「世界建築史15講」編集委員会編『世界建築史15講』

世界建築史の共振(評者:林憲吾)

林憲吾
建築討論
5 min readFeb 3, 2020

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ありそうでない。そう形容すればよいだろうか。何がかといえば、「世界建築史」というタイトルそれ自体が、である。たとえば高校の教科書には「世界史」が普通にあるから、世界全体の歴史を語るという枠組みが何となくあるように、私たちは感じている。だが、建築に限らずアカデミズムの史学は実はそうではない。イスラーム史の泰斗・羽田正が『グローバル化と世界史』(東京大学出版会、2018)のなかで指摘するように、明治期に近代大学制度が導入された早い段階から、日本の歴史研究は日本、西洋、東洋の三つの枠組みで進んできた。だからこそ、建築学生に馴染みの学会発行の『建築史図集』もまた日本、西洋、東洋に分かれて(近代もあるが)存在している。つまり本書は、世界建築史を標榜していることそれ自体が先ずもって画期的なのである。

そもそも本書刊行の中心人物である布野修司は、建築・都市・住居を総覧する超広角の視点を持つ人物である。『アジア都市建築史』を皮切りに、『近代世界システムと植民都市』、『世界住居誌』など、国や地域を超えて建築や都市を一望する書籍を2000年代より世に出しつづけ、東洋を起点としてじわじわとその領域や対象を拡大させてきた。いわば、古今東西の建築や都市を総覧したいという欲望の到達点が、本書ならびに同時期に出された『世界都市史事典』(昭和堂、2019)だといえる。この経緯と、本書15講を執筆する錚々たる顔ぶれを知れば、私などが言うまでもなく、建築の全体像を捕まえたいと願う人にとって必読書なのは明白である。

「世界建築史15講」編集委員会編『世界建築史15講』

本書は、論考とコラムからなる15の講義を所収し、大きく3部に分かれる。ただし、この3部構成の意図があまり明確でなく、そもそも読んでいて、その区切れ目が視認しづらい装本なのは残念に感じた。原始から現代までを15講が順番に語るというスタイルを、本書はとっていないのだが、注意深く読み進めないと、最初のうちはそう誤解してしまう私のようなケースもあるだろう。というのも、第1部はそのスタイルだからだ。大地と建築の根源的な関係を辿る第1講に始まり、古代建築の第2講と進む。しかし早くも第5講で近代に至り、はっとしてようやく3部構成を知る、というお粗末なことを私はしてしまった。つまり第1部は時代に、第2部からは時代よりもテーマに重点が置かれている。第2部は宗教毎に世界建築史が描かれ、第3部は様式、構造、建築書などトピック別に世界建築史が描かれる。つまり15の異なる世界建築史がレイヤーとして重なっている。そのイメージが正しい。ただ、そうだとしても第3部はややまとまりを欠くという印象は拭えなかった。

先に史学全体との関係に触れたが、世界建築史を目指す本書の動きも、昨今の史学と実は連動している。グローバルヒストリーやワールドヒストリーを標榜する研究が近年盛んで、本書もその延長にある。では、グローバルヒストリーとは何か。その歴史記述についていまだ共通認識はないが、その出所は、西洋中心史観に基づく歴史認識や、ナショナリズムに傾いた一国史ベースの歴史記述に対する、懐疑・反省である。したがって、西洋から非西洋への一方向の影響のみを語ったり、国別・地域別の歴史をただ並列に束ねたりするだけでは不十分とみられる。地域や分野を横断し、その相互作用や連動の解明が重要となる。

その意味で、本書の個々の論考は非常に充実した最先端の世界建築史であり、各領域のアカデミズムの到達点を刺激的かつ簡便に享受できる。一方で、世界建築史をさらに立体的に描くには、15の世界建築史同士の連関が手がかりになるはずだが、それは読者に委ねられている。例えば、第1講(大地と建築)、第6講(ヴァナキュラー建築)、第12講(構造技術)は環境−暮らし−技術の繋がりを異なる角度から切り取るような営為であり、第5講(近代建築)が提示する微小性と巨大性のパラダイムは、第14講(都市組織)の微小単位としての町屋や、第3講(世界建築史の構想)における古代建築の持つモニュメンタルな有心性の議論と接続できそうである。

とりわけ私が関心を持ったのは第2部の宗教建築の連関である。たとえば、第7講(キリスト教建築)で初期キリスト教会堂のスポリア(転用材)と屋根架構の関係が語られるが、第8講(モスク(イスラーム建築))では、そうした先行するキリスト教のスポリアがモスクの列柱にも多用されていることが示され、屋根架構との関係もキリスト教建築の議論と大いにシンクロしているようにみえる。あるいは仏教建築におけるストゥーパが、起源地から離れた中国や日本で木塔と化す現象は、地理的にはイスラームの周縁にあたるインドネシアやマレーシアで木造のモスクが生まれる現象と、建築の化学反応でみれば同等である。各宗教の枠組みを越えたとき、建築という普遍的行為の本質がより鮮明に浮かび上がってきそうな予感がした。

本書が与えた15の世界建築史の衝撃は大きい。と同時に、それらが互いに共振することでさらなる大きな世界建築史が生まれるに違いない。これからはじまるその創造的営為に、やはり自分も参画したい。

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書誌
著者:「世界建築史15講」編集委員会編
書名:世界建築史15講
出版社:彰国社
出版年月:2019年3月

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林憲吾
建築討論

はやし・けんご/1980年兵庫県生まれ。アジア建築・都市史。東京大学生産技術研究所准教授。博士(工学)。インドネシアを中心に近現代建築・都市史やメガシティ研究に従事。著書に『スプロール化するメガシティ』(共編著、東京大学出版会、2017)、『衝突と変奏のジャスティス』(共著、青弓社、2016)ほか