在来構法住宅にどう向き合うか

[ 201801 特集 「造」と「材」]

権藤智之
建築討論
14 min readDec 31, 2017

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木造はほっとくのが一番
学生時代、セキスイハイムM1開発で知られる故・大野勝彦の事務所でアルバイトをしていた。大野は住宅のプレハブ化を推し進めた人間と認識されやすいが、地域の木造住宅開発や生産システム調査にも多く参加している★1。当時、木造住宅関係の補助事業を手伝っていると私が言うと、大野はメモにはっきりこう書いた。「木造はほっとくのが一番」。ここでの木造とは木造在来構法を指す。大野は長々と説明したりしないので私の勝手な理解だが、この言葉には、木造在来構法住宅の生産システムに行政等がコミットすることへの批判や、そうした関与をしなくても木造在来構法住宅は自立できるという確信が感じられた。

ほっといてもよくなる仕組み
日本の新築戸建住宅の約9割程度は木造であり、木造の約8割は在来木造(軸組構法)である★2(図 1)。在来木造の施工は住友林業のような大手が手がける場合もあるが、大半は建設棟数が年間30棟程度以下、場合によっては年間2、3棟のみを手がける小規模な工務店が施工している。このような大規模な事業者と小規模な事業者が同じ市場で共存できる理由としては、市場規模の大きさや、市場に占める注文住宅の多さがあげられてきた。

図1:新築戸建住宅着工戸数(住宅着工統計より)

これらの理由に加えて見逃せないのは、木造在来構法住宅においては、小規模な住宅生産者であっても、新たな技術にキャッチアップできる仕組みがあったことである。代表例が住宅金融公庫★3の木造住宅工事仕様書(以下、公庫仕様書)である。1950年の住宅金融公庫法によって発足した住宅金融公庫は、その融資対象となる仕様を定めた公庫仕様書を発行した。建築基準法施工令や告示が、住宅を建設する際に守らなければならない最低基準を定めたのに対し、公庫仕様書はより記述が具体的で求める水準も高い。公庫仕様書を守らなくても住宅は建てられるが、低利・長期の建設資金は借りられない。十分な資金を持たない多くの施主が公庫仕様書の使用を望み、その仕様は日本の在来木造住宅の標準となった。公庫仕様書は、研究者や行政、住宅金融公庫の専門技術者からなる委員会によって数年おきに改訂され、工務店は公庫仕様書に沿った住宅を施工することで新しい構法を取り入れていった。このように住宅金融と技術基準をセットにした取り組みは、住宅需要が大きく住宅生産者の技術力が脆弱だった時代には効果的だった。木造住宅はほっておかれたわけではなかった。

図2:公庫仕様書の例:べた基礎の参考図★4 (平成6年度版から公庫仕様書に追加された)

もう1つ技術的なキャッチアップを継続的に行えた要因として、工務店はオープンな技術を活用できた。例えば大手プレハブ住宅メーカーは軽量鉄骨にせよ、木質パネルにせよ、各社で認定を受けた独自の構法を使う。設立当初はサッシをはじめとする住宅部品もオリジナル部品を使った。CADも独自に開発した。これに対して工務店は、基本的にオープンな技術を組み合わせて木造在来構法住宅をつくってきた。105㎜角、120㎜角の柱を基調とする軸組は日本全国で流通していて、継ぎ手・仕口を加工できる大工も全国にいた。現在、接合部加工はプレカット工場で行われるが、プレカット工場も全国に600〜700程度は存在している★5。窯業系サイディングや屋根のスレートなどの新建材は、開発当初はハウスメーカーや一部の先進的な工務店が使って不具合が修正され、その後市場に流通する。木材も気づくと性能が安定した集成材や人工乾燥材が流通していた。CADも木造在来構法住宅用のCADをメーカーが開発して改良を続け、今では構造性能、コスト、環境性能など計算してくれる。大多数の工務店にとってみれば勝手にBIMになったのである。

図3:木造在来構法住宅用のCADの例★6

こうしたオープンな技術を全国数万社の工務店が自由に組み合わせて使い、改良してきた。古川が述べたように工務店は材料や建材のメーカーと住まい手の間に立つ中間採用者である★7。住宅を買う時、住まい手はハウスメーカーや工務店などの生産者を選ぶ。そして、使う建材や部品はあらかじめハウスメーカーや工務店が選んだものから選ぶ。中間採用者としての工務店は住まい手に選ばれるために、様々な試行錯誤を続け、結果的に工務店が使う構法は多様化する。

図 4は1986年の坂本らの研究で、9社のビルダーに同じ平面図を渡し、その梁伏せを描かせた結果である。同じ軸組構法、平面図でも、ビルダーによって梁の掛け方は大きく異なることがわかる。私も修士、博士と20社程度の工務店の図面を見てまわったが、床組から下地の構成方法まで工務店毎に細かい仕様は異なっていた。

図4:ビルダーによる架構の違い★8

そして多くの場合、工務店の経営者が工務店の構法の決定に直接関わっている。彼らは設計もすれば、施工現場の管理もし、見積りをつくり営業もする(あるいはそれらの経験がある)。一人の人間に様々な経験、知識が積み込まれて、それを元に自らの価値観に基づき仕様を決定する。例えば、木造在来構法と2×4構法の双方を手がける工務店では、2×4構法の考え方や材料、構法を部分的に木造在来構法に取り入れていた★9。さらに工務店経営者には決定権がある。写真 1はある工務店で見た木材の乾燥庫である。この工務店は1990年頃、高気密高断熱住宅に取り組むにあたって狂いの少ない人工乾燥材を必要とした。しかし当時、人工乾燥材は十分に流通していなかった。そこで自社倉庫の一画に乾燥庫を自作した。このような改良が全国各地で、行政やメーカー、研究者からの協力も得ながら続けられた。最初から完成度の高いプレハブ構法や2×4構法に比べて木造在来構法は改良の余地が大きかった面もある。

写真1:自作木材乾燥庫(遮熱シートを貼り、現場発泡断熱材を吹付けている。右上には市販のエアコンが付けられている。ドアは気密パッキンをつけた。)

ほっとかないとおかしくなる
多くの工務店がオープンな技術を基盤として、自発的に開発・改良を続ける点に木造在来構法の強みはある。これが「ほっといてもよい」理由である。しかし近年、こうしたオープンさや自発性が失われている印象を受ける。ここに「ほっといたほうがよい」理由が透けて見える。

少し話が変わるが、5,6年ほど前に、地域材を活用した住宅づくりの団体からいくつか話を聞いた。印象に残ったのは産直住宅から地産地消という流れである。図 5は顔の見える木材での家づくり2011年度版グループ65選に選ばれた65団体のうち、県外へ木材供給を行っている団体を産直住宅、県内へ木材供給を行う団体を地産地消として、設立年を調べたものである。

図 5 地産地消と産直住宅の団体設立年

この図は様々な解釈が可能だろうが、各都道府県HPでも見れば全国各地で産直住宅ではなく地産地消の取り組みが推進されているのは明らかだろう。産直住宅が減り、地産地消が増えた要因については様々に考えられるが★10、一つは行政の支援が受けやすいためと考えられる。ある自治体が、その地域でとれた木材を使ってその地域に住宅を建設することを支援する。これは税金の使い道として説明しやすい。

産直住宅の方が良いとは言わないし、産直住宅も自治体の支援を受けたところが多いのだが、産直住宅には産直住宅の合理性がある★11。森林資源を持つが消費者のいない林産地と、消費者はいるが森林資源のない都市部、これをつなげばお互いにメリットがある。現在の地域材利用の取り組みを見ると、地産地消にこだわるあまり、他地域と比べて質が劣ったり、供給体制が不十分な地域材の利用を条件付けたものも見られる。考えてみれば秋田スギにせよ、木曽ヒノキにせよ、林産地の木材を消費地(例えば江戸や大坂)に運んで使うことは昔から行われていたわけである。

問題にしたいのは、適切な競争が行われるかである。近くの木材を使った家がほしいと住まい手が言えば使えばよいし、昔からの林産地の木材を使いたい住まい手もいるだろう。こうした中で、住まい手や工務店に選ばれるために、川上側も木材の品質管理を高めたり、売り込み方を考える。そうして木材やその生産体制がよりよいものに変わっていく。「この木材は多少品質には劣るけど行政が支援するから使う」というのでは競争や改良のモメントを阻害しているように感じる。

底上げと差別化
住宅の話に戻ろう。先述の公庫仕様書の例は、行政による技術の底上げを目的としたものだった。当時の住宅はほっておけば何らかの性能の問題を抱えていたし、それは住まい手も認識していた。このような木造住宅の性能向上に関する行政の働きかけは、公庫仕様書に限らず耐震、断熱・気密など、いくつかのテーマで行われ続けてきた。地震で壊れない家、寒くない家など、住まい手の要求は明確だったし、この問題意識は住宅生産者も共有していた。こうした共通のテーマに向かって多くの工務店が自らの技術に改良を加えた。

しかし、住まい手の要求する性能をある程度満たせるようになった現在では、それぞれの工務店による主体的な改良行為や競争、差別化こそ重要性を増すように思われる。北海道の住宅生産者アンケートを基にした立松らの推計によると、2011、12年度に北海道で新築された住宅のうちUA値基準を満たす割合は、Ⅰ〜Ⅲ地域で89〜99%となった★12。まだ断熱性能は不十分だといった意見もあるが、断熱気密による差別化が1990年頃と比べて難しくなっているのは確かである。実際、北海道の工務店は断熱気密の次の差別化を模索している。2016年度に北海道で数社の工務店に話を聞いたが、ある工務店は、大工を雇用して古民家の改修に力を入れ、別の工務店は農地とセットにした住宅地を開発し、移住者を呼び込んでいた。スカラー的な世界からベクトル的な世界への転換である。

写真2:ある工務店は古民家の移築・改修を事業の中心に据えた
写真3:別の工務店は農地とセットにした住宅地を開発し移住者を呼び込む

性能の充足に加えて、木造住宅生産者が事業や技術の取捨選択を迫られるもう1つの理由は、彼らが基盤としてきたオープンな技術が持続できなくなりつつあるからである。まず、大工が減少している。大工は大量にいて、足りなくなれば呼べば良かった。別の見方をすれば育ててこなかった。現在、正規に雇用された社員大工の割合は低いが、これでは新規入職者を期待するのは無理である。大工を雇用し育成する、大工に頼らない構法や管理方法を開発するなど、オープンな技術を単に使うところから一歩踏み込んだ対応が求められている。さらに言えば瓦や左官あるいは木造住宅用CADなどは、これまでの木造住宅市場の大きさ、裾野の広さを元に成立していた。今後市場が縮小するとこうした多様なオープン技術は成立できなくなる可能性がある。

図6:大工の人数・年齢構成の推移 1980年から大工の総数は半分以下になり、15〜19歳の大工は3000人ほどしかいない(国勢調査より)

別な切り口で見ると、オープンな技術に依存してきたため、工務店をはじめとする木造住宅生産者は知識や技術を外部に切り離してきた。例えば現在、9割以上の木造在来構法住宅の躯体は工場でプレカットされる。プレカットを利用する場合、伏せ図を作成する工務店は少数派である。伏せ図を描くのがプレカット工場のCADオペレーターになれば、蟹澤らの直下率(1–2階の柱の位置が一致する割合)に関する研究に明らかなように構造的に無理のある住宅も増える★13。また、伏せ図を描かなくなった木造住宅生産者はそれをチェックする能力も失ってきている。大工の育成と同じく、外部に依存きた技術を再び自らのものとするのか、外部依存を前提とした仕組みを構築するのか取捨選択が問われている。

それぞれのテーマ
何をもって性能が充足したというのか、職人育成や地域材活用など社会性・公益性のあるものへの支援をどうすべきか、といった点はさらなる議論が必要である。しかし、2017年現在、「これからは○○がテーマだ」といって全員で同じ方向に数値を競い、エビデンスと称して大量の書類作成に追われるような時代ではなく、適正な競争下にある住宅生産者がそれぞれの強みや問題意識、住まい手像に沿った住宅づくりを追求する時代ではないだろうか。例えば先述の農地付き住宅を全国で補助金をつけて水平展開する、大工を社員として雇用し古民家改修すれば支援が受けられるといった仕組みは、逆に適正な競争を阻害することになりはしないか。

思えば木造住宅の生産者は受け身の時代が長かった。住宅不足、欠陥住宅、耐震、断熱、地域型住宅、長寿命化、地域材利用など、次々にテーマが与えられてきた。そろそろそれぞれの木造住宅生産者が自らのテーマを考えて腰を据えて取り組む時期ではないか。全国に数千、数万の独立した主体がいて、日々住宅をつくり、その経験を蓄積し、新たな課題に気づき解決しているというポテンシャルを活用するには、もう少しほっておいた方がよいのではないかと考えている。

1) 著書にも『現代の住宅木造住宅』(丸善、1990年)や『地域住宅工房のネットワーク』(彰国社、1988年)など木造住宅を扱ったものも多い。

2) 木造在来構法(軸組構法)の戸数は木造全体の戸数から2×4と木造プレハブを引いて求めた。

3) 現在の住宅金融支援機構

4) 住宅金融支援機構HPより転載。過去の公庫仕様書データは同HPで見ることができる。

5)2012年度の全国木造住宅機械プレカット協会による推定。2002年度は869工場と推計されており、160工場ほど減っている(平成24年度版木材需給と木材工業の現況、公益財団法人日本住宅・木材技術センターより)。

6)福井コンピュータHPより転載

7)京大古川研究室「部品化による住宅供給体制の変化 在来工法住宅(大工・工務店)と部品化」、『建築技術№303』、建築技術、p.371、1976.11

8)坂本功ほか「木造軸組構法の架構に関する研究」、日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道)、pp.1189-pp.1190、1986.8

9) 1階根太の梁成を大きくして大引きや束を省略したり、合板に455㎜ピッチで材を打ち付け耐震壁とするなど。

10) 嶋瀬拓也「地域材による家造り運動の現状と今日的意義―産直住宅との対比において―」、林業経済、森林総合研究所、2002年2月、pp.1~pp.16、安村直樹 立花敏 浅井玲香「産直住宅事業体の現状と課題―事業体へのアンケート調査を元に―」、林業経済、2001年1月、pp.14~pp.24など

11) 当然、地産地消には輸送等の面で合理性がある。

12) 立松宏一「北海道における新築戸建て住宅の断熱および設備仕様調査 一次エネルギー消費量の推定と設備の選択要因に関する考察」、日本建築学会環境系論文集、第80巻、第707号、pp.67–77、2015年1月

13)詳細は「建築職人の現在―木造住宅の設計は誰の責任なのか?」(建築討論011号)など参照

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権藤智之
建築討論

ごんどうともゆき/東京大学工学部建築学科特任准教授。1983年香川県生まれ。日本学術振興会特別研究員、首都大学東京准教授を経て、2017年4月より現職。専門はアジアを中心とした住宅生産、プレハブ構法などの技術史。共著に「箱の産業」(彰国社、2013年)。