ティム・インゴルド著『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』

パッチワークキルトとしての建築制作論(評者:市川紘司)

市川紘司
建築討論
4 min readApr 30, 2018

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社会人類学者インゴルドの二冊目の邦訳著作である。前著『ラインズ』では、古今東西のあらゆる文化に見られる「線=ライン」の諸相が領域横断的に論じられたが、その種種雑多なエピソードとレファランスを魅力的に紡いでいく叙述スタイルは、「つくること=メイキング」を焦点とする本書にも共通する。握斧、ゴシック聖堂、時計、マウンド等々、人類が歴史的に制作してきたさまざまなものたちが、本書では論の対象となる。それは本書構想時のタイトルにして著者が創設した教育プログラム名である「4つのA」、すなわち人類学Anthropology、考古学Archaeology、芸術Art、建築Architectureがカヴァーする領域である。

「つくること」を、作者が脳内に宿すイメージをある素材を加工することを通じて完成させる行為ではなく、作者と素材(世界)との終わりなき調整や応答の相互的プロセスとして捉えること。あるいはそれ自体が「学ぶこと」とほぼイコールなのだということ。本書が提示する世界観はこのようなものである。こうしたことがらは建築やアートの制作の現場においてはもはや自明とも思われるが、それを人類学や考古学といった研究・思考の領域にも拡張する点に、本書の試みがある。インゴルドは自身が専門とする人類学を、対象「とともに」学んで生成変化するプロセスだと定義する。そしてこれを、対象「について」記録する民族誌とは根本的に異なる実践的な学びの方法だと位置づける。

建築は広範なテーマを論じる本書のほんの一部を構成する存在にすぎないが、第4章「家を建てること」で詳論される。ここでは図面という建築制作のツールを焦点化し、中世の大工とルネサンスの建築家アルベルティが対照的に描かれる。アルベルティにとって図面は、建設作業が実現すべき目的像としての抽象的な「輪郭線」である。対して中世の人びともまた図面を描いたが、それはあくまでも切り、積み、架けるといった徹底的に実際的な「つくること」のプロセスの只中に位置づけられた。よって彼らの描く線には石や木の重みが、点には杭や釘がつねに同時に想像された。職人的な経験則と柔軟な即興性、そしてコミュニケーションの往来によって「ある程度の一貫性」を保つ建築の制作プロセスを、インゴルドは完成の到来しない「パッチワークキルト」のアナロジーによって描写する。

このような視座は近代批判論、あるいはそのネガとしての中世再評価論と言えるだろう。この点で本書は、建築を完成した瞬間=「点」ではなく不断なき改修のプロセス=「線」として捉える加藤耕一『時がつくる建築』や、デジタル技術による「アルベルティ・パラダイム」の終焉と中世的制作プロセスの回帰を論じるM.カルポ『アルファベットそしてアルゴリズム』の論旨と共鳴するところがある。

とはいえ本書はあくまでも人類学の書である。インゴルドがおこなうのは、そうした建築の論点を深掘りすることではなく、これを「つくること」の位相において残り3つの「A」に自由自在に結びつけていくことだ。トリックスターとしてのデザイナー、山よりは人工的でモニュメントよりは自然的な制作、形相に対する質料であることを超えた呼吸するエージェンシーとしての「もの」、全体を指向することなく完成に向けてただただ漸近する「身体動作的」なドローイング…。叙述は流麗に展開される。これに身を寄せつつも思考をし続けることが読者には求められる。著者自身の言葉を借りれば、やはり重要となるのは本書「を読む」ことではなく「とともに読む」ことになるだろう。


書誌
書名:メイキング──人類学・考古学・芸術・建築
著者:ティム・インゴルド
訳者:金子遊、水野友美子、小林耕二
出版社:左右社
出版年:2017年10月

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市川紘司
建築討論

いちかわ・こうじ/1985年生まれ。建築史・建築論。博士(工学)。東北大学大学院工学研究科助教。著書に『天安門広場:中国国民広場の空間史』(筑摩書房)など