には元々、周囲の風景には似つかわしくない大きな倉庫が建っていたらしい。吉村靖孝が周辺環境や都市計画の「ほころび」と呼ぶ★1、こうした状況を契機として《フクスマスベース》は生まれた。
このプロジェクトは、放課後に子どもや保護者に集まることができ、地域の人たちも使用できる、公民館のような幼稚園の別棟を計画したいという施主の要望のもと、既存倉庫のリノベーションを前提に始まった。しかし、用途変更する際の資料となる既存建築の図面が乏しい、完了検査を受けていない、道路との離隔距離から防火壁にする必要がある、などの理由から結局新築として建てられることになる。そこで、リノベーションを前提として設計した空間構成を踏襲すべく、既存倉庫と同等の空間ボリュームを持つ、既製品のテントが外皮として採用される。内部には遊具がほとんど設置されず、子どもたちが自分で遊び方を考えられるような空間として設計された。その結果、元々この場所にあった工場の形態を保ちながらも、子ども・保護者・地域住民のアクティビティが集まる、不思議な場所が半農半宅地のなかに生み出された。
この建築が生まれるプロセスのなかには、〈半農半宅地のなかに建つ倉庫〉・〈既製品のテント〉という、いくつかの特徴的なコンテクストがある。前者は〈都市計画〉、後者は〈産業・生産〉という、〈システム〉や〈構造〉ないしその〈破綻(エラー)〉の産物であり、これらが「デザインの起動装置」★2となり、建築空間が創出されている。このようなシステムエラーを含め、建築の背後にある生成メカニズムに関心を寄せる姿勢は、過去の吉村による「超合法建築」のリサーチにも通底している。ここで注目したいのは、その創作行為に潜在する「欲望」である。坂本一成は、現実の世界や建築を枠付づける条件や形式と、創造する建築のテーマ・コンセプトや形式の緊張関係によって、「生き生きとした自由を感じさせる空間」、「日常の詩学」が生まれると述べた★3。上述した吉村の関心もまた、現実を制約するシステムからの「自由」を欲したものなのか。あるいは、自身の設計プロセスを含めた既存のシステム・条件が、ほかの条件との関係のなかで、偶然に(吉村の言葉を借りれば、「アドホック」に)変容していくことによる快楽のようなものなのか。その欲望の明確な源を問うことは難しいが、ここに、大きなイデオロギーもなく、課題も多様化し、なんでもありともいえる現代の状況において、「作品」の根拠を考えるための一つのヒントがあるような気がしている。それは、システムエラーという、ある種の危機に介入することで、想像力を発揮する建築作品の姿を示しているのかもしれない。


1)吉村靖孝「アドホクラシーによる公民館としての幼稚園」(『新建築』2016年5月号)
2)前掲「アドホクラシーによる公民館としての幼稚園」
3)坂本一成「自由で解放的な、そしてニュートラルな建築の空間」(『建築に内在する言葉』TOTO出版、2011年)

現代の反転された「デコレイテッド・シェッド」

和田隆介

近年の出版状況における本づくりの現場では、書籍の装丁の仕様(紙種や印刷・製本の方法など)が市場原理と出版社の意向で半ば自動的に決められてしまうことが多い。一部のアートブックを除けば、仕様決定にデザイナーが関わることは年々難しくなっている。本と建築では大量生産と一品生産のちがいはあるものの、建築の現場でも(特に予算の厳しい現場では)設計者の力の及ばないところで仕様(構造形式や仕上げに使用する材料など)の幅が狭められるような状況は想像に難くない。これはなにも本や建築に限った話ではなく、高度に産業化された現代では、あらゆるものづくりの「仕様」が経済的な制約のなかで画一化していく。まずはこの「仕様」の壁を切り崩すことが、デザイン一般における共通のハードルとして存在しているのではないか。
《フクマスベース》では、この仕様の問題が、建物の性能とコストの関係から脱構築されている。通常の建築では、日射や雨風などから守るための外皮と、内部の活動を支えるための内皮を、骨格となる構造体の内外に取り付けることで、一体的な構築物の構成を目指す。そのため、構造と内外装をいったりきたりしながらコストコントロールする必要がある。しかし《フクマスベース》には、いわば自立する外皮と自立する内皮だけがあり、いわゆる建築的な構造体は存在しない。外比を自立する既製品テント(坪単価15万円)に置換することで、そのコストメリットを内側へと手渡し、内皮をも自立させることに成功している。骨格に内皮・外皮を取り付けて一体化するという近代的な発想をキャンセルし、現代の産業化された製品を最大限活用することで、一見、構造体が存在しないかのような、自由で軽快な建築が生まれている。
唐突だが、ここでロバート・ヴェンチューリの「デコレイテッド・シェッド(装飾された小屋)」を思い出してみる。かつてヴェンチューリは、統合志向の近代建築を「アヒル」と批判し、それよりは装飾を文節化(アーティキュレート)し外部化した「デコレイテッド・シェッド」の方が、都市化の時代の商業建築として適切であると評価した。現代に置き換えて考えると、《フクマスベース》は外皮と内皮を文節化することで、「オーディナリー」で「アグリー」な外観と引き換えに、「ヒロイック」で「オリジナル」な内部空間を実現したと言えるのではないか。これは、高度に産業化した現代の反転された「デコレイテッド・シェッド」だと捉えることもできるかもしれない。
ヴェンチューリの理論は、イメージや記号の問題として後の「ポストモダニズム建築」において消費されてしまったきらいがあるが、広義のポストモダンにおける建築の諸問題は、当然だがイメージや記号の問題以外にも開かれるべきである。その可能性の端緒を、《フクマスベース》に見ることができるのではないだろうか。

《フクマスベース》現地見学の様子

川勝真一
RADディレクター/リサーチャー。1983年兵庫県生まれ。2008年京都工芸繊維大学修士課程修了。2008年RAD開始。

川井操
1980年島根県生まれ。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科助教。

辻琢磨
建築家。1986年静岡県生まれ。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA 修了。2010年Urban Nouveau。2011年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2015年大阪市立大学非常勤講師。2015年-滋賀県立大学非常勤講師。主な作品として《渥美の床》《海老塚の段差》など。《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

水谷晃啓
建築家。1983年愛知県生まれ。博士(工学)。2013年芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。2009年隈研吾建築都市設計事務所(プロジェクト契約)。2010年-14年SAITO ASSOCIATES。2013年芝浦工業大学 博士研究員。2014年豊橋技術科学大学助教、2017年−同大学講師。東京電機大学、芝浦工業大学非常勤講師。

吉本憲生
近現代都市史研究。1985年大阪府生まれ。2014年東京工業大学大学院人間環境システム専攻博士課程修了。同年博士(工学)取得。2014−2015年東京工業大学特別研究員。2014年−現在横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員。第5回ダイワハウスコンペティション優秀賞。2012年度日本建築学会関東支部若手研究報告賞。

和田隆介
1984年静岡県生まれ。編集者。明治大学理工学部建築学科卒業。千葉大学大学院工学研究科修士課程修了。2010–13年新建築社。13年よりフリーランスとして仕事を始める。13–14年東京大学学術支援専門職員。15–17年京都工芸繊維大学特任専門職員。

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川井操
建築討論

かわい・みさお/1980年島根県生まれ。アジア都市研究・建築設計・建築計画。滋賀県立大学環境科学部准教授。2005~2006年、2011~2013年に中国で建築設計実務に携わる。