地域資産の「活用」と既存コミュニティの「共存」

|070|2023.07–09|特集:建築の再生活用学

青木佳子
建築討論
Jul 31, 2023

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Fig.1 加太の風景 / photo by Masakazu Kuroiwa

漁村に住む

数年前、和歌山県のとある漁村に暮らすことになった。引越し先の家を探すべく、これまで東京都内の引越しでそうしてきたように大手不動産情報ウェブサイトを開いた。海と山地に挟まれた狭隘な土地に住宅が所狭しと立ち並ぶその加太という地域はいわゆる漁村である。家も空き家も十分に存在することを事前に知っていたのだが、どんなに条件を変えて検索してみても住宅賃貸情報が全くと言っていいほど出てこないのだ。

Fig.2 加太の風景 / photo by Masakazu Kuroiwa

総務省の『平成30年住宅・土地統計調査』によると、全国の空き家の数は約849万戸となり、全国の住宅の13.6%を占めているという★1。実際、この年の調査で和歌山市の空き家率は19%に上っていたのだが、借りることのできる部屋が見つからない。

この住まい探しは自力ではどうにもできないことを早々に理解し、地域に暮らす知人にお願いしたところあっさり見つかった。しかも、候補が複数出てきてその中から一つを選ばせてもらえるという。なんでも、思い当たる空き家の持ち主に尋ねてみてくれたとのこと。今思えば、「これぞ地域コミュニティ」という洗礼をさっそく受けたような気がした。

ここで、この加太の地と私がこの地に暮らすに至った経緯について紹介する。和歌山市加太は、古くから伝統漁法を行う漁師町で、海水浴や釣り、歴史的遺構など複合的なレジャーを備えた観光地としても歴史がある。現在の人口は2000人余りで、地域の衰退が顕著になり始めた2010年頃から主たる生業組織である漁業組合と観光協会、自治会の三者が協力して地域づくりを行うことを宣言し、推進主体としてまちづくり会社を立ち上げるに至った。そうした取り組みの中で、私が当時所属していた東京大学生産技術研究所の川添研究室が加太をフィールドに調査提案やインスタレーションを行ううち、分室でもつくってみてはどうかという地元の声かけに応じる形で拠点を設置することとなった。

私はその拠点の常駐研究員として、2018年から約3年間、この加太に住まいを借り、徒歩1分の分室に出勤しながら地域づくりに係る活動を行うこととなった★2。本稿ではその活動を簡単に紹介しながら、地方におけるまちづくり活動の実状と、物件活用のこれからについて考えてみたい。

Fig.3 「地域ラボ」 / photo by Masakazu Kuroiwa

サテライト分室での活動

「地域ラボ」と名付けられた研究室の加太分室は、地域住民と川添先生の協議の末、推定築100年ほどの一軒の蔵を改修することとなった。私はその選定に関わっていないため推測を含むが、家主がこの話に理解があったことや、瓦の吹き替えや植栽など定期的にメンテナンスがなされていたことなど、複数の理由によるものだと思う。地域ラボは地域のまちづくり会社によって耐震補強や水回りを含む設備改修が行われ、2018年に開室に至った。

川添研究室は建築や地域について議論し先を見据えて描くことを主とする研究室だが、建築ないし地域として解決したい課題自体が明確でないような地方の集落においては、当初、研究室として何ができるのか、そもそもどのように関わっていけるのかも判然としなかった部分がある。そんななか、それ以前より加太をフィールドにしていたこともあり、ひとまず研究者というより一人の生活者として常駐し、できるだけ地域の輪の中に入っていくことを心がけることとなった。結果として、まちづくり会社の仕事を手伝ったり、地域の小中学校の授業に呼んでもらったり、聴き取り調査や情報発信など、多岐にわたる業務を行う機会を得るなかで地域の未来を憂い、地域づくりに主体的に参加しようとする人たちとともに過ごすことができた★3。

地域ラボの開設と並行して準備が進められたのが、斜向かいの空き家をカフェとして開業することだった。カフェは、議論と縁が重なった結果、漁師の娘である加太出身の若い女性がオーナーとなって、加太の魚介を提供する飲食店としてオープンした★4。現在も順調に営業し、地域の主要な観光コンテンツの一つとなっている。

集落に活用できる物件はあるか

ここで冒頭の空き家問題に戻る。地域ラボとその斜向かいのカフェ、この二つの物件の所有者は、加太を地元とする同一人物で、相続した物件を保有しつつも現在は東京に勤めて暮らしている。所有者は近年の地元の地域づくりに理解があり、まちづくり会社ともコミュニケーションを取っていた。これまでに地域づくりに関連した事業用途での賃貸契約は地域内で例がなかったが、この所有者の理解があってはじめて、2件の改修を並行して進めることができたと言える。

地元の人曰く、空き家はそこらじゅうにあるが多くの持ち主は人に積極的に貸す発想にない、とのことだった。理由は「仏壇がまだ中にある」だとか、「相続関係が明確になっていない」などの家庭事情から、「水回りが整っていない★5」「古くなっていて構造的に問題がある」「雨漏り箇所がある」といったハード面の事情など様々であるが、突き詰めれば「貸したところで金にならない」ということなのだろう。固定資産税の関係で更地にもせず10年以上空き家として放置されたものも珍しくない(先日の法改正案の可決により、今後は管理が不十分な物件についてはこれまでのような固定資産税の減額措置が受けられなくなる。★6)。加太も地方のご多分に漏れず、このような負の遺産とまでは言わないが、「0円以下」のお手上げ状態の空き家が多いのである。一般的にイメージする住宅「ストック」にすらなれない空き家たちは、もし、建築そのものに価値が見出されれば行政や民間や研究者の手を借りつつ文化財として保存する動きもあるかもしれない。あるいは、風景の一要素としての、いわゆる文化的景観のような保存の可能性もあるかもしれない。私も漁村を愛する者として、シークエンスとしての「美しき漁村の風景」が保全されれば嬉しいことに違いはないが、現実問題その場に暮らす人々にとってそれが良い選択であるかどうかについては丁寧で緻密な議論が必要だ。そもそも、既に統一性のある住宅形式もまばらになり、その隙間に現代的な家が建ったり駐車場になったりインフラ構造物が挿入されたりといった現状を迎えている多くの地方都市・集落においては、既に風景的な議論を話し合う段階は過ぎていると感じるケースも多々ある。

コミュニティとの調和

もうひとつ、地方における建築の活用について、とりわけ漁村のような古くからのコミュニティが強固な場所においては、「地域が保有するコンテンツや資源をきちんと生かしたものであるかどうか」など外形的な条件をクリアし、事前に地域の住民と協議してすり合わせることによって、地域における全体的な調和と協力が得られる。裏を返せば、コミュニティの方向性と外れた計画であったり、然るべきところに然るべき形で事前に話を通していない計画については、空き家そのものの利用算段が立ったところでその先の困難が想定される。都市部のアーバニストたちがするような、まちの隙間にふと何かを挿入するような活動とは違い、改修のデザインそのものにもコミュニティとの最低限の調和が無視できない。

一人の大工の挑戦:冷水浦の試み

いっそ、まちの隙間そのものが隙間と言えないほど大きな空白になったとき、ある意味、事態はシンプルになるのかもしれないとも考える。物件が抱える問題と、地域の合意形成の課題、これらふたつを同時にクリアできてしまう状況を使った取り組みを最後に紹介したい。

Fig.4 冷水浦の風景 / photo by Tomohisa Ito

和歌山市のお隣、海南市の冷水浦という人口約400名150世帯の漁村に、いとうともひさ氏という若手大工がいる。先ほど紹介した加太地域から車で30分ほど南下した冷水浦という漁村に家族で暮らしている。以前は大阪を拠点にしつつ「旅する大工」なる生活をしていたいとう氏は、ある時思い立ったようにこの冷水浦の空き家を一軒、数十万円で購入し暮らし始めた。いとう氏は住み着くや否や、すぐに地域工房をつくる取り組み「ReSHIMIZU-URA PROJECT」をスタートした。

冷水浦は、加太よりもさらに空き家率の高い地域で、接道義務を満たしていなかったり、老朽化しすぎた物件たちはなおさら途方に暮れている。いとう氏はこうした空き家を次々に購入し、自ら修繕しながらその生業を活かして、SNS等を通じて集まった希望者に被災時自分たちで修繕できる技術を実践的に伝授する取り組みを開始した。冷水浦の名前すら知らなかった若者たちが全国から代わる代わるやってきてはいとう氏から技術を学んでいく。これまでに33人が参加した★7というこの地域工房のプロジェクトをきっかけに、2名が移住もしている。始めこそ地域に不思議がられたが、信頼を得るにつれて空き家をもらってくれないか、と譲り受けたりすることも増え、現在は10棟(うち6棟購入、4棟賃貸)を管理しているという。当初は大工として携わった建築現場の余剰品や廃材などをストックし、地域内の人が手軽に手に取れる「集落のホームセンター」を核にすることを予定していたが、住み着き始めると「食」の方が皆の関心が高いということを改めて感じ、人を選ばないコンテンツとして「カフェ」を開業することとした★8。このカフェを足がかりにコミュニティに根を張り、今後は自身が管理している物件に地域外の人材を適材適所で配置していく計画があるそうだ。

Fig.5 冷水浦のカフェ / photo by Tomohisa Ito

このいとう氏のような、既存物件に対して最低限の建築操作とメンテナンス担当ともいうべき人材をどこからか引っ張ってきて(ときに育成して)物件に配置するというスタイルは、一見破天荒で、強引な「ちからわざ」のようにも見えるが、実は再現性のある、仕組み化可能なプロセスとも言える気がしている。都市であれば空白が小さすぎ、ある程度既存コミュニティが育った地方であれば時として合意形成にコストと時間がかかる場合がある。しかしこれから、これらの条件から外れた土地は否応なく増えていくことだろう。そのとき、この冷水浦の事例はひとつの手がかりになるかもしれない。■

★1:総務省統計局「平成30年住宅・土地統計調査 特別集計」https://www.stat.go.jp/data/jyutaku/2018/tokubetsu.html
★2:筆者は約3年間現地常駐し研究室助教兼地域ラボディレクターとして地域住民と共に地域づくりに携わった。
★3:『小さな波紋 : archives of small regionalism, Kada Wakayama』, 東京大学 生産技術研究所 川添研究室, 2020年12月
★4:「地域ラボ」及びカフェ「SERENO」の設計は空間構想一級建築士事務所。
★5:加太地域の一部ではまだ下水道が整備されていない。
★6:2023年6月7日に住宅用地の特例措置(住宅が建っている土地に対して固定資産税が1/6や1/3と減額される措置)の見直しを盛り込んだ「特別措置法改正案」が可決。
★7:2023年6月時点
★8:いとう氏が運営する冷水浦の拠点「チャイとコーヒーとクラフトビール」。https://shimizuura.jp/

Reference

  1. 『少人数で生き抜く地域をつくる 次世代に住み継がれるしくみ』
    佐久間康富, 柴田祐, 内平隆之, 青木佳子, 岡田知子, 柴田加奈子, 清野隆, 田口太郎, 竹内ひとみ, 野村理恵, 姫野由香, 藤原ひとみ, 八木健太郎,山崎義人, 学芸出版社, 2023年3月
  2. 『umigiwa profile 和歌山県海南市冷水』価値検証フィールワークユニット2023, 友渕貴之, 前田 有佳利, 2023年3月,https://drive.google.com/file/d/1tLr87cH_M3q1jWvHfw9QPOhh0Lcuq-7W/view

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青木佳子
建築討論

Yoshiko AOKI/1988年福岡県生まれ。博士(工学)。千葉商科大学 人間社会学部 専任講師。加太観光鯛使。 地域づくりの観点から生業とくらしの共存をテーマに研究・活動を展開。 共著に『少人数で生き抜く地域をつくる』(学芸出版社, 2023年), 連載『加太まちダイアリー』(朝日新聞和歌山)。