建築討論

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リサーチ|2000年代以降における図書館の複合化について

戦後に日本で生まれた多くの図書館は単独図書館であった。1960年の高度経済成長を背景に図書館振興が起こり、70年代以降には図書館数が急増。「貸出」を中心とする公共図書館サービスが発展するも、後には「無料貸本屋」と批判される(2000年の『文芸春秋』で発表された林望「図書館は『無料貸本屋』か」)などの影響を受け、2000年代には貸出数のみならず人々の空間利用を重視する「滞在型図書館」が登場した。

2003年の地方自治法改正を受けての指定管理者制度によって、民間事業者が公共図書館の管理運営をおこなえるようになったが、2013年にカルチュアコンビニエンスクラブが運営する武雄市図書館の登場、および同図書館での365日開館や館内でのコーヒーショップ運営は、滞在型図書館の象徴としてとらえることができるだろう。

ここでは、今後も「滞在型図書館」の数は増えるという想定のもと、その流れを図書館の複合化という視点とあわせて検討していきたい。

図書館の複合化について

2000年以降の「滞在型図書館」の存在は、まち全体で図書館の役割をとらえ直そうとする動きにつながり、まちづくりの核として図書館を整備する自治体も現れている。公立図書館における資料費の予算額は1998年から2007年まで減額の一途をたどり、今後も少子高齢化によって公立図書館に割り当てられる額は減っていくだろう。滞在型図書館をつくるにあたり、財政経費の軽減や用地確保を容易にしながらもまちの中心的な施設を生み出すことができる、図書館の複合施設化の事例は増えていくだろうと推測する。

ところで、歴史を見ていくと「複合図書館」の登場そのものは最近のことではない。すでに1981年11月『図書館雑誌』に掲載された「併設・複合館の状況について―アンケート調査の集計結果から―」という論文において、複合施設における図書館の存在が議論されている。当該論文では図書館の複合化は否定的に論じられているが、その前年の調査では複合施設の図書館は全体の42%であるという数的な結果が出ている。

1981年時点ですでに42%の複合図書館が存在していたわけだが、近年の図書館全体における単独図書館と複合図書館の割合をデータで見てみると、1999年にはその数が逆転して複合図書館が54%となり、2008年にはその割合を明らかに複合図書館が上回るようになっている。2018年ともなれば図書館全体のおよそ3分の2が複合図書館となっていることがわかる。

(参考)『e-stat 政府統計の総合窓口』「社会教育調査:図書館調査」(2021年1月21日閲覧)をもとに垰田作成 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&toukei=00400004&tstat=000001017254

ここで視点を変えて、2000年代の図書館数の変移を見てみよう。2010年代は増加数自体は低いものの、2013年をのぞいて全国で図書館は増えつづけていることがわかる。

(参考)『日本図書館協会』「日本の図書館統計」(2021年01月21日閲覧)をもとに垰田作成http://www.jla.or.jp/library/statistics/tabid/94/Default.aspx

これらの2つのグラフから、2000年代に新しく整備された多くの図書館が複合図書館であったと考えられる。

どんな空間が図書館に複合されるのか?

ここからは、2000年代にどのような空間が図書館に複合されるようになったのか、を見ていこう。以下の表は、2000年から2020年までの雑誌『新建築』に掲載された複合図書館ととらえられるものの中から、それらが施設内にもつ図書空間以外の空間を調べ、まとめたものである。もちろんこれ以外にも多くの複合施設が生まれているが、この表からでもどのような空間が図書館に複合されているかをうかがうことができるだろう。

(参考)『新建築』(新建築社)、2000年1月号から2020年12月号までをもとに垰田作成。表の12のカテゴリーは併合されている空間の種類を踏まえて任意に設定した。左にいくにつれて多くの図書館で見られるようになる順番となっている。それらのカテゴリー分けした空間が、それぞれの図書館に併合されている数を表中に「●」で示している。例えば、「須賀川市民交流センターtette」には、イベント空間として、「交流室」と「イベントスペース」の2つが併合されていたため、「●」を2つつけている。

さまざまな機能を持った空間を12のカテゴリーに分類した。その中で、一番併設館数が多いのはオフィス空間であった。これには、会議室や研修室などを含み、この機能は図書館での多人数での学習を支援する空間と考えられる。続いて、シアターやステージなどを含むホール空間。次に、ギャラリーなどの展示空間が続く。市民ホールや市民ギャラリーなどの地域のアート活動を支援する機能が図書館とともにあるようになってきている。図書館を訪れることによって、地域の芸術活動に触れることができることは、図書館の教育施設としての役割を高める効果があると考えられる。

これらのような、図書館の教育施設としての機能以外にも、各々の図書館が独自に併設する機能がある。産地直売所が併設される「オガールプラザ」や、ボルダリング施設が併設される「ゆすはら雲の上の図書館」などがそれに当てはまる。とりわけ前者については、産地直売所で販売される野菜を活用するためのレシピ本を図書館から「出張」させるなど、複合的な活用がおこなわれている。

さまざまな機能を持つ空間が併設される中で、図書館のまちの中での役割は広がっている。複合化によって、図書館空間には、図書機能を持つ空間と他の機能をもつ空間が共存し、それぞれが接することで新たな価値が生まれる可能性が出てきている。個々の閉じた要素が同じ空間をシェアするというだけでも自治体経営上のメリットはあるだろうが、そこを超えていかに新たな価値をまちに生み出していけるかを、制度的にも空間的にも考え実践されるべきではないだろうか。

主な参考論文

佐藤智子「地域に根差した新しい公共図書館づくり―千代田区立千代田図書館の事例から考える―」
http://www.waseda.jp/sem-muranolt01/SR/S2016/S2016-sato_tomoko.pdf

山崎麻未「複合施設と図書館」
http://mcm-www.jwu.ac.jp/~nichibun/thesis/kokubun-mejiro/KOME_50_15.pdf

太田剛「図書館が変わる、まちの未来が変わる」、『地域人』2019年3月1日号、大正大学出版会

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垰田ななみ
垰田ななみ

Written by 垰田ななみ

1995年滋賀県生まれ。2019年ケルン応用科学大学留学を経て、2021年京都工芸繊維大学博士前期課程修了。建築設計とともに、近代建築の保存活用について学ぶ。

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