不揃いな木のパフォーマンス

[ 201801 特集 「造」と「材」]

クマ タイチ
建築討論
14 min readDec 31, 2017

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デジタルファブリケーションの素材として、木が扱われるようになって久しい。木は軽量で、剛性があり、加工も容易だ。また、2000年以降、パビリオンというフォーマットで大学や設計事務所による実験的な作品が数多くつくられているが、木はその中でも最も多く使用されている素材と言っていいだろう。私が、最初に関わったデジタルファブリケーションのプロジェクトも合板をCNCルーターでカットし、コンポーネントをつくり構成したものだった。東京大学+コロンビア大学 GSAPP による「Digital Tea House」(2010) (写真1)というワークショップで、パラメトリックな3Dモデリングツールを使い、デザインした形状を、いかに正確に素材をつかって物質化するかというプロセスであった。日本で本格的なデジタルファブリケーションとしてははじめてのパビリオンであっただけに注目は集めたが、ほとんどのパラメトリックツールを使って設計されたものがそうであるように、全体形状が素材のパフォーマンスによって積極的に生成されるのではなく、あくまでコンピュータで生成した形状にマッピングするかのように素材が決められた。つまり、素材はなんでもよく、鉄だろうが、コンクリートであろうが、その形状を満たすことができればいい。

写真1:Digital Tea House

私は、そのような素材の使い方に疑問を感じ始めていたとき、ドイツのシュツットガルト大学 Institute for Computational Design and Construction (以下、ICD)で当時言われ始めていた、「パフォーマティブデザイン」という手法に興味を持った。早速、ICD の教授の Achim Menges にコンタクトをとり、その研究室の門をたたいた。ここでは、ICD で私が在籍していた2013–2014年に見てきたこと、そして彼らの現在進行形のプロジェクトについて紹介したいと思う。おそらく、それが、今後の建築における木の使い方にとって多くの示唆を含んだ内容になるかと考えるからである。

ICDは2010年に設立され、構造、エンジニアを専門とする、同じくシュツットガルト大学のJan Knippers教授率いる研究室ITKEとともに数々のパビリオンを設計施工している。使用する素材は、木のほかにも、カーボンファイバーやグラスファイバーなどのコンポジット素材がある。彼らのデザインは一言でデジタルファブリケーションといっても、いくつものアスペクトがある。

まずは、私がICDを知るきっかけともなった「パフォーマティブデザイン」について説明しよう。これは、一言でいえば、素材の性能からデザインを決定するということだ。シュツットガルト大学は、建築家、構造家フライ・オットーが教えていた大学としても知られる。フライ・オットーはまさにこのパフォーマティブデザインを、建築とエンジニアリングの両方の側から突き詰めていった人である。彼は、主に石鹸膜やチェーンなどの実際の素材を利用して、構造的に合理的で、ダイナミックな形態を生成し、それを多様なスケールで建築化している。彼の代表作の一つとしては、ドイツのマンハイムにある「マルチハーレ」(1975)と呼ばれる多目的ホールがある。これは、木のラチスシェルを平面で組み、そのグリッドの交点を持ち上げながら木のシェルを曲げ、理想的な曲面にした段階で、その交点を固定していくことで施工する。木の「しなり」を利用することで、曲面を施工する場合に必要となる型枠をプロセスから取り除いている。この建築は、いまでも現存していて、私も見学に行ったが、内部の編み込まれた木の有機的な曲面は今見ても、ただただ圧倒される。ICDの最初のパビリオンもこの木のしなる性質を利用したものであった。「ICD/ ITKE Research Pavilion 2010」では、フラットな合板をロボットアームで加工し、一枚一枚を曲げながら、交互に編み込んでいくことで、曲面を施工していく。すべてのしなりはコンピュータ上の物理エンジンで計算されているため、形態の高いコントロールが可能となる。フライ・オットーが模型をつかってシミュレーションしていたことが、ここではデジタルに置き換わっているため、スタディの速度が上がるだけでなく、構造計算などもシームレスな情報共有のもと行われる。

また、ICDのもう一つの特徴はロボットなどの最先端の加工技術の融合であろう。ロボットを建築の施工に取り入れる試みは、スイスのETHのdfabや日本では東京大学T_ADSなどでも行われているが、ICDは継続的にインパクトある作品を作っている点で一歩先んじているかと思う。そもそも、シュツットガルトという都市には、メルセデスやポルシェといった自動車会社があるために、そのアッセンブルのためのロボット産業がある。ICDは、中でもKUKAという企業からの支援を受け、積極的に彼らのロボットアームを、パビリオンの制作には必ず用いている。その加工技術の正確さと自由度の高さは、「ICD ITKE Research Pavilion 2011」での細やかなフィンガージョイントにもみてとれる。ジョイントの幅の一つ一つは、合板をターンテーブルの上に置き、ロボットアームのビットの幅で削り出すことによってつくられる。また、「Landesgartenschau Exhibition Hall」(写真2, 3)という公園に建つ多目的ホールでは、50mm厚の合板のみによって、10mのスパンで245㎡の空間をつくりだしている。これを可能にしているのもロボットアームの正確な加工によるものである。7軸のアームは、多角形の合板の端部に、三次元的なフィンガージョイントをつくりだすこともできる。これによって、圧縮力と面内のせん断力を伝え、そして、その断面に垂直方向にねじを打ちこむことで、引張力と面外のせん断力に耐えるという構造である。ねじは断面に垂直なことで、ねじの長さを最も有効に力を伝えることができる。このコンポーネントと接合方法によって、わずか50mmの厚さで、大スパンの建築をつくりだしている。

写真2:Landesgartenschau Exhibition Hall 外観(ICD/IKTE/IIGS University of Stuttgart提供) / 写真3:同内観(同左)

ICDは、木のジョイントに関しても、ほかにも多くの研究を積み重ねている。昨年、施工された、「ICD/ITKE Research Pavilion 2015–16」(写真4, 5)では、ねじやくぎといった金物を使用しない接合方法を実践している。それは、ミシンとロボットによる紐のジョイントである。コンポーネントは、3枚のフラットな4mm厚の合板を組み合わせることでできる。まず、一枚一枚の合板に湿度変化を与え、木を意図的に、目的の曲面へと反らせる。その三つの曲面を、フィンガージョイントとPVCコートされた繊維を含む布で固定することによってできる。木材と布の固定は、ロボットアームがコンポーネントを動かしガイドしながら、工業用ミシンが縫うという、2つの機械がシンクロしながらの作業となる(非常に高度なこれらのカリブレーションもICDには蓄積があり、ロボットアーム2台、またロボットアームとドローンのコーディネーションなどもほかのパビリオンでは行っている)。できあがった、コンポーネントとコンポーネントの断面は、ひしゃげた円形のようになっている。これを前のプロセスで取り付けた、布で補強された箇所に人間の手で紐を縫いこんで固定していく。できあがったシェル構造は9.2mスパンで、85㎡をカバーしながら、金物を使用せずに成立する画期的な構造になっている。

写真4:ICD/ ITKE Research Pavilion 2015–16 外観(ICD/ITKE University of Stuttgart提供)
写真5:ICD/ ITKE Research Pavilion 2015–16 制作プロセス(ICD/ITKE University of Stuttgart提供)

そして、ICDの最もユニークな研究の視点は、Biomimicry と呼ばれる生物の形態やパフォーマンスをデザインに応用するといったものだ。いわゆる建築的な思考からすると、突拍子もなく聞こえるかもしれないが、素材のパフォーマンスにしたがったものの成り立ちは、自然界においては必然であるため、彼らが生物から学ぼうとする姿勢は理解できる。ICDでは、実はすべてのプロジェクトにこの Biomimicry のアイデアを取り入れており、生物学者とのコラボレーションも研究プロセスの重要な一端を担っている。一つのわかりやすい例は、「HYGRO-SKIN」と呼ばれるICDの一連のリサーチである。これは松かさ(松ぼっくり)に見られるように、十分な湿気があるとかさを閉じ、逆に乾燥するとかさを開くという仕組みだ。この原理を建築のスマートマテリアルとして応用するというものだ。つまり、外界の状況に対して、人間が手動でコントロールするのではなく、コンピュータのセンサーなども利用せず、素材そのものが応答し、変化する素材だ。それを、ここではどのように実践するかという手段がとても面白い。まず、ICDでは、木材を微視的な視点で観察する。木はそもそもが生物であるために、鉄やコンクリートのようなIsotropic(等方性)な素材と違い、Anisotropic(異方性)な素材である(写真6, 7)。木の細胞の構造をスキャンした上で、湿度変化による収縮のない樹脂を適切な箇所にレイアウトする。そうすることで、木の三次元的な変形をコントロールする(前述の「ICD/ITKE Research Pavilion 2015–16」のコンポーネント制作でも同じ方法がとられた)。建材では、できるだけ異方性を排除して使用するのが一般的であるが、細胞レベルでの素材の把握が可能であることで、それをパフォーマンスとして利用することができる。樹脂の施工は、グラスファイバーの繊維に染み込ませ木に貼り付けることもできるが、3DプリンターによるABS樹脂のフィラメントを直接木の表面にプリントすることで現状は高い精度での形態のコントロールは可能している。そして、彼らは、素材のライフサイクルのために、いまこの樹脂をより自然に近い素材を用いるという展望を持っている。

写真6:Hygro-Skin かさが閉じた状態(ICD University of Stuttgart提供) / 写真7:Hygro-Skin かさが開いた状態(同左)

ICDが行ってきた木のリサーチの全体をここまで俯瞰的に見てきて、彼らがいかに、従来の木材の使用にとらわれていないかがわかっていただけたかと思う。しなりを利用した形状、金物を使用しない接合方法、環境による動的な変化など実務の限られたタイムスパンでは生まれてこないものかもしれない。彼らの成果の多くは、テンポラリーなプロトタイプにおいてであるが、前述の「Landesgartenschau Exhibition Hall」のように恒久的な建築物ができはじめているのを見ると、ICDの視野がパビリオン規模に収まらないことがわる。木材という建築に広く使われている素材の新しい可能性を発見するのには、アカデミックな方向からの長期的かつ多角的な視野をもった戦略が必要かもしれない。

最後になるが、宮大工の小川三夫は著書「不揃いの木を組む」の中で、木一本一本の違いを経験則的に把握し、それらを適材適所に使用し建築をつくる方法を示している。ICDの手法は、木の不揃いなパフォーマンスを、現代のテクノロジーによって数理的に把握することで、宮大工がつくってきたような、時間を超えて評価される環境と一体となった建築をつくることにつながるのではないかという気がしている。

論文出典:

  • Menges, Achim ,‎ Tobias Schwinn and Oliver David Krieg, (2016) Advancing Wood Architecture: A Computational Approach : Routledge
  • Schwinn, Tobias, Oliver David Krieg and Achim Menges(2016) “Robotic Sewing: A Textile Approach Towards the Computational Design and Fabrication of Lightweight Timber Shells” ACADIA // 2016: POSTHUMAN FRONTIERS: Data, Designers, and Cognitive Machines [Proceedings of the 36th Annual Conference of the Association for Computer Aided Design in Architecture (ACADIA)] Ann Arbor 27–29 October, 2016, pp. 224–233
  • Correa, David, Oliver David Krieg , Achim Menges, Steffen Reichert and Katja Rinderspacher (2013) “HygroSkin: A prototype project for the development of a constructional and climate responsive architectural system based on the elastic and hygroscopic properties of wood” ACADIA 13: Adaptive Architecture [Proceedings of the 33rd Annual Conference of the Association for Computer Aided Design in Architecture (ACADIA) ISBN 978–1–926724–22–5] Cambridge 24–26 October, 2013), pp. 33–42
  • CORREA, DAVID and ACHIM MENGES (2017) “FUSED FILAMENT FABRICATION FOR MULTI-KINEMATIC-STATE CLIMATE-RESPONSIVE APERTURE” Fabricate — Rethinking Design and Construction [Proceedings of the Fabricate Conference 2017], Stuttgart, pp. 190–195.

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クマ タイチ
建築討論

くま・たいち/建築家。 1985年東京都生まれ。 2014年シュツットガルト大学マスターコースITECH修了。 2016​年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程修了​。 2017年よりアメリカ、ニューヨークの設計事務所勤務。